日本人と武道

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10年くらい前、テレビで柳生新陰流の立ち合いを見て驚いたことがありました。
相手の剣士が木刀を振り下ろすと、当時高齢であったはずの柳生当主がわずかに遅れて振り下ろしました。

先に振り下ろした木刀と後から振り下ろした木刀では、当然先に振り下ろした木刀が勝つはずです。ところがお互いの木刀が下に降りたとき、柳生新陰流当主の木刀は、相手剣士の木刀を上から制していたのです。言葉でその不思議な様をうまく説明できませんが、なにか物理法則に反するものを見たような驚きでした。

この時の印象が忘れられず、折に触れて思い出していたのですが、その柳生新陰流の剣法が、「活人剣(かつにんけん)」だと知ったのは、「致知」の3月号によってでした。
柳生新陰流第22世当主の柳生耕一氏が寄稿されていました。


柳生耕一氏


「普通に考えたら先に動いたほうが有利なのに、活人剣はなぜ勝てるのでしょうか。新陰流には、活人剣の技の一つとして相手が切りたくなるような状態をわざとつくり、相手が食らいついてきた瞬間、絶妙のタイミングで打つ、というものがありますが、このように相手の動きを予測し、こちらのシナリオに沿って相手を動かすのです。」

「殺人刀と活人剣が相まみえると、戦っている次元が違いますから、活人剣が負けることはありません。活人剣が「天下の剣」と恐れられる所以です。」

あの物理法則に反するような不思議な剣は、長年自分を統御してきた武術者が到達した、高い精神的境地によるものだったのです。

「自分の得意技に頼るだけでは、とても活人剣を操ることはできません。相手の動きを引き出すのが、先に述べた心の「位」です。相手の動きに自在に対するには、囚われを廃し、どのような時も心をニュートラルな状態に保っておくことが不可欠で、その意味でも心の練磨は欠かすことができません。」

柳生新陰流の流祖上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)は、柳生石舟斎に対して、活人剣を印可(許可)するのは一国一人の「真実の人」に限ると伝えています。
人を倒す剣の道の行きつくところが、「真実の人」というのが、究極を求める日本人らしいところです。

柳生石舟斎の言葉
「一文は無文の師、他流勝つべきにはあらず。昨日の我に今日は勝つべし」

解剖学者の養老孟司さんが、エッセイ集「涼しい脳味噌」の中で、武道家の甲野善紀の著書「剣の精神誌」について書いています。

『「茶道の一期一会が「順縁の出会い」なら、武道は本来「殺し合い」で、甲野氏の表現によれば、「逆縁の出会い」である。西洋でも、殺し合いは必要悪だが、日本だけは違った。
必要悪だと割り切り損ねた。そう甲野氏は言う。必要悪だと割り切れないから、「道」になり学問になる。』

必要悪と割り切れなかったことと、さらに必要悪の中にも真善美を求め続けるのが日本人です。
そのことは切ることを極限まで追求しながら、余分なものそぎ落として、武士の魂を凝縮したような美しさを実現した日本刀にも見ることができます。また、ただ飲むだけの茶を様式美に高めた茶道の中にも、真善美を追求する日本人の特性が現れています。

戦いを超越するためには、相手より数段強くなければなりません。平和憲法と武装放棄によって戦いが無くなると考えるのは、戦いを知らないお人好しな人間の錯覚です。
世の中には相手が弱いと思えば、嵩にかかって理不尽な要求をしてくる人や国があることを知らなければなりません。


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「気空術」という武術があります。創始者の畑村数洋師範はフルコンタクト空手(直接相手に打撃を与える空手)拳友会の会長ですが、理想の武術を求め続けて到達したのが気空術です。それは戦いを超越した武術で、相手を倒そうとする意識を捨てるだけでなく、むしろ愛することを求めます。

この武術は人間の生理的反応と力学を応用し、徹底的に力を抜くことによって相手を無力化しコントロールします。

気空術の特長の一つに、無痛の衝撃があります。
長年格闘技をしてきた知人が始めて気空術を体験した時のこと、畑村師範に気空術で打ってほしいと頼みましたが、相手の状態(精神的、エネルギー的状態)を見て、今打つと骨が折れるかも知れないと判断した畑村師範は断りました。しばらく練習して、知人のコンディションが上がったことを確認した師範は、ごくごく軽く知人を打ちました。その結果、知人は胸に穴が開き、肋骨が折れたかのような強烈な衝撃を受けたのです。

しかしそんなすごい衝撃にもかかわらず痛みはなく、それどころか、精神的な不調が続いていた知人は、その衝撃を受けた途端に一挙に意識が改善して、表情が晴れ晴れとしてきたのです。これはまさに「活人拳」と呼ぶべきものです。打たれて心身の不調が良くなる武術が存在するのです。

下に気空術の映像をご紹介します。軽く触れただけで相手が倒れるので、やらせではないかと思われるでしょうが、事実この通りです。




気空術は、力を抜けば抜くほど相手をコントロールできるので、女性でも年配者でも技を習得できます。むしろ闘いの意識がなく力まない女性の方が向いているとさえ言えます。
畑村師範は一見こわもての武道家ですが、明るく、謙虚で、思いやりがあり、私がここ数年お会いできたことをもっとも喜んだ人です。上泉伊勢守の言う、「真実の人」です。

私も気空術の初段を印可いただきましたが、練習のたびにその合理的な奥深さと、それを発見した畑村館長に驚きを新たにしています。
この活人武術が広く学ばれるようになれば、武道だけでなくスポーツまで変わってくるでしょう。

気空術ーそれは体で表現する芸術




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