「少年時代」は夏の歌か

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井上陽水の「少年時代」は、いまや夏を代表する曲となっている。
日本人なら誰もが郷愁を覚える名曲だが、本当に夏の歌なのだろうか。

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    「夏が過ぎ 風あざみ
    だれの憧れにさまよう
    青空に残された 私の心は夏もよう」 
  

風あざみは造語らしい。
夏が過ぎて秋になったが、青空を見る私の心は夏模様なのだと理解できる。
「だれの憧れにさまよう」、・・・なんとなく詩的な表現だが意味不明。
  
    「夢が覚め 夜の中 長い冬が
    窓を閉じて 呼びかけたままで
    夢はつまり 想い出の後先」 
   

夢から覚めたら冬の夜だったらしい。窓を閉じて呼びかけてきたのは「長い冬」だったのだろうか。親切な長い冬だ。
「夢はつまり 想い出の後先」、・・・「つまり 想い出の後先なのだ」、と言われても何がつまりなのかわからない。

     「夏祭り 宵かがり 胸の高鳴りに合わせて
    八月は 夢花火 私の心は夏もよう」
    

冬からいきなり夏祭りである。「宵かがり」、「夢花火」は陽水の造語だが、ここの文脈は珍しく意味が理解できる。
「私の心は夏もよう」は、夏が過ぎたけれど私の心はまだ夏模様というのではなく本当に夏なのだ。
 
    「目が覚めて 夢のあと 長い影が
    夜に伸びて 星屑の空へ
    夢はつまり 想い出の後先」 
   

長い影ができるのは冬だから、ここは冬のことだろう。しかし夜の星空に伸びる長い影っていったい・・・
普通の人はおかしいと思うだろうが、井上陽水はおおらかなのだ。

     「夏が過ぎ風あざみ 
    だれの憧れにさまよう
    八月は 夢花火 私の心は夏もよう」 
   

「風あざみ」は造語らしい。夏は過ぎたけど「八月の花火は楽しいな、夏はいいな~」と主人公は回想し、私の心は夏模様だと歌っているのだ。
「だれの憧れにさまよう」、誰が誰のあこがれにさ迷うのか、詮索してはいけない。

上記のように、この歌が夏の歌である証拠は何もない。はっきり言えるのは、主人公は冬の長い夜に目が覚めてしまって、夏はいいなといっているのだ。
にもかかわらず、この歌を聞いてだれもが夏をイメージするのは、さすが井上陽水というべきなのだろう。









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