運命と宿命

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運命について考える時、日航機事故で亡くなった坂本九さんを思い出します。
誰からも愛された九ちゃんが、あの日御巣鷹山に消えたことに衝撃を受けましたが、いつも全日空を利用していたのに、あの日に限って日航を利用したことに運命を感じます。
避けられない運命を宿命と言いますが、あの日、あのような死を遂げることは宿命だったのでしょうか。

日航機事故で、ハウス食品工業の社長や阪神タイガースの社長など、多くの会社関係者が亡くなっていますが、チッソ株式会社は、ポリプロ繊維事業部だけで6人が亡くなっています。社葬の時、激しい雨と雷鳴に、亡くなったみんなが来ていると感じたと、ポリプロ繊維事業部の方が話していたのを思い出します。



東日本大震災の犠牲者については、個人の運命というより、日本と言う国の運命ではなかったのかと思います。
犠牲者は国家の大きな運命に殉じた、「一粒の麦」だったのではないでしょうか。(一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし ーヨハネ福音書)

人は人生を計画して生まれて来ます。それを運命と言います。計画してきたことであれば、起きてくることは必然です。
しかし起きてくる前に、すでにその学びを学び終えていれば、必然であるべき運命は変わります。

一方、肉体的ハンディを背負って生まれてきたり、不慮の事故に遭うなどの宿命は、自分の努力で避けることができません。
そのような過酷な運命を体験した魂は、平凡な人生を送った魂より大きく成長することができるようです。


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天からみれば」という自主上映映画があります。
主人公は大阪に住む両腕の無い画家、南正文さんです。
南さんは小学校の時に、家業の製材所で機械に巻き込まれて両腕を切断します。
人生に絶望していた時、大石順教さんという尼さんに引き会わせられます。

大石順教さんは、養父に両腕を切り落とされながら、その養父を怨むことなく、出家して身障者のために生涯をささげた方です。筆をくわえて絵を描く練習を重ね、ついには般若心経の写経が日展に入選しています。

南正文さんは、順教尼から筆をくわえて絵を描くことを学びますが、何より、両腕のない順教尼が、運命に負けずに力強く生きている姿に接したことで、人生に絶望していてはいけない、自分も頑張らなければならないと気付きます。

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大石順教さんは、明治二十一年に大阪で生まれました。本名は「大石よね」
12歳で踊りの名取となり、15歳の時、「山梅楼」の主人中川万次郎の養女となります。

明治三十八年、妻の駆け落ちに狂気となった養父万次郎は、妻の母親、弟、妹と、養女にしていた二人の芸妓の5人を日本刀で斬り殺します。この時、大石よねも巻き添えとなって両腕を切断されます。「堀江六人切り事件」として、世間を震撼させたこの事件で、彼女は17歳という青春のさ中に、人生を奪われてしまいます。

そんな絶望の中、よねは両親を養うため、悲惨な姿を人目に晒し、見世物小屋で働きます。
中村久子さんも見世物小屋で働いていましたが、社会保障制度の整わない明治時代、「片端(かたわ)」となった身が生きていくことが、どれだけ大変であったかがわかります。

3年後のある日、鳥カゴのカナリヤが、口でヒナに餌を与えている姿を見て、鳥は手が無くても生きていることに気付き、筆を口にくわえて絵の練習を繰り返します。

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明治四十五年、日本画家と結婚し、一男一女の母となりますが、夫の浮気により離婚し、昭和八年に出家、名を「順教」と改めます。昭和十一年、身体障害者福祉相談所を開設し、身体障害者の救済に生涯を捧げます。昭和三十年、日展に入選。昭和四十三年、81歳の生涯を閉じました。

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日展入選「般若心経」

大石順教は警察で、「お父さん(義父)の罪を軽くするにはどうしたら良いでしょう。お父さんの罪を軽くするためには何でもします」と嘆願しています。

「お父さんを憎むことは、自分を憎むこと。お父さんが悪いのではなく、そうさせた苦しみが悪い」
「私は逃げなかった。愚痴も憎しみも口にしたことがない。」

両腕を切り落とされ、自分の人生を奪った人を憎まず、愚痴も憎しみも口にしたことがない魂とは、いったいどれほど気高い魂だったのでしょうか。

順境尼は、「生まれ変わったら、また両腕の無い人生を送りたい」との言葉を残しています。
その言葉は、人間の生まれてくる目的が、魂の成長にあることを知らなければ言えない言葉です。

「何事も 成せばなるてふ言の葉を 胸にきざみて生きて来し我れ」 ー 順教尼

<参考>
人の運命について
ヘレン・ケラーの恩人
『致知』“できない”と“やらない”を混同しない





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コメント

Re: パックさま

さくらさん

ご丁寧にありがとうございます。
さくらさんの感性は、まさに日本人であり、日本的な教養の豊かな方ですから、ヴェトナム人や韓国人に囲まれて生きることに困難があったのではないでしょうか。

現在の日本には様々な問題がありますが、さくらさんの終の棲家はやはり日本だと思います。

さくらさんは、よく老いという表現をされますが、現在の日本人の年齢は、頭から10歳を引いて考えた方が良いと思います。
まだまだお若いはずです。
日本に帰られて、また新しいブログを始められないのですか。
和歌や俳句などが拝見できればうれしいです。
少し早いですが、おかえりなさい。

パックさま

何時も沢山の教養、芸術、宗教、思想など勉強させて頂き心から感謝いたしております。
じっくりとお調べになって書かれる文章には重みもあり貴重なお話が多く、見習わねばならない点が沢山ありました。そして心温かく、癒され元気を頂戴しました。私事ですがまさか人生の最後にベトナムを離れる結論がこんなに早く来るとは想像もしておりませんでしたが・・何かに引かれて流されて行くのだと思いました。帰国したら即、しなければならないことが多々ありますが老いを引き摺り頑張ってみます。色々と本当に有難うございましたm(__)mもう数日書きますが一言お礼の心まで・・

Re: 初めまして。

美琉さん

はじめまして。


大石順教さんのように、自分自身が困難な状況にありながら、人のために頑張れる人を尊敬します。
自分にはとてもマネができません。
せめて健康であることに感謝しなければいけないと痛感します。

人間の目は前を見るために作られています。
そのため、人の欠点は見えても自分の欠点は見えません。
自分を見るためには、目を閉じて反省しなければなりません。
また本質を見るには、心の目が必要ですね。

平凡な日常の中で、自分の魂の修行は遅々として進まず、
別の意味の反省ばかりの毎日です。
これからもよろしくお願いします。



初めまして。

珊 愛の美琉と申します。
坂本九さんのお写真とお話から始まり、南正文さんや大石順教さんへと
続くお話を、引き込まれるように読ませて頂きました。
運命とは何か、宿命とは何か。とても考えさせられます。
しかしそれらを、魂の学びとして素直に受け入れ、そしてその様にして
生きていけるか、という事になるのだろうなぁと思いました。

人の目は、前を見ていくために前に付いている、と聞いた事があります。
しかし普段は、何も考えず、ただ物事を淡々としてしか見ていない現実です。
見ている先の向こう側にある思いや心を常に感じ、大切にし、
それこそ目(心)を開いて、今を生かされている事に感謝したい、と改めて思いました。

Re: タイトルなし

washさん

どんな境遇も学びのためにあると頭では言えても、いざ自分がその境遇になれば、容易にそれを受け入れることができないと思います。
大石順境尼は、自らを見世物にして得た金で、義父の慰霊碑を立てています。
愚痴も恨みも口にしなかったということを証明する行為です。

こんな素晴らしい人を見るにつけ、自分ももう少し頑張らなければならないと痛感します。
ありがとうございました。


素晴らしいお話に感動しました。
運命や宿命をどう受け止めるかで自分の人生が変わってきますね。
日々、どう生きていくか、もっともっと真剣に考えなきゃと思いました。

神様はその人が乗り越えられない課題以上のことは課さないですものね!
頑張ります!

Re: 肢体がなくても

takechan0312さん

確かに恵まれた人ほど、つまらないことに不平不満を言っていますね。

人間は今もっているものを失うまで、その有難さを感じることはありません。
健康や平和や幸福は、失うまでその有難さにきづきません。
そのことに気づくように、昔の日本人はお蔭様という言葉を使っていました。

パラリンピックに出る選手は、ほとんど資金援助を受けていません。
以前、柔道の山下さんの記事を書きましたが、パラリンピックの選手は、柔道着まで自分で買っていました。
ハンディを背負って頑張っている人にこそ、援助をしなければならないはずです。

人間は弱い存在です。強い人間はいません。
しかし、ハンディを背負った人間だけが、真の強さを持っていますね。
私もいつも自分の弱さにうんざりしています。

肢体がなくても

この方のことは、別の方のブログで聞いたことがあります。
肢体があっても何もせずに、日常の生活に文句を言っているひとを見ると、
本当に根性なしと思うことがたくさんあります。
私自身が人に言えることでもありませんが、、、。

私は普通のオロンピック以上に、パラリンピックが大好きです。
そこには自分の障害を乗り越えて頑張る人達の姿があります。
今度オーストラリアの選手で、肢体なしで水泳競技に参加する人がいます。
彼のドキュメンタリーを見た時に、本当に感動しました。
人間どんなことがあっても頑張れるんですよね。

とてもステキなお話ありがとうございました。

Re: タイトルなし

patapataokanさん

ブログを通じて、patapataokanさんの家族に親近感を持っていただけに、二男さんの事故はショックでした。
そんな読者の方が多いと思います。

これからの手術で、少しでも不自由が少なくなることを願っていますが、今回の試練を乗り越え、前向きに生きて行くためには、先人の生き方が参考になるかと思い記事にしました。

リンクの件、もちろん結構です。
okanさんも、頑張りすぎて体をこわさないようにしてください。

こんばんは!
やはりこの記事は私達家族に向けて書いて
下さったんですね。

読んでる途中でそんな気がしたのですが
まさかそんなことあるはずがないと思っていただけに
心の底から感謝致します。

ありがとうございます。

パックさんの記事を拝見して両手がなくても
頑張っておられる方を調べてみたら思った以上に
たくさんの方がおられて驚きました。

この方々のことをパックさんの記事も含めてまた
ぜひ記事にしてみたいと思います。

その時はこちらの記事をリンクさせて頂いても
よろしいでしょうか?

Re: タイトルなし

タヌ子さん

Michel Petruccianiという名前は初めて聞きました。
youtubeで見ましたが、ビル・エヴァンスに影響を受けたというのがわかります。
何回骨折してもピアノを諦めなかったのは、よほどピアノが好きだったのでしょうが、私ならすぐにギブアップしていたはずです。

その国の文化の偉大性は、名も知れぬ市井の人が、どれほど立派に生きたかに現れているように思います。
日本やフランスという文化が、人を育てているのですね。

人間の能力は、多分ほとんど差がないのだと思います。
どんな人間にも内在された能力があり、努力した人間だけがそれを引き出すことが出来るのでしょうが、怠け者の私は、ほとんど引き出すことなく終わりそうです。

「こうして輝いている人達の存在を知るたびに、些細なことですぐにクヨクヨする自分が惨めに思えて仕方ありません。」その言葉を、そっくり使わさせていただきます。

Re: 坂本九さん

乙山さん

坂本九さんや日航機事故を、映像でしか見たことがない人も多くなったのですね。
昭和も遠くなりにけり、でしょうか。

「上を向いて歩こう」は、高度成長期の日本を象徴するような歌です。
日本人は、明日と言う日を明るい日と書きました。
未来を信じることができる、幸せな民族でした。

過去のどんな困難からも立ち上がってきたのも、明日を信じていたからでしょう。
今こそ、「上を向いて歩こう」が必要ですね。

今丁度フランスの鬼才ピアニスト、Michel Petruccianiのドキュメンタリー映画を観終えたところです。
障害を負って生まれ、1メートル足らずの身長にもかかわらず、世界一流のジャズピアニストとして名を馳せ、腕や鎖骨の骨折を繰り返し、骨折の痛みでフォークやナイフは持てなくてもピアノは弾けるという強靭な精神の持ち主。
父親と同じ生涯を持って生まれたMichel Petruccianiの息子さんが『自分は普通の人間にはなれない。普通の人と違う存在にはなりたくない。だから特別の存在になることに決めた』と仰っていました。
人為によって障害者となられた大石順教尼さんとは違いますが、こうして障害を持ちながら、健常者を遥かに超えた才能を発揮し、周囲に強い影響を与えていく人々は神に選ばれし者なのだと思わずにはいられません。
こうして輝いている人達の存在を知るたびに、些細なことですぐにクヨクヨする自分が惨めに思えて仕方ありません。

坂本九さん

パックさん、こんばんは。
坂本九さんの姿、世代的にきちんと見ることは
できませんでしたが、リンクの動画から拝見しました。
歌手、ですね。マイクとの距離がまた、遠いこと!
しっかり歌い込むスタイルと、どこかこぶしを利かせた
演歌調のスタイルが混じった、坂本九さんならではのスタイルです。

その後の平井堅さんの映像もよかった。
坂本九さんへのオマージュにあふれていて、
ハーモニーをするあたり、平井さんの並みならぬ実力を
見せてもらったように思いました。

阪神淡路の震災後、坂本さんの『上を向いて歩こう』を
歌う人たちがいました。その時もなぜか、なんだか
涙が出そうになったのですが、今回も同じ思いです。

Re: タイトルなし

amiさん

東日本大震災の後、「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん夜の星を」が、復興のテーマソングのように歌われました。
九ちゃんの歌声には希望が感じられますが、あの頃の輝いていた日本を象徴しているような歌声です。

あの事故があってから、飛行機が激しく揺れても、運命なら落ちる時には落ちると、返って心配しないようになりました。
良寛の「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 死ぬ時節には、死ぬがよく候」です。

大石順教尼さんはすごい人ですね。
昔の日本人はすごかったと、つくづく思います。

Re: タイトルなし

patapataokanさん

今回の記事は、patapataokanさんに読んでいただきたいと思って書きました。
二男さんの怪我は、家族の皆さんにとって、大変つらいことだったと思います。

幸せ一杯の時に起きた事故だけに、悔やむ思い、やりきれない思いがあると思いますが、家族の団結力の強いokanさんの家族ですから、どうか力を合わせ頑張ってください。
前向きに考えることによって、怪我の回復力も増してくるはずです。

これからまだ手術が続き、つらい思いをしなくてはいけないでしょうが、大難が小難で済んだと考え、どうぞ頑張ってください。
回復をお祈りします。

バックさん
わたしも九ちゃんの亡くなったときのことを今でも覚えています。
時々「上を向いて歩こう」を唄うとき、この歌の意味が繋がったような気がします。

あのときはマレーシアに住んでいましたが、お友達の会社の人が、いつも日航機だったのを、全日空に変えて、予定の次の日に日本に帰国が、、飛行場に行く途中事故にあい、亡くなったというのを、いまでも覚えています。

その日は決まっているのかな?とつくづく思ったものです。

大石さんのお話すばらしいですね。生きてきて、本のすがたを表しているようです。
今周りで起こっていることもひとつの学びですね。感謝のこころはすばらしいです。

記事を読んでいて涙が出そうになりました。

両腕が無くてもこれだけの気高いことが
できるなんて普通ならあり得ないことだと思います。

手がないのはまず排泄したものを
自分で処理できないので1番プライドが
傷つくと何かで読んだことがあります。

それなのにその原因となった義父を
怨むどころか罪を軽くするために嘆願するなんて・・・

しかも他の障害を持った方のために尽くすなんて。

わが家の次男も今回の事故で右手は親指以外
すべて障害を持つことになりますが
順教さんに比べたら軽いものです。

二男にもこのパックさんの記事のことを
話してこれからの人生、前向きに進んで
欲しいと思います。

いいお話をありがとうございました┏○ペコ

Re: タイトルなし

サイマネさん

先のことがわかれば苦労しないで済みますが、そうすれば問題を解決したことにならず、進歩がないことになります。
悩み苦しみ、試行錯誤して進んでいくことが魂の向上に繋がり、安楽で平穏な人生は、修行にならないのが厳しいところです。

人生を終える時に1ミリでも前進しているように、というのはその通りだと思います。
3次元の世界は落とし穴が多く、生まれて来る前の魂のレベルを落としてあの世に帰る魂が多いようです。
自分はどうかと考えるとき、少なくとも現時点では余り自信がありません。
1ミリでも向上できるように頑張りたいですね。

定められた宿命があり、また数々のハードルが計画されていて、そうした中で
人は折々で人生の選択に迷ったり苦悩したりしながら成長するものとの
実感を強く感じつつ生きています。
日々踏み絵を通過しながら、また迷路の道を選びながら・・・。

「はたして自分はこの生涯でどれぐらい成長できるのだろうか・・」と案じたり、
広く世間に目を向けても、退歩ではなく前進(成長)することは本当に難しいことだと
思います。南さん、大石さんの話は初めてお伺いし、大変感服すると共に大きな勇気を
いただきました。有難うございました。

自身は、人生を終える時に1ミリでも前進しているように(それほどに難しい
人の「人生」だと思います)日々精進したいと思ってます。
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