日本の夜明け

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先ごろ亡くなった島倉千代子さんの歌声をよく耳にしたのは子供の頃でしたが、か細くて、はかなげな歌声が子供心に好きでした。

FMラジオの島倉千代子特集をCDにして聴いていて思ったのは、この人は年をとっても、乙女のような清潔な抒情性を失わなかった人だなということです。そんな女性にとって、この世はさぞかし生きるにつらい場所だったと思います。

島倉千代子さんの一生が、なぜ多くの不幸に満ちていたのか、もしかしたら悲しく切ない歌声に人生が共鳴したのではないかと思ったのですが、しかし7歳の時に腕を47針も縫う大ケガしたことを考えれば、彼女の生まれてきた計画には、多くの試練の経験が入っていて、その課題をすべてやり終えて、ようやく天国に帰れたのではないかと思います。
今はこの世で得られなかった幸福の時を過ごしていることを願わずにいられません。

島倉千代子さんの代表曲である「東京だよおっかさん」は、紅白歌合戦で一度も歌われることがなかったようです。
その理由は2番の歌詞にあります。

  やさしかった 兄さんが
  田舎の話を 聞きたいと
  桜の下で さぞかし待つだろ おっ母さん 
  あれがあれが九段坂
  逢ったら泣くでしょ 兄さんも

戦争を知らない私でも、この歌詞には心を打たれます。だから戦争で夫や息子や兄弟を失った人は、さぞかしこの曲を涙を流しながら聴いたことでしょう。その曲を、中国や韓国からのいわれのない言いがかりに遠慮して、NHKは日本人の目や耳から遠ざけてきました。何と愚かなことでしょうか。



安倍首相が靖国神社を参拝したことを、マスコミは悪行を行ったかのように報じました。国のために命を捧げた英霊に祈りを捧げることを、なぜ中国や韓国に遠慮しなければならないのでしょうか。

過去の記事、「日本の戦いとは何であったか(2)」で書いたように、靖国神社に合祀されているA級戦犯は、「平和に対する罪」で裁かれました。しかしそんな罪は、東京裁判が行われるまでまで存在しませんでした。国際法に定めがあったのは、戦闘行為や捕虜の扱いの違反を犯した、B級、C級戦犯だけです。

「法無ければ罪なし、罪ければ罰なし」という、罪刑法定主義に照らせば、「A級戦犯」は、勝者が敗者を裁くために作った復讐のための罪であり、無実の罪によって裁かれたA級戦犯の人たちを靖国神社に祀ることにクレームを付ける中国韓国の顔色をうかがう必要はありません。

読売新聞の編集手帳が、もし一方通行の道を相手が逆走してきたとしても、事故を避けるためには道を譲るべきであると書いていました。道理はわかりますが、これまでずっと譲ってきたのに、譲れば譲るほどカサにかかって無法を要求してきたのが中韓でした。

日本からの巨額な賠償金や技術援助を受け発展してきた中韓両国は、日本を脅せば得をすると考えています。
中韓関係が冷え切った今こそ、従軍慰安婦や南京大虐殺の嘘をただすべき時ではないでしょうか。

今年一年有難うございました。
来年が皆さまと日本にとって良い年になりますようお祈り致します。


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