外国語通訳と国語

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―私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。
祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない。― エミール・シオラン

アメリカとイギリスの大学で教えていた数学者の藤原正彦さんは、国語教育こそ教育の中心でなければならないと力説してきました。しかし早期の英語教育こそ最も大事と考えるわが国の風潮により、小学校3年生から英語教育が行われることになり、国語教育はさらに軽視されることとなりました。

英語がしゃべれたら幸せになれるわけではないし、経済が発展するわけでもないのに、なぜそれほど英語教育に夢中になるのでしょうか。
明治以来、日本は目覚ましい発展を遂げましたが、それは英語が話せたからではありません。日本人の英語能力はアジアの中で最下位に近いでしょうが、それでも世界2位の経済大国となれたことは、英語と国の発展が無関係であることを証明しています。
必要性に迫られなければ英語は身につきません。英語は必要な人が学べば済むことです。

通訳や翻訳の仕事も国語能力が重要ですが、イタリア語通訳の田丸公美子さんが書いた、「パーネ・アモーレ(パンと愛)」という本は、一流の通訳者が一流の国語習得者であることを示しています。

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)
(2004/09)
田丸 公美子

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この本の愉快な記事を紹介します。
国際会議で知り合った、英露仏伊スペイン語の5人の女性通訳者たちが、たまに会って食事をし、情報交換していました。みんなのスケジュール調整をしてきたフランス語通訳が連絡をさぼったらしく、ロシア語通訳の米原万理さんが直接みんなのスケジュールを確認しようとします。

米原万理さんは、連絡をさぼったフランス語通訳のことを、「プッツン」、下ネタを連発する田丸公美子さんを、「シモネッタ」、スペイン語通訳を「ガセネッタ」と名づけました。
逆に、田丸さんは英語通訳の徳永晴美さんを「西太后」、ロシア語通訳の米原万理さんを「東太后」と命名しています。

「西太后と東太后」より
『・・・・そしてある日、万里姫から突然ファックスが送られてきた。表の縦軸には月日、横軸には四人の名前が書いてある。会えそうな日にマルをつけて返信せよ、全員のマルがそろう日に夕食会決行、とある。添付のレターにはこうある。

「さて、酒とて麻薬とて、絶ってから久しくなると禁断症状もなくなってくるとか・・・。失われた恋の痛手か、新しい恋の虜か、近頃すっかり“ロジスティックの”という形容詞を返上しているプッツンに任せておくと、皆様一同あの魅惑的な味を失念してしまい、結構なければないですむものなのね・・・などと納得されてはならじと、物を食う速度とオーガナイズの迅速さだけは人後に落ちぬと自負する拙者が乗り出すことにいたしました。

民主的、水平的ではあるものの回覧板方式ですと、プッツンのところでプッツンしてしまうので、強権中央集権方式で参ります。私がお送りします表に、その日の夜(十九時以降)都合がつく場合はマル、ダメな日はバツをつけて速やかにご返送ください。ご返送くださらない方は、出席のご意思なきものとみなします」

欲求不満の姫をおなぐさめするのは私の役目、表とともに返送した私のレターをご披露しよう。

「東太后万里さま
たった一人の分別のないパリ娘のただ一度の過ちで、早くも強権発動となった事態を見るにつけ、歴史上の恐怖政治の始まりもきっと、かような、言ってみれば取るに足らないことが原因であったろうと思いを馳せているのでございます。

それにしても、わたくしが最も秘すべきこととしております毎夜の予定を、なんと二十二日にもわたって東太后さまに管理される日が来ようとは・・・ジョージ・オーウェルの「1984年」は本当のことだったのでございますね。

先ほど、その心ない張本人から電話がございまして、『何よ、これじゃ万里の予定は私たちにはわからないわけ?万里がロシアに行くって言ったからこうなったんじゃない。私の希望はね・・・』とのたまいます。わたしは即座に、『「東太后さまが望んでいらっしゃるのは希望でもコメントでもなく、ただマルバツ式の答えだけなのです』と強く諫(いさ)めておきました。しかし、身勝手で出たとこ勝負、無責任という通訳の属性をすっかり身につけたパリ娘は、それに懲りず、彼女の都合の良い日にあわせろと、わたくしに裏工作に加担するように迫るのです。

確かにわたくしは、あらゆるおのこに情けをかけるたぐいまれな慈悲の持ち主です。しかし厳寒のシベリアもかくやと思われるほど冷徹な太后さまに反旗を翻すなどという行為に、たとえコウモリ派と信じられている私とて加わるわけにはいきません。そこでパリ娘の言動を逐一報告すると同時に、太后さまが重用していらっしゃる方々の真の姿もあわせてご報告し、是非わたくしめを今後は摂政としてご登用いただけるよう伏してお願い申し上げる次第でございます。

何を隠そう、Tさんは常日頃からあなたさまの若さと美貌をねたんでおり、今度ご一緒に行かれるシベリアで、あなたさまを亡き者にすべく計画を練っております。ガセネッタはあなたさまの豪邸と権勢をおもしろからず思っており、プッツンはあなたさまのご多忙さと年収をいたく羨望、憎悪しております。

今回の日程表、わたくしだけが持っておりますあなたさまへの忠誠心をおみせするため、すべてマル印がついておりますが、実のところは、毎夜殿方のお求めで一杯なのでございます。
人を食う速度とオーガズムの迅速さでは人後に落ちないシモネッタより」

翌日、この余興をいたくお気に召した万里姫より、あとの三人にファックスとともに私の手紙が送られた。
「強権発動後一夜明けて、シモネッタより次のようなお便りが舞い込みました。こんな傑作、私が一人占めするのもったいないから、背信じゃなく配信します」

たかが夕食の約束のために、こんな大仰なことば遊びをしてしまう。これも通訳の性であろうか。

一歳から保育園に預け、放任いや、近所に放牧状態で育てたわが愚息は、ひょうたんから駒で、質実剛健の校風が有名な進学校に入学した。父母は当然教育熱心なエリートが多い。
中一のときの保護者会で、ひとりのお母さんが近寄ってみえ、私に小声でささやかれた。
「雄太君のおかあさんですか。こんなこと申し上げてもよろしいかしら。実はうちの息子が申しますには、雄太君に巨乳のヌード写真集を見せていただいたとか・・・・」
私は答えた。
「うちの子に限ってそんなはずは・・・・。だって巨乳は嫌いだ、手に入る小ぶりサイズが好きだっていつもいっているんですのよ」
当のお母さまは、二の句が告げず黙って行ってしまわれた。帰宅した私は、息子に言った。
「お前、ヌード写真集を友達に見せるくらいなら、まずパパに見せてあげなさい」
この会話を披露した主婦の友人は、「まあ、そんなこと言うと変な親だと噂が立って息子さんがかわいそうよ」
これが常識人たるべき反応であろう。

通訳仲間の反応はというと、東太后万里さまは、「そんなときは、まあそれ、ただでお見せしたんですの? と言うべきよ」
西太后Tさんにいたっては、「あら、いつ私のヌード写真集を持ちだしたのかしら、恥ずかしいわって言えばよかったのに」である。
さすが通訳、皆常軌を逸している。その言葉を伝えた思春期の息子は吐き捨てるように言った。
「だから通訳の母親なんてほしくないんだ。最低」・・・・』


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