不幸は突然やってくるのだろうか

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病気や事故など、人の不幸がいつも突然やってくるのはなぜでしょうか。
二人の知人が癌に冒され、一人がこの世を去ったことでそのことを思いました。

一人は以前の記事「心に従って生きる」で紹介したことのある人物で、健康そのものの人でした。北辰一刀流の免許皆伝で少林寺拳法の有段者、スキーの腕前はプロ級でスイスの山岳救助隊員の資格を持っていました。
タバコも止めて健康には何の不安もないように見えたのでしたが、膵臓ガンが発見された時には手遅れで、ついに回復することはありませんでした。

もう一人の知人も癌が発見されるまでまったくの健康でした。舌に違和感を覚え、検査の結果ステージ2の舌癌でリンパにも転移していました。

舌癌の宣告を受けた本人のショックは想像に余りありますが、この人は舌癌を前向きに受け止めることができました。
自分が舌癌になったのは、不平不満、悪口、人の批判など、マイナスの言葉ばかりを発していたためであって、舌を癌にしてしまい申し訳なかった、そのことに気づかせてくれた舌癌に感謝すると語っていました。

その言葉が嘘ではなかったのは、舌癌患者は手術前、眠れなくて睡眠剤を必要とする人が多いらしく、医者や看護士が睡眠剤を勧めたのですが、この人は一度も睡眠剤に頼ることがく、手術の日まで淡々とした表情を崩すことがありませんでした。
その冷静さに医師たちが感心していました。

舌癌手術で舌を切った後は、多くの人が絶望を感じるようですが、術後もこの人は動揺を示すことはありませんでした。
手術後、麻酔が切れてからも全く痛みを感じず、驚くほど早く回復したことに、数百例を執刀した医師が驚いていましたが、そのことと癌に感謝すると言った言葉と無関係ではなかったはずです。
もし胃癌や大腸癌であったら、自分の生き方の過ちに気づくことはなかったかもしれません。舌癌に感謝するという言葉はそのことを意味していたのでしょう。

幸福は突然やってきません。
勉強しないで難関大学に受かることはないし、なまけものの社員が業績をあげて出世することはありません。スポーツで結果を出すには厳しい練習が必要です。
三次元の成功や幸福はその努力の結果であり、善因には善果が、悪因には悪果がもたらされます。

では不幸は突然やって来るのでしょうか。
病気という結果は、生活習慣や体質の問題点が一定期間を経て表に現れるもので、偶然ではありません。

交通事故は偶然でしょうか。
以前、「人の運命について」でポアソン分布のことを書きました。ある交差点で事故が起きる確立は、確率論のポアソン分布で表すことができます。
統計的に予測された時に予測された場所で事故が起きた時、事故を起こした人間は偶然に決まるのでしょうか。
その場所で事故を起こす可能性は、その場所を通る頻度が高い人間ほど高く、またスピードを出す人間や、注意力の衰えた高齢者の確率が高いでしょう。事故を起こしやすい車種もあります。そのようなことを総合すると、事故は偶然というより高い確率で決まっているように思います。
病気や事故は、様々な要因が積み重なり、それが閾値に達した時に現象化するのではないでしょうか。水が零度になった時、相転移して氷になるのと同様です。

幸福も不幸もすべて必然の結果であり、人が突然不幸になるように見えるのは、不幸の原因が現象化する道筋が見えないからにすぎません。
舌癌によって目覚めることが出来た知人のように、人は幸福からではなく不幸や失敗によってしか学べません。
しかし出来れば何事も無い日常の中で、どう生きるべきかを学び、自分を少しずつ変えていきたいものです。




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