心を震わす音、 シューマンのヴァイオリン・ソナタ

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  ロベルト・シューマン

「人間の心の深奥へ光を送ること、これが芸術家の使命である。」
                          ロベルト・シューマン


このところ、シューマンのヴァイオリン・ソナタのCDを毎日聴いている。
会社の行き帰りの車の中で聴き、家に帰ってからも聴いている。これほど繰り返し聴いた演奏はない。

ヴァイオリンはクリスチャン・フェラス、この美しい音を何と表現したら良いのだろうか。
心を震わす音、というしか思い浮かばない。
フェラスのビブラートの美しさとグリッサンドによる音の揺れが、シューマンのヴァイオリンソナタの魅力を際だたせる。
1960年代半ばの録音だが、フェラスのヴァイオリンの美しさを十分に伝えて何の不足もない。

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1番のソナタの最初の1音が鳴り始めた時に、心は共鳴を始める。もう演奏から離れることができない。
シューマンは1番の出来に満足できず、40日後に2番の作曲に取り掛かり、僅か1週間で完成させた。
情熱的で激しい2番の方が評価は高い。だが、むせび泣くように弾き始めるフェラスの1番を聴けば、どちらが傑作かなどとは考えない。どちらも心に響く。

現在のヴァイオリニストは2番を激しく弾く。それも感動的だ。しかし過剰な情熱は、繰り返し聴くことを拒否する。
フェラスの弾く2番には抑制した情熱と静かな祈りがある。
2番の第3楽章の初めに、バッハのコラール「主よ、深き淵よりわれ汝を呼ぶ」のテーマがピチカートで演奏され、ヴァイオリンで繰り返される。フェラスの演奏は、優しく静かで祈りに満ちている。

シューマンはこの頃失意の中にあって、主の救いを求めていた。しかし芸術家にとって、失意は創作意欲を失わせるものではない。シューマンの失意は内なる情熱を駆り立て、満たされない現実はヴァイオリン・ソナタの傑作を産んだ。

演奏にもの足りないものは何もない。しかし満されていてさらに愛を求める恋人たちのように、聴き終わってすぐにまた聴きたくなる。それを100回以上繰り返した。

深き淵より
ルオー「深き淵より」

シューマンはライン川に身を投じ、助けられた後サナトリウムに収容され、46歳で狂人のレッテルを貼られて死ぬ。
投身の理由は分からない。愛する妻クララとブラームスの不倫が原因ではないかと言われているが、はっきりしているのはシューマンと言う才能が2度と帰らなかったことだ。

1982年、クリスチャン・フェラスも49歳で自らの命を絶った。
美を求め、美に殉じたシューマンとクリスチャン・フェラスの魂の深奥に、神の光が届くことを祈らずにはいられない。

フェラスの演奏を感傷的に語り過ぎたかも知れない。しかし心を奪われることはなんと甘美なことだろう。
シューマンとショパンの生誕200年の年がもうすぐ終わる。


個人的な思いです。コメント欄を閉じています。

<追記 ショパン・ノクターン>

ショパンのノクターンについて触れておきたいと思います。
おびただし数の録音があり、それぞれの良さがありますが、一番気に入っているのはクラウディオ・アラウの演奏です。
初めて聴いた時、あまりに感銘を受けたので、ワルツ、マズルカ、エチュード、ポロネーズ他、アラウの演奏するすべてのショパンのCDを買ってきましたが、結局、一番良かったのはノクターンでした。
ショパンの甘美さ、憂い、哀しさをしっとりとしたテンポで弾きながら、しかしそれに耽溺しない知的な眼差しを感じます。
あるピアニストにこのCDを紹介した時、「何で知らなかったのだろう」と言っていました。

今年のラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日と題する音楽イベント)はショパン特集でしたが、どの会場も満員でした。
ショパンは社交界の寵児となり経済的にも恵まれた人生でしたが、生誕200年の年に於いてもやはり幸せな音楽家でした。

ショパン:ノクターン集ショパン:ノクターン集
(1996/06/05)
アラウ(クラウディオ)

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