パワースポットという幻想

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パワースポットが人気です。しかしむやみに信じては危険です。
パワースポットは、当初N極とS極の磁気が互いに打ち消しあって、ゼロに近い磁気を保っている場所のことをいいました。
しかしその後、神社や寺などがパワースポットであるかの如く宣伝.されるようになりました。神社仏閣はパワースポットではなく、むしろマイナスのパワースポットと言うべき場所です。

なぜマイナスのパワースポットかと言えば、これらの霊的な場所には成仏していない霊が数多くいるからです。むしろ、霊的に清浄なところは少ないと言ってよいでしょう。

昔の日本人は「いやしろ地」や「けがれ地」、あるいは気脈を見分ける能力があり、土地のエネルギーを判断して神社仏閣を作りました。ゼロ磁場と称される場所に、神社仏閣が多く存在するのはそのためです。しかしその後、このような霊的な場所に人間の欲や業が集積し、マイナスの場となっています。

パワースポットと思ってこのような場所を訪ねて憑依された人を何人も見てきました。
一度憑依されたら、憑依霊が勝手に離れることはありません。体は不調になり、性格は暗く、怒りっぽくなります。また自己中心的で欲望に振り回されるようになります。憑依霊はその人間を破滅させて、死に至るまで引きずり込みます。
これは嘘でも誇張でもありません。憑依霊が離れるのは、その人が自分の心を見つめ反省した時だけです。

霊的な世界については、それを語る人がたとえ日本を代表する財界人であっても、著名な学者や社会的に尊敬される立場の人であっても、簡単に信じては危険です。(遠慮して書いていますが、実名を出したいところです。)
それらの人も、霊的な世界については見ることも聞くこともできず、ただ人の話を鵜呑みにしていることが多いのです。
また霊能者と言われる人も安易に信じては危険です。なぜなら霊能者の多くが憑依を受けているからです。


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ついでながら、麻薬や危険ドラッグの使用も憑依を受けます。最近テレビで危険ドラッグを使用した人間の映像がよく出ますが、あの狂気の表情は憑依した地獄霊の表情です。
これらの薬物が怖いのは、常用するといつまでもその影響が残り、憑依を受けやすくなることです。史上最悪の薬物と言われる危険ドラッグは、憑依ドラッグです。

神社仏閣をパワースポットと信じている人を、さらに危険にするのが祈りです。
この場合の祈りとは、自分の願いを叶えてほしいと願う自己愛からの祈りです。人の幸せを願う祈りは愛であり光であるので、悪霊は憑依する事はできません。初詣などで神社や寺に行く際は願い事をせず、ただ「有難うございます」と感謝だけ述べて帰る方が良いでしょう。


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パワースポットに対する信仰は、日本人の中にある御利益信仰や偶像崇拝と同根です。
祈れば救われると信じ、仏像やお経に御利益があると信じる心が、パワースポットの信仰に繋がります。仏像や偶像に祈って救われれば簡単ですが、いくら祈っても空いたお腹を満たすことはできません。また夜トイレに行きたい時、いくら祈っても誰かが自分の代わりに行ってくれることはありません。自分の人生を変えられるのは、自分の思いと行い以外にはないのです。

以前に書いた記事、「信ずべきこと、疑うべきこと」で書いた、「本物の教えを判断する基準」を再掲します。
それぞれ常識や理性で判断できることです。神は存在すると確信していますが、安易に信じることは極めて危険です。


本物の教えを判断する基準

神は金を要求しない
神は決してお金を要求しません。お布施が少ないから守ってくれないとか、金を多く出したからご利益があるなどということはありません。そんなセコイ神様を信じてはいけません。第一、神はいったいどこでその金を使うのでしょうか

神は脅さない
信じなければバチが当たるとか、不幸になるなどと脅しをかける神は信じるべきではありません。神が創造主であれば人間はその子供です。わが子の幸せを願わない親はいないはずです。神がバチを当てたり不幸にすることなどありえません。
神は威張らない
威張るのは優越感か自信の無さからです。そんな小さな神様はいません。
「我はイエスである」、「我は何々菩薩である」、あるいは「我は大天使なんとかである」と名乗って出るのは100%偽者です。本物は決して肩書きを利用しません

先祖の祟りは無い
自分のお祖父さん、お祖母さん、あるいはもっと昔の先祖が、なぜ祟って自分の子孫を不幸にするのでしょうか。守りたいとは思っても祟って不幸にするはずがありません。

神は神殿に宿らない
宇宙を神が創ったのなら、宇宙全体が神の体です。いくら荘厳で立派な神殿を作ろうが、宇宙から見ればチリのようなものです。そのようなものに神は宿りません。

死んで墓に入らない」
人は死んだら天上界に帰ります。墓に入るのではありません。死んで墓に入ると思い込んでいる霊は、天上界に帰らずに墓でさ迷うことになります。

仏像を拝んでも御利益は無い
木や銅でできたものを拝んでも御利益はありません。仏像であれ、イエス・キリスト像であれ、それらは単なる物質です。神はわれわれ一人ひとりの心の中心にいます

神は非常識なことを言わない
私達は良いことをすれば気持ちがよく、悪いことをすれば心がとがめます。自分の行いを見ているもう一人の自分がいます。そのもう一人の自分は、何が正しいかを知っています。
その基準は常識です。非常識なことを信じろと教える神は疑うべきです

過去世にとらわれない
過去世が現在の自分に影響を与えていることは事実ですが、重要なのは現在の生き方です。
われわれは過去世を忘れて生まれてきます。それは過去世を知らない方が修行しやすいからです。最近はやりの退行催眠は非常に危険です。催眠術を受けると憑依される危険があります。注意してください。

心の法則を説く
正しい生き方、考え方を説かず、信じれば幸せになれる、金が儲かるなどと、利益ばかり強調する宗教は疑うべきです。人間が輪廻転生を繰り返すのは、過去世のカルマを解消し、魂を大きく豊かにするためです。経済的に満たされなくても、気づきの多い人生は豊かな人生です。

さわらぬ神に祟りなし
宗教を信じなくても正しい生き方をしていれば、神は守ってくれるはずです。
平凡な生活の中に学ぶべきことは沢山あります。
うかつに霊的な世界に係わることは非常に危険です。「さわらぬ神に祟りなし」です

不思議現象は疑う」
私達は超能力や霊能力を見ると、それだけですごいと思ってしまいます。しかし、たとえ不思議な能力があっても、その人間性に問題があれば、信じるべきではありません。
霊的体験をしてある日突然霊能力がついたという霊能者は、99.9%憑依されています。
判断すべき基準は、その人の心と行いです。

地位や肩書に騙されない
いくら地位や肩書があろうとも、その人が真理を語っている保証はありません。たとえ東大教授でも、見えない世界の事は伝聞による知識を語っているに過ぎません。天上界の真実の前に、地位や肩書は何の力もありません。

教えに科学的合理性があること
作用反作用の法則、原因結果の法則、波動共鳴の法則、エネルギー保存の法則などの物理法則と、心の法則は同じです。現れ方が違うだけです。
悪いことを行えば悪いことが、良いことを行えば良い結果が出ます。10の行いには10の結果がでます。その教えに科学的合理性があることが重要です。

エネルギースポットは自分の心の中にあります。
心の中には神の無限のエネルギーが宿っていますが、そのエネルギーを覆い隠しているのが人間のエゴです。
輪廻転生の目的は、エゴによって作られたカルマを解消することだと思います。

〈参考〉
高橋信次:「心の原点
      :「悪霊
      :「人間釈迦




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