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歌の前の平等

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石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも ー 志貴皇子

石ばしる 垂水の水の はしきやし 君に恋ふらく 我が心から  ー 詠み人知らず

万葉集は8世紀に大伴家持などが編纂しており、4500首の短歌や長歌が収められています。柿本人麻呂、額田王、大伴家持などの歌が有名ですが、世界にない際立った特徴があります。

それは天皇や貴族、高官などと並び、名も知れぬ人達の歌が、詠み人知らずとして収録されていることです。その中には娼婦の歌もあったかも知れません。

天智天皇の、「紫のにほへる 妹をにくくあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」や、持統天皇の、「春過ぎて なつきたるらし  しろたへの ころもほしたり あまのかぐやま」 と一緒に、詠み人知らずの歌が平等に扱われています。
これは古来日本人が、歌と言う芸術の前には、天上人であろうが乞食であろうが、地位や職業や財産や男女の区別無く、ただその歌のできばえだけを公正に評価していたためです。

このような世界に例のない「芸術至上主義」がどうして生まれたのでしょうか。
四季に富んだ気候風土から生まれた日本人の鋭い美意識とともに、もしかしたら言霊信仰が係わっていたのかも知れません。

祝詞に見られるように、言葉の力を日本人は良く知っていました。大和言葉の成り立ちには深い世界観があり、耳障りな言葉がありません。生命と書くより「いのち」と書いた方が、優しさやいとおしさが感じられます。
万葉かなは、漢字をアルファベットと同じ表音文字として使っています。日本人が漢語を積極的に受け入れなかったのは、言霊の違う外来語を受け入れることが出来なかったのでしょう。

古代社会にも階級や支配がありながら、歌の世界だけに差別がなかった理由は、誰が語る言葉であっても美しい言霊は、心に響き、人を感動させ、愛を伝えることができると考えたためではないかと思います。

このような「歌の前の平等」が、「歌会初め」として現在も受け継がれているのでしょう。


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コメント

今年は、よろしくお願いします!

2009/01/17 (Sat) 10:40 | ken37 #- | URL | 編集

昔の芸術って平等だっんですね!
今では芸術部門の賞もお金で買える時代ですから~
情けない・・・

2009/01/11 (Sun) 16:56 | koto1177(コトハ) #- | URL | 編集

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