6歳児の書いたお別れの言葉ー丹養塾幼稚園 続き 2008.12.11[木]
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初めてお越しいただいた方は、前回の「6歳児が書いたお別れの言葉」 を先にお読みください
<その後分ったこと>
あの池田小学校の無残な事件の折、先生たちがパニックになり右往左往していた時に、3人の子供が相談して110番しました。この子供が丹養塾幼稚園の卒園生だと言います。
残念ながら、丹養園幼稚園は現在運営されていません。
川越市の税理士、ムラピーさんのブログからの続きをご紹介します。
ムラピーさん、お世話になります。
「お別れの言葉」をもらった園長先生は、吉田良次先生といいます。
吉田良次さんは、兵庫県伊丹の農家の後継ぎに生まれました。師である安岡正篤氏に出会ったのが昭和24年、18歳の時。「自分の人生は一介の農民としてこのまま終わっていいのか」、その煩悶が師の門を叩かせたのです。以来、吉田さんは農業に勤しむ傍ら安岡師に親炙(注:シンシャー親しく接してその感化を受けること)し、古典の聖賢の教えを学ぶ道に入ったのです。
吉田さんの非凡な点は、その学びを我が身のみにとどめなかったところにあります。自分が培ったものを少しでも後世にと、自宅の納屋を改築し、「丹養塾幼稚園」という保育園を開設、古典の徹底した素読教育を実践したのです。
園児たちの1日は、朝30分の"勤行(ごんぎょう)"から始まります。本居宣長などの「和歌」や三輪執斎の「憤」など古典の名言を唱和するのです。意味や解説を教えたりはしません。吉田さんが先頭に立ってとにかく朗誦する。その後を子供たちが和する。ただその繰り返しのみです。この繰り返しが驚くべき力を発揮したのです。
1年もしないうちに、どの子も古今の名言をすらすらと朗読するようになったのです。それだけではありません。新しく入ってきた子は年上の子に倣って朗誦するようになるのです。そして、いつか漢字まじりの原文を読み、書き、意味を理解するようになっていく。
これこそが教育ではないですか。私は、この文章を読んだとき、何か背筋がぴんと伸びました。日本の教育を考えなくてはなりません。やはり、古典なんだと改めて気が付きました。小さいときに、こういうことを教えるべきだと感じました。子供は、皆素直です。だから、古典を教えると自然にはいっていくのだと思います。そして朝というのがいいんでしょうね。(つづく)
なるほど、園長先生は安岡正篤師の門下生だったのですね。どうしてこんな驚くべき教育ができたのか理解できました。 重要なポイントがありました。
1.素読の重要性
古典を原文のまま繰り返し素読することによって、原文の持つ格調やリズムを覚える。
2.丸暗記の重要性
素読によって暗記したことは成長過程でその意味を理解し、気づきや指針となる。
文章や詩文の意味を教えることも必要ですが、暗記していれば人生経験の中で思い出し、行動や判断の指針になります。
3.幼児期に本物を教える
子供の能力に限界はありません。バッハの音楽を聴いて育てばバッハが好きになり、名演奏を聴かせれば名演奏に感動できる感受性が育ちます。
よく引き合いに出すバイオリンの才能教育は、バイオリンを始めたばかりの子供たちに名演奏を聴かせます。古典の素読です。
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