負け方を知らなかった日本

日本・日本語・日本人 (新潮選書)日本・日本語・日本人 (新潮選書)
(2001/09)
大野 晋、鈴木 孝夫 他

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前回ご紹介した『日本・日本語・日本人』は少し古い本ですが、言語学者で学習院大学名誉教授の大野晋さん、言語学者でイリノイ大学・イェール大学客員教授で慶応大学名誉教授の鈴木孝夫さん、それにジャーナリストの森本哲郎さんという大正生まれの3人が対談し、さらにそれぞれが1本の論文を発表したものです。

この本について、数学者で作家の藤原正彦さんがこう書いています。

『・・・もう一つの特徴は愛国心である。無論偏狭なナショナリズムではなく、日本の文化、伝統、自然を心から愛するという意味である。三者とも憂国の士である。
 戦後の混乱の中、占領軍が日本を無力化する目的で定めた基本デザイン通りに、落ちるところまで落ちてしまった日本人を心底憂えている。流行りのグローバリズムに踊らされ、物心両面でアメリカの植民地となりつつある日本を嘆いている。

 ここでも歴史的視点が物を言う。占領軍の定めた基本デザインをありがたくおしいただいた日本と、同じ敗戦国でありながらそれを拒否したドイツを比較する。紀元前の昔から息つぐ間もなく戦争をしてきたユーラシア大陸の国家と、有史以来たったの六十年間ほどしか対外武力攻勢に出なかった日本との違いとする(七世紀に百済の求めに応じた朝鮮出兵、十六世紀末の秀吉による二度の朝鮮侵略、および日清戦争から第二次大戦終結までの五十年間)。

 すなわち負け方を知っているドイツと知らなかった日本ということである。そして異民族にひどい目にあわされた経験をもつ人間だけがもつゼノフォビア(外国人恐怖・不信)、ユーラシアのすべての民族が強く抱く自己防衛本能、をドイツはもっていたのに日本はもっていなかったということである。

 この戦争慣れの差という見方は、本書を読みながら私が意表をつかれた、いくつかの機会の一つである。
 意気軒昂な三人はそろって大正時代後半の生まれである。旧制の中学高校教育を受けた方々である。芯がしっかり通っているのは、年齢に伴う豊富な経験や知識のせいばかりではあるまい。
 十年もすれば、このような気骨と見識を備えた人々のほとんどが引退するだろう。真のエリートが日本からいなくなってしまう。「滅びつつある」という言葉が現実味をもって胸に迫ってくる。 』


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鈴木孝夫さんの論文に出て来る、「負け方を知っているドイツと知らなかった日本」という観点は、確かにこれまで誰も指摘しなかったことで、日本の戦後の本質を表しています。
2000年以上の歴史の中で、対外的な争いをした期間が60年に過ぎず、しかも国体を揺るがす敗北を味わったことの無かった日本は、これだけは死守しなければならないものが何かを知らずに占領政策を受け入れてしまいました。
今、それが何かを、左翼の人たちを除く少なからぬ人たちが気づいてきました。戦後の呪縛が解けることはないだろうと考えていましたが、もしかしたらそう遠くない時期に、日本人は自分達の戦いが大義に基づくものであったことに気づくかも知れません。

鈴木孝夫さんの論文のタイトルは「英語といかにつきあうべきかー武器としての言葉」ですが、戦後の占領政策で自虐史観を刷り込まれて、自らの国を悪しざまに罵る日本人が、たとえ英語を自在に操ることができたとしても、そのことには何ほどの意味もないのだと語ります。

以下、鈴木さんが語る戦後の真実についてご紹介します。

『さて、1945年に米国を主とする連合国との戦いに敗れた日本は、史上初めて外国の軍隊に占領され、独立主権国家としての日本は消滅し、連合国の占領地へと転落してしまった。この状態は1951年のサンフランシスコ講和条約で、日本が再び主権を回復するまで、六年余り続くことになる。

この比較的短い占領期間中に、アメリカは驚くほどの早さで、あらゆる日本の制度や社会のしくみを、日本が二度とアメリカに刃向う軍事大国となることのないようにとの基本方針(日本の永久農業国化)の下に、次々と改造していったのである。

まだ敗戦直後の混乱の収まる気配すらなく、全国の都市の殆どが焼け野原のままで、食料や住宅をはじめとするあらゆる物資、そしてガス、電気、水道もろくにない終戦の翌年1946年には、早くも新憲法が制定され、そしてその次の年には教育基本法が施工されている。
これだけを見てわかるように、現在の日本人の生活や考え方を、根本的に規定し、それなりに定着してしまった国家の重要な制度的理念的基盤は、じつにこの敗戦直後の混乱期の最中、しかも日本が国家主権を持たない占領地であったときに、戦争の勝者である米国のあらがい難い強力な指導の下に、彼らに都合のよい方向で固められたのである。
・・・・・・
そして日本人の大東亜戦争に対するそれまでの見方を180度転換させ、自国の歴史とそれまでの国の在り方に、極度の嫌悪感を抱かせ、日本人の自信喪失を深めさせることに大きな力を発揮したのが、NHKの放送であった。
占領軍総司令部の厳重な監督下に置かれた、この日本唯一の放送局(まだ民放はなく、もちろんテレビも存在しなかった)は、あらゆる機会を捉えて、戦時中に日本軍が行った(とされる)残虐行為や非道な仕打ちの数々を、日々国民に伝える役目を負わされていた。

とりわけ終戦の年の12月から翌2月にわたって、週1回放送された「真相はこうだ!!」という題名の、日本人を洗脳する目的で作られた特別番組では、いかに日本の起こしたこの戦争が、正義と人道にもとる許し難きものであったかを、集中的に繰り返したのである。


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かの宣伝上手であったドイツの独裁者ヒトラーの口癖だと言われる「嘘も百遍言えば真実になる」をまさに地で行く徹底した洗脳教育であった。思えば戦時中に日本政府が、この戦争の公式名称として「大東亜戦争」という呼び名を正式決定していたのに、これではいかにもこの戦争が、日本の主張したアジア諸地域から欧米勢力を追放するための植民地解放戦争の意味合いが残ってしまうという理由で、占領軍総司令部が単に米国から見た主戦場が太平洋地域だったことを示す「太平洋戦争」と呼ぶことを日本に命じたのも、この時期(1945年12月15日)だった。

私はこの太平洋戦争という名称は、第一、日本政府が一度も正式に決定したものではなく、その上、日本が大変な無理をして遥か彼方のビルマ(今のミャンマー)までインドの独立を支援する軍隊を送り、そして悲惨な結末を迎えたなどという史実を全く反映していない不適切なものであるという理由で、決して使わないことにしている。

・・・・・
しかし半世紀前の大東亜戦争のこと、そして敗戦直後のどさくさまぎれに、勝者であったアメリカが計画的に実行したWar Guilt Information Program(日本人がいかに理不尽な戦争を行ったのかを、日本人に自覚させ、罪の深さを悟らせる計画)の名で呼ばれた宣伝洗脳教育の恐ろしさを、いま改めて私たちが知らなければ、現在の日本人の大半がもっている、

およそ事実に即さない歪んだ自国の歴史認識、その結果として生じた深い自己嫌悪と自信喪失のトラウマ状態から永久に脱出できないと私は思うからである。このような、自分が生を享けた国に誇りも愛情をも持つことができず、祖先、先人の苦労も知らずに、ただ悪しざまに罵るような日本人がいま一体英語を何のために学ぼうとするのか、私はそれこそまさに空中楼閣、砂の上に城を建てるに等しい愚行だと考えるからである。


主権国家と言う政治組織は好むと好まざるにかかわらず、今も世界中に厳然として存在し、誰もが何かしらの国家の庇護の下でなければ、自分の生活、身の安全すらも保障されないということは冷厳な事実である。ところが日本では、国家というものをあたかも旧い過去のいまわしき遺制と考え、国家主権とか国益といった言葉は口にするのも忌まわしいとすることが、あたかも進歩した人間のとるべき態度であるかのような言論が、堂々とまかり通っている。このような状態は、日本の永久無力化を狙った人々にとっては、まさに笑いが止まらない、予想を遥かに超えた大成功と言うべきなのであろう。』


『真相はこうだ』
「眞相はかうだ』wiki
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藤原正彦『日本・日本語・日本人』

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