命は愛

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横手 かまくら祭り


すべての人間は、どなり声よりやさしい言葉が好きです。怒られ、ののしられるより、励まし慰められることを喜びます。
憎しみの言葉には耳をふさぎ、愛の言葉には耳を傾けます。
なぜかと言えば、命の本質は愛であり、命は愛を求めるからです。

それは人間だけでなく、動物も植物もそうです。猫や犬も可愛がってくれる人になつき、どなる人を避けます。頑張れと声を掛けられた植物はよく育ち、嫌いと言われた植物は育ちません。

昔の日本人は言葉の持つ霊力を良く知っていて、それを言霊と名付けました。
やまと言葉には耳障りな言葉がなく、やさしい言葉、美しい言葉に満ちています。それは日本人の心の優しさを表すと同時に、その鋭敏な感性が忌み言葉の持つ悪しき力を知っていたためだと思います。

『万葉集』で柿本人麻呂は次のように歌っています。
磯城島(しきしま)の 大倭(やまと)の国は 言霊の助くる国ぞ まさきくあれ
(日本という国は、言霊が助けてくれる国である。幸多かれと願う)

ところで免疫の仕組みは、神業と言うしかないほど奇跡的な巧妙さで作られています。
生体に免疫システムがあることは、命が神の愛によって作られ、命の本質が愛であることの証明であると思っています。

怒りや恨みや愚痴は免疫力を下げ、感謝や喜びや笑いは免疫力を上げます。
神の心に叶う愛の心や言葉によって免疫力が上がり、神の心を否定する怒りや恨みによって免疫力が下がることも、命の本質が愛であることの証明ではないでしょうか。
命の本質はすべての生命に共通です。それは神の愛です。





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