平和を愛する諸国民に囲まれた日本

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尖閣諸島で中国との関係が険悪になる前の2010年9月27日の「産経抄」の記事をご紹介します。
中国の本質と日本のお人好しぶりを表す記事です。

『平成生まれのみなさんへ
長かったいくさが終わって、中国がぼくたちの「ともだち」だった時期がほんのひとときあったんです。つきあい始めたころには、白黒の珍獣を友情の印に贈ってくれ、上野動物園には長蛇の列ができました。

こんな愛くるしい動物のいる国はきっと、やさしい人たちが住んでいるんだろうな、とぼくたちは信じました。もちろんいくさで死んだ兵隊さんを祭った神社に偉い人が参っても文句ひとついいませんでした。

しばらくして、「ともだち」は、神社のお参りに難癖を付け、僕たちが持っている島を「オレのものだ」と言いだしました。びっくりしましたが、鄧小平というおじさんが「次の世代は我々よりもっと知恵があるだろう」と言ってくれました。

でも小平おじさんは、本当は怖い人だったんです。「自由が欲しい」と広場に座り込んでいた若者たちが目障りになり、兵隊さんに鉄砲を撃たせ、多くの人を殺してしまいました。みんなはびっくりして「こんな野蛮人とはつきあえない」と村八分にしました。

それでもぼくたちは、みんなに「こいつは本当はいい奴なんだよ」と口をきいてあげ、貧しかった彼には、いっぱいお金をあげたり、貸してあげたりしました。おかげで「ともだち」は、みるみるお金持ちになりました。

そのお金で「ともだち」は軍艦や戦闘機をいっぱい買い、こんどはもっと大きな声で「こ
の島はオレのものだ」と叫びました。
「次の世代の知恵」とは、腕ずくで島を奪うことだったんです。パンダにだまされたぼくたちは浅はかでした。「次の世代」のみなさんは、もっともっと力をつけて真の友人をつくってください。お願いします。』

南京大虐殺を言い立てて、中国は6兆円を超える援助を日本に出させ、韓国は日帝の支配で全てを奪われたと反日を煽り、3兆円を超える援助と先進技術の供与を引き出してきました。そんな国たちに対して、日本は誠心誠意尽くしてきました。つくづくお人好しな国民です。

外交は右手で握手し、左手でコブシを握ると言われますが、日本はいつも両手で握手をしてきました。
鄧小平は1992年の時点で、「中東に石油あり、中国にレアアースあり」と言っています。
いかにしたたかな政治家であったかがわかりますし、同時に無条件に中国を信じ、レアアースの97%を中国に頼ってきた日本人の無思考ぶりがわかります。


なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか(祥伝社新書287)なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか(祥伝社新書287)
(2012/08/01)
加瀬 英明、ヘンリー・S・ストークス 他

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外交評論家の加瀬英明さんと、フィナンシャル・タイムズの初代東京支局長及びニューヨーク・タイムズ東京支局長を歴任したH・S・ストークスさんが、「なぜアメリカは対日戦争を仕掛けたのか」という共著を出しています。

日米の戦争は、ルーズベルトが仕掛けたことを詳しく書いた本です。開戦前の日米交渉で、日本はアメリカも日本と同じように誠がある国だと信じきっていました。

「私にはネーサン・クラークという従兄がいる。彼はインドに展開していたイギリス軍部隊に所属していたが、昭和16年なかばに、ビルマのラングーン飛行場に降り立って、わが目を疑った。
多数のアメリカ軍戦闘機と爆撃機が翼を連ねているのを、目のあたりにしたからだ。
日本が真珠湾を攻撃する6ヶ月前のことだった。従兄は職業軍人だったから、その意味を即座に理解した。それは、アメリカが日本に戦争を仕掛ける準備をしていること以外の何物でもなかった」(ヘンリー・S・ストークス)

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ルーズベルトは真珠湾の5か月前に、日本を爆撃する許可を出していました。
よく知られていることですが、日本の外交機密暗号文書をアメリカはすべて解読していて、日本が12月8日未明にハワイを攻撃することを承知していました。
しかしハワイの司令官には日本軍の攻撃を知らせず、新鋭空母2隻と巡洋艦を退避させ、攻撃を受けたのは旧型艦のみでした。

日本国憲法は日本の安全を、諸外国の「公正と信義」に委ねると書いてあり、前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書かれています。加瀬英明さんは、「平和を愛する諸国民」の前に、中国や北朝鮮をはじめとするという言葉を入れるよう提案しています。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することが、いかに愚かで空しいものであるか、平和ボケした日本人でも今ならはっきりわかるはずです。




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