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ネコに襲われた鳩のこと

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先だっての夕刻、家を出たところに鳩がうずくまっていた。どうしたのかと思って周りを見ると黒猫がじっと様子を見ていた。このネコにやられたのだ。
辺りには抜け落ちた羽がたくさん散らばっていて、怪我の大きさを物語っていた。
おもわず鳩を抱き上げて家に連れて帰り、バスケットに入れて風呂場に置いた。
皮肉なことに家には2匹のネコがいるからだ。

抜け落ちた羽の多さにかかわらず、出血が見えなかったのが救いだったが、多分明日の朝まで持たないだろうなと思われた。
死んだ鳩の始末をどうしようか、生ごみで捨てるのもかわいそうだが他にどうしたらよいか思い浮かばなかった。
多分だめだろうと思いながら、水とパンのかけらをバスケットに入れておいた。

翌朝バスケットをのぞいたら、鳩はまだ生きていた。パンくずは食べた形跡がなく、水もそのままあったが生きていたことにホッとした。
万が一と考え、ベランダに出してバスケットの蓋を開けておいた。
30分くらい経ってのぞいてみたが、鳩はまだバスケットの中にいた。やはり無理なのだろうか。
しばらく経ったとき、鳩がいないという家内の声が聞こえた。
あわてて見に行くとバスケットは空だった。やった!と思いながらベランダの外をのぞくと鳩がたどたどしく歩いていた。
しばらくして様子を見ると鳩の姿はなかった。
やった!助かった!!

子どもの頃、すずめのヒナを屋根から取ってきて何度か育てたが、育ったのは1羽だけだった。
つり竿を振りまわしてコウモリを落としたことがあった。こうもりの体には血がにじんでいた。
どうしたらよいかわからず、かごに入れて育てようとしたがすぐ死んでしまった。
子どもの頃は自分の好奇心の残酷さを知らなかった。
1羽の鳩を助けたが、自分の好奇心で命を落とした生き物の方がはるかに多いことを思った。






不老不死の不幸「アデライン、100年目の恋」を観る

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観るつもりだった映画が満席で、同時間帯に上映していた映画「アデライン、100年目の恋」を観た。事故によりいつまでも変わらない若さと美しさを宿命付けられた女性の不幸がテーマだが、明るいラブ・ファンタジーで十分楽しめた。何よりアデライン役のブレイク・ライヴリーの笑顔が魅力的だった。

主人公アデラインは雪で車がリップして川に転落する。低体温症で心臓が止まった瞬間、車に雷が落ちて再び心臓が動き始める。落雷による電磁圧縮作用で老化が止まったアデラインは、100歳になっても外見は29歳の美しいままでいる。

彼女は怪しまれないように10年ごとに名前も住所も変えて生きている。親しい友人もなく心の支えは愛犬と一人娘だけだ。しかし愛犬たちを次々と見送り、娘もすっかり老いてしまったアデラインを待っているのは孤独だった。

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そんな彼女の前に青年エリスが現れ愛の告白をする。エリスは大学時代の起業で手にした資産で社会貢献をしており、その人間性に感銘を受ける。しかし自分の秘密を知られたくないアデラインはエリスの前から消えようと葛藤する。
やがてエリスの愛を受け入れたアデラインはエリスの実家を訪れる。エリスの父親ウィリアム(ハリソン・フォード)は彼女を見るなり驚愕して「アデライン」と呼びかける。彼はかつてアデラインが心から惹かれながらも、自分の秘密を守るために身を隠した昔の恋人だった。
「100年目の恋」というタイトルは内容とあまり関係なく、ハリソン・フォードは主役ではない。


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  テロメア

アデラインが歳を取らなくなった理由は、落雷によって細胞の末端にあって老化と寿命を司るテロメアが働くなったためと言う設定になっているが、老化はテロメアだけで決まるものではなく、また車に落雷した場合は車体の表面に電気が流れるので車内は安全である。
だが、この映画はラブ・ファンタジーであってそんなことはどうでも良い。この映画はアデライン(ブレイク・ライヴリー)の美しいほほ笑みを見るためにあると言って良い。

永遠に若く美しくあることが不幸であるというこの映画の発想は、テロメアの発見によるものだろう。
細胞がいつまでも分裂を繰り返すのであれば、人の寿命は何百歳でも可能だ。細胞分裂の回数を制限するテロメアという存在は、種の保存という観点からは邪魔な存在であり、これは多分創造主の叡智によるものだろう。

様々な肉体と生存環境で魂の修行をするためには、一つの肉体に長く留まるべきではない、創造主はそう考えたのだろう。
もし厳しい環境で人生修行することを選んだ魂にとっては、死は救いとなるはずであり、一方、逆に安楽な環境でどれだけ長く生きたとしても魂の修行にはならない。

ソフォクレスのギリシャ悲劇「コロノスのオイディプス」の中に次のような記述があった。

この世で一番良いことは、この世に生まれないことだ。
二番目に良いことは、 生まれたからにはなるべく早く生まれて来たところ(あの世)に帰ることだ。

日本でも欣求浄土厭離穢土(ごんぐじょうど おんりえどー穢れたこの世を去り、早く極楽に行きたい)という末法思想があった。長い間、人々にとって生きることは苦しいことであり、救いはあの世にあった。

多くの人の衣食住が安定し、生活を楽しむことができるようになったのはほんの近年に過ぎない。しかしそれが今や深刻な高齢化社会に直面している。
もしテロメアと言う寿命を制限するストッパーがなければ、世界はさらに深刻な高齢化問題に直面しているはずだ。

人間にとって死は救いであって、永遠に生きることほどの恐怖は無い。
天国は死後にあるのだから。

「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ」  細川ガラシャ




野良猫にエサをやってはいけないのか

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公園などで「ネコにエサをやらないでください」と書かれたプレートを目にします。
こんな表示があると、野良ネコにエサを与えることが悪いことのように思われますが、本当に悪いことなのでしょうか。

野良ネコにエサを与えることが悪いとすれば、いくつかの理由が考えられます。
・エサを与えるとネコが増える。
・ネコがいつく。
・糞尿が臭い。

しかしエサを与えると野良ネコが増えるのかと言えばそうではなく、エサを与えなくても繁殖期がくれば子猫が生まれます。
糞尿の臭いはエサを与えても与えなくても同じですが、実際に公園でネコの糞尿が臭いと感じることはあまりありません。
また、犬は散歩中に頻繁にマーキングしますが、なぜ犬の尿が許され猫の尿が許されないのでしょうか。
ネコがいつくことは間違いないでしょうが、ネコがいついて困るのはネコ嫌いです。ネコ好きは困りません。

「ネコにエサをやらないでください」と書かれたプレートをなぜ表示しているのかを確かめるため、市の担当職員に電話してみました。
最初に出た職員は私の質問に絶句し他の職員に替わったのですが、替わった職員も答えることができませんでした。
結局、「ネコにエサをやらないでください」と言うのはさして理由のある話ではなく、もしかしたらネコ嫌いな人間からの抗議によって始まったことではないかと思われます。
どうもネコは不当に冷遇されているような気がします。


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 動物愛護センターで里親を待つ猫

「野良ネコにエサをやらないで」ではなく、むしろ子供たちから与えさすことによって、弱いものを守る優しさや命の大切さ、あるいは種の違いを超えた愛の交流を学ぶことができるのではないかと思います。
最近野良猫の手足を切断したり、残酷な殺し方をする犯罪がよく報じられます。このことと「野良ネコにエサをやらないでください」という表示は無関係ではないかも知れません。
なぜかと言えば、そのような犯罪を犯す人間は、野良猫にエサをやることが悪いのは野良猫の存在自体が悪いことであり、従って野良ネコを殺すことに罪の意識を感じる必要がないと考えているのかも知れません。

戦後の日本は少数の否定的な意見が声高に語られることが多く見受けられます。
役所などは繰り返し苦情を言い立てられれば、それが少数の意見でも面倒なのでその意見に従ってしまうことがあります。
学校を悩ますモンスターペアレントや悪質なクレイマーもその本質は一緒です。
相手が弱い立場であれば、居丈高に要求を押し付けます。

和を重んじる多くの日本人はあまり自己主張をしないため、サイレント・マジョリティとして存在します。一方、ノイジー・マイノリティは言い分が通るまでうるさく要求するため、少数の意見が社会を動かす危険性があります。
戦後の日本社会をいびつで不健全にした理由の一つが、このような理不尽な要求です。

「ネコにエサをやらないでください」という表示の裏に、日本の戦後病理が潜んでいると思うのは勘ぐりかも知れませんが、当たり前のこととして受け入れていることも、もしかしたら間違っていたり根拠の無いことなのかも知れません。

  猫の子のちょいと押へるおち葉哉  一茶

犬猫しあわせ検定 


老いと青春

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初めて若さを輝かしいものに感じたのは、父親を老人ホームに訪ねた時でした。
献身的にお年寄りを介護する若者たちを見た時、若さとはなんと魅力的なことなのかと目を瞠りました。

それまで会社でいくら若い社員たちを見ても、若さというものにさほど魅力を感じず、むしろ若さゆえの未熟さや危うさを感じさせられていました。当時、自分の中のエネルギーや気力が若者たちに負けていないという自負があったからでしょうが、若さを輝かしく見るという思いはほとんどありませんでした。

しかし老人ホームの中でお年寄りの介護をする若者たちは、老人の枯れて朽ちて行く肉体と、未来のない人生の対極に位置していました。そこには若さの持つ力と輝きがありました。

現在ほど老人の存在が問われている時代はありません。
年金や健康保険、あるいは認知症の問題など、長生きが国の大きな問題となっています。
つい最近、100歳以上の老人が6万人を超えたと発表されましたが、1970年は100歳以上の老人は310人に過ぎませんでした。

「キンは100歳、ギンも100歳」という金さん銀さんのCMがありましたが、100歳が珍しくない今の時代であれば生まれることのなかったCMです。
還暦、古希、米寿、喜寿など、長寿を祝う言葉は、人生が50年以下の時代に生まれた言葉であり、現在はむしろ老害について語られなければならない時代となっています。

自然に死ぬということ

サミュエル・ウルマンの「青春」という詩があります。
この詩を初めて見た時は、「青春」が心のありようであることを言うのに、なぜこのように大げさに語られなければならないのかと辟易しました。

久しぶりにあらためて読んで見ても、やはり大げさな表現に鼻白む思いがしますが、しかしそれはウルマンのせいではありません。原文は平易に青春が心のあり方であることを語っており、訳者の美文調の名訳が私には合わなかっただけです。

しかしこの詩が語っていることはその通りのことです。
人間は魂の修行のためにこの世に生まれてきます。肉体が老化して思考力が失われ、生きていることが魂の向上につながらなくなった時、魂は肉体から離れ死を迎えます。

長生きが単純に良いことであるという認識の中で、病院の延命治療が行われています。しかし老人の延命は、場合によっては好ましくないということを社会の共通認識にしなければならないでしょう。そのことは多くの人がわかっていながら、倫理に反することのように言い出せないでいます。

心にこそすべての価値が存在します。老人問題はこの視点を無視して語ることは出来ません。


  サムエル・ウルマン「青春」
                   佐山宗久 訳 

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を云う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない
理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情は失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥にある。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、
驚異に惹かれる心、おさなごのような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・喜び・勇気・力の
霊感をうける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪に覆われ
悲嘆の氷に閉ざされるとき、
20歳であろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
80歳であろうと人は青春にして已む。

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「YOUTH」
Youth is not a time of life-it is a state of mind; it is a temper of the will,a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease.

No body grows only by merely living a number of years; peoples grow old only by deserting their ideals. Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt ,self-distrust, fear and despair-these are the long ,long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.

Whether seventy or sixteen, there is in every being's heart the love of wonder, the sweet amazement at the stars and the starlike things and thoughts, the undoubted challenge of events, the unfailling childlike appetite for what next, and the joy and the game of life.
you are yang as your faith, as old as doubt ;
as young as your self-confidence, as old as your fear;
as young as your hope, as old as your despair.

So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite so long as your young.

When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with the snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul
.




不幸は突然やってくるのだろうか

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病気や事故など、人の不幸がいつも突然やってくるのはなぜでしょうか。
二人の知人が癌に冒され、一人がこの世を去ったことでそのことを思いました。

一人は以前の記事「心に従って生きる」で紹介したことのある人物で、健康そのものの人でした。北辰一刀流の免許皆伝で少林寺拳法の有段者、スキーの腕前はプロ級でスイスの山岳救助隊員の資格を持っていました。
タバコも止めて健康には何の不安もないように見えたのでしたが、膵臓ガンが発見された時には手遅れで、ついに回復することはありませんでした。

もう一人の知人も癌が発見されるまでまったくの健康でした。舌に違和感を覚え、検査の結果ステージ2の舌癌でリンパにも転移していました。

舌癌の宣告を受けた本人のショックは想像に余りありますが、この人は舌癌を前向きに受け止めることができました。
自分が舌癌になったのは、不平不満、悪口、人の批判など、マイナスの言葉ばかりを発していたためであって、舌を癌にしてしまい申し訳なかった、そのことに気づかせてくれた舌癌に感謝すると語っていました。

その言葉が嘘ではなかったのは、舌癌患者は手術前、眠れなくて睡眠剤を必要とする人が多いらしく、医者や看護士が睡眠剤を勧めたのですが、この人は一度も睡眠剤に頼ることがく、手術の日まで淡々とした表情を崩すことがありませんでした。
その冷静さに医師たちが感心していました。

舌癌手術で舌を切った後は、多くの人が絶望を感じるようですが、術後もこの人は動揺を示すことはありませんでした。
手術後、麻酔が切れてからも全く痛みを感じず、驚くほど早く回復したことに、数百例を執刀した医師が驚いていましたが、そのことと癌に感謝すると言った言葉と無関係ではなかったはずです。
もし胃癌や大腸癌であったら、自分の生き方の過ちに気づくことはなかったかもしれません。舌癌に感謝するという言葉はそのことを意味していたのでしょう。

幸福は突然やってきません。
勉強しないで難関大学に受かることはないし、なまけものの社員が業績をあげて出世することはありません。スポーツで結果を出すには厳しい練習が必要です。
三次元の成功や幸福はその努力の結果であり、善因には善果が、悪因には悪果がもたらされます。

では不幸は突然やって来るのでしょうか。
病気という結果は、生活習慣や体質の問題点が一定期間を経て表に現れるもので、偶然ではありません。

交通事故は偶然でしょうか。
以前、「人の運命について」でポアソン分布のことを書きました。ある交差点で事故が起きる確立は、確率論のポアソン分布で表すことができます。
統計的に予測された時に予測された場所で事故が起きた時、事故を起こした人間は偶然に決まるのでしょうか。
その場所で事故を起こす可能性は、その場所を通る頻度が高い人間ほど高く、またスピードを出す人間や、注意力の衰えた高齢者の確率が高いでしょう。事故を起こしやすい車種もあります。そのようなことを総合すると、事故は偶然というより高い確率で決まっているように思います。
病気や事故は、様々な要因が積み重なり、それが閾値に達した時に現象化するのではないでしょうか。水が零度になった時、相転移して氷になるのと同様です。

幸福も不幸もすべて必然の結果であり、人が突然不幸になるように見えるのは、不幸の原因が現象化する道筋が見えないからにすぎません。
舌癌によって目覚めることが出来た知人のように、人は幸福からではなく不幸や失敗によってしか学べません。
しかし出来れば何事も無い日常の中で、どう生きるべきかを学び、自分を少しずつ変えていきたいものです。




理解されない男の優しさ

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履いていたサンダルを、裸足のストレートチルドレンの少女にプレゼントするリオデジャネイロの観光客


先だって我が家のネコに似た野良猫を、カサの先でいたずらしている子どもがいたので思わずたしなめたのだったが、少しバツの悪そうな顔をしたあどけない顔に悪気はなかった。

子どもは無邪気でありながら残酷なものだ。
思い出してみれば自分もずいぶん残酷なことをした。トンボのシッポを切って枝を差して飛ばしたり、カエルに2B弾という火薬を咥えさせ火を着けたりもした。今ならとてもそんな残酷なことはできない。

子供が残酷なのは善悪の判断ができないことや、他の命の痛みを感じる想像力が無いこと、また好奇心が旺盛なせいだろう。
人は成長するにつれ子どもの残酷さから脱却する。それは自分を客観視することができるようになるからであり、人の痛みや悲しみを自分の痛み、悲しみとする想像力を得るからだ。
自分がされたくないことは人にしてはいけないということに気づくことが社会生活の第一歩となる。

ところで男と女のどちらが残酷だろうか。一般的には男のほうが平気で残酷なことをするように思えるし、事実残酷な事件は男によって行われることが多い。
しかし夫婦の間においては女の方が残酷なことがよくある。
女房と口げんかして勝てる亭主はいない。なぜなら、男はこれ以上言ってはいけないことは言わないのに、女はそれを平気で言う。
それに対する反論は言ってはいけないことに属するので男は沈黙するしかない。女はその優しさに気づくことなく勝利宣言する。
自分がされたくないことは人にしてはいけないという黄金律を、女は亭主に対して適用しない。

藤原正彦さんの著書「この国のけじめ」で、内館牧子さんの「女は三角、男は四角」が紹介されていた。


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・・・・【たとえば結婚以来二十数年、私に会った女房の友達のほとんどが、「優しそうな人ね」と後日女房に伝えた。私は「そうか、やっぱり隠しきれなかったんだ、ボク」などと喜んでいた。ところが、内館さんの「女は三角、男は四角」という数学的な題の本にはこう書いてある。「女たちには取っておきの言葉がある。この言葉は脚が短かろうが、頭が悪そうであろうが、ファッションセンスがハチャメチャであろうが、まったく問題ない。どんな男にもピタリとハマるほめ言葉があるのだ。『「優しそうな人ね』これである。」

さらに追い打ちをかけてこう書く。「もしも、これを読んでいる男性読者が、妻か恋人から、『友達があなたのこと、優しそうな人ねって言ってたわ』と伝えられたら、それは『ほめようのない男』ということに等しい。」 ウルサーイッ。】

そうだ! ウルサーイッ。




日本人の価値観とオオキンケイギク

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5月に日本のあちこちで花を咲かせるオオキンケイギク(大金鶏菊)は、本当に美しい花です。鮮やかな黄色の群生を見るたびに、もっと増えて日本中でその美しい花を咲かせてほしいと思っていました。

ところが最近、折角咲いたオオキンケイギクがあちこちで抜かれています。なぜそんなことをするのかといぶかしく思っていたところ、オオキンケイギクを抜く運動が各地で行われていることがニュースで報じられていました

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なんとオオキンケイギクは特定外来種に指定されていたのです。
特定外来種といえば、ブラックバスやセアカゴケグモなどが思い浮かびます。これらの生物が有害なのは自明のことで、特定外来種に指定されていても誰も文句を言いません。

しかしオオキンケイギクはなぜ有害なのでしょうか。調べてみるとカワラナデシコ、カワラヨモギなど、一部の在来植物がオオキンケイギクの日陰になって生育を阻害されるからのようです。

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 カワラナデシコ                      カワラヨモギ


生物学者にとってそれは許されないことでしょうが、花の美しさで多くの人を楽しませているオオキンケイギクの全存在が、それだけの理由で否定されるべきでしょうか。
あまりにも理不尽な気がします。

古来、日本人の価値観の中心には美がありました。万葉集で天皇や貴族の歌と詠み人知らずの歌が同列に扱われたのも、地位や財産よりも美がすべての価値に優先すると考えたからでしょう。

おいしいことを美味と書き、しつけを躾と書き表します。「心がきれいな人」、「心が美しい人」と言いますが、「心が正しい人」とは言いません。正義という相対的なものよりも、美こそ疑う余地の無い価値であると考える日本人の心性の現れです。

オオキンケイギクを特定外来種に指定した専門家たちの価値観の中では、美は重要な位置を占めていなかったのかもしれません。
在来種を保護することは当然のことですが、オオキンケイギクに癒される多くの人が存在することを思えば、その全存在を否定する特定外来種の指定にはためらいがなければならないはずです。

敬愛するコラムニストの山本夏彦さんは、「美しければすべてよし」という本を書き、色紙にもこの言葉を書いていました。
ご存命ならきっとオオキンケイギクの駆除に反対されたのではないかと思います。

オオキンケイギクを抜かないでほしい。
今からでも特定外来種の指定を解除してほしいと切に願います。






天才の栄光と挫折

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  さくら花 おそしと待ちし世の人を 驚かすまで咲きし今日かな  樋口一葉


渋谷区が同性カップルをパートナーとして公的に認めることになった。世田谷区も検討しており、この流れは加速するだろう。
その事が良いことなのかどうかわからないが、天才数学者アラン・チューリングが今の時代に生きていれば、不幸な人生の終末を迎えることはなかった。

「イミテーションゲーム」という映画が上映されている。
第二次世界大戦中、ドイツ軍が作った世界最強の暗号「エニグマ」を、天才数学者アラン・チューリングが解読する話だ。


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(2008/09/03)
藤原 正彦

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「イミテーションゲーム」を観たのは、アラン・チューリングに対する興味からだった。
天才数学者アラン・チューリングのことを初めて知ったのは、藤原正彦さんの「天才の栄光と挫折」という本によってであった。
暗号解読と言うトップシークレットについて、明らかな史実はほとんどわからないはずだから、映画の内容は想像によって作られたものだろう。しかしシナリオは良くできており、映画としても十分楽しめた。

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第2次大戦中、イギリスは食料や軍需物資の半分をアメリカから輸入していたが、ドイツ軍の潜水艦Uボートによって、毎月30万トン以上の船が撃沈されていた。
しかし暗号が解読された7月は12万トン、11月には6万トンに減少し、ドイツはUボート作戦を1年9カ月間中止している。

その後暗号をさらに複雑化したドイツ海軍は、1942年8月にふたたび大西洋でのUボート作戦を再開し、9月には48万トン、10月には62万トンの輸送船が撃沈され、イギリス所有の商船が無くなるほどだった。一方、撃沈されるUボートは月に数隻にとどまっていた。

この新暗号は解読に困難を極めたが、1942年の暮れに解読され、被害が急減するとともに、1943年1月から5月までに100隻近くのUボートが撃沈され、5月下旬にはUボート作戦は中止された。


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 エニグマ

もし「エニグマ」が解読されていなければ、イギリスはドイツに降伏し、第二次大戦の終結は2年遅れただろうと言われている。
そうなれば、アメリカと日本の戦いも大きく変わっていたはずだ。「エニグマ」の解読はそれほど大きな出来事であったのに、1970年頃までその事は秘せられていた。
イギリスはドイツから没収した数千台のエニグマ機を、信頼できるものとして旧植民地に使わせ、それを盗聴していたので解読の事実を伏せていたためだ。

イギリスを救い、世界の歴史に少なからぬ影響を与えた天才数学者アラン・チューリングは、戦後数学の研究に戻ることはできず、最後は不幸な結末を迎えることとなった。


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 アラン・チューリング

1952年、彼は街かどで知り合った若い男性と一夜を過ごした。その後、自宅に空き巣が入り、アラン・チューリングは容疑者として若い男の名を告げたが、一夜を過ごしたことまで話してしまった。

当時ホモセクシュアルは違法であり、彼は逮捕され有罪の判決を受けた。留置場に入るか女性ホルモン注射で性的機能を失うかの選択に対し、彼はホルモン注射を選んだ。
1954年6月、彼は青酸カリで自殺した。

2013年、アラン・チューリングに対しエリザベス女王による死後恩赦が公式に認められた。

The Independentの記事

キャメロン首相は次のような声明を出している。
「アラン・チューリングは傑出した人物であり、ドイツのエニグマ暗号を解読したことで、第二次世界大戦においてこの国を救うため重要な役目を果たしました。
チューリングの貢献は無数の人々の命を救いました。かれはまた、現代的コンピューティングの父とも称される多大な科学的業績を通じて、この国に大きな遺産を残しました。」

英国を救うとともに、機械による計算を可能にする人工知能理論を提示し、コンピューターの先駆けとなるチューリングマシンを開発した天才数学者アラン・チューリングの人生は、同性愛によって悲劇的な幕を閉じた。

生命保存という最も重要な自然法則に反していながら、キリスト教の倫理が入るまで同性愛は大した問題ではなかった。
古代ギリシャでは同性愛は普通のことだったし、日本でも戦国時代は男色が普通で、織田信長の近習森蘭丸はホタル侍と言われていた。
もしかしたら、渋谷区の決定も大した問題ではないのかも知れない。

人間は生まれる環境を自分で選んで生まれてくるはずであり、そうだとしたら性同一障害の肉体を選んで生まれて来ることにも意味があるのかも知れない。
しかしそのことを通して一体何を学ぶのだろうか。




命は愛

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横手 かまくら祭り


すべての人間は、どなり声よりやさしい言葉が好きです。怒られ、ののしられるより、励まし慰められることを喜びます。
憎しみの言葉には耳をふさぎ、愛の言葉には耳を傾けます。
なぜかと言えば、命の本質は愛であり、命は愛を求めるからです。

それは人間だけでなく、動物も植物もそうです。猫や犬も可愛がってくれる人になつき、どなる人を避けます。頑張れと声を掛けられた植物はよく育ち、嫌いと言われた植物は育ちません。

昔の日本人は言葉の持つ霊力を良く知っていて、それを言霊と名付けました。
やまと言葉には耳障りな言葉がなく、やさしい言葉、美しい言葉に満ちています。それは日本人の心の優しさを表すと同時に、その鋭敏な感性が忌み言葉の持つ悪しき力を知っていたためだと思います。

『万葉集』で柿本人麻呂は次のように歌っています。
磯城島(しきしま)の 大倭(やまと)の国は 言霊の助くる国ぞ まさきくあれ
(日本という国は、言霊が助けてくれる国である。幸多かれと願う)

ところで免疫の仕組みは、神業と言うしかないほど奇跡的な巧妙さで作られています。
生体に免疫システムがあることは、命が神の愛によって作られ、命の本質が愛であることの証明であると思っています。

怒りや恨みや愚痴は免疫力を下げ、感謝や喜びや笑いは免疫力を上げます。
神の心に叶う愛の心や言葉によって免疫力が上がり、神の心を否定する怒りや恨みによって免疫力が下がることも、命の本質が愛であることの証明ではないでしょうか。
命の本質はすべての生命に共通です。それは神の愛です。





日本人の敵

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日本に住んでいる外国人の知人が、なぜ日本のテレビにはあんなにオカマが出るのかと不思議がっていました。
いまの日本のテレビは異常というしかありません。

異常さは様々な場面に現れていますが、特に感じるのが平気でマネをすることです。
同じような番組、同じようなタレント、同じようなコメンテーター、節操の無い模倣に驚きます。
オカマの多さも模倣の現れです。

独自性を競う産業界や文化芸術の世界からは考えられないことですが、先般、海外でのスポーツイベントで、競技終了後に日本人記者たちが集まって、取材内容のすり合わせをしているとあきれられていました。テレビだけでなくマスコミ全体に模倣体質が蔓延しているようです。

小さなことですが、最近字幕で、「て」を「T」のように書くのがはやっています。このみっともない書き方は「志村動物園」で始めたもので、いやな字体だと思っていたのが、あろうことかマネする番組が増えてきたのです。

最近流行の「安心・安全」という言い方も違和感があります。安全であれば安心だし、安心なら当然安全なはずです。どちらかを言えば足りるのに、こういう重複した言い方がはやるのも模倣体質の結果です。

最近、「寄り添う」と言う言葉がマスコミに多用されています。本来はうつくしい言葉なのに、「被災地に寄り添う」、「弱者に寄り添う」などと使われると、せっかくの行為が薄っぺらなものに感じられます。
モンドセレクション金賞受賞みたいに、多ければ言葉の価値はなくなります。

料理番組の「味を調える」という言い方も、最近うんざりする言葉です。調味料で味をつけた後、最後に「味を調える」はずですが、最近は味をつける前に、いきなり「味を調えます」などと言います。日本語を大事にする気持ちがテレビ界から失われているのでしょう。

レポーターが取材先に小走りに入って行くのも軽薄なはやりです。取材内容を伝えるのがレポーターの役割であり、現場に走って入ろうが、後ろ向きに入ろうが、ほふく前進で入ろうが、そんなことは関係ないことです。


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セウォル号事件やナッツリターンに見られるように、韓国のマスコミは人民裁判の場となっています。日本のマスコミはそのことを、愚かな韓国マスコミという目線で報道しますが、しかしSTAP細胞などの報道を見ると、本質的にやっていることは同じです。自分が正義になり、相手が立ち上がれなくなるまで叩きます。日本人の美点であった、惻隠の情、思いやりの心はマスコミにはありません。

良質な番組は数えるほどで、「ガイアの夜明け」「未来世紀ジパング」「和風総本家」など、テレビ東京ががんばっているのが目立ちます。反日左翼的なNHKも、さすがに芸術番組やNHK特集などでは他の追随を許さない番組作りをしていますが、それにしても視聴料が高すぎます。

テレビ業界が模倣の氾濫となったのは、他の番組のマネをしていれば危険が少ないと考える下請け会社によって作られるためではないかと思います。そうでなければ、よほど無能な人間やプライドの無い人間がテレビ業界に集まっていることになります。

昔、評論家の大宅壮一がテレビを称して、「一億総白痴化」と断じましたが、先見の明に脱帽するばかりです。

新聞を読まず、本を読まず、ネットをしない人間にとって、テレビで放送されることがすべてであり、そこでコメントされることが正義です。
見たくなければ見なければ良いのですが、放置することは消極的な肯定となります。
おかしいと思う事は積極的に抗議をするため、下記の抗議先を携帯に登録しています。

○NHK
 ・ 0570-066-066(NHKふれあいセンター・ナビダイヤル)
   受付時間:午前9時から午後10時  
 ・メール  http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html    
○日本テレビ
 ・ 03-6215-4444
   受付時間: 午前8時30分から午後10時30分(年末年始を除く)
 ・メール  http://www.ntv.co.jp/staff/goiken/form.html
○TBS
 ・ 03-3746-6666
   受付時間:午前10時から午後7時  
 ・メール  http://www.tbs.co.jp/contact/ 
○フジテレビ
 ・ 03-5531-1111
   受付時間:午前9時30分から午後9時  
 ・メール  https://s1.fujitv.co.jp/safe/contact/index.html
○テレビ東京
 ・ 03-7470-7777
   受付時間:午前10時から午後9時(土日祝日は午後11時から7時)
 ・メール  https://www3.tv-tokyo.co.jp/enq/subscribe.do?id=00000B5

参考:日本語の「ハ」と「ガ」



明日は明るい日

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霞立つ春の初めを今日のごと見むと思へば楽しとぞ思ふ  万葉集


以前、アン真理子という人の、「悲しみは駆け足でやってくる」という歌がありました。
「明日という字は明るい日と書くのね」という歌です。

昔の日本人が、あしたという言葉の表記に「明日」を当てたのは、明日はきっと明るい日になると信じていたからでしょう。
もしかしたら明るい日と書くことによって、言霊の力が明るい日をもたらすと信じていたのかも知れません。

日本人は明日を信じることができる幸せな民族でした。
しかしバブル崩壊以降の経済の停滞と、巨大化する災害の連続で、明日が明るい日であると信じきれない状況になっています。

巨大災害については、日本人は昔から何度も乗り越えてきました。
それに耐える英知と忍耐力を持っています。
問題は日本のバブル崩壊と、その後の貪欲資本主義を作り出してきた国際勢力との戦いです。
彼らにとって平和と安定は富を生み出さない否定すべきものであり、和を貴ぶ日本人がその価値観と共存することは日本的なるものの否定となります。

彼らの悪魔的な陥穽(かんせい)に抗することは容易ではありませんが、不調和な力が永遠に支配できるはずはありません。
宇宙の根本原理が調和、バランスである以上、和を貴ぶ日本人の生き方こそ、宇宙の原理、神の心に叶うものです。
日本人が日本人の心をなくさない限り、日本の明日は信じるにたるものだと思います。

ことしが皆様にとって良い年でありますようお祈りいたします。





パワースポットという幻想

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パワースポットが人気です。しかしむやみに信じては危険です。
パワースポットは、当初N極とS極の磁気が互いに打ち消しあって、ゼロに近い磁気を保っている場所のことをいいました。
しかしその後、神社や寺などがパワースポットであるかの如く宣伝.されるようになりました。神社仏閣はパワースポットではなく、むしろマイナスのパワースポットと言うべき場所です。

なぜマイナスのパワースポットかと言えば、これらの霊的な場所には成仏していない霊が数多くいるからです。むしろ、霊的に清浄なところは少ないと言ってよいでしょう。

昔の日本人は「いやしろ地」や「けがれ地」、あるいは気脈を見分ける能力があり、土地のエネルギーを判断して神社仏閣を作りました。ゼロ磁場と称される場所に、神社仏閣が多く存在するのはそのためです。しかしその後、このような霊的な場所に人間の欲や業が集積し、マイナスの場となっています。

パワースポットと思ってこのような場所を訪ねて憑依された人を何人も見てきました。
一度憑依されたら、憑依霊が勝手に離れることはありません。体は不調になり、性格は暗く、怒りっぽくなります。また自己中心的で欲望に振り回されるようになります。憑依霊はその人間を破滅させて、死に至るまで引きずり込みます。
これは嘘でも誇張でもありません。憑依霊が離れるのは、その人が自分の心を見つめ反省した時だけです。

霊的な世界については、それを語る人がたとえ日本を代表する財界人であっても、著名な学者や社会的に尊敬される立場の人であっても、簡単に信じては危険です。(遠慮して書いていますが、実名を出したいところです。)
それらの人も、霊的な世界については見ることも聞くこともできず、ただ人の話を鵜呑みにしていることが多いのです。
また霊能者と言われる人も安易に信じては危険です。なぜなら霊能者の多くが憑依を受けているからです。


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ついでながら、麻薬や危険ドラッグの使用も憑依を受けます。最近テレビで危険ドラッグを使用した人間の映像がよく出ますが、あの狂気の表情は憑依した地獄霊の表情です。
これらの薬物が怖いのは、常用するといつまでもその影響が残り、憑依を受けやすくなることです。史上最悪の薬物と言われる危険ドラッグは、憑依ドラッグです。

神社仏閣をパワースポットと信じている人を、さらに危険にするのが祈りです。
この場合の祈りとは、自分の願いを叶えてほしいと願う自己愛からの祈りです。人の幸せを願う祈りは愛であり光であるので、悪霊は憑依する事はできません。初詣などで神社や寺に行く際は願い事をせず、ただ「有難うございます」と感謝だけ述べて帰る方が良いでしょう。


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パワースポットに対する信仰は、日本人の中にある御利益信仰や偶像崇拝と同根です。
祈れば救われると信じ、仏像やお経に御利益があると信じる心が、パワースポットの信仰に繋がります。仏像や偶像に祈って救われれば簡単ですが、いくら祈っても空いたお腹を満たすことはできません。また夜トイレに行きたい時、いくら祈っても誰かが自分の代わりに行ってくれることはありません。自分の人生を変えられるのは、自分の思いと行い以外にはないのです。

以前に書いた記事、「信ずべきこと、疑うべきこと」で書いた、「本物の教えを判断する基準」を再掲します。
それぞれ常識や理性で判断できることです。神は存在すると確信していますが、安易に信じることは極めて危険です。


本物の教えを判断する基準

神は金を要求しない
神は決してお金を要求しません。お布施が少ないから守ってくれないとか、金を多く出したからご利益があるなどということはありません。そんなセコイ神様を信じてはいけません。第一、神はいったいどこでその金を使うのでしょうか

神は脅さない
信じなければバチが当たるとか、不幸になるなどと脅しをかける神は信じるべきではありません。神が創造主であれば人間はその子供です。わが子の幸せを願わない親はいないはずです。神がバチを当てたり不幸にすることなどありえません。
神は威張らない
威張るのは優越感か自信の無さからです。そんな小さな神様はいません。
「我はイエスである」、「我は何々菩薩である」、あるいは「我は大天使なんとかである」と名乗って出るのは100%偽者です。本物は決して肩書きを利用しません

先祖の祟りは無い
自分のお祖父さん、お祖母さん、あるいはもっと昔の先祖が、なぜ祟って自分の子孫を不幸にするのでしょうか。守りたいとは思っても祟って不幸にするはずがありません。

神は神殿に宿らない
宇宙を神が創ったのなら、宇宙全体が神の体です。いくら荘厳で立派な神殿を作ろうが、宇宙から見ればチリのようなものです。そのようなものに神は宿りません。

死んで墓に入らない」
人は死んだら天上界に帰ります。墓に入るのではありません。死んで墓に入ると思い込んでいる霊は、天上界に帰らずに墓でさ迷うことになります。

仏像を拝んでも御利益は無い
木や銅でできたものを拝んでも御利益はありません。仏像であれ、イエス・キリスト像であれ、それらは単なる物質です。神はわれわれ一人ひとりの心の中心にいます

神は非常識なことを言わない
私達は良いことをすれば気持ちがよく、悪いことをすれば心がとがめます。自分の行いを見ているもう一人の自分がいます。そのもう一人の自分は、何が正しいかを知っています。
その基準は常識です。非常識なことを信じろと教える神は疑うべきです

過去世にとらわれない
過去世が現在の自分に影響を与えていることは事実ですが、重要なのは現在の生き方です。
われわれは過去世を忘れて生まれてきます。それは過去世を知らない方が修行しやすいからです。最近はやりの退行催眠は非常に危険です。催眠術を受けると憑依される危険があります。注意してください。

心の法則を説く
正しい生き方、考え方を説かず、信じれば幸せになれる、金が儲かるなどと、利益ばかり強調する宗教は疑うべきです。人間が輪廻転生を繰り返すのは、過去世のカルマを解消し、魂を大きく豊かにするためです。経済的に満たされなくても、気づきの多い人生は豊かな人生です。

さわらぬ神に祟りなし
宗教を信じなくても正しい生き方をしていれば、神は守ってくれるはずです。
平凡な生活の中に学ぶべきことは沢山あります。
うかつに霊的な世界に係わることは非常に危険です。「さわらぬ神に祟りなし」です

不思議現象は疑う」
私達は超能力や霊能力を見ると、それだけですごいと思ってしまいます。しかし、たとえ不思議な能力があっても、その人間性に問題があれば、信じるべきではありません。
霊的体験をしてある日突然霊能力がついたという霊能者は、99.9%憑依されています。
判断すべき基準は、その人の心と行いです。

地位や肩書に騙されない
いくら地位や肩書があろうとも、その人が真理を語っている保証はありません。たとえ東大教授でも、見えない世界の事は伝聞による知識を語っているに過ぎません。天上界の真実の前に、地位や肩書は何の力もありません。

教えに科学的合理性があること
作用反作用の法則、原因結果の法則、波動共鳴の法則、エネルギー保存の法則などの物理法則と、心の法則は同じです。現れ方が違うだけです。
悪いことを行えば悪いことが、良いことを行えば良い結果が出ます。10の行いには10の結果がでます。その教えに科学的合理性があることが重要です。

エネルギースポットは自分の心の中にあります。
心の中には神の無限のエネルギーが宿っていますが、そのエネルギーを覆い隠しているのが人間のエゴです。
輪廻転生の目的は、エゴによって作られたカルマを解消することだと思います。

〈参考〉
高橋信次:「心の原点
      :「悪霊
      :「人間釈迦




服を後ろ前に着る

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子供の頃からよく服を後ろ前に着ていましたが、その間違いから開放されたのは、つい1年前のことです。
首の後ろにタグがあるのに間違うのは注意力が足りないせいですが、実は無知のためでもありました。

1年ほど前、服の左下に付いている小さなタグに気づきました。あることは前から知っていたのですが、タグは必ず左下に付いていることに気づいたのです。今頃気づくのも注意力不足の現われですが、それがわかればどちらが前かがわかります。
以来、前後を間違えることはなくなりました。トックリのセーターは首の後ろのタグが見えないので、はなから前後を気にせず着ていたのですが、それも間違うことがなくなりました。

服の左下のタグは洗濯やアイロンの注意が目的で、多分前後の識別という意味はないのでしょうが、どの服でも同じ位置にあるため、格好の目印となります。また前後の識別を左右の目印で行うことは、間違いを防ぐわかりやすい方法でした。

子供の頃からの、あわてもの、おっちょこちょい、注意力散漫の烙印から解放されたのですから、このタグの「発見」は自分にとって画期的なものでした。
この発見をした時、「知は力なり」というロジャー・ベーコンの言葉が浮かんだのですが、内容的にはちょっと違いますね。
いずれにしろ、知らないということは、損であり、恥であり、愚かであり、時に罪でさえあります。

「百聞は一見にしかず」と言います。風景や建物などは実際に見なければわからないでしょうが、ものの意味や本質は見ただけではわかりません。
星の王子様が、「かんじんなことは目に見えないんだよ」と言っているように、ものごとの本質は目には見えないのです。

理解は目ではなく言葉にあります。人に聞くか自分で考えることによって初めてわかります。
「百見は一聞にしかず」、あるいは「百見は一考にしかず」こそが教訓的な格言です。

服の後ろ前を間違わない方法に気づいただけで、まるで大きな発見をしたような言い方をして滑稽ですが、気づきはいつも小さいことの中にあるはずです。




自然に死ぬということ

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先だって老人介護施設を経営している方と話をしました。
その方の施設では延命措置を行わず、「自然死」を勧めているとのことですが、そのような運営方針に決めたのは、中村仁一さんの「大往生したけりゃ医療とかかわるな」を読んだのがきっかけだそうです。

中村仁一さんは老人ホーム「同和園」の付属診療所所長ですが、数多くの老人の死に立ち合った経験から、延命治療が患者を苦しめるものであり、自然死であれば苦しむことなく、おだやかに死を迎えられることを知りました。

「自然死」とは、老人の飢餓と脱水症状を伴う死のことです。「飢餓」の状態では脳内モルヒネ様物質が分泌され苦痛を感じなくなります。「脱水症状」になれば血液が濃くなり、意識が低下して苦痛を感じなくなります。また呼吸困難によって酸欠になれば脳内モルヒネが分泌され、さらに炭素ガスの排出が困難になれば麻酔作用が現れます。

つまり「自然死」であれば、痛みも苦しみも不安も恐怖もなく、まどろみの中であの世へ旅立つことができるようです。
「老衰死」は苦しみの無い死です。


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高齢者のガンは、発見が遅れて手遅れになっても、何の手出しもしなければ全く痛まず死んでいきます。
中村医師は、以前から「死ぬのはガンに限る」と思っていたようですが、年寄りのガンの自然死を60~70例見て、それは確信に変わったと言います。
高齢者にはガン死が一番良いと考える医師は少なくありませんが、中村医師はそのためには「ガン検診」や「人間ドック」などは受けてはいけないと言います。

現在は高齢者にも健康を求め、過剰な治療が施されます。
死を迎えようとする高齢者に対して、「鼻チューブ」により強制的に栄養を注入し、点滴で水分を補給します。チューブを抜かないように患者を縛り付けたりもします。

自然死を迎えるために体が枯れようとしているところに水分と栄養を補給すれば、体はそれを処理できず苦しむことになります。

尿が一日100cc位しか出ないのに1~2リットルの水を点滴すれば、腎臓はそれを処理できず、肺や足に溜まって行きます。体は水ぶくれになりますが、顔に出にくいため、お年寄りが苦しんでいることに家族は気づかないでいます。


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私の父が死んだ時も、足がバンバンに膨らんでいて腎臓が機能していない事はわかりましたが、それが点滴によるものだとは知りませんでした。
問題は医療従事者の多くがその事をわかっていながら、経営の為に延命措置を止めないことです。
十分生きたお年寄りに対して、苦しみを長引かせる延命行為は残酷です。

老人介護施設の中で行われている非人道的行為についてもお聞きしましたが、それは珍しいことではないようです。
認知症の老人に対して、施設によっては暴力行為が日常的に行われていて、どうして叩くのかと聞くと、どうせ覚えてないのだからという返事が返ってきたと言います。

流動食を流し込む管が汚れていた時、それを洗わずに老人の喉に刺し、管に熱い湯を流して、きれいになったと言ったのを見た時は、唖然としたと言われていました。認知症の老人は、そんな行為に対して何の反応も示さないのでしょうが、もしかしたら体が反応しないだけで意識はあるのかも知れません。

私の父を最初にお願いした介護施設では、夜間の管理が楽だという理由から、入所者に拘束衣を着せて寝させていたようです。
それを知って1週間で父を連れ出しましたが、その時の父のうれしそうな顔を見て、いかに非人間的な扱いを受けていたかを思い知りました。

知人のお母さんが入っている介護施設では、自立させるためと称してお年寄りを厳しく叱っています。
自立出来ないから施設に入っているのです。そんな施設では家族のいないところでどんな暴力行為を働いているかわかりません。

親を自宅で見取ることは極めて困難になっていますが、せめて親身になって介護してくれる施設を選びたいものです。
それが最後の親孝行ですが、人が一生を終えることの難しさを痛感する現在です。





スズメに餌をやるホームレス

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まだ暑かった頃のこと、空き缶をたくさん積んだ自転車を傍らに止めたホームレスとおぼしきおじさんがパン屑を撒いていて、足元では7~8羽のスズメたちがそれをついばんでいました。
その光景がほほえましく、少し離れたところから足を止めて見ていたのですが、それに気づいたおじさんは人の良さそうな笑顔をこちらに向けました。

私の視線にとがめる雰囲気は無かったはずですが、その場所が銀行の駐車場の一角だったせいか、おじさんはエサを与えるのを止めてしまい、スズメたちは飛び去って行きました。

今にして思えば、パン屑を撒くおじさんに、7~8羽のスズメが寄ってきたことはすごいことでした。スズメは警戒心が強く、エサを撒いても人がいれば寄ってきません。


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むかしある人から、日本野鳥の会の創立者である中西悟堂が縁側に座っていると、小鳥が寄ってきて肩に止まったという話を聞いたことがあります。その方のお父さんは日本野鳥の会の会員で中西悟堂の知人だったので、多分本当のことだったのでしょう。そのエピソードを思い出しました。

しかし空き缶を回収して生活するホームレスがいるのは、いかにも日本らしい光景ではないでしょうか。
日本は物乞いがほとんどいない稀有の国です。物乞いをして人の憐みを受けるより、空き缶を回収して自分で生きて行くことを選ぶのが日本人です。

月にいくら稼げるのかわかりません。自転車に目一杯積んでも20kg位でしょう。アルミ缶は100円/kgしないので、1回の回収で稼げる金額は知れています。今年は冷夏でビールの売れ行きが悪かったので、回収量が減ったかもしれません。

以前は空き缶を回収をしている人を見て、大変だなと同情はしても、それ以上の興味はありませんでした。しかし最近は生活保護を受けずに自力で生きていることに感心します。

現在、生活保護を受けている人間の数は200万人を超えています。
働けるのに働かず受給している人間や、高収入を隠して受給している人間も少なくありません。外国人の不正受給者を含め、多くの人間が自力で生きることを放棄しています。

日本人の本質は変わっていないと思うことと、日本人はこんなになってしまったと思うことが併存していますが、空き缶を回収するホームレスは、もしかしたら変わらない日本人の一面を表しているのかも知れません。

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「新解さんの謎」を読む

新解さんの謎 (文春文庫)新解さんの謎 (文春文庫)
(1999/04)
赤瀬川 原平

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かなり以前に阿川弘之が紹介していた、赤瀬川原平著「新解さんの謎」をブックオフで見かけたので買ってみました。
しかしこれは想像を超える代物でした。

「新解さん」とは三省堂の「新明解国語辞典」のことで、その説明や例文に漂う面白さを発見してゆく内容です。「新明解国語辞典」の編者の、生真面目で少し古めいた考え方がたくまざるユーモアとなって笑えます。

赤瀬川原平はある夜、「路上観察学会」の会員である若い女性から電話をもらいます。
彼女は「新明解国語辞典」の記述の奇妙さについて説明します。

「新明解国語辞典」の恋愛についての説明。

れんあい【恋愛】―する 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、できるなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる。(まれにかなえられて歓喜する)状態。「―結婚・―関係」

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歓喜する

私は変な気がした。読書のような気持ちになった。辞書なのに。

「何これ、いま見てるけど」
「凄いんですよ。凄いと思いません?」
「いや、たしかにこの通りだよ。ちょっとこの通りすぎるね」
「そうなんです。その感じなんです。こんな辞書ってほかにあります?」
「うん、合体ね。恋愛の説明に合体まで出るか」
「凄いんです」
「しかも出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら。この“出来るなら”というのが・・・・」
「そうなんです。真にせまるんです」
「出来るなら、ねえ。辞書ってここまで書くのかな」
「いえ、この辞書が特別なんです」
「ふうん、新明解・・・・」
「もう黙っていられなくて」
「たしかにね。“常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる”なんて、辞書にあるまじき細かさだな」
「もう文学です。訴えているんです
「そのダメ押しがまた(まれにかなえられて歓喜する)。これをわざわざ丸カッコに包んで出している」
「正確なんです」
「合体が、まれにかなえられて歓喜する、そうだったよなあ、恋愛なんて」
いけない。夜の十一時である。相手はまだ若い女性だ」
「それでわたし、たまらずに“合体”を調べたんです。229ページです」
積極的である。相手の方が先を行っている。私もあわてて後をついて行く。

がったい【合体】―する ①起源・由来の違うものが新しい理念の下(もと)に一体となって何かを運営すること。「公武―」②「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。


「運営ねえ」
「運営ですよ」
「でも辞書とか、お役所仕事というのは、大マジメなところが即おかしかったりするもんだよ」
「そうなんですけど、ここではむしろ②です。“この辞書でのえんきょく表現”。何か辞書なのに、自己主張を感じませんか」
「たしかに匂うね」
「もう大変に匂います。わたし以前からこの匂いが気になっていて、最近ちょっと記録をとってみたら本当に凄いので、夜分すみませんでした。こんなお電話して」
「まだあるんですね」
「もうたくさんあるんです。明日すぐにお送りします」

あくる日、速達の郵便物が届いた。

【性交】
そりゃあたしかに、恋愛―合体ときたらこの言葉に進まないわけにはいかないだろう。

せいこう【性交】―する 成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。

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私はこの文中の“時を置いて”というのに感動した。時を置かずになしていたら、それこそ頬はげっそり落ちてふらふらになる。人生に一、二度はそういうことがあるものである。
一、 二度でなく、二、三度かな。いけない、私も新明解国語辞典みたいになってきた。
でもいいなあ、時を置いて。この親切な実感。一週間か。あるいは二日とか三日とか。人によっては一月、あるいは一年ということもある。私は七年という人を知っている。
いけないなあ、考えることがリアリズムになりすぎる。単なる辞書なのに。これは明解というより実感国語辞典だ。


―ここまで読んできたら、新明解国語辞典の面白さは赤瀬川原平の文章力によって増幅されているのがわかる。
この本はその増幅を楽しむものなのだ。

バカについての記載を見てみよう。

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ばか【馬鹿】記憶力・理解力の鈍さが常識を越える様子。また、そういう人。
[人をののしる時に一番使う語。公の席では刺激が強すぎるので使わない方がいい]⇔利口


私は読んだあと、思わず遠くを見つめた。
[公の席では刺激が強すぎるので使わない方がいい]
こんな親切な辞書があるだろうか。親切と言うよりおせっかいというか、いやいや、犯罪を未然に防ごうという心づかいは親切であろう。・・・・
なになに、報告によるとこれは第一版・第二版のもので、第三版以降はさらに変化しているという。


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公の席

ばか【馬鹿】[雅語形容詞「はかなし」の語根の強調形]
① ―な 記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。また、そうとしか言いようの無い人。[人をののしる時に最も普通に使うが、公の席で使うと刺激が強すぎることが有る。また、身近の存在に対して親しみを込めて使うことも有る。例、「あのー(=あいつ)が・― ―(=女性語で、相手に甘える時の言い方)]


なるほど、いっそうの充実を見せている。問題は「女性語で」の項。じつはそのカッコの
上に「― ―」とあるが、これは単なる二本の線ではなくて用例なのだ。つまり
「馬鹿馬鹿」
ということらしい。漢字では感じがでないが、要するに
「ばかばか」
ということ。しかしここまできたら、
「いやん、― ―」としてほしかった。あるいは「ばか」の下に小さいカタカナの「ン」がつくこともある、という、よりいっそうの親切心も必要だろう。


―引用したらきりがないので止めますが、こうした言葉遊びの面白さは紙に印刷した辞書だから可能なのであって、パソコンやスマホでは全体の一覧性がないので趣が変わります。
そういう意味では、この本は失われつつある辞書の時代の思い出のような作品です。

以前、「舟を編む」について書いた記事で、パソコンやスマホの普及で大部な辞書の編纂は今後出来なくなるだろうと書きましたが、辞書や事典のレベルがその国民のレベルを反映しているとすれば、今後日本人の言語的素養が向上することは期待できないでしょう。

多分、本が売れずに書店の数が減少の一途をたどっている現状と、何を食べても「ジューシー」としか言えないテレビのレポーターたちの言葉の貧困とは無縁ではないはずです。
言霊の幸ふ国は、いまや貧困な言霊の国になりつつあります。



五木の子守唄は朝鮮由来か

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お盆が近づいてくると、「五木の子守唄」の哀調を思い出します。
日本の古謡の中で、「五木の子守唄」の寂しさは異質です。
中国地方の子守唄も陰旋律のさみしさがありますが、五木の子守唄の救いのないようなさびしさとは違います。
なぜ五木の子守唄の寂しさは際立っているのか、以前から疑問でした。

五木の子守唄」は秀吉の朝鮮出兵の折に連れて来られた陶工が五木に住みつき、彼らによって作られたという説があります。日本の古謡には珍しい3拍子であり、アリランやトラジと同じ3拍子であることから言われているようです。歌詞の「おどまかんじんかんじん」の「かんじん」が韓人であるとの説までありますが、韓国ができたのが戦後なのでこれはあり得ません。

「五木の子守唄」の寂しさの説明として、朝鮮由来説は感覚的に納得できますが、秀吉の朝鮮出兵の折に日本に連れてこられたとすれば400年以上昔であり、その後五木に住み着き、五木弁を話すようになっても尚、朝鮮的な感性がそのまま残るだろうかという疑問がありました。(最近、パク・クネ大統領が、千年たっても恨むと言っているので、すぐ水に流す日本人の感性で理解してはいけないのかも知れませんが)

また、陶工として連れてこられた人間が、五木村のような山奥に住み着くのは不自然ではないかとの疑問もありました。
薩摩焼の沈寿官さんは社会的な名声と地位を得て、その後朝鮮に帰る機会を与えられながら帰らなかったことを考えても、余程のことがなければ陶工たちが五木村に住み着くことはないでしょう。

「五木の子守唄」の寂しさや悲しさが、アリランに感じられる朝鮮的な感性ではないかという疑問は、五木村のホームページで正調五木の子守唄を聞いて氷解しました。元歌の感性に朝鮮的なものはまるでないのです。
(五木村のホームページで是非正調五木の子守唄をお聴きください)

Wikiによれば、戦後に古関裕而が採譜し、民謡歌手の音丸によってレコーディングされたとあります。採譜した「五木の子守唄」の元歌を、古関裕而が戦後の風潮に合わせ、哀切な曲調に編曲したと考えるのが正しいようです。
われわれが知っている歌詞もお座敷唄として編集されたものであり、つまり有名な五木の子守唄は古謡に題材を得て作られた、いわば戦後歌謡なのでした。

「お座敷唄」
おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先きゃおらんと 
盆が早よくりゃ早よもどる

おどま勧進勧進 あん人たちゃよか衆
よか衆ゃよか帯 よか着物

「正調五木の子守唄」
おどまいやいや 泣く子の守りにゃ
泣くといわれて憎まれる 泣くといわれて憎まれる

ねんねした子のかわいさむぞさ
起きて泣く子の面憎さ 起きて泣く子の面憎さ  以下略

中国地方の子守唄」は、岡山県井原市付近に伝わる子守歌を、1938年に山田耕筰が採譜編集したものだといいます。元歌がわからないのですが、山田耕筰の改編が加わっているとすれば、西洋音楽的に洗練されたものになっているでしょう。また1938年という時代風潮が反映されているかもしれません。

ねんねこ しゃっしゃりませ
寝た子の かわいさ
起きて 泣く子の
ねんころろ つらにくさ
ねんころろん ねんころろん

ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすは この子の
ねんころろ 宮詣り
ねんころろん ねんころろん

宮へ 詣った時
なんと言うて 拝むさ
一生 この子の
ねんころろん まめなように
ねんころろん ねんころろん

有名な二つの子守唄が、著名な作曲家によって手が加えられていたのは意外でした。
ちょっと調べれば長年の疑問が判明するのだからネットは便利です。

日本が貧しかった頃、幼い子どもが口減らしのため働きに出され、子守や雑用をさせられていました。
盆に親元に帰るときの喜びがどれほどのものであったか想像を超えます。
幼い子どもたちはそのような苦労の中でも決して親を恨まず、早く親を楽にしてあげたいと考えました。
家貧しくて孝子出づ
過保護の中から生まれるものは何もないことを痛感します。


<参考>
五木の子守唄
中国地方の子守唄




外国語通訳と国語

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―私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。
祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない。― エミール・シオラン

アメリカとイギリスの大学で教えていた数学者の藤原正彦さんは、国語教育こそ教育の中心でなければならないと力説してきました。しかし早期の英語教育こそ最も大事と考えるわが国の風潮により、小学校3年生から英語教育が行われることになり、国語教育はさらに軽視されることとなりました。

英語がしゃべれたら幸せになれるわけではないし、経済が発展するわけでもないのに、なぜそれほど英語教育に夢中になるのでしょうか。
明治以来、日本は目覚ましい発展を遂げましたが、それは英語が話せたからではありません。日本人の英語能力はアジアの中で最下位に近いでしょうが、それでも世界2位の経済大国となれたことは、英語と国の発展が無関係であることを証明しています。
必要性に迫られなければ英語は身につきません。英語は必要な人が学べば済むことです。

通訳や翻訳の仕事も国語能力が重要ですが、イタリア語通訳の田丸公美子さんが書いた、「パーネ・アモーレ(パンと愛)」という本は、一流の通訳者が一流の国語習得者であることを示しています。

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)
(2004/09)
田丸 公美子

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この本の愉快な記事を紹介します。
国際会議で知り合った、英露仏伊スペイン語の5人の女性通訳者たちが、たまに会って食事をし、情報交換していました。みんなのスケジュール調整をしてきたフランス語通訳が連絡をさぼったらしく、ロシア語通訳の米原万理さんが直接みんなのスケジュールを確認しようとします。

米原万理さんは、連絡をさぼったフランス語通訳のことを、「プッツン」、下ネタを連発する田丸公美子さんを、「シモネッタ」、スペイン語通訳を「ガセネッタ」と名づけました。
逆に、田丸さんは英語通訳の徳永晴美さんを「西太后」、ロシア語通訳の米原万理さんを「東太后」と命名しています。

「西太后と東太后」より
『・・・・そしてある日、万里姫から突然ファックスが送られてきた。表の縦軸には月日、横軸には四人の名前が書いてある。会えそうな日にマルをつけて返信せよ、全員のマルがそろう日に夕食会決行、とある。添付のレターにはこうある。

「さて、酒とて麻薬とて、絶ってから久しくなると禁断症状もなくなってくるとか・・・。失われた恋の痛手か、新しい恋の虜か、近頃すっかり“ロジスティックの”という形容詞を返上しているプッツンに任せておくと、皆様一同あの魅惑的な味を失念してしまい、結構なければないですむものなのね・・・などと納得されてはならじと、物を食う速度とオーガナイズの迅速さだけは人後に落ちぬと自負する拙者が乗り出すことにいたしました。

民主的、水平的ではあるものの回覧板方式ですと、プッツンのところでプッツンしてしまうので、強権中央集権方式で参ります。私がお送りします表に、その日の夜(十九時以降)都合がつく場合はマル、ダメな日はバツをつけて速やかにご返送ください。ご返送くださらない方は、出席のご意思なきものとみなします」

欲求不満の姫をおなぐさめするのは私の役目、表とともに返送した私のレターをご披露しよう。

「東太后万里さま
たった一人の分別のないパリ娘のただ一度の過ちで、早くも強権発動となった事態を見るにつけ、歴史上の恐怖政治の始まりもきっと、かような、言ってみれば取るに足らないことが原因であったろうと思いを馳せているのでございます。

それにしても、わたくしが最も秘すべきこととしております毎夜の予定を、なんと二十二日にもわたって東太后さまに管理される日が来ようとは・・・ジョージ・オーウェルの「1984年」は本当のことだったのでございますね。

先ほど、その心ない張本人から電話がございまして、『何よ、これじゃ万里の予定は私たちにはわからないわけ?万里がロシアに行くって言ったからこうなったんじゃない。私の希望はね・・・』とのたまいます。わたしは即座に、『「東太后さまが望んでいらっしゃるのは希望でもコメントでもなく、ただマルバツ式の答えだけなのです』と強く諫(いさ)めておきました。しかし、身勝手で出たとこ勝負、無責任という通訳の属性をすっかり身につけたパリ娘は、それに懲りず、彼女の都合の良い日にあわせろと、わたくしに裏工作に加担するように迫るのです。

確かにわたくしは、あらゆるおのこに情けをかけるたぐいまれな慈悲の持ち主です。しかし厳寒のシベリアもかくやと思われるほど冷徹な太后さまに反旗を翻すなどという行為に、たとえコウモリ派と信じられている私とて加わるわけにはいきません。そこでパリ娘の言動を逐一報告すると同時に、太后さまが重用していらっしゃる方々の真の姿もあわせてご報告し、是非わたくしめを今後は摂政としてご登用いただけるよう伏してお願い申し上げる次第でございます。

何を隠そう、Tさんは常日頃からあなたさまの若さと美貌をねたんでおり、今度ご一緒に行かれるシベリアで、あなたさまを亡き者にすべく計画を練っております。ガセネッタはあなたさまの豪邸と権勢をおもしろからず思っており、プッツンはあなたさまのご多忙さと年収をいたく羨望、憎悪しております。

今回の日程表、わたくしだけが持っておりますあなたさまへの忠誠心をおみせするため、すべてマル印がついておりますが、実のところは、毎夜殿方のお求めで一杯なのでございます。
人を食う速度とオーガズムの迅速さでは人後に落ちないシモネッタより」

翌日、この余興をいたくお気に召した万里姫より、あとの三人にファックスとともに私の手紙が送られた。
「強権発動後一夜明けて、シモネッタより次のようなお便りが舞い込みました。こんな傑作、私が一人占めするのもったいないから、背信じゃなく配信します」

たかが夕食の約束のために、こんな大仰なことば遊びをしてしまう。これも通訳の性であろうか。

一歳から保育園に預け、放任いや、近所に放牧状態で育てたわが愚息は、ひょうたんから駒で、質実剛健の校風が有名な進学校に入学した。父母は当然教育熱心なエリートが多い。
中一のときの保護者会で、ひとりのお母さんが近寄ってみえ、私に小声でささやかれた。
「雄太君のおかあさんですか。こんなこと申し上げてもよろしいかしら。実はうちの息子が申しますには、雄太君に巨乳のヌード写真集を見せていただいたとか・・・・」
私は答えた。
「うちの子に限ってそんなはずは・・・・。だって巨乳は嫌いだ、手に入る小ぶりサイズが好きだっていつもいっているんですのよ」
当のお母さまは、二の句が告げず黙って行ってしまわれた。帰宅した私は、息子に言った。
「お前、ヌード写真集を友達に見せるくらいなら、まずパパに見せてあげなさい」
この会話を披露した主婦の友人は、「まあ、そんなこと言うと変な親だと噂が立って息子さんがかわいそうよ」
これが常識人たるべき反応であろう。

通訳仲間の反応はというと、東太后万里さまは、「そんなときは、まあそれ、ただでお見せしたんですの? と言うべきよ」
西太后Tさんにいたっては、「あら、いつ私のヌード写真集を持ちだしたのかしら、恥ずかしいわって言えばよかったのに」である。
さすが通訳、皆常軌を逸している。その言葉を伝えた思春期の息子は吐き捨てるように言った。
「だから通訳の母親なんてほしくないんだ。最低」・・・・』


田丸公美子さん著書一覧



企業の姿勢

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プリンターの純正インクの値段には、かねがね不満を持っていました。最近、その不満から解放されたのは、ネットで代替インクを買うようになったからです。値段はキャノンのMG6330用の5本セットで1500円くらい、その前のタイプのプリンター(MG6230)は、6本セットで800円くらい(!)です。

私が買ったのは京阪ソフトという商品ですが、Amazonでは、「この商品の再入荷予定は立っておりません。」と表記されています。
2台のプリンターの内、1台は使い始めにクリーニングを要しましたが、もう一台は最初から問題無く使えています。写真はまだ印刷していませんが、カラー印刷は問題ありません。

プリンター本体を安くしてインクで儲けるのは戦略なので結構ですが、今の価格であれば、キャノンやエプソンなどは、やがて代替インクに市場を奪われるでしょう。

ところでわが家では、ずっとキャノンのプリンターを使ってきました。最初に買った機種の印字速度と故障の少なさにキャノンの愛用者になりましたが、数年前に買ったキャノンはすぐに故障して、なるほど中国製かと思わせました。
決定的に信頼感を落としたのは、MG6330を買ってからでした。


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MG6330は使い勝手を犠牲にして薄型にしています。これはユーザーの使いやすさより、営業を優先したことを意味しています。
さらにひどかったのが印刷ソフトの改悪です。それまでの使いやすいソフトから、わけのわからないソフトに改悪されていて、使うたびにイライラが募りました。ここでもユーザーの使いやすさが無視されています。
信頼を失うのはあっという間です。あの使いにくいソフトが付いてくると思うと、これからはキャノンのプリンターを買うのがためらわれます。

純正インクカートリッジの高さに不満を述べましたが、実はこのことは何ほどのこともありません。
いくらインク代が高いと言っても、家計に影響を与えることはないからです。
はるかにたちが悪いのが携帯電話会社です。


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ソフトバンクの経常利益が一兆円を超えました。トヨタ自動車、NTTグループについで3番目の一兆円超えですが、トヨタ自動車が稼ぐこととソフトバンクが稼ぐことでは、意味がまったく違います。

トヨタは技術開発に心血を注ぎ、生産工程のムダを省き、利益を上げるために世界のどの企業にも負けない努力を重ねてきました。傘下にデンソーやアイシン精機など、世界的に優秀な多くの企業があり、その下には数々の下請けや孫請け会社があって、多くの人がトヨタの下で暮らしています。

しかしソフトバンクが利益を上げているのは、単にバカ高いスマホ利用料金のお陰です。
新たな価値を創造したわけではなく、まやかしのCMだけでのし上がってきました。

トヨタは巨大な外貨を稼いでいますが、ソフトバンクは日本で稼いだ莫大な利益を、買収したアメリカ企業のために使っています。若い人たちが電話代を払う為に他の消費を抑えていることは日本経済に取ってマイナスですが、スマホばかりを眺めて時間を浪費していることはさらに大きな損失です。

ソフトバンクが日本から消えても、トヨタが消滅するようなショックはありません。むしろたいして困らないといってよいでしょう。
そんな企業が一兆円を超える利益を上げているのです。

孫正義氏は、人間の欲望に限りがないことを教えてくれる格好の人物ですが、いずれ原因結果の法則を受け入れなくてはなりません。それは彼が不当に得た利益に比例するものです。

自己中心の生き方の結果がどれだけ厳しいものであるか、やがて人は知る時が来ます。(私自身を含めて)
いずれにしろ、その時まで私はガラケーを使います。




治安と移民

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警察仲間から、最後の刑事と呼ばれた知人がいます。長年暴力団担当だったので、主要な暴力団幹部はすべて知っているという強面(こわもて)ですが、外見に似ないロマンチストで、一時期はしょっちゅう会っていました。

この人は仕事柄、銃を突きつけられたり、刃物で脅されることは何度もあったそうですが、そんな脅しは全然怖くなかったと言います。その彼が一番怖かったのは、ある夜、偽の電話で呼び出されて行った先にブラジル人たちがいて、取り囲まれた時だったそうです。その時どうしたのか聞きませんでしたが、生きているところを見れば何とか脱出したのでしょう。

その話を聞いた時、銃を突きつけられても平気な男が、なぜブラジル人たちに囲まれて怖かったのか分からなかったのですが、昨年の夏、ある市でブラジル人とおぼしき不良たちを見てわかった気がしました。彼らが何を考え、何を感じているのか、まったく見当がつかなかったからです。
と、ここまで書いて違和感があるのは、知人の特殊なケースを一般化する過ちを犯しているからでしょう。
東洋人であっても、育った環境や習慣で、考え方や価値観がまったく違います。

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ワールドカップが行われるブラジルの治安の悪さが問題になっています。犯罪発生率は日本の480倍で、白昼、衆人環視の中で日常的に犯罪が起こっています。
外務省もワールドカップの渡航者に、脅しにあったら相手が子供でも、抵抗せずに金をだすよう警告していますが、早くも日本人旅行者に被害が出ています。

日本は今後、人口減と労働力不足を改善するため、年間20万人の移民を受け入れると言われていますが、大量の移民を受け入れてきたヨーロッパの国々が、今どのような状態になっているかを知れば、移民を受け入れることがどれほど危険であるかがわかります。
下記のサイトをご確認ください。全ての国で大きな社会問題が起きています。

   ヨーロッパ 移民の現実

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安倍首相はテレビの番組で、移民政策に反対だと言っていましたが、竹中平蔵のような人間が産業競争力会議にいる以上、気を許せない状況です。日本が移民政策を行えば、移民の90%が中国人になると言われます。

日本人は世界で稀な民族です。誠実で正直で、何事にも最上を求める国民性は、2000年以上続いた日本の文化の上に実現したものです。この国民性を失うことはご先祖様に申し訳ないことです。
少子化で貧しい国になっても、安全で美しい国であり続けてほしいと思います。

サッカーのワールドカップでテレビは連日大騒ぎをしています。
サッカーが好きになれない理由の一つが、わざと転んで相手の反則をアピールすることです。
スポーツマン精神に反するみっともない態度です。
得点を挙げて大げさに喜ぶのも、軽薄で愚かしく見えます。
ラグビーならトライしても平然と引き上げてきます。男らしい態度です。

応援のうるささにもうんざりします。試合の間中、何か歌ったり鳴らしていますが、息詰まるような場面では人は沈黙するはずです。

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山本夏彦さんは、戦前の日本人の典型のような人でした。
その人がJリーグについて書いた文章があります。Jリーグ発足直後の文章です。

「・・・釜本邦夫、杉山隆一両選手がスターだったころ、サッカーは少しは人気が出たが、それなりけりで立ち消えになった。ところがフシギではないか今度は一夜あければJリーグなのである。
その狂態ぶりを見てごらん、カズというのがスターだと聞いたがどれがカズだか分からない。ただ河童のように頭のまんなかが禿げた男だけはおぼえた。もう若くない、あとでアルシンドだと教えられた。選手は味方の得点だと狂喜して友の膝にまたがって、首玉にかじりつく。ひとりでんぐり返りをする。投げキッスをするものがある。失点だと両手で顔を覆う。大地に身を投げ頭をかかえてのたうち回る、はては泣く。ひと試合に何度泣くのか。みにくい。
日本の武道にこれらはない。パフォーマンスだそうで、そのどこが悪いと言うだろうが悪いのである。泣くほどのことは一つもない。皆うそである。
・・・・Jリーグの人気は急激である。人をして顔をそむけしめるものがある。」

マスコミがサッカーを異常に取り上げるのは、もしかしたら3S政策ではないかと感じます
考えすぎでしょうか。




花子と白蓮

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NHKの朝の連続ドラマ「アンと花子」は、「赤毛のアン」の翻訳者村岡花子が主人公ですが、花子が歌人の白蓮と親友であったことは知りませんでした。
ドラマの中で、花子の友人である伯爵家の葉山蓮子が、年の離れた九州の炭鉱王と結婚しますが、生まれ育った華族の環境との違いに、次第に希望を失って行きます。多分このあとの展開で「白蓮事件」が出て来るのでしょう。
それにしても、主人公の着る着物の美しさに毎回目を奪われます。着物はなんと美しい衣装でしょうか。


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 白蓮

白蓮の本名は柳原燁子(あきこ)。華族出身の歌人でその美貌でも有名でしたが、北小路家に嫁いだあと離婚し、その後九州の炭坑王伊藤伝右衛門と再婚しました。
燁子はかねてより短歌を佐々木信綱に学んでいて「白蓮」と号していましたが、夫の伊藤伝右衛門は女出入りが激しく、燁子の孤独な生活の中で生きがいは短歌と詩だけでした。
  
   ゆくにあらず帰るにあらず戻るにあらず生けるかこの身死せるかこの身

こうした時、白蓮は社会主義運動家で東京帝国大学法学部に在学していた宮崎龍介と出会います。
宮崎龍介との関係が深まり夫との離婚を決意した白蓮は、大正10年10月、大阪朝日新聞に夫への絶縁状を公開しました。

まだ姦通罪がある時代に、華族出身の美貌の歌人柳原白蓮が、夫である九州の炭坑王伊藤伝右衛門にあてた絶縁状を新聞に発表したことにより、世情を騒然とさせるスキャンダルとなり、白蓮に対して轟々たる非難がまきおこりました。これが「白蓮事件」です。

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事件当時の宮崎龍介と白蓮

白蓮は昭和42年に81歳で亡くなりました。夫の弁護士宮崎龍介は「柳原白蓮との半世紀」という回顧録を同年6月の文芸春秋に寄稿しています。
私は見た―決定的体験 (文春文庫)」という本にこの回顧録が掲載されており、それによるとこの絶縁状を朝日新聞に掲載する事を決めたのは宮崎龍介と友人の赤松克麿、それに朝日新聞にいた友人早坂二郎の3人であったということです。

そこには伊藤伝右衛門の社会的立場に対する配慮や、白蓮に向けられる世の中の非難に対する配慮はありませんでした。多分正義感の強い若い社会主義運動家たちは、大金持ちが金にあかせて女性の人格を踏みにじっていることに対して、社会的制裁を加えなければならないと考えたのでしょう。
社会主義的な正義感には、本人の気づかない独善性が含まれています。

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伊藤伝右衛門と白蓮

しかし大正時代、石炭王の女出入りが激しいことは世間の容認するところであり、ましてや姦通罪があった時代にこのような絶縁状を妻が発表したことにたいして、轟々たる非難が沸き起こったのは当然のことでした。白蓮はこの後、世間から身を隠し、宮崎龍介に対しては、悪党、国賊と罵る手紙が山のように届きました。
この騒動のあと、伊藤伝右衛門が度量を見せて離婚が成立したのは幸いなことでした。

後ほどご紹介する絶縁状は、白蓮が宮崎龍介と赤松克麿と相談して書いたものです。夫への不平不満や恨みが綴られていますが、その内容は女性問題に終始しています。
どの時代でも夫の女性問題で悩んでいる人は大勢いますが、その上に大酒飲みで仕事をしない男もいれば、暴力を奮う男だっています。それに比べれば、むしろ贅沢三昧できた白蓮は恵まれていたと言えるかもしれません。
女性問題で新聞に絶縁状を出されては、男性はたまらないですね。(無論私は平気です)


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旧伊藤伝右衛門本邸

伊藤伝右衛門の本邸は飯塚市にありましたが、燁子を迎えるため福岡天神に青銅の屋根の御殿を作り、湯の町別府にも瀟洒な別荘を構えて燁子に気ままな暮らしをさせていました。
自分なら亭主はいらないのでそっちを選ぶ!という女性も少なくないでしょうね。

白蓮は晩年、緑内障で両目が見えなくなりました。
短歌研究」に寄稿した最後の作品にはその辛さが綴られています。 

   月影はわが手の上と教えられさびしきことのすずろ極まる
   昨日と云い今日とくらしてうつそ身の明日のいのちをわが生きむとす
   そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちに見つ


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白蓮と宮崎龍介と子供たち

回想録の中で宮崎龍介は、「私のところへ来てどれだけ私が幸福にしてやれたか、それほど自信があるわけではありませんが、少なくとも私は、伊藤や柳原の人々よりは燁子の個性を理解し、援助してやることができたと思っています」と述べています。

それほど自信があるわけではないと言っているのは、多分白蓮のその後の人生に苦労や心労がつきまとったからでしょう。
特に生きがいであった息子が学徒出陣で戦死したことがこたえたようで、死ぬ間際まで、ひょっとしてお母さんただいま、と帰って来るんじゃないかと願っていたようです。

   英霊の生きてかえるがありといふ子の骨壷よ振れば音する
   きちがひと人や見るらめ子が植えし花にものいふわれ見る勿れ  
   かへらぬをかへるとかりに楽しみて子が座をおきぬわれと並べて 
   かえり来ば吾子に食わする白き米手握る指こぼしては見つ

以下は大正10年10月に大阪朝日新聞に公開した夫への絶縁状です。長いのを書き写しましたが、どこかでコピペできたかもしれません。お暇な方はご覧ください。

「私は今あなたの妻として最後の手紙を差し上げます。今私がこの手紙を差し上げるということは、あなたに取っては突然であるかも知れませぬが、私としては当然の結果に外ならないので御座います。あなたと私との結婚当初から今日までを回顧して、私は今最善の理性と勇気との命ずるところに従って、この道を執るに至ったので御座います。

ご承知の通り結婚の当初からあなたと私との間には、まったく愛と理解とを欠いていました。この因襲的な結婚に私が屈従したのは、私の周囲の結婚に対する無理解と、そして私の弱小の結果でございました。
しかし私は愚かにもこの結婚を有意義ならしめ、出来る限りの愛と力とをこの内に見出して行きたいと期待し、且つ努力しようと決心しました。

私が儚い(はかない)期待を抱いて東京から九州に参りましてから、今はもう10年になりますが、その間の私の生活はただやる瀬ない涙を以って掩(おお)われまして、私の期待は総て裏切られ、私の努力はすべて水泡に帰しました。
貴方の家庭は私の全く予期しない複雑なものでありました。私は茲に(ここに)くどくどしくは申しませぬが、貴方に仕えている女性の中には、貴方との間に単なる主従関係のみが存在するとは思われないものもありました。

貴方の家庭で主婦の実権を全く他の女性に奪われて居たこともありました。それも貴方の御意思であったことは勿論です。私はこの意外な家庭の空気に驚いたものでした。こういう状況において貴方と私の間に真の愛や理解のありよう筈がありませぬ。私がこれ等の事につきしばしば洩らした不平や反抗に対して、あなたは或いは離別するとか里方に預けるとか申されました。実に冷酷な態度を執られたことをお忘れにはなりますまい。
またかなり複雑な家庭が生む様々な出来事に対しても、常に貴方の愛はなく、従って妻としての値を認められない私が、どんなに頼り少なく寂しい日々を送ったかは、よもや御承知なき筈はないと存じます。

私は折々我が身の不幸を儚んで(はかなんで)死を考えたこともありました。しかし私は出来る限り苦悩と憂愁を押さえて今日まで参りました。その不遇なる運命を慰むるものは、
只歌と詩とのみでありました。愛なき結婚が生んだ不遇とこの不遇から受けた痛手のために、私の生涯は所詮暗い幕のうちに終わるものだとあきらめたこともありました。

しかし幸いにして私にはひとりの愛する人が与えられ、そして私はその愛によって今復活しようとしているのであります。このままにしておいては、あなたに対して罪ならぬ罪を犯すことになることを恐れます。最早今日は私の良心の命ずるままに、不自然なる既往の生活を根本的に改造すべき時期に臨みました。即ち虚偽を去り真実に就く時が参りました。よってこの手紙により私は金力を以って女性の人格を無視する貴方に、永久の決別を告げます。私は私の個性の自由と尊重を守り且つ培う為に、貴方の許を離れます。長い間私を御養育下さった御配慮にたいしては厚く御礼を申上げます。
〈二伸〉
私の宝石類を書留郵便で返送いたします。衣類等は照山支配人へ手紙に同封しました目録通り、総てそれに分け与えてくださいまし。私の実印はお送りいたしませんが、若し私の名義となっているものがありましたら、その名義変更の為には何時でも捺印致します。
二十一日           燁子
伊藤伝右衛門様」





日本の色

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秋田 刺巻湿原


日本ほど色彩の豊かな国はありません。
せんだって、オバマ大統領が韓国を訪問した時の民族衣装での歓迎式典を見ながら、あらためて日本人の稀有な色彩感覚を思っていました。


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四十八茶100鼠(しじゅうはっちゃ・ひゃくねずみ)という言葉があります。
江戸時代、茶系の色だけで四十八色、鼠色だと100色もあるという意味です。実際に鼠色系は100近くあり、茶系色は四十八でなく60以上が同定できているようです。

その中には現在だと茶系やグレー系に入れない色もありますが、これだけ茶系と灰色系が増えた理由は、江戸時代後期の奢侈禁止令により、庶民が派手な色の着物を着ることを禁じられたため、地味な茶色と鼠色の中に色彩の変化を求めたためだといいます。

驚くのはその一つ一つの色に名前がついていて、しかもセンスが良いことです。
たとえば「城ヶ島の雨」の歌詞、“雨はふるふる 城ケ島の磯に 利休鼠の雨がふる”は、利休鼠色の雨が降るという意味ですが、利休鼠の名前の由来は、地味でくすんだ色が侘茶を想像させ、さらに利休を連想させたことによるものです。
たくさんの微妙な色合いを創り出し、それを再現できた技術力にも驚くほかありません。


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江戸時代の日本人の興味深いところは、浮世絵や歌舞伎や芸事を楽しむ一方で、徹底的にものを大切にしていたことです。
文春文庫のベスト・エッセイ集「片手の音」に掲載された、友禅職人の岩原俊さんの「貸しふんどしの話」は、日本人の物を大切にする心が如何に徹底していたかを示すものでした。

江戸時代、参勤交代で江戸屋敷づめになった単身赴任や独身の侍は、ふんどしの洗濯を下男にさせるわけにいかず、何日間に一度届けられる貸しふんどしを利用していたそうです。
こうしたレンタルのふんどしは、古くなってくたびれる前に業者が買い取り、小紋のデザインを藍染してから野良着に仕立てて東北地方で売っていました。

六尺ふんどし四本で野良着が一着、もんぺなら二本できたようです。こうして再生した野良着がぼろぼろになると、また集められて江戸に運ばれ、古くなった庶民の藍染の普段着などと一緒に洗濯したあと臼でつかれました。


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藍染

藍染は植物の藍に含まれるインディゴを発酵、酸化させて藍色にします。酸化した藍は元に戻らないので、臼でつくと藍の微粒子が繊維から離れ臼の底に沈殿します。そうして集められた藍の成分にニカワを混ぜて小指ほどの大きさに固めます。

それは藍棒と呼ばれ青色の染料になりました。水を入れた小鉢の中で藍棒を刷ると青色の水になり、薄めれば水色になります。
江戸時代、青色は藍棒によって得られていました。鉱物系の顔料としてはブルーの群青、グリーンの緑青がありましたが、大変高価だったため、高名な絵師の屏風絵や襖絵などにしか使えません。葛飾北斎や安藤広重の浮世絵の美しい青も、元々はふんどしを染めていた藍だったかも知れないのです。
但し、北斎の「冨嶽三十六景」など、後年にはオランダ船によって持ち込まれたベロ藍が使われています。

黄色は南方の植物、オトギリソウの樹液から作られていましたが、これを藍棒の水色と混ぜるとグリーンになります。
グリーン系の色はすべてこの組み合わせでできていました。

藍の色素を抜かれた木綿は、さらに臼で叩かれてこまかい繊維にされ、高級な紙の原料として使われていました。
現在でも木綿を叩解したパルプからボンド紙という高級印刷用紙が作られていますが、江戸時代の日本人の、物の命を使い尽くすもったいない精神と知恵には驚くほかありません。エセ環境意識を振りかざす現在とは比較を絶しています。

四十八茶100鼠に見られる同系色の多様さには、日本人の色彩に対する繊細な感覚に加え、やさしさ、おだやかさ、慎み深さという日本人の繊細な心が現れているように思います。
こんな国民は他にいません。失われつつある日本のすべてが、かけがいのない文化遺産です。


日本の伝統色

藍について




和を愛するのは日本人だけ

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小岩井農場 一本桜


1997年、マクドナルドのコーヒーをこぼしてやけどしたと訴えた、当時79歳のアメリカ人女性に対し、裁判所は65万ドル(6500万円)の支払いを命じました。この女性は紙コップのコーヒーを股に挟んで運転していたとのことで、日本人なら誰でも自分のミスだと思い、コーヒーが熱かったからだとは考えませんが、アメリカでは「トラブルは金になる」ので、何かあると取りあえず訴えます。

その結果、こんな非常識で馬鹿げた判決が次々に生まれます。
アメリカの新聞紙上で最も多く使われる言葉は、「Sue 訴える」だそうです。

1990年、日本のスズキ自動車は、自損事故を起こした人間に訴えられて、「安全性に問題はない」との専門家の意見にもかかわらず、99億円の支払いを命ぜられました。
最近では、トヨタ自動車が韓国系アメリカ人たちから根拠のない急発進で訴えられ、1000億円以上支払うことになりました。

今回の記事は、山本茂著「ジャパン発見伝」を参考にします。山本茂さんは毎日新聞社会部、サンデー毎日編集次長を経て、九州女子大学他の教授をされた方です。反日左翼の毎日新聞でも、戦前生まれの方は、日本を愛し、誇りに思っていることがわかります。大変面白く参考になる本です。


ジャパン発見伝―日本への20の視点ジャパン発見伝―日本への20の視点
(2008/07)
山本 茂

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アメリカの弁護士数は2000年時点で100万人でしたが、その後毎年4万人増えているので、現在は150万人を超えているでしょう。陸海空3軍の兵士より弁護士の方が多くなっています。
弁護士費用は2000年の時点で8000億ドル(80兆円)でしたが、現在は100兆円を超えているはずです。これは国防予算の3倍以上の金額で、アメリカ最大の産業です。

訴訟が増えると企業はそのために保険をかけますが、この保険金額がアメリカの製造メーカーの大きな負担になっています。アメリカに29社あった小型機メーカーは、現在9社に減っており、保険金の掛け金は小型飛行機の原価に匹敵するほどです。
1997年、アメリカのタバコメーカーは全米40州で訴訟を起こされ、365億ドル(3兆6500億円)の賠償を命じられています。
2002年、フィリップ・モリスは64歳の肺がん女性に対して、280億ドル(2兆8000億円)の支払いを命じられました。

日本もアメリカの「年次改革要望書」という命令書によって弁護士を増やすよう強制され、弁護士の数は倍ちかくに増えてきました。それでもまだ3万8千人です。
裁判員制度は、日本人を裁判に慣らすことによって日本を訴訟社会にしようとするアメリカの陰謀ですが、和を大事にする日本人はそう簡単に訴訟を起こしません。
その結果、法律事務所に属さない弁護士の2割が年収100万円以下で、全弁護士の平均年収も680万円程度のようです。
このことが知られてきて、法学部の人気がガタ落ちだと言います。アメリカが日本を訴訟社会にしたいのは、もしかしたらアメリカの保険会社の政治的圧力かも知れません。年次改革要望書に従って行った郵政民営化も、日本の郵貯をアメリカの金融会社が取りこむためでした。

日本のどこの法律事務所に行っても左翼的な言葉やパンフレットが溢れていて、その汚染ぶりに驚きます。
東京都知事に立候補した元日弁連会長の宇都宮健児氏も、共産党と社民党の推薦でした。
日本人は司法の偏向に強く警戒しなければ危険です。


新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝―中国正史日本伝〈1〉 (岩波文庫)新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝―中国正史日本伝〈1〉 (岩波文庫)
(1985/05/16)
石原 道博

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聖徳太子の「和をもって尊しとなす」と言う言葉は、昔から日本人が調和を大切にしてきたことを現しています。
聖徳太子が亡くなられた直後頃に書かれた「隋書倭国伝」(西暦636年)には日本のことが次のように紹介されています。
 
「人すこぶる恬静(てんせい)にして争訟まれに盗賊すくなし。性質直にして雅風あり」
(人はたいへん物静かで争い事は少ない。盗賊も少ない。人々の性質は素直で雅である)

その350年くらい前の卑弥呼の時代に書かれた「魏志倭人伝」でも、日本人は次のように評されています。

「婦人淫せず、妬忌(とき)せず。 盗窃(とうせつ)せず、諍訟(そうしょう)少なし」
(婦人は貞操観念が堅い(!)。ねたんだりしない。盗みをする者はいない、訴え事も少ない)

日本人の心性は、古来からやさしく調和されたものだったようです。
日本人の心の中心にある調和の心を、裁判という争い事で破壊させてはいけません。

最近中国が商船三井の船舶を差し押さえたり、三菱マテリアルに対する戦時徴用の訴えを受理したりと、法を無視する判決が相次いでいます。韓国も日本に対して常識を疑う判決を出しており、争いごとの嫌いな日本も、「和をもって尊しとなす」とは言っていられない状況にあります。

明治以降の日本人が日清、日露の戦いに勝利したのは、武士道精神にもとづく武力と、敵の戦略を見抜く賢明さを有していたためでした。
平和憲法で日本を守ることはできません。三次元の世界は、心だけでなく力が必要です。







日本人と武道

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10年くらい前、テレビで柳生新陰流の立ち合いを見て驚いたことがありました。
相手の剣士が木刀を振り下ろすと、当時高齢であったはずの柳生当主がわずかに遅れて振り下ろしました。

先に振り下ろした木刀と後から振り下ろした木刀では、当然先に振り下ろした木刀が勝つはずです。ところがお互いの木刀が下に降りたとき、柳生新陰流当主の木刀は、相手剣士の木刀を上から制していたのです。言葉でその不思議な様をうまく説明できませんが、なにか物理法則に反するものを見たような驚きでした。

この時の印象が忘れられず、折に触れて思い出していたのですが、その柳生新陰流の剣法が、「活人剣(かつにんけん)」だと知ったのは、「致知」の3月号によってでした。
柳生新陰流第22世当主の柳生耕一氏が寄稿されていました。


柳生耕一氏


「普通に考えたら先に動いたほうが有利なのに、活人剣はなぜ勝てるのでしょうか。新陰流には、活人剣の技の一つとして相手が切りたくなるような状態をわざとつくり、相手が食らいついてきた瞬間、絶妙のタイミングで打つ、というものがありますが、このように相手の動きを予測し、こちらのシナリオに沿って相手を動かすのです。」

「殺人刀と活人剣が相まみえると、戦っている次元が違いますから、活人剣が負けることはありません。活人剣が「天下の剣」と恐れられる所以です。」

あの物理法則に反するような不思議な剣は、長年自分を統御してきた武術者が到達した、高い精神的境地によるものだったのです。

「自分の得意技に頼るだけでは、とても活人剣を操ることはできません。相手の動きを引き出すのが、先に述べた心の「位」です。相手の動きに自在に対するには、囚われを廃し、どのような時も心をニュートラルな状態に保っておくことが不可欠で、その意味でも心の練磨は欠かすことができません。」

柳生新陰流の流祖上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)は、柳生石舟斎に対して、活人剣を印可(許可)するのは一国一人の「真実の人」に限ると伝えています。
人を倒す剣の道の行きつくところが、「真実の人」というのが、究極を求める日本人らしいところです。

柳生石舟斎の言葉
「一文は無文の師、他流勝つべきにはあらず。昨日の我に今日は勝つべし」

解剖学者の養老孟司さんが、エッセイ集「涼しい脳味噌」の中で、武道家の甲野善紀の著書「剣の精神誌」について書いています。

『「茶道の一期一会が「順縁の出会い」なら、武道は本来「殺し合い」で、甲野氏の表現によれば、「逆縁の出会い」である。西洋でも、殺し合いは必要悪だが、日本だけは違った。
必要悪だと割り切り損ねた。そう甲野氏は言う。必要悪だと割り切れないから、「道」になり学問になる。』

必要悪と割り切れなかったことと、さらに必要悪の中にも真善美を求め続けるのが日本人です。
そのことは切ることを極限まで追求しながら、余分なものそぎ落として、武士の魂を凝縮したような美しさを実現した日本刀にも見ることができます。また、ただ飲むだけの茶を様式美に高めた茶道の中にも、真善美を追求する日本人の特性が現れています。

戦いを超越するためには、相手より数段強くなければなりません。平和憲法と武装放棄によって戦いが無くなると考えるのは、戦いを知らないお人好しな人間の錯覚です。
世の中には相手が弱いと思えば、嵩にかかって理不尽な要求をしてくる人や国があることを知らなければなりません。


謎の空手・氣空術: 合気空手道の誕生 (バウンダリー叢書)謎の空手・氣空術: 合気空手道の誕生 (バウンダリー叢書)
(2011/11/03)
畑村 洋数

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続 謎の空手・氣空術 (バウンダリー叢書)続 謎の空手・氣空術 (バウンダリー叢書)
(2013/11/28)
畑村 洋数

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「気空術」という武術があります。創始者の畑村数洋師範はフルコンタクト空手(直接相手に打撃を与える空手)拳友会の会長ですが、理想の武術を求め続けて到達したのが気空術です。それは戦いを超越した武術で、相手を倒そうとする意識を捨てるだけでなく、むしろ愛することを求めます。

この武術は人間の生理的反応と力学を応用し、徹底的に力を抜くことによって相手を無力化しコントロールします。

気空術の特長の一つに、無痛の衝撃があります。
長年格闘技をしてきた知人が始めて気空術を体験した時のこと、畑村師範に気空術で打ってほしいと頼みましたが、相手の状態(精神的、エネルギー的状態)を見て、今打つと骨が折れるかも知れないと判断した畑村師範は断りました。しばらく練習して、知人のコンディションが上がったことを確認した師範は、ごくごく軽く知人を打ちました。その結果、知人は胸に穴が開き、肋骨が折れたかのような強烈な衝撃を受けたのです。

しかしそんなすごい衝撃にもかかわらず痛みはなく、それどころか、精神的な不調が続いていた知人は、その衝撃を受けた途端に一挙に意識が改善して、表情が晴れ晴れとしてきたのです。これはまさに「活人拳」と呼ぶべきものです。打たれて心身の不調が良くなる武術が存在するのです。

下に気空術の映像をご紹介します。軽く触れただけで相手が倒れるので、やらせではないかと思われるでしょうが、事実この通りです。




気空術は、力を抜けば抜くほど相手をコントロールできるので、女性でも年配者でも技を習得できます。むしろ闘いの意識がなく力まない女性の方が向いているとさえ言えます。
畑村師範は一見こわもての武道家ですが、明るく、謙虚で、思いやりがあり、私がここ数年お会いできたことをもっとも喜んだ人です。上泉伊勢守の言う、「真実の人」です。

私も気空術の初段を印可いただきましたが、練習のたびにその合理的な奥深さと、それを発見した畑村館長に驚きを新たにしています。
この活人武術が広く学ばれるようになれば、武道だけでなくスポーツまで変わってくるでしょう。

気空術ーそれは体で表現する芸術




真央ちゃんとゆるキャラ

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ショートプログラムの失敗の後、インタビューに力なく答える真央ちゃんの姿から、フリーの完璧な演技を想像した人はいなかったはずです。誰もが真央ちゃんのオリンピックは終わったと思いました。

フリーの演技が終わって、天を仰いで涙をこらえる姿に多くの人が感動しました。
もし金メダルを取っていたとしてもこんな感動はなかったはずです。

フリーの演技で、トリプルアクセルを含む6種類8つのジャンプをすべて決めた真央ちゃんの点数が、4種類6つのジャンプを決めたキム・ヨナより低かった不明朗さを考えると、例えショートで満足の行く演技をしたとしても、金メダルは取れなかったのではないかと思います。
だとすれば、真央ちゃんは最高のストーリーを演じたのかも知れません。

スケート界にとどまらず、真央ちゃんが国民的なスターになったのは可愛さにあるでしょう。
日本人が好むのは可愛さです。
それは可愛さには素直さや明るさや優しさが含まれ、過剰な自己主張や生意気さが含まれないからです。

すました美人や傲慢なヒーローを日本人が好まないのは、そこに不調和を見るからでしょう。
イチローはスーパーヒーローになるにつれて、ずいぶん傲慢な態度をとったようです。そのことをマスコミは報じませんでしたが、もし報じられていれば日本人はイチローをそれほど愛さなかったでしょう。

イチロー に対する、元車掌の言葉。
「アイツな~むかし乗車券の確認の時に毎回手渡しせんと切符を放り投げやがってたんや!!」「ずっとやで・・・ほんまなめとんか!!」

これが本当のことかどうか知りません。しかし誰ひとり悪く言うことのない松井秀樹には、このような悪評は生まれませんでした。

韓国に於けるキム・ヨナの人気はすさまじいようですが、あのようなタイプが日本で人気になることはありません。金メダルを取っても、スターにならなかった荒川静香を見れば日本人の求めるものがわかります。

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ゆるキャラが日本を席巻しているのも同じ理由によるものでしょう。
世界のどこにおいてもこのような現象が起きないのは、かわいさを求める日本人の特徴が、極めて異例であることを示しています。
ゆるキャラの特徴はかわいさですが、かわいさの属性にこそ、日本人がゆるキャラを愛する理由があります。
真央ちゃんとゆるキャラが愛される背景には、「和をもって貴しとなす」日本人の国民性が現れているように思います。
いつまでも調和を愛する民族であってほしいと願います。





冬の海であったこと

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日本の内閣府職員がゴムボートの中で死んでいた事件で、韓国から日本にゴムボートで帰ろうとしたのだろうと言われています。しかし自分のささやかな体験から、そんなことはありえないと思っています。

高校一年の夏休み、友達と一緒に合板で平底のボートを作り、夏休みも終わるころ、借りてきた船外機を取り付けて海に乗り出しました。ガソリンは当時あった大きなビール瓶に入れて持って行ったので、2リットルも無かったでしょう。
自分たちのモーターボートで船出するうれしさで、これから何かが起こるなど考えもしませんでした。しかし沖合1kmも行かないところでエンジンが停止してしまいました。
夏の日差しの中、そう遠くないないところに陸地が見えていたので、何とかなるだろうと不安はありませんでした。

積んでいた櫓を漕いで帰ろうとしましたが、慣れない櫓はいくら漕いでも進みません。
そうやってもがいているうちに潮目が引き潮に変わり、陸地はだんだん遠くなって行きます。
気付くとボートの中には少しずつ水が入ってきていました。容器で水を汲みだしながら、ようやく不安が募ってきました。
遭難するなど考えもしなかったので、救命に係るものは一切積んでいませんでした。

見る見る陸地は遠のき、沖合の島がだんだん近くに感じられてきました。
水を掻きだしながら、何時間海の上でもがいていたでしょうか。夏の終わりの日暮れは早く、いつの間にか夜の暗さがあたりを覆っていました。空腹は感じませんでしたが、母親が心配していることが気がかりでした。何も言わずに出てきたのでした。(この頃、勉強は一切せず、母親を心配させてばかりの毎日でした)

瀬戸内海で漂流しても、いつかは発見されるだろうと今なら思います。しかし夜の海は怖く、「遭難」と言う言葉が頭をよぎり出していました。
ところが潮目が満ち潮に変わった途端に、ボートは推進装置がついているかのようにどんどん海岸に向かって移動します。

多分、自分たちが思っていたほど沖合ではなかったのでしょう。しばらくして、出発した場所からほど遠からぬ場所にボートは着きました。
「助かった!」と心からほっとしました。それまでの人生で初めて味わう安堵でした。
家に帰ってもその時の話はしなかったので、ミニ遭難があったことは、私と友人だけの秘密でした。


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夏の終わりの瀬戸内海と違い、波の荒い冬の対馬海峡を、200kmもゴムボートで渡ってくることは、不可能であると思います。もしそれを知らずに、ゴムボートで冬の海に乗り出しても、その試みが不可能であることをたちまち理解するはずです。
第一、ゴムボートの中に大量のガソリンを積むことはできず、日本に直接行くことは不可能です。

今回の事件はスパイ映画のような話で、自分のささやかな経験と比較もできないことですが、亡くなった方は冬の海でさぞ怖い思いをしたことでしょう。
心からご冥福をお祈りします。





真央ちゃんの敵は?

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ソチオリンピックがいよいよ開幕します。バンクーバーで銀に終わった真央ちゃんには是非金メダルを取ってほしいと思いますが、その敵はキム・ヨナではなく音楽ではないかと思います。
フリーの曲がラフマニノフのピアノ協奏曲No.2と知って、何で!?と思った人もいるでしょう。
バンクーバーで満足な結果を出せなかった時の曲が、ラフマニノフの「鐘」だったので、ラフマニノフは言わばケチのついた作曲家です。

今回のピアノ協奏曲No.2は、美しいメロディーとドラマティックな構成で、ピアノ協奏曲を代表する名曲ですが、暗い色調が緊張感を高める曲なので、真央ちゃんには向いてないのではないかと思っていました。そうしたら案の定、全日本選手権のフリーではメロメロに失敗してしまいました。
失敗の原因がラフマニノフだとは断定できませんが、これまであれほどの失敗を見たことが無いので、余程の緊張感だったことは間違いないでしょう。

真央ちゃんがラフマニノフの曲を使いたかったのなら、「パガニーニの主題による狂詩曲」を選ぶべきだったと思います。
こちらの方がメロディーが甘美で緊張を高めることもないので、真央ちゃんの実力が発揮できたのではないでしょうか。





今回の真央ちゃんの音楽は、フィギュアスケートでの音楽の重要さを痛感する出来事でしたが、今日、高橋大輔選手がショートで使う佐村河内さんの音楽が、新垣隆さんというゴーストライターの作曲であることがわかりました。
なぜ開幕直前の今発表したのか疑問に思いましたが、新垣さんの記者会見での誠実そうな様子をみると、良心の呵責に耐えられなかったという言葉は事実のようです。

佐村河内さんは、自分の言葉と記号で作曲のイメージや構成を伝えているので、100%丸投げで作曲を依頼していたのではなかったようです。
音楽とゴーストライターの問題で思い浮かぶのは、モーツアルトの最後の作品「レクイエム」です。

モーツアルトは、ある日灰色の服を着た男の訪問を受けました。
ある依頼主の使者として訪れたその男は、高額な報酬を前払いしてレクイエムの作曲を依頼しました。
体調を崩し、死を身近に感じていたモーツアルトは、そのレクイエムが自分のためのものだと感じながら作曲を進めました。
結局モーツアルトは、レクイエムを完成できず、弟子のジュスマイヤーに残りの部分の作曲を指示して亡くなりました。

この匿名の依頼者が誰であるかが明らかになったのは、1964年になってからでした。伯爵でアマチュア音楽家であったその依頼主は、当時の有名作曲家に匿名で作品を依頼し、自分の作品として発表していました。
しかしこのようなことは特許や著作権の意識が無い時代においては当たり前のことでした。

佐村河内さんの耳が不自由であることは事実のようです。自分で作曲した曲は無かったようで、残念でありだまされた思いですが、詐欺呼ばわりすべきかどうかはわかりません。
この様なことは、ポピュラーミュージックの世界でも珍しいことではないでしょうし、執筆の世界では当然のこととして認められています。

画家の東郷青児は一生同じ美人画を描いていました。さすがに飽きたのか、後年は弟子に描かせ、自分はサインだけしていました。それは画商の要望でもあり、言うなれば共犯関係にありました。そのことは美術関係者の常識であり、もしかしたらマスコミの人間も知っていたかもしれません。

東郷青児の絵が当時いくらしたのか知りませんが、少なくとも数百万円はしたはずです。こんな詐欺が許されて、佐村河内さんの詐欺が許せないと言うのは首尾が一貫していません。勿論、彼の人間性がお粗末であることは言うまでもありません。

食品の原料偽装や産地偽装が蔓延する世の中で、あるいは権利や自己の利益だけを主張する風潮の中で、イエス・キリストの「罪なき者のみ石を投げよ」という言葉を思い出します。石を投げることのできる人が何人いるでしょうか。

いずれにしろ、真央ちゃんや高橋選手他、日本選手には、精一杯がんばってほしいと思います。

新垣先嘆願署名




また泣いたー「永遠の0」

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永遠の0」をまた見て、また泣いた。
ストーリーがわかっていて感動するのは、この映画の完成度の高さを物語るものでしょう。
原作になかった、主人公が「必ず帰って来る」と妻に伝えるエピソードが、この映画の感動に大きく貢献しています。
それを追加した山崎貴監督の感覚は見事です。
前回も感じたことですが、元ゼロ戦パイロットでヤクザの親分に扮する田中泯の存在感は際だっていました。

井筒和幸監督が、「永遠の0」は特攻を美化している、観たことを記憶から消したい」と批判しているようですが。どれだけ粗雑な感性であれば、この映画からそういう結論がでるのでしょうか。
「特攻は悪」という観念に凝り固まった人間には何を言っても無意味でしょう。短期記憶を消すには認知症が有効なので、そうなることを願わずにはいられません。

特攻が作戦として間違っていたことは明らかです。しかし特攻という無謀な作戦に身をささげた若者たちが守りたかったのは、日本と言う国であり家族であり文化でした。金や地位や自己のエゴを大事にする昨今の日本人なら、特攻になど志願しません。
国や同胞や家族をまもるために散って行っ若者たちに、感謝をささげることができないほど日本人が落ちぶれたことを知ったら、彼らは自分たちの死が犬死だったと悔しがるでしょう。

話はまるで違いますが、著名な音楽評論家である宇野功芳さんは、チャイコフスキーが嫌いだと公言しています。多分甘美な旋律が俗っぽいのだと言いたいのでしょうが、例えば『「白鳥の湖』の「情景」の美しい音楽を聴きながら、これは美しいのではない、俗なだけだと自分に言い聞かせているのだと想像するとほほえましくなります。

好き嫌いの問題であれば、バッハが嫌い、チャイコフスキーが嫌いと言っても、その趣味をとやかく言うことはできません。
しかし特攻は悪である故に、それをテーマにした映画は無意味だと断ずるのは、論理的に正しくないだけでなく、映画や芸術のテーマを限定し、表現の自由を制限することになります。映画表現は正しさを基準にするものではありません。もしそうであれば、井筒監督の映画も存在理由が無いはずです。


先だって、山田洋次監督の「小さいおうち」を観ながら、しまった、「永遠の0」をもう一度観るべきだったと考えていました。

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「小さいおうち」は、別の映画を観るつもりが、上映時間を間違えて代わりに観たものでした。映画をつくりなれた山田洋次監督らしくそつのない作品で、別に悪く言う出来ではないのですが、松たかこ演ずる人妻が好意を寄せ、不倫関係になる相手の男が吉岡秀隆と言う点で、感情移入ができず白けてしまいました。(彼は無いよ)
もうひとつ、舞台になる家が小さいとは言えなかったのは企画のミスでしょう。家が出るたびに「小さくないよ」と思っていました。
「小さいおうち」ではなく、小さかったのは映画でした。
主人公のお手伝いさんを演ずる黒木華は、昭和の香りがする女優ではまり役でした。

「永遠の0」をもう1回観ようと思っています。
 観ていない方は是非観てください。



永遠の0を観て

無題


「永遠の0」を観ました。涙をぬぐいながら。
感動は人を沈黙させると言いますが、見終わった後に口が重くなっていました。
『ALWAYS3丁目の夕日』の山崎貴監督は、原作を上回る出来に仕上げた、そう言っても、作者の百田尚樹さんは了とするでしょう。
なにしろ原作者が6回観て6回泣いたというのですから。
すべての出演者が、真剣にこの映画に取り組んだことが伝わってきますが、岡田准一演ずる主人公が、特攻に向かう前の演技は鬼気迫るものがありました。

黒澤や小津作品のように、世界で評価されることは多分ないでしょうが、『ALWAYS』が昔を知る日本人の心に響いたように、日本を守るために散華した人たちの姿に、日本人なら胸を打たれるはずです。
これはフィクションではなく、230万人の日本人兵士が戦いで命を落としました。その一人ひとりの犠牲の上に現在の日本があることを思い起こさせる映画です。

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日本の戦いは決して侵略戦争ではなく、それは勝ったアメリカが日本人を洗脳するために作り上げたプロパガンダだったのですが、巧妙なプロパガンダは、いまだに日本人をマインドコントロールしています。

侵略戦争どころか、アジアやアフリカ他の国々が独立できたのも、日本人の流した尊い血によってでした。
ビルマの元外相ウー・ヌーは、1943年8月1日の独立の際に、
「日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは一体誰のお陰であるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあった為である。」と演説しています。

タイの元首相、ククリット・プラモードは次のように述べています。
「12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意された日である。
更に8月15日は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。
我々はこの2つの日を忘れてはならない。」

侵略者とは世界を植民地にしていた欧米列強でした。

日本軍の戦いは、決して鬼畜のような残虐なものではなく、武士道精神にのっとった見事なものでした。
マレー沖海戦は、世界で始めて航空機が作戦行動中の軍艦を撃沈した戦いでしたが、この戦いで日本海軍の航空機はイギリスの巡洋艦「レパルス」と戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」を撃沈しました。

「プリンス・オブ・ウエールズ」の艦長のトマス・フィリップス海軍大将は、日本の航空隊に向け、乗員を退官させるため30分待ってほしいと打電しましたが、その間、日本の攻撃機は攻撃を中止し、上空で待機していました。
さらに海戦の翌日、日本軍機は再び沈没現場に飛来し、花束を献花しています。
このような日本人の武士道精神は、様々な戦場で発揮されています。敗者をいたわり、卑怯を行わないのが日本人です。
「水に落ちた犬は叩け」などと言う、どこかの国とは違います。

ねずさんのひとりごと「マレー沖海戦と戦艦大和・・・命をかけて守った日本


戦後、アメリカが一番恐れたのが、日本の武士道精神でした。
逆に言えば、武士道精神の復活こそが日本の復活に必要なことです。

「永遠のゼロ」を是非観てください。
私は映画館に入るのが遅くなったため、前の方の端の席しか空いていませんでした。
良い席でご覧いただくために、早めにお入りください。


過去の記事

日本の戦いとは何であったか

日本の戦いとは何であったか(2)

子供を花のように愛する日本



日本の夜明け

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先ごろ亡くなった島倉千代子さんの歌声をよく耳にしたのは子供の頃でしたが、か細くて、はかなげな歌声が子供心に好きでした。

FMラジオの島倉千代子特集をCDにして聴いていて思ったのは、この人は年をとっても、乙女のような清潔な抒情性を失わなかった人だなということです。そんな女性にとって、この世はさぞかし生きるにつらい場所だったと思います。

島倉千代子さんの一生が、なぜ多くの不幸に満ちていたのか、もしかしたら悲しく切ない歌声に人生が共鳴したのではないかと思ったのですが、しかし7歳の時に腕を47針も縫う大ケガしたことを考えれば、彼女の生まれてきた計画には、多くの試練の経験が入っていて、その課題をすべてやり終えて、ようやく天国に帰れたのではないかと思います。
今はこの世で得られなかった幸福の時を過ごしていることを願わずにいられません。

島倉千代子さんの代表曲である「東京だよおっかさん」は、紅白歌合戦で一度も歌われることがなかったようです。
その理由は2番の歌詞にあります。

  やさしかった 兄さんが
  田舎の話を 聞きたいと
  桜の下で さぞかし待つだろ おっ母さん 
  あれがあれが九段坂
  逢ったら泣くでしょ 兄さんも

戦争を知らない私でも、この歌詞には心を打たれます。だから戦争で夫や息子や兄弟を失った人は、さぞかしこの曲を涙を流しながら聴いたことでしょう。その曲を、中国や韓国からのいわれのない言いがかりに遠慮して、NHKは日本人の目や耳から遠ざけてきました。何と愚かなことでしょうか。



安倍首相が靖国神社を参拝したことを、マスコミは悪行を行ったかのように報じました。国のために命を捧げた英霊に祈りを捧げることを、なぜ中国や韓国に遠慮しなければならないのでしょうか。

過去の記事、「日本の戦いとは何であったか(2)」で書いたように、靖国神社に合祀されているA級戦犯は、「平和に対する罪」で裁かれました。しかしそんな罪は、東京裁判が行われるまでまで存在しませんでした。国際法に定めがあったのは、戦闘行為や捕虜の扱いの違反を犯した、B級、C級戦犯だけです。

「法無ければ罪なし、罪ければ罰なし」という、罪刑法定主義に照らせば、「A級戦犯」は、勝者が敗者を裁くために作った復讐のための罪であり、無実の罪によって裁かれたA級戦犯の人たちを靖国神社に祀ることにクレームを付ける中国韓国の顔色をうかがう必要はありません。

読売新聞の編集手帳が、もし一方通行の道を相手が逆走してきたとしても、事故を避けるためには道を譲るべきであると書いていました。道理はわかりますが、これまでずっと譲ってきたのに、譲れば譲るほどカサにかかって無法を要求してきたのが中韓でした。

日本からの巨額な賠償金や技術援助を受け発展してきた中韓両国は、日本を脅せば得をすると考えています。
中韓関係が冷え切った今こそ、従軍慰安婦や南京大虐殺の嘘をただすべき時ではないでしょうか。

今年一年有難うございました。
来年が皆さまと日本にとって良い年になりますようお祈り致します。


グレンデールの売春婦像を撤去しろ!ホワイトハウス署名のお願い

安倍首相の靖国神社参拝は妥当?

朝日、毎日への反論(4)中韓の顔色をうかがうのが国益ではない



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