「新解さんの謎」を読む

新解さんの謎 (文春文庫)新解さんの謎 (文春文庫)
(1999/04)
赤瀬川 原平

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かなり以前に阿川弘之が紹介していた、赤瀬川原平著「新解さんの謎」をブックオフで見かけたので買ってみました。
しかしこれは想像を超える代物でした。

「新解さん」とは三省堂の「新明解国語辞典」のことで、その説明や例文に漂う面白さを発見してゆく内容です。「新明解国語辞典」の編者の、生真面目で少し古めいた考え方がたくまざるユーモアとなって笑えます。

赤瀬川原平はある夜、「路上観察学会」の会員である若い女性から電話をもらいます。
彼女は「新明解国語辞典」の記述の奇妙さについて説明します。

「新明解国語辞典」の恋愛についての説明。

れんあい【恋愛】―する 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、できるなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる。(まれにかなえられて歓喜する)状態。「―結婚・―関係」

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歓喜する

私は変な気がした。読書のような気持ちになった。辞書なのに。

「何これ、いま見てるけど」
「凄いんですよ。凄いと思いません?」
「いや、たしかにこの通りだよ。ちょっとこの通りすぎるね」
「そうなんです。その感じなんです。こんな辞書ってほかにあります?」
「うん、合体ね。恋愛の説明に合体まで出るか」
「凄いんです」
「しかも出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら。この“出来るなら”というのが・・・・」
「そうなんです。真にせまるんです」
「出来るなら、ねえ。辞書ってここまで書くのかな」
「いえ、この辞書が特別なんです」
「ふうん、新明解・・・・」
「もう黙っていられなくて」
「たしかにね。“常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる”なんて、辞書にあるまじき細かさだな」
「もう文学です。訴えているんです
「そのダメ押しがまた(まれにかなえられて歓喜する)。これをわざわざ丸カッコに包んで出している」
「正確なんです」
「合体が、まれにかなえられて歓喜する、そうだったよなあ、恋愛なんて」
いけない。夜の十一時である。相手はまだ若い女性だ」
「それでわたし、たまらずに“合体”を調べたんです。229ページです」
積極的である。相手の方が先を行っている。私もあわてて後をついて行く。

がったい【合体】―する ①起源・由来の違うものが新しい理念の下(もと)に一体となって何かを運営すること。「公武―」②「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。


「運営ねえ」
「運営ですよ」
「でも辞書とか、お役所仕事というのは、大マジメなところが即おかしかったりするもんだよ」
「そうなんですけど、ここではむしろ②です。“この辞書でのえんきょく表現”。何か辞書なのに、自己主張を感じませんか」
「たしかに匂うね」
「もう大変に匂います。わたし以前からこの匂いが気になっていて、最近ちょっと記録をとってみたら本当に凄いので、夜分すみませんでした。こんなお電話して」
「まだあるんですね」
「もうたくさんあるんです。明日すぐにお送りします」

あくる日、速達の郵便物が届いた。

【性交】
そりゃあたしかに、恋愛―合体ときたらこの言葉に進まないわけにはいかないだろう。

せいこう【性交】―する 成熟した男女が時を置いて合体する本能的行為。

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私はこの文中の“時を置いて”というのに感動した。時を置かずになしていたら、それこそ頬はげっそり落ちてふらふらになる。人生に一、二度はそういうことがあるものである。
一、 二度でなく、二、三度かな。いけない、私も新明解国語辞典みたいになってきた。
でもいいなあ、時を置いて。この親切な実感。一週間か。あるいは二日とか三日とか。人によっては一月、あるいは一年ということもある。私は七年という人を知っている。
いけないなあ、考えることがリアリズムになりすぎる。単なる辞書なのに。これは明解というより実感国語辞典だ。


―ここまで読んできたら、新明解国語辞典の面白さは赤瀬川原平の文章力によって増幅されているのがわかる。
この本はその増幅を楽しむものなのだ。

バカについての記載を見てみよう。

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ばか【馬鹿】記憶力・理解力の鈍さが常識を越える様子。また、そういう人。
[人をののしる時に一番使う語。公の席では刺激が強すぎるので使わない方がいい]⇔利口


私は読んだあと、思わず遠くを見つめた。
[公の席では刺激が強すぎるので使わない方がいい]
こんな親切な辞書があるだろうか。親切と言うよりおせっかいというか、いやいや、犯罪を未然に防ごうという心づかいは親切であろう。・・・・
なになに、報告によるとこれは第一版・第二版のもので、第三版以降はさらに変化しているという。


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公の席

ばか【馬鹿】[雅語形容詞「はかなし」の語根の強調形]
① ―な 記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。また、そうとしか言いようの無い人。[人をののしる時に最も普通に使うが、公の席で使うと刺激が強すぎることが有る。また、身近の存在に対して親しみを込めて使うことも有る。例、「あのー(=あいつ)が・― ―(=女性語で、相手に甘える時の言い方)]


なるほど、いっそうの充実を見せている。問題は「女性語で」の項。じつはそのカッコの
上に「― ―」とあるが、これは単なる二本の線ではなくて用例なのだ。つまり
「馬鹿馬鹿」
ということらしい。漢字では感じがでないが、要するに
「ばかばか」
ということ。しかしここまできたら、
「いやん、― ―」としてほしかった。あるいは「ばか」の下に小さいカタカナの「ン」がつくこともある、という、よりいっそうの親切心も必要だろう。


―引用したらきりがないので止めますが、こうした言葉遊びの面白さは紙に印刷した辞書だから可能なのであって、パソコンやスマホでは全体の一覧性がないので趣が変わります。
そういう意味では、この本は失われつつある辞書の時代の思い出のような作品です。

以前、「舟を編む」について書いた記事で、パソコンやスマホの普及で大部な辞書の編纂は今後出来なくなるだろうと書きましたが、辞書や事典のレベルがその国民のレベルを反映しているとすれば、今後日本人の言語的素養が向上することは期待できないでしょう。

多分、本が売れずに書店の数が減少の一途をたどっている現状と、何を食べても「ジューシー」としか言えないテレビのレポーターたちの言葉の貧困とは無縁ではないはずです。
言霊の幸ふ国は、いまや貧困な言霊の国になりつつあります。



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