失くなった携帯電話

田沢湖
秋田県 田沢湖


先日、買ったばかりの携帯電話が失くなった。
会社から出る時にバッグに入れ、車の助手席に置いたはずだが見あたらない。
翌日会社を探したが出てこなかった。

つい最近携帯を失くして買ったばかりだった。もう一度車内を丁寧に捜したが見つからない。
電話の利用停止手続きをして、30分後に車に戻ってドアを開けると、なんと運転席のシートの上に、何事もなかったかのように携帯がある。

見落としていたのだろうか。しかし運転席のシートの真ん中にあるものを見落とすことは、いくら注意力散漫な私であっても難しい。
誰かがいたずらをした可能性はどうだろうか。車のキ―はずっと自分で持っていた。そんなイタズラをする人間もいない。
いよいよボケが始まったのだろうか。こちらの可能性は強く否定できない。(泣)

もう一つの可能性は、携帯電話がどこかに移動し、また戻ってきたということだ。馬鹿なことと思われるかも知れないが、本当にそうだと思っている。いつまでも気づかない私に対して、あることを教えるメッセージだと直感的に思った。その直感が正しければ、メッセージは自分の今後の生き方を指し示すものだった。

学生時代にUFOを見てから、見えない世界の仕組みを研究するようになった。次元の違う世界が関与すれば、瞬間移動や物質化は不思議なことではない。
空中から水晶の玉が出てきたことがあった。何だろうと拾い上げた時にゼリーのように柔らかかったのが、みるみる手の中で硬くなっていった。

いや、そんな事はたいして意味がない。危険なことも多い。そうではなくて大切なことは、魂の兄弟姉妹である守護霊は、いつも私たちに気づいてほしいと様々な形でメッセージを伝えようとしているということだ。たとえばそれは、朝目が覚める直前の夢であったり、散歩をしている時のひらめきや気づきであったりする。

最初にそれを体験したのは、皇居の前を歩いている時のことだった。
前に書いたように、戦後の反日教育を受けて育った私は、天皇や皇室が大嫌いで、君が代を歌うなどとんでもないことだった。君が代を歌わなければならない時は、口パクでごまかしていた。

ところが、ある時皇居の傍を歩いていると、突然「天皇は日本の救いだ」との思いが湧いてきた。それは無条件の説得力で心に響き、その瞬間、天皇陛下に対する思いが一変した。日本の歴史や文化の中心に天皇陛下がおられた。穢れの無い日本的心性の中心に神道の祭祀があり、天皇陛下がおられた。天皇制は日本の救いだった。
その体験が守護霊によるものであることを知ったのは、ずっと後になってからだった。

携帯電話と言えば、印象に残るのは東京大学医学部教授で東大病院救急部長の矢作直樹先生のことだ。
話の最中に、たびたび携帯に掛かってくる電話やメールに、一度も対応されなかった。そのような人に会うのは初めてだった。
矢作先生の持っておられた携帯電話は、銀メッキが剥げた古びたものだった。しかしそれは、昔の日本人の心性を有する矢作先生に、いかにも似つかわしく、物を大切にする美しさが現れていた。


Amish.jpg

アーミッシュの写真集「The Gift to be Simple」より


ハリソン・フォードの代表作、「刑事ジョン・ブック」の舞台は、アーミッシュの住むアメリカの田舎だった。
写真のアーミッシュの少女は、アンドリュー・ワイエスの絵のように、素朴な詩情に溢れている。
車や電話や電気製品を拒否して生きる彼らの生活には、シンプルに生きる豊かさがある。
携帯電話などとは無縁な生活をしている彼らが不幸だと言える人は誰もいない。

ところで、携帯電話が消えてまた出てきたのは、もっと物を大切にしろと言う意味だったのだろうか。
それとも単に、ボケの始まりなんだろうか。

参考:「魂とは何か
   :「音の世界からあの世を考える
   :「猫とウサギ

   :「低レベル放射線は体に良い」





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コメント

Re: 天皇制と戦後教育

なりひらさん

国の根本は教育にありますが、小学校の学級崩壊は目を覆う有様です。
この子供たちが日本の未来を背負うと考えると、暗澹たる気持ちになります。
日本の教育を破壊した日教組の親玉が、日本の政治の中枢にいるとは、なんと嘆かわしいことでしょうか。
早くあの貧相で下卑た顔が、画面に出ないように祈るばかりです。

2012/05/12 (Sat) 18:18 | パック #- | URL | 編集
天皇制と戦後教育

私も、戦後教育に毒されてきたほとりかも知れません。今は、国家を素直に歌えるようになりました。日教組の戦後教育は日本人の精神構造を歪めてしまいましたね。その親玉が民主党の幹事長をやっているだけで、あの政党は市にょうできません。

2012/05/12 (Sat) 13:39 | なりひら #SIg7oyDA | URL | 編集
Re: タイトルなし

タヌ子さん

タヌ子さんが、若い頃幽体離脱を繰り返していたとは意外でした。
でも、今鈍感になったとは幸いですね。
霊的なことは、鈍感な方が無難です。

しかし、感じなくても霊的な現象は存在しますので、霊的な場所や人物は避けた方が良いですね。
最近、退行催眠がはやっていて若い女性に人気ですが、大変危険なことを知ってほしいと思います。
さわらぬ神にたたりなしです。

私も携帯を持ってなくてもあまり不便を感じないのですが、タヌ子さんと同様、待ち合わせ場所を間違える特性があり、そんな時は携帯のありがたみを感じます。
何でも使い方ですね。




2012/05/09 (Wed) 10:02 | パック #- | URL | 編集

パックさんは色々な経験をお持ちなんですね。
私も若い頃は幽体離脱を繰り返したり、歴史の長い建物の一室で動けなくなったり、色々感じることがありましたが、現在はさっぱりで、墓地を散歩しても何も感じないぐらい鈍感になってしまいました。
守護霊に見捨てられたのでしょうか・・・
先日夫が芝刈り中に携帯を落とし、絶対庭にあるはずなのに未だに見つかりません。
しかしながら、今回も運良く『不慮の事故』扱いになり、保険で新しい携帯が送られてきてしまいました。
夫は元々物を大事にしない方なので、守護霊にしっかりお仕置きして欲しいところです。
私は外出する時も携帯を家に留守番させてしまうことが多く、携帯がなくてもそれほど困らないと思いますが、待ち合わせ場所を勘違いしやすい私には、やはり必要なものなのかもしれません。

2012/05/09 (Wed) 07:45 | タヌ子 #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

parismidoriさん

midoriさんでもパスポートの管理でそんなことがあるんですね。
私はしょっちゅうなんで、~探さないでも見つかるよ、と思うようにしています。
但し、ほとんどの場合、見つかるのはそれが必要なくなってからです。

若い頃、金が無いのにウィーンフィルのS席のチケットを買いましたが、当日、机の一番上の引き出しに入れたはずのものがありません。
公演時間のギリギリまで探しても無く、とうとう諦めましたが、翌朝引き出しを空けたらすぐに見つかり、しばらく悔しい思いをしたことがあります。(今でもこうして思い出します)

空中から水晶が出てきた時はある医師と一緒で、それぞれが一つづつ拾い上げたら水晶になりました。
飴のようなものは柔らかい時は暖かいのに、それは柔らかくて冷たかったのを不思議に思いました。
どういう意味があって出てきたのかはわかりません。

うちの娘も、色々不思議な体験をしています。
小学生の時、夜息せき切って帰って来たので何があったのか聞くと、上を見上げたらUFOがいて、ずっとついて来たということでした。
パリにいた時に小銭を募金したら、誰もいないのに同じ金額の小銭がどこからともなく転がってきたことがあり、良いことをすれば良い事が返ってくることを教えられたと言っていました。

今回の携帯の教訓は、まだ十分理解していません。
どこか自然の中を歩いて、心をきれいにしなければいけないと思っています。
ありがとうございました。

2012/05/06 (Sun) 22:08 | パック #- | URL | 編集

パックさん、こんにちは。ご無沙汰しております。私は先日、パスポートが見当たらなくなってあちらこちらの戸棚をひっくり返して丸一日をつぶしました。外で失くすことなんてあり得ないと思いながらも、2月に日本から戻ってきた際にうっかり、空港のパスポート・コントロール、ロワシーの駅、TGV内、ボルドーの駅のどこかで落としたのかもしれないとあれこれ考えが巡り、物騒な世の中、妙な犯罪に使われたりしたら、それに今更、大使館に届け出ようにも日本人としてなんとも面目のないこと・・・、管理のできないダメな自分・・・と、どうしようもなく情けない気持ちにもなりました。ところが戸棚の中身を元のように収め終えたら、なんのことはない本の影にパスポート様は鎮座しておられました。こういう時、家人はいつも、”Tu vas trouver sans chercher~探さないでも見つかるよ。”にやりと笑っています。彼の人生ではたいていのものはそうやって出てきているらしいのですが、私もこの件で、反省も含めて自分についての気づきというのか思うところが多々ありました。「空中から水晶の玉が出てきたことがあった。何だろうと拾い上げた時にゼリーのように柔らかかったのが、みるみる手の中で硬くなっていった。」、飴の作業をしていて冷えて固まる時に、天が世界の子どもたちに降らせてくれる色とりどりの甘い雨のドロップというイメージがいつも頭を巡ります。不思議で未知な世界に生かされていると思います。

2012/05/06 (Sun) 18:44 | parismidori #SQbl7Cak | URL | 編集
Re: タイトルなし

patapataokanさん

常識的には、携帯が消えて又現れるなんてありえないことですが、何しろそんなことを沢山経験してきたので、そうとした考えられません。
問題は、そのことから何を学べば良いのかということです。

昔は色々な電話番号を覚えていましたが、携帯が出てきてからは覚えないですね。
カーナビで地理を覚えないし、パソコンが出てから漢字を覚えません。
意識して頭を使ったり、感覚を磨いたりしなければならない時代になったのでしょうね。

2012/05/05 (Sat) 10:20 | パック #- | URL | 編集

こんばんは~!

携帯が無くなったのは何か意味があるのかも
しれませんね。

携帯にしろPCにしろ一昔前には無くても
当り前のように生活できたものです。

便利にはなりましたが携帯があるおかげで
家族の携帯の電話番号すら覚えていません。

再び携帯が出てきたのは普段携帯に頼り過ぎな
生活を見直しなさいと言うことなのかもしれませんね。

2012/05/04 (Fri) 23:14 | patapataokan #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

amiさん こんばんは。

何度も探したのに見つからなかったのが、何かの拍子に出てくることは良くあります。
人間の注意力には死角があって、何度見ても見落とすことがあります。
しかし今回のことは、そのような状況ではありませんでした。

空中から水晶が出た時、もし硬かったら何かのトリックではないかと疑うことができます。
指で持っているうちに、どんどん硬くなっていったので、否定のしようがありませんでした。

昔、携帯が無い頃は、待ち合わせで苦労したことが良くありました。
携帯があるほうが便利であることは間違いありません。
しかし、神様が与えてくれたものでなければ、必ず弊害がありますね。

いまさら携帯の無い生活はできませんが、もし携帯がなくてもそんなに困らないと思うのは、年をとった証拠なんでしょうね。

2012/05/03 (Thu) 23:29 | パック #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

yumiさん こんばんは。

無くなって現れたあの状況は、常識的な解釈を許さないものでした。
シートの間や下などの見えにくい所なら理解できます。
しかし、ドアを開ければいやでも目に入るところにあるものを見落とすはずがありません。

水晶が出てきた時は、空中から二つパラパラと落ちてきたので拾いましたが、最初は柔らかくて、何でゼリーが出てきたのかと思いました。
不思議現象はいろいろ体験したので驚かなくなりました。

しかし霊的なことは無縁な方が良いです。
聖なる方も魔の方も体験しています。悪霊払いを頼まれることもあるんですよ。
でも、さわらぬ神にたたりなしです。

私も物がなくなった時は、自分に必要がなくなったのだと思っています。
物が壊れた時は、そのものの寿命が今日までだったと思うことにしています。

ご無沙汰していますが、Tちゃん、Rちゃんは、すっかり大きくなったでしょうね。

2012/05/03 (Thu) 23:06 | パック #- | URL | 編集

こんばんは。
わたしは先の携帯電話が戻って現れた、、のほうを信じます。

毎日のようにわたしも携帯を探すことが日課になっていますが、、(苦笑)
ありえることですよね。
人間見えないことは信じにくいと思っていますが、こういう実際に見えることにも
まさか、、という思いが強いことでしょう。
空中から水晶の玉はすごいですね。これも信じます。

矢作先生の本を読ませていただきました。バックさんがおしゃる通りの方なのでしょうね。

娘も携帯で、何でも検索、、いつも手に持っています。
時々、子供がよこで、話しかけても携帯での書きこみに夢中のときがあります。
娘だけではなく、多くの人(わたしも人のことは言えませんが、、)が洗脳されているように携帯を使っているのに、時々、昔の時代を思い起こします。
時代時代移り変わりはあるものの、、こころのありかたが、なにかずれてきているのかな??と思うこともあります。
こう思うのも年なのでしょうか??笑

2012/05/03 (Thu) 22:25 | ami #- | URL | 編集

パックさんこんにちは
ご無沙汰しております(^^)お元気そうで何よりです。
携帯電話なくされたんですね、、、
その解釈が面白くてなるほど~~と思いました。
携帯が無くなってまた現れた、そのことに何かパックさんに伝えたいメッセージがあったというのはとってもうなずいてしまいました。
携帯のない世界、たとえばアーミッシュのような生活や考え方になにかヒントがあるのかもしれない、、、そんな考え方私もします。。。。
空中から水晶がやわらかくなって出てきたというそのこともとってもうらやましく感じてしまいます。私は霊感というのとはちがうかもしれないのですが色々感じることは多くても見えないものが見えるというようなことはおきてほしいことなのにおきてくれないんですよね。。。。パックさんがうらやましいです~~

パックさんの携帯ではないですが、私もよく探し物をしてぜんぜんないのにあるとき突然見つかるというようなことよくあるんです。そしてみつからないままなくなってしまうことも。確実にこの下にあるはずというのがどこにも見当たらなくなくなってしまったり。。でもそういうものがなくなるときはそのものがきっと自分とであって果たす役割が終わったから無くなったのだといつも解釈してます(^^)ってそうなんでしょうか??パックさんだからお聞きしてみたりして。。。。

2012/05/03 (Thu) 22:17 | Yumi #- | URL | 編集

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