日本の力を知る

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沢木耕太郎の「深夜特急」は、インドのカルカッタからロンドンまでを、バスを乗り継いで旅したエッセイだが、最後のイギリスに入国する時、税関で徹底的に調べられて、もしかしたら入国できないのではないかと不安を感じる。

「しかし、理由がまったくわからないのが腹立たしい。どうしてこんな取調べを受けなければならないのだろう。理由は私が日本人だからとしか思えない」

沢木耕太郎がこの旅をしたのは、1970年代前半だと思われるが、高度成長期とはいえ、日本はまだ大国とは看做されておらず、特別視されることはない時代だった。


深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)
(1994/05/30)
沢木 耕太郎

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元国会議員の鈴木宗男氏と、外務省のラスプーチンと呼ばれた佐藤優氏の対談本「北方領土 特命交渉」の中にこんな下りがある。

鈴木 「もうひとつ、中川先生(中川一郎)には日本がなめられてなるものか、という愛国主義的感情もあったと思います。それまで鈴木善幸さんがさんざん煮え湯を飲まされているわけですから、同じ轍は踏まないという強い決意を感じました。」
・・・・・
鈴木 「中川先生は、モスクワのホテルの一室で二人きりになったときに私にこういいました。 『「鈴木! シャケが獲れないんだよ』そして、悔し涙を流した。日本はまだ国力が弱かった時代です。どんなにがんばっても、どうしようもないことがあったんですね。」
・・・・・
鈴木 「それにしても、重光という大使は本当に政治家をバカにしていたのですが、中川先生は福田総理からレオニード・ブレジネフ宛の親書を預かっていたのですが、重光大使は取り次ごうともしない。農林大臣というポストではブレジネフに会えないというのがその理由だったが、大韓航空機によるムルマンスク事件がきっかけになってアレクセイ・コスイギン首相とあえることになった。ブレジネフ宛の親書はそのときに、やっと渡すことができたのです。」


北方領土「特命交渉」北方領土「特命交渉」
(2006/09/22)
鈴木 宗男、佐藤 優 他

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昔、ソ連とサケマスの漁業交渉をしていた時代があったことを思い出した。
上記は1970年代中頃の話と思われるが、当時は日本の首相の親書を、ソ連共産党の書記長に渡すことさえ大変だったのだ。
現在、安倍首相の親書を拒むのは、中国・韓国くらいだろう。

ついでながら、佐藤優の「国家の罠」は、じつに読みごたえのある面白い本だった。外務省の人間にこれだけの文章力があることに驚いたが、同志社大学神学部で学んだ哲学・宗教学のバックボーンが背景にあることがわかる。

この本で国策捜査の対象になれば、誰でも犯罪者にされるのだという怖さを知ったが、鈴木宗男氏についても、うさんくさい政治家だというイメージが一変した。 以前社会党の辻本清美(現民主党)が鈴木宗男氏を、「疑惑の総合商社」と呼びマスコミがそのフレーズに飛びついたが、一面的なレッテル貼りには容易に人を騙す危険性がある。


国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
(2007/10/30)
佐藤 優

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以前、海外で日本人のビジネスマンに会うと、かなり遠くからでも日本人であることがわかった。 中国人でも韓国人でもなく、日本人であることを示すオーラがあったからだ。
そのオーラは、仕事への情熱や責任感、あるいは日本人としての誇りによって光を放っていた。 残念ながら、今は急成長を遂げた中国や韓国のビジネスマンとの明確な違いがわかりにくくなってきた。

日本という国がどれほど素晴らしいかを、一番知らないのが日本人だろう。
世界でアンケートを取れば日本は人気のある国の最上位に来るし、世界のホテルで一番評価が高いのが日本人だ。
敗戦の焼け野原から立ち上がった日本が、ここまでの評価を得るには、先人たちの必死の努力があった。
日本人の謙虚さや優しさや技術力が世界に知られるまで長い時間を要し、私たちは今その努力の結果を享受しているに過ぎない。

日本という国に住み、日本人であることが如何に素晴らしいことであるか、そのことを知らず、日本に対し不平不満や自虐を言いたてる人たちは、日本を離れて諸外国で暮らすべきだ。そうすれば自分たちが、日本と言う恵まれた防波堤の中で、外の荒波を知らずに過ごしていたことに気づくだろう。






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