トイレ掃除の功徳

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                 -四国中央掃除に学ぶ会-


以前、公園のトイレ掃除に参加していましたが、このときの経験はとても貴重なものでした。
やってよかったと思うのは、どんなところの掃除にも抵抗がなくなったことです。

食器洗いや風呂場の掃除などは以前は女房の仕事だと思っていたのですが、今は率先してやっています。
亭主に家事の手伝いをさせたい方は、ぜひトイレ掃除の活動に参加するようすすめてください。

訳あって2年位でやめたのでえらそうなことは言えませんが、トイレ掃除でしか得られない気づきがあり、得ることの多い活動でした。


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                  鈴木清一さん

(トイレ掃除でしか学べないこと)

「一燈園」という奉仕団体を開いた西田天香さんや、弟子でダスキンの創始者である鈴木清一さんは、民家を訪ね便所掃除をさせてくださいと頼んでまわりました。

自分を誰よりも低くし、高慢な心を修正するために便所の掃除をさせてもらったのかも知れませんが、それがどれほどの修養になるかは、鈴木清一さんのお顔を見るだけでわかります。

公園のトイレ掃除程度ではおごった気持ちを修正することはできません。もし、トイレ掃除で立派なことをしているとおごりの心が生まれたら本末転倒です。

昔から便所掃除をすると安産でかわいい赤ちゃんが生まれると言われてきました。
そんな母親であれば少なくとも心のきれいな赤ちゃんは生まれそうです。

(トイレとの距離)

トイレ掃除に慣れるとみんな素手で便器を掃除しますが、最初は汚くてとても素手ではできません。ポリ手袋で武装しておっかなびっくり近づきます。素手でさわれるようになったのは4回目位だったでしょうか。

便器を汚く感じなくなってから思ったのは、便器との距離が近いほど汚さを感じなくなるということです。
汚く感じると近寄りたくありません。しかしきれいにしようと努力するほど近寄っていきます。

そして便器に対して、「いつもありがとう」、「汚い思いをさせてごめんなさい」といった感謝の思いがわいてくると、汚さは消え、もっときれいにしようと更に顔を近づけます。

トイレ掃除を経験してから、公衆トイレでも自宅と同様にきれいにして出るようになりました。公衆トイレはかならずそれを掃除している人がおり、その苦労を考えたら汚すことはできなくなります。

(掃除とこころ)

たとえば洗面所が汚れていて、いつまでたってもきれいにならなければ、なぜ掃除しないのかと人を責める気持ちになります。
しかし人まかせにせず、自分で掃除をすればきれいになった満足感が得られます。
人のせいにすれば不満が生まれ、自分がやれば達成感が得られます。


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天皇陛下が宮中で海外からの賓客とお会いになっている写真を見れば、日本人がいかに清廉さを好むかがわかります。
生け花以外の装飾がまったく無いことに驚きます。こんな美を見出すことのできる民族は日本人以外いません。

日本のトイレは世界一きれいだと言われます。
それは日本人が清廉であることを大事にしてきたことの表れでしょう。

参考: 「トイレ掃除に参加してみた」

     「清廉の文化」


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