広葉樹の恵みと日本人が失ったもの

ajisaim (1)



今年の春、山形の天童市と東根市の山々を見た時の感動は忘れられない。

やわらかい黄緑色の新緑に覆われた山の様子は息をのむほど美しかった。

 

戦後、焼け野原と化した日本に住宅を建てるため、おびただしい数の針葉樹が山に植えられた。日本人の徹底した仕事ぶりによって山は針葉樹に埋め尽くされたが、それらは現在手入れされない痩せた森林となっている。

しかし東北には美しい広葉樹が残っていた。

 

日本の文化は広葉樹林文化(照葉樹林文化)と呼ばれる。

縄文時代は落葉広葉樹林がもたらす豊かなドングリや栗、栃などの実によって、人々は争うことなく平和に暮らしていた。

縄文時代が1万5千年以上平和に続いたのは広葉樹林の恵みによってであった。多分、日本人の和を尊ぶ心の原点には広葉樹があったのだと思う。

 

高度成長期の頃だったか、「日本は戦争に負けて良かったか」という問いかけがよくなされた。当時は「民主主義になったので負けて良かった」という意見が大半だったが、もしその議論で日本が敗戦で何を失ったかが語られていたら、戦争に負けて良かったという意見は出なかっただろう。

 

敗戦によって衆愚政治としての民主主義と引き換えに日本人は多くのものを失った。

 

権利や自由の過度な主張、国を愛する心の否定、なんでも責任転嫁し自分は悪くないと思う反省の欠如、家族制度の破壊(大家族制度の崩壊が少子高齢化、地方の過疎化の原因となっている)、これらの背後にはGHQの日本弱体化計画があった。

さいわいにして和を尊び、礼儀を重んじ、慎み深く謙虚であること、まじめで勤勉でより高みを求める心はまだ日本人の心から消え去っていない。これらの美徳は、もしかしたら広葉樹の恵みによって縄文時代から日本人のDNAに刻まれてきたのかもしれない。

 

そういえば敗戦によって広葉樹の景観とともに街並みの景観も失われた。

戦後、GHQが日本の立派な家屋を接収したあと、柱にペンキを塗ったといわれている。文化のないアメリカではなく、もしフランスやイギリスに占領されていたのなら、もうちょっとマシな街並みになっていたかもしれない。

 

日本が敗けて良かったことなどないと、広葉樹の山々を見ながらあらためて思った。

 

 

日本の戦いとはなんであったか

日本の戦いとはなんであったか(2)

日本の戦後に行われたこと
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