日本の戦いとは何であったか(2)

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東京裁判

日本の戦後病理をもたらした最大の原因は、アメリカの占領政策にあります。
昨年末に下記のコメントを頂き、占領政策によって日本人が心の拠り所を失っていることを再認識しました。
東京裁判と、それに続く洗脳政策が何であったかを知ることは、日本の戦後病理を克服するために重要なことです。

コメントを頂いたのは、へリンガー・インスティテュート・ジャパンを主宰されるチェトナ・小林さんです。



「私はドイツ発祥の日本でまだあまり知られていない心理療法を紹介する仕事をしている者です。心理療法といっても、創始者の方は元カソリックの神父だった方で、その技法は宗教と心理療法の間に橋を架けたような少々不可思議な香りを持っています。
そのセラピーの要に、除外されている存在に居場所を与えることが多くの問題を解く鍵となり得るという点があります。

私は日本各地をワークショップのために廻り、例えば鬱や拒食症など様々な症状を持つ人の個人的な苦しみや悩み、問題を異なる視点から見ることができるようにするためのお手伝いをしています。

ここ数年ワークショップの現場で発現する事象として、個人的な問題の背後に除外されていたものが、実は、戦争のときに命をかけて国と家族を守って亡くなっていった祖父や、父親や、おじたちへの尊重であったり、誇りそのものが除外されているということが多々あります。 そのような事象に立ち会うことがあまりにも多くなってきたために、もっとちゃんと理解しなくてはいけないと駆り立てられるように、今年ミュージシャンであり本職がお坊さんという方を誘い、沖縄、広島、長崎でほぼ自費でワークショップを開催してきました。

また、ワークショップの中で出会う気高く、誇り高い軍人の父親、祖父、おじたちの姿と現代の日本人との間に、大きなギャップがあること進化のミッシングリンクではなく、何か退化のミッシングリンクのようなものがあることに気づきました。 それに関してネットで色々調べ探っていくうちにパックさんのブログにたどり着いた次第です。

私は戦後教育の成功例のような人間でした。
大東亜戦争という言葉を知ったのは3週間前、自虐史観という言葉を知ったのは10日ほど前です。
これまで地理歴史政治には一切興味を持てずに、テレビの影響をもろにかぶって今日に至りましたが、今、目から鱗が大量にはげ落ちていっている感覚にあります。

自分の中心の核となる感覚と照らし合わせると、今自分が感じていることがほぼ真実で間違いないだろうと思いながら、この危機感をどうしてよいのか、誰と話せばよいのか、仕事を通して私を知る人たちにとって、今自分が感じている感覚が片寄ったものとして映らないないためにどうしたらいいのか、考えあぐねているところです。

まずは、自分を映す基準としてパックさんの過去のブログを参考にさせていただいています。
パックさんのブログが存在していなければ、私は途方にくれ、孤独で、相当困っていたと思います。パックさんのブログと巡り会えたことに感謝しています。

(全文は「時の早さ」のChetnaさんのコメントをご覧ください。文中の赤字は私が付けたものです)


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東京裁判

戦前の日本人と今の日本人には、大きな断絶があります。チェトナさんは、それをミッシングリンク(進化の鎖の断絶)と表現されています。
日本人を断絶させたものは何か、なぜ断絶させられたのかを知ることは、現在の日本の病理を知るために極めて重要なことです。

チェトナさんは、「私は戦後教育の成功例のような人間でした」と書かれていますが、私自身が戦後教育の成功例でした。
天皇制は税金の無駄遣いであると考え、国歌が君が代であることが許せず、社会人となっても国歌斉唱の時は口パクで歌った振りをしていました。

ある時皇居の側を歩いていて、突然「天皇制は日本の救いである」との思いが心に浮かびました。
突然のことを一瞬いぶかしく思ったものの、それは有無を言わせぬ説得力で心に響き、天皇陛下に対する思いが一変してしまいました。

もし、自分にとっての「パウロの回心」とも言うべきこの体験が無ければ、国歌を歌うことを拒否した菅首相や、日本を軽んじる発言を繰り返す仙石民主党代表代理、あるいは天皇皇后陛下のご入場を立って待っていた秋篠宮ご夫妻に、「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と無礼で傲慢な言葉を吐いた中井衆院予算委員長のように、いまだに反日的で自虐的な思考にからめとられていたはずです。

彼らの左翼的歴史観が形成された背景は、我がことのように理解でき、同時にその洗脳から目覚めることの難しさも理解できます。
戦前の日本及び日本人を否定する人に対して、その誤りの証拠をいくら挙げても、反日的、自虐的な思想がヒューマニズムと正義に基づくものであると信じている以上、理解してもらうことは困難です。

なぜ日本人が反日的、自虐的な歴史観を持つに至ったのか、その理由は東京裁判から始まる戦後の占領政策にあります。
占領政策は日本が再び欧米列強にとって脅威とならないために、日本人のバックボーンである道徳観や武士道精神を否定し、国への誇りや貢献を奪い取るものでした。

東京裁判(極東国際軍事裁判)が国際法に違法することは、GHQ(占領軍総司令部)自体が認識していました。
アメリカ憲法の第一条に書かれている、「法なければ罪なく、罪なければ刑なし」は刑法の基本であり、事後立法を禁止するものですが、ドイツを裁いたニュルンベルク裁判と東京裁判においては、それまで国際法になかった「平和に対する罪」「人道に対する罪」を事後立法し、戦争犯罪を裁いたのです。

東京裁判の11人の判事の中には、法律さえ知らない人間も少なくなく、法律の専門家はオランダ代表判事のレーリンク博士と、国際法の専門家であるインド代表判事のパール博士だけでした。

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パール判事(ラダ・ビノード・パール)

パール判事は「日本は国家として戦争犯罪をおかしておらず、また平和に対する罪など国際法上存在していない」として、日本人全員の無罪を主張しました。
パール判事の法理論上の批判に対抗できないGHQは、パール判事の法廷における意見書の朗読を禁じました。

レーリンク判事が到達した結論も、日本の戦いはアジアを西洋の植民地から解放しようとするものであり、開戦前の日本は連合国によって石油輸出禁止措置を取られていたため、戦争を回避して石油の在庫が底をついてから連合国の言いなりになるか、戦争に自国の命運を賭けるか、どちらかしかなかったと述べています。

連合国最高司令官であったマッカーサーは昭和26年にアメリカ合衆国上院の軍事外交合同委員会で次のように答弁しています。
日本は絹産業以外には固有の産物がほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油が無い、錫が無い、ゴムが無い、その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれらの一切のものがアジアの海域には存在していたのです。
もしこれらの原料の供給が断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。従って、彼らが戦争に飛び込んで行った動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです
。(東京裁判「日本の弁明」pp564~565)

東京裁判で東条英機元首相などをA級戦犯として死刑に処したマッカーサーが、日本の戦争は自衛の戦いであったことを公の場で告白しているのです。


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ベルト・レーリンク判事

東京裁判の任を終え、レーリンク博士が日本を去る時に、GHQの参謀第二部長であったウイロビー将軍を訪問した時、ウイロビーは「この裁判は有史このかた、最悪の偽善であった。日本が置かれていた状況と同じ状況に置かれたならば、アメリカも日本と同様、戦争に訴えたに違いないと思う」と述べています。

東条英機なのどA級戦犯が、重大な戦争犯罪人の如くに扱われています。しかしB級戦犯は交戦法規違反、C級戦犯は直接実行した者であるのに対し、A級戦犯とは国際法に無かった「平和に対する罪」「人道に対する罪」によって裁かれた者です。
「法なければ罪なく、罪なければ刑なし」に照らし合わせれば、パール判事が無罪を主張するのは当然のことであり、勝者による敗者への、違法な復讐裁判であったことは明らかです。

GHQ内部からも東京裁判を批判する声が高まったため、日本人に裁判の正当性を納得させ、敗北と戦争責任を叩き込む「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争犯罪周知徹底計画)が実施されました。
それは見事に日本人を洗脳し、様々な戦後病理を生み出しました。
そのことは次回に書きます。

〈参考〉
世界が裁く東京裁判ー外国人識者による「東京裁判」批判 (終戦五十周年国民委員会議編)ジュピター出版
「あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい」 モルデカイ・モーゼ著 日新報道
「日本人に感謝したい」マイケル・アームストロング著 日新報道

コメントのご配慮は無用に願います。



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コメント

Re: タイトルなし

chetnaさん

人間は教育によって人間になり、日本人も教育によって日本人になっていたことを、戦後教育で荒廃した日本人の様を見て痛感します。
戦後の洗脳政策について次に書きたいと思っています。
chetnaさんのブログを拝見します。

2月に入って、2回のワークショップとトレーニングの今年最初のツアーを行ってきました。
ひとたび気づいてしまうと、多くの問題の背後に見え隠れする教育の成果というものの巨大さにおののきます。
今回もパックさんのブログの簡潔かつわかりやすさに大きく助けられ、お力をお借りしました。
たびたび、行く先々でこちらのブログについて引用させていただいています。
私もブログをアップしました。合間に覗いていただけましたらありがたいです。
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