人の好き嫌いについて

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趣味や価値観が違っても合う人がいるのに、同じような方向を目指していて居心地の悪い人もいます。
人の好き嫌いや気が合う合わないは、何に起因しているのでしょうか。

音叉が共鳴するように、同じ振動数(波動)を持ったものは共鳴します。人間の心にも振動数があり、気が合う合わないは振動数の違いによるものです。
繊細な心の振動数を持った人が、粗い振動数の人と合わないのは物理的にやむを得ないことです。

しかし誰とでも合わせられる人がいる一方、好き嫌いが激しい性格があるのはなぜでしょうか。
その理由を考えることは難しくありません。なぜなら自分自身が人一倍好き嫌いの激しい性格であったからです。
職場で上司と合わず苦労している方が多いと思いますが、以下に挫折の体験を述べます。失敗を参考にしていただければ幸いです。

若い頃は人一倍程激しい性格でした。それが露見したのは社会人になってからです。
傲慢で思いやりのない人間は上司であろうと許せず、反発を繰り返していました。
まだ新入社員の頃、ある役員から「君のようなふてぶてしい人間を初めて見た」と言われましたが、反骨精神こそ自分の信条であると思っていた人間にとって、その言葉は肯定的にしか響きませんでした。

どんな立場の人間であろうと許せないことには徹底的に反発しましたが、自分は正義感の強い人間であり、正義感に基づく反発である以上、悪いのは上司でした。

幸いに仕事の実績を挙げ、同期より早く昇進して得意の内にあった翌年、担当役員と衝突し課長を降格され左遷されました。得意からの挫折はより屈辱的であり、打ちのめされる思いの毎日でした。
しかし悪いのは上司であり、自分が間違っているとは思いませんでした。

左遷先での屈辱の日々の中、ある本に「組織の長の命令は絶対である」と書かれていました。
組織にとって必要なのは調和であり、調和を乱すことは、仕事が出来る出来ないに拘わらず悪であったのです。
それが組織の原則であり、嫌なら辞めるしかないことが、目からうろこのように納得できました。

悪口を言うのを止めようと考え、実行してみました。1週間経ち2週間経つうちに、悪口を言おうとすると心にブレーキが掛かり、悪口が言えなくなってきました。
1ケ月経った頃には、社内に嫌な人間がいなくなっていたことに気づきました。
すべては自分自身が作り上げていたことでした。

合う合わないは波動共鳴の法則に基づくものですが、好き嫌いを増幅するのが悪口です。
人を判断する基準は自分の価値観に基づくものであり、その勝手な基準で人を裁いていたのです。

人を裁いてはいけなかった。もし人が間違った行いをすれば、その結果は100%自分に返るのが宇宙の法則であり、他人が裁く必要はなかったのです。

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新約聖書の「主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん」の「我」とは、神という法則であり、自分自身のことでした。
「人を裁くな、みずからが裁かれないためである」 このマタイの言葉も同じことです。人の顔の汚れを指摘する前に、自分の顔の汚れを取り去らなければならなかったのです。

正義感が強い人間ほど、人を許せない傾向にありますが、正義の主張が度を越えて調和を乱した時、それは不正義となります。正義感の落とし穴です。

このように書くと、まるで自分がそれらを克服したかのように取られますので、あわてて書き加えますが、心は部屋の汚れと同じで、油断しているとすぐにホコリが溜まってきます。今はまた、人の悪口に相槌を打つようになってしまい、悪口を言うこともあります。
残念ながら、相槌を打たず、静かに微笑む心を忘れてしまっているのが現状です。

人生はひと山越えれば更に高い山がそびえる終わりの無い旅であり、常に新しい宿題が用意されています。
おそらく死ぬまで悪戦苦闘を続けるはずです。求めれば苦しむのが人生だと覚悟を決めるしかないでしょう。






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コメント

Re: タイトルなし

ぷむさん

人の悪口を言う人間は、人からも悪口を言われていますね。
悪口は自分に返ってくるのですが、そのことがわかるまで時間がかかりました。

人一倍正義感が強く、正義に反する人間はどんなに偉くても許すことができませんでした。
その結果左遷されたのですが、もし左遷がなかったら、ずっと人の悪口を言い、人を裁いていたと思います。

悪口を止めて課長に復職し、その後すぐ部長になりました。原因結果の法則ですね。
サラリーマンはそこで辞めましたが、何の不満もありませんでした。

心が平安であることが、何より大事だと思っています。
ぷむさんも、自分を修正されたのですね。
お互い頑張りましょう。

2012/05/04 (Fri) 07:24 | パック #- | URL | 編集

私はあなたがとても素敵な方だと思います☆

損は多いかもしれませんが、あなたは決して人を傷つけるようなこともしない人間だと見受けられます。
それも、宇宙の法則に従って、何らかの形であなたに返って来てると思いますよ☆

悪口言ってても「その人はそういう人なんだな」でいいんですよね(^O^)
私も人の悪口を許せないところとか、正義感が異常に強いところがあったんですが、自分が物事の全体像を見れてないことに気がつきました。目先のことにしか目がいってなかったんですよね。それから直すようにしてったら、段々ムカつくことも減っていって、昔より穏和になれました。。

2012/05/04 (Fri) 06:53 | ぷむ #- | URL | 編集
Re: 好き嫌いで

ジェームスダブルでおさん

徳川家康は日本の歴史上、とんでもなく偉大な為政者だったと尊敬しています。
250年以上続いた平安な時代の礎を築いただけでなく、鎖国政策はキリスト教国の欺瞞を見抜いた的確な判断だったと思っています。
ご指摘のように、思想的にも深い哲学を持っていますね。
ありがとうございました。

2011/11/15 (Tue) 19:03 | パック #- | URL | 編集
好き嫌いで

今回もいいことが書いてあって、とてもためになります。徳川家康さんの遺訓のひとつ「己を責めて人を責めるな、及ばざるは過ぎたるより勝れり。」「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え」を思い出しました。

2011/11/15 (Tue) 12:29 | ジェームスダブルでお #- | URL | 編集
Re: No title

amiさん

はじめまして。
争いごとは、みんなが自分中心にしかものが見えないことが原因だと思います。
“今朝、奥さんとけんかしたのかなぁーこの方”と、相手の立場に立って考えることができるのは、素晴らしいことですね。
amiさんが自然にそのようなものの見方が出来るのは、やはり育った環境が大きいと思います。
“自分の育った環境に感謝すること”は、多くの悩みや苦しみの解決策だと思います。

”人を裁くな、みずからが裁かれないためである”と言っているイエスが、パリサイ人に対しては、激烈な糾弾をしていますね。
イエスだから許されるのか、パリサイ人が社会悪と言うべき存在だったから裁いたのか、あるいは裁くことも状況によって必要なのか、つきつめて考えていなかったことに気づきました。

2010/12/07 (Tue) 22:56 | パック #- | URL | 編集
No title

はじめまして。わたしも”人を裁くな、みずからが裁かれないためである”という聖書の言葉を、危なくなってくると思い出すようにしています。そのときのその人の感情もどういうわけで、そういう態度や言葉がでているのかもわかりません。わたしは、今朝、奥さんとけんかしたのかなぁーこの方。とか考えるようにしてます。
あまり人から怒鳴られたりすることはないのですが、友達の悩み相談の時は 同じことを返さないこと。とそういう態度をしない自分の育った環境に感謝することと、、、(ちょっと知ったかぶって)話しています。そうすると人を嫌いになりにくく?なります。

2010/12/07 (Tue) 19:45 | ami #- | URL | 編集
Re: No title

yumiさん

引越しの片付けは終わりましたでしょうか。
Tちゃんのお世話をしながらで大変でしたね。
ご苦労様でした。

こちらが良い人だと思えば相手もそう思い、嫌だと思えば相手もそう思っていますね。
波動共鳴の法則ですから、相手だけに責任があるわけではなく、こちらが共鳴しないように心掛ければ済むことだと気づくまで、随分時間が掛かりました。

yumiさんのように穏やかな人は、きっと敵がいないはずですが、土足で踏み込んで来る人には困りますね。
やはり度を越えて、ずかずか踏み込む人には、困惑の素振りも必要だと思います。
世の中、一般論では通じない人もいますので、バリアーも必要ですね。

2010/11/22 (Mon) 20:40 | パック #- | URL | 編集
No title

パックさんこんんちは☆
ようやくブログ再開です(^^)
私も臨床心理学のお勉強をかじった時に同じ仲間の中出自分で苦手と思う心がいたのですが、自分のその苦手意識が相手を嫌いにさせるっていう体験したこと今でもはっきり覚えてます☆自分の心をかえるだけで相手の態度まで変わるのには本当にびっくりでした。
人との付き合い、自分との心の向き合いを勉強したくてそれを習ってみたのですが(さわりだけです)それ以来意識して心をオープンにして人と付き合うようにして、人のいいところを見て探すようにしようと心がけるようにしてきました。
なので第一印象から苦手というような感覚は克服できたと思うのです。考え方の違う人も嫌いではなくそういう人もいるんだと思えるようになりました。でもそうやってオープンに開いているくせにドンと土足で踏み込まれた時にそれを返すすべを知らないでオープンに開いているものですからそれで心を痛めることがしばしば。。。。まだその返し方をマスターできずに人付き合いをどうしたらいいものか悩むことしばしばです。。。。

また色々な気付きこれからもおしえてください(^^)


2010/11/22 (Mon) 18:45 | Yumi #- | URL | 編集
Re: パックさんへ!!

荒野鷹虎さん

恕は怒りと似ていますね。
しかし恕は許し、怒は許せません。
原因や責任が人にあると思うか、自分にあると思うかの違いで、正反対の心になります。
人生は思い方を学ぶ学校なのでしょうが、なかなか卒業できません。

2010/11/17 (Wed) 07:49 | パック #- | URL | 編集
パックさんへ!!

いつも素敵な人生論、感銘しています。私は。「恕」という言葉が好きです。(人の嫌がることをなす勿れ)に尽きると思います。寛大に成れば、腹も立ちませんし・・・。又「恕」はキリストの、「右を殴られたら、左の顔を出しなさい」に通じるところもありますねー・!かしこ!

2010/11/16 (Tue) 23:35 | 荒野鷹虎 #- | URL | 編集
Re: 心機一転

hirokohirokoさん

こんにちは。
私の激しい性格と正義感は、母親から受け継いだものでした。
しかし、このような母親を選んで生まれてきた理由があったことが後に分かりました。

私の父親はいつも絵を描いていて、人と接触することが苦手な人間でした。
親子の間でさえ、会話がないほど無口でした。
自分とは似た所のまったくない父親だと思っていましたが、今から5~6年前、自分の中に隠された父親の姿を見つけて驚きました。
子供のころからケンカ早く、中学から格闘技を始めた自分の中に、まさか父親の姿が隠れているとは予想外でしたが、弱さのカルマを打ち消すために、母親の激情が必要だったことを知りました。
激しい性格は生きるためのエネルギーであり、学びのために必要なエネルギーでした。

リンクを変更させていただきます。
これからも宜しくお願いいたします。





2010/11/11 (Thu) 14:00 | パック #- | URL | 編集
心機一転

こんにちは。
秋晴れの気持ちの良い一日です。
今日もまた読ませていただいて、そして他の方のコメントも読ませていただきました。
年齢を重ねても、時々湧きあがる激情に翻弄されるという自分はいったい何なのだろうかと自嘲しております。
人づきあいの何かに欠点があるのかもしれないし、またそれは組み合わせであるのかもしれません。
とらわれすぎずに、じっくりと考えて行きたいと思います。

写真と俳句を拙くても続けようと思っています。
FC2も気にいっていたのですが、エキサイトですと画像の縮小の手間がいりませんので、気持ちを新しくするためにお引越しをしました。

HNも変え、(というか等身大の自分になろうと)今度は長く続けたいと思っています。
呆れられませんでしたら、またどうぞよろしくお願いいたします。

2010/11/11 (Thu) 11:13 | hirokohiroko #nae0fTVQ | URL | 編集
Re: こんばんは。

シエイドさん

体験から学んだことは、合わない人間とは無理に合わせず、出来るだけ接点を無くすことでした。
無用のストレスや争いを無くすためには、距離を置くしかないですね。

若い頃と違って感情に振り回されることはなくなりましたが、愛も怒りも激しい青春の情熱や疾風怒涛が懐かしくもあります。

シェイドさんの記事を、いつも100%共感しながら読ませていただいています。
人の悪口は言わないようにしていますが、愛する日本を蹂躙する勢力、日本を売り渡す売国奴たちへのいらだちと怒りを抑えることができません。

日本が置かれている、このような事実を知らずに生きている人たちは、感情を波立たせることなく幸せなのかも知れませんが、日本が蹂躙されていることを知らないことは、蹂躙に加担していることになります。
民主党政権になって、心の平安を失うことばかりです。

私が書きたくても書けない記事を、シェイドさんが書かれていることに感謝しています。

2010/11/09 (Tue) 23:43 | パック #- | URL | 編集
こんばんは。

仰るとおりですね。
性格の激しい私は中々人と馴染めずに今でも苦労をしています。
人と交わるのが苦手と言うほうが当っているかもしれません。
出来るだけ人を避けて生活しています。(苦笑)

ほんとに深いお話です。自分に当て嵌めてみてもピッタリと嵌っています。
私も大人になりましたので、同時に距離を置くようになりました。
孤独に耐えるのも1つの道かと。

タイトルの意味が良く分かります。
好かれる努力はしませんが、出来るだけ人の事を批判しないよう、悪口は言わないようにと心がけています。
期待を裏切らないようにと、これが一番辛いですね。
私はスーパーマンじゃ無いので。

いつも為になる記事をありがとうございます。

2010/11/09 (Tue) 22:18 | シェイド #iAn.OV3g | URL | 編集
Re: No title

風光さん

人は十人十色でそれぞれ個性が違い、合う合わないは止むを得ないことですが、合わない人間の悪口を言わないことが重要なのだと思います。
そのことに気づくまでに、長い時間を要しました。

自分の趣味だけが良いもので、人の趣味はおかしいと言えば批判を受けますが、人間性については独善に陥りやすいようです。

誰とでも合わせられて敵のいない人がいます。
そのような人は自我を主張せず、人の意見に耳を傾けることのできる人でしょう。
それはとても大事でうらやましいことですが、人との間に軋轢を作り、そのことで悩み苦しむことも成長のきっかけになります。
人それぞれに自分の選んだ人生を生き、何かを学ぶ、人生はその繰り返しなのでしょうね。

2010/11/07 (Sun) 17:13 | パック #- | URL | 編集
No title

他人を嫌う心でいると自分の心は始終不快になります。
また、同情心が不足であったり、自分の方が虫がいい為に他人を嫌う時は嫌う方が良くないですね。

あの人はいい人だと聞いて人を見れば、たいがいの人はいい人に見え、悪い人だと聞いて見れば、たいがいの人は悪い人に見えます。
人はいい人であり悪い人でもあるように思います。

人生は短くもあり、できれば気持ち良い時間を積み重ねていきたいですね。
嫌悪の情にこだわると大きく生きられないような、そんな反省を今持てるようになってきました。
この記事の中の体験者・・・私だったりして。。。

2010/11/07 (Sun) 16:02 | 風光 #- | URL | 編集
Re: No title

タヌ子さん

ゴマすりをして出世しようとする人間を軽蔑していましたが、血統書つきの犬でも吼える犬は憎らしく、雑種でもすり寄ってくる犬の方が可愛いのが人情です。
人を利用する人間やゴマすりをする人間などが出世しても、その人たちが役職を離れると見向きもされません。
不器用で真面目に生きた人たちは、いつまでも記憶に残っています。

悪口を言わないために苦手な人と距離を置くのは、賢明な生き方だと思います。
会社生活ではそれが出来ないので、辞めるか自分が変わるかしかありません。
多くのサラリーマンがそのことで悩んでいます。

尊敬できる人に囲まれて生活できるのは、何よりの幸せですね。

2010/11/07 (Sun) 11:11 | パック #- | URL | 編集
Re: なんてタイムリーな

冬日向さん

おはようございます。
おっしゃる通り、冬日向さんのことが念頭にありました。
自分の体験が参考になればと思い、包み隠さず書きました。

今から見れば、左遷されたことが人生の転機でした。
そうでなければ過激のままの人生を続けて、きっと多くの人に迷惑を掛ける、傲慢な人間になっていたと思います。
困難から何を気づくかが人生の仕組みだと思いますが、未だにさ迷っています。

2010/11/07 (Sun) 10:48 | パック #- | URL | 編集
No title

人の好き嫌いってジェラシーからくることもありますね。
仕事をしていた頃は、他人を利用してのし上がっていく人が許せなくて、そういう人達の悪口を言っていましたが、今考えると、あまりにも不器用な自分が不甲斐なくて、心のどこかにそう言う人を羨む気持ちもあったのかなと思います。
利用する人も悪いけれど、そう言う人に利用されてしまう側にも落ち度はあるのだから、利用する方だけを悪く言うのは公平ではありませんよね。
悪口を言うと変なエネルギーを使うので、なるべく体力(心力)温存のために言わないようにしていますが、悪口を言わないために、自分が苦手な人とは距離を置いてしまうので、人づきあいが少なくなってしまうのが問題。
でも、広く浅くの付き合いは苦手なので、それはそれで良いと勝手に納得していますが、ある意味反面教師不足の感はあります。
今の自分はそれぞれ尊敬できる点を持った人に囲まれていると感じていますが、会社という競争社会から完全に離脱しているからかもしれません。
努力する人、心の広い人、気遣いのできる人、よい反省材料になっています。
私は反省材料を人に与えることはできないけれど、人に優越感だけは与えられてるかな(笑)

2010/11/07 (Sun) 08:24 | タヌ子 #- | URL | 編集
なんてタイムリーな

おはようございます。

日記を拝見させていただいて、なんてタイムリーなというか、私を見透かされているように感じた次第です。

今私は人の好き嫌いに関して激しく傷ついているし、また傷つけてもいるという状態でして、この年齢になって何を恥ずかしいことをと思う気持ちと、でも嫌なものは嫌!という強い感情の間で揺れています。

パックさんの文章を拝見して、ああ、これは私のために書かれた文章である!と勝手に解釈しております。

何度も何度も読み返したいと思います。
どうもありがとうございます。

2010/11/07 (Sun) 08:18 | 冬日向 #nae0fTVQ | URL | 編集

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