山形の旅(2) 羽黒山

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上山市の斉藤茂吉記念館を訪れた翌日の4月29日(日)に、鶴岡市の羽黒山にある五重塔に行きました。

訪れた日は明治維新以来150年ぶりに五重塔の内部を公開するとあって、たくさんの車で込み合っていました。
(内部公開は11月4日までだそうです。)

斉藤茂吉記念館に行った日もリニューアル公開の初日でしたが、今回も内部公開を狙って行ったわけではなく、たまたま初日にあたりました。

この国宝五重塔は平将門の創建といわれますが、現在の塔は1608年に山形藩主最上義光によって再建されたものだそうです。
五重塔に向かう杉並木のゆるやかな石段を15分ほど登ると、眼前に五重塔が出現します。
近くには樹齢1000年を超える杉もあり、この豪雪地帯で耐えてきた時間を思わされます。


石段


五重塔は出羽三山の入り口にあたる所に建てられています。
五重塔を見た後、羽黒山、月山、湯殿山の三神を祀る出羽三山神社(三神合祭殿)に向かいました。
ここはめずらしい神仏混淆の作りになっています。


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神と仏を一緒に祭る神仏混淆については知られていますが、実際に合祭されている建物を見たのははじめてです。
予想以上に大きなスケールの建物で、これまで見たどの神社仏閣とも違った様式に軽く衝撃を受けました。
一度足を運ぶ価値が十分あります。

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神仏混淆は、いかにも日本人らしい考え方です。
よく日本人は神社にも行きお寺にも行く、それはきちんとした宗教観がないからだと言われます。
本当にそうでしょうか。

キリスト教やイスラム教などの一神教では、正しいのは自分たちだけなので、一緒に祭るなどありえないことです。
神をめぐっての殺し合いが繰り返されますが、神の教えを守るためには殺人でさえ許容される一神教とくらべて、神仏混淆の日本はなんと平和なことでしょうか。


宗教観の無さとともに日本人を批判する言葉に本音と建前があります。
日本人は本音を隠して建前を言うので信用できないという批判ですが、しかしそれこそが日本人のすぐれた特質なのです。
なぜなら相手を傷つけず、調和を保つめの知恵が本音と建前なのです。

日本人はイエスノーをはっきり言わないというのもこれと同様、人との調和を保つための知恵です。
自分の考え方をはっきり言わないというのは、日本人同士であれば奥ゆかしさなのですが、国際化の中ではそのような態度に付け込まれることも多く、注意が必要でしょう。


この山深い場所にある五重塔、出羽三山神社を見て思うのは、江戸時代までの日本においては、全国様々な場所において立派な宗教建築が建てられ、文化が維持されていたということです。
それは何より日本人の宗教心の深さによるものですが、同時に各地の城主が経済や文化の大切さを理解し維持に努めたことによります。

しかしそれと同時に、明治における廃仏毀釈で仏像や仏教にかかわる多くの文物が焼かれ、壊され、タダ同然で処分されました。
また、明治の廃藩置県で不要になった全国の城が厄介ものとして惜しげもなく処分されたことをつくづく残念に思います。

聖徳太子がなぜ仏教を日本に広めたかについての過去の記事です。
 「和をもって貴しと為す」








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