人の運命について

ise 016


ある交差点で、何月何日にどの位の確率で事故が起きるかは、確率計算(ポアソン分布)によって求めることができます。
例えば、確率が高かった時に死亡事故が起きたとします。事故に遭った人は確率に組み込まれていて、そうなる運命だったのでしょうか。
運命とは変えられないものでしょうか。

作家の阿川弘之さんのエッセイに、次のような話があります。

『五百五十名の私の同期で、クラスヘッドに田和常男という学生がいた。
浪高から東大法学部を出て、ガリ勉でないくせに、学科、武技、カッター、陸戦、天測、すべてよくこなし、性温厚にして「怒りを遷(ウツ)さず」、抜群の成績を以て卒業した。

専攻は通信と電探で、中尉の時大阪警備府附になった。陸上勤務の中でも、もっとも命に別条無さそうな配置である。

「あいつはよく出来たからなあ。海軍は、ああいう優秀なのを特に選んで生かしておくつもりなんじゃないかな」
それに、大阪出身の田和は、大阪警備府附なら家が近い。みんな羨ましがったが、悪く言うものはいなかった。

大阪警備府でどんな仕事をしていたかは知らないが、敗戦の年の八月、田和は広島へ出張を命ぜられた。そこで八月六日の原子爆弾に逢い、「不幸短命ニシテ」殉死した。

「第一分ターイ、田和恒男学生ほか百何十何名」という彼の声が、今でも耳に残っている。』
  阿川弘之 「論語知らずの論語読み」


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人はどんな人生を生きるか、生まれる前に決めてくると言われています。
しかし、広島の犠牲者、約12万2000人、長崎の犠牲者7万4千人の方々が、原爆の投下で命を落とす計画を立てたはずがなく、戦争や災害の巨大な破壊力は、突然に人の命と幸福を奪い、それから逃れることは困難でしょう。

原爆投下の命令を下し、多くの人々に言語に絶する苦しみを与えたアメリカ大統領トルーマンは、テレビ番組に出演した時、「私は広島、長崎の原爆攻撃を指令した後に、良心のとがめを少しも感じなかった。」と語っており、その後も原爆投下は日本のせいであると言い続けました。

トルーマンは晩年自宅の浴室で転倒して半身不随となり、1972年、88歳で死去しています。
広島と長崎の犠牲者と家族の苦しみを思う時、トルーマンの苦しみはささやか過ぎる報いですが、このような人間に対しても恨みを抱かなかった日本人の潔さは、賞賛すべきことではないでしょうか。

人には運命のほかに、変えることの出来ない宿命があります。日本人に生まれること、男や女に生まれること、あるいはどのような身体や資質を持って生まれてくるか、このようなことは途中で変更することはできません。(但し、最近男が女になるケースが多く、この定義は外した方が良いかも知れませんね。)
宿命の中には、何歳頃、どのような死に方をするかを決められている場合もあるようです。

運命が自分を変えるための計画であれば、それが可能であるから計画したのでしょうし、変えられない運命は無いのかも知れません。




佐村河内 守(さむらごうち まもる)さんと言う、聴覚を失った被曝2世の作曲家がいます。
昨年、広島で交響曲1番が初演され、高い評価を得ましたが、you tubeにアップされていましたのでご紹介します。

現代音楽の、不協和音を使用する前衛的な作曲を押しつけられるのが嫌で、音楽大学には行かず独学で作曲を学ばれていますが、初めて曲を聴き、その選択が間違っていなかったことを感じました。
マーラーやショスタコービッチの系譜を継ぐような堂々とした音楽で、頭の中で音符を組み立てて作曲したとは思えない、深さと完成度に驚きました。

≪付記≫
記事が途中で消えてしまいましたが、消えた部分は不用だったと考え、そのままアップしました。
もうすぐお盆です。過去の記事「戒名とは何か」で、供養について書いていますのでご覧ください。

☆ご訪問いただき有難うございました。




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コメント

Re: 運命

peace68さん

宿命と運命があるようです。
運命は努力で変えられますね。

2011/06/20 (Mon) 22:42 | パック #- | URL | 編集
運命

運命は努力すれば変えられると思います。

2011/06/20 (Mon) 19:12 | peace68 #q1yVCC8M | URL | 編集
No title

アラレさん

わが子を虐待し、挙句に殺す親がこれほど出てくるとは、日本の何かが狂っているとしか思えませんが、明らかに言えることは、そういう親を作ったのは戦後の教育です。
日本が負けて一番残念なことは、日本人の心と文化を殺されてしまったことです。

私は広島の隣の岩国で生まれたので、子供の頃はケロイドが残った人たちを良く見ました。
アラレさんそうでしょうが、原爆の残酷さを聞きながら育ちました。
しかし、南方の戦場でマラリアと餓えに苦しんで死んだ日本兵、酷寒のシベリアで病と餓えで死んでいった日本兵の死と、原爆で亡くなった人の死のどちらが残酷か分かりません。
原爆だけ特別扱いすると言う観点はあるかもしれません。

もう一つ、原爆の悲惨さを伝える時、長崎の状況が広島ほど伝わらないのが残念です。
長崎で使われたのはプルトニウム型の原爆で、長崎が山に囲まれていなければ被害者は1.5倍以上出たはずですね。
明らかにアメリカの破壊力テストであり、戦後のソ連を牽制するためでした。
なぜそのことを報道しないのか。
戦後、マスコミも死んでしまいました。

2010/08/16 (Mon) 09:20 | パック #- | URL | 編集
No title

この間の大阪市西区の2幼児虐待死事件を始め、
益々、親による子供の虐待、衰弱死が後を絶たなくなっています。

殺された子供たちを、もちろん可哀想とは思いながら、
その子供たちが、殺されずに同じ環境で育てられる事が、
良い事、幸せな事なのかと思ってしまいます。

死んでよかったなどとは、口が裂けても云えはしませんが、
周りの人間が気付いて、手を差し伸べる事ができなければ、
子供にとっては果てしないと思えるほどに続く、
暴力と、飢えの中で親の顔色を窺いながら生き続ける日々と、
殺されるという形にせよ、苦しみが終る事と、
どちらが、幸せなのでしょうか?

抗う術のない無力な子供たちにとっては、
運命という言葉は余りにも非情で、無情のような気がします。



原爆については、
時期が来れば毎年、
私のように長崎に住んでいれば、ほとんど年中、
話題?にもなり、国からの保障もありますが、
同じ戦争被害であるはずの、
東京大空襲をはじめとする空襲の犠牲者の方達の存在が、
置き去りにされ、忘れられようとしている事が、
気になります。
一般市民の戦争被害という事では、
なんら変わりはないと思うのですが。

2010/08/15 (Sun) 15:10 | アラレ #- | URL | 編集
Re: No title

タヌ子さん

昔は才能があり、人間的にもすばらしい人が、たくさん夭折していました。
最近で夏目雅子さんなどが佳人薄命の典型ですね。
彼女の俳句をみて、豊かな表現力に感心したことがあります。

それとは逆に、政治家がいつまでも元気で悪相を曝しているのに感心します。
欲望が強い人間は、生命力も強いのではないかと思えます。

今一番見たくないのは、一郎君のいる某党の官房長官の顔で、傲慢で品が無く、教養のかけらも感じさせない悪相は、水戸黄門の悪代官の役をやらせたら右に出る者はいないでしょうね。

美人薄明あるいは佳人薄命と言いますので、タヌ子さんもお体を大事にしてください。(^∀^)

2010/08/12 (Thu) 15:59 | パック #- | URL | 編集
No title

心の美しい人が若くして亡くなるケースがよくあります。
夭折するから更に美化されるのかどうか分かりませんが、何故あんなに心の美し人が…と非情な『運命』を恨みたくなります。
生前の姿を思い出すと、どこか影が薄く、儚い印象があったような気がしますが、それは残った者が先に逝ってしまった人に押し付けているイメージなのでしょうか。
憎々しいほどふてぶてしくい人が長命であること(ヨーロッパでは多くの虐殺を繰り返してきた戦犯と呼ばれる人々が、裁判の延長で立派に寿命を全うしています)を考えると、彼らは生れる前に天罰からも免れるよう計画して生れてきたのかも知れませんね。
運命は別として、どういう人生を送るかはやはりその本人にかかっているのでしょうね。
一度しかない人生ならば、不平不満を言わず、他人の欠点も上手に受け入れて暮らしていきたいとは思うものの、現実にその域に達するのは難しく、自分の欠点は棚に上げて、連日夫の行動にいちいち文句を言っている自分が情けない。

2010/08/12 (Thu) 01:46 | タヌ子 #- | URL | 編集
Re: No title

風光さん

生きることが学びであれば、輪廻転生の回数が多いほど、学んだ魂と言えますね。
過去世の中には、戦争で死んだり事故にあったり、様々な経験があったでしょうが、
魂の永遠性からみれば、それも含めた学びかも知れません。

間違って書きかけ記事をアップしてしまい、途中でコメントを頂いていました。
失礼しました。

2010/08/12 (Thu) 00:13 | パック #- | URL | 編集
No title

人は今世で何年生きるか・・・誰も分からないですね。
ただ私は今世でその方が生きた年数は、その方が必要とした年数を過ごしたと思いたいですね。
輪廻転生、過去世・今世・来世・・・
それぞれの人の魂が段階を経て向上するように、
現世に生きた年数よりも、魂の生まれかわりの回数のほうが大切なのかもしれません。

2010/08/10 (Tue) 12:14 | 風光 #- | URL | 編集

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