実朝の銀杏

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3月10日、鶴岡八幡宮の大銀杏が強風で倒れました。
この銀杏の倒木から、思い浮かべたのが実朝でした。

実朝は源頼朝の二男として生まれ、母は北条政子、12歳で鎌倉三代将軍に即位し、建久三年(1192年)、28歳(満26歳)の時、八幡宮の参拝を終えて帰るところを、この木に隠れていた、甥の公暁(くぎょう)によって暗殺されました。

暗殺に至る前、黒い犬が前を横切り、鳩がしきりに鳴いて、不吉な兆しがあったといわれ、実朝も何かを予感したのか、庭の梅を見て、「出でいなば 主なき宿となりぬとも 軒端(のきば)の梅よ 春をわするな」と詠んでいいます。

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実朝は優れた歌人でした。
22歳から28歳までに詠んだ歌は、金槐和歌集として編纂されており、百人一首には、「世の中は つねにもがもな なぎさこぐ あまの小舟の 綱手かなしも」が選ばれています。
正岡子規は「歌よみに与ふる書」で、柿野本人麻呂以来、最も優れた歌人だと評しています。

「大海の 磯もとどろによする波 われてくだけて さけて散るかも」
雄大で力強く、しかも繊細な歌です。
「縮み志向の日本人」という韓国人の書いた本で、この歌が日本人の縮み志向を表す例として挙げられていましたが、残念ながら表面的な見方です。

大海から押し寄せる荒々しい波が、岩にあたり砕け散る様子を、遠景から身近に引き寄せ、細部を拡大して見せる表現は、映画のクローズアップ手法を先取りする斬新なもので、しかも僅か31文字で完璧に表現しています。
実朝の以前にも以後にも、これほど見事な描写を知りません。

「今朝みれば 山も霞みてひさかたの 天の原より 春は来にけり」 
「桜花 咲きてむなしく散りにけり 吉野の山は ただ春の風」
「箱根路を われ越えくれば伊豆の海や 沖の小島に 波の寄る見ゆ」

西行の切実な感情移入と異なり(しかし、桁外れの説得力を持った)、実朝の叙情には、暖かく穏やかな眼差しを感じます。

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「ものいはぬ 四方の獣(けだもの)すらだにも あなれなるかな 親の子を思ふ」
「妻こふる 鹿ぞ鳴くなる小倉山 山のゆふぎり 立ちにけむかも」 
「いとほしや 見るに涙もとどまらず 親もなき子の 母を尋ぬる」

実朝の歌には、もののあわれに対する優しさと暖かさが溢れています。
「いとほしや 見るに涙もとどまらず 親もなき子の 母を尋ぬる」と詠ったのが、時の将軍であることに感銘を受けます。

「身に積る 罪やいかなる罪ならむ 今日降る雪と ともに消えなむ」

おそらく将軍としての立場から心にそむくことも成さざるを得ず、悔いることがあったのでしょう。
実朝の無垢の心で生きようとするひたむきな思いが、素直に詠われています。

小林秀雄の「実朝」は次の言葉で締めくくられています。
『山は裂け 海はあせなむ世なりとも 君にふた心 わがあらめやも
金槐集は、この有名な歌で終っている。この歌にも何かしら永らえるのに不適当な無垢な魂の沈痛な調べが聞かれるのだが、彼の天稟が、遂にそれを生んだ巨大な伝統の美しさに出会い、その上に眠った事を信じよう。ここに在るわが国語の美しい持続というものに驚嘆するならば、伝統とは現に眼の前に見える形ある物であり、遥かに想い見る何かではない事を信じよう。』

小林秀雄は、実朝の歌の中心にある無垢な心を鋭く指摘していますが、実朝を語り、日本語の伝統を語る小林秀雄の言葉にもまた、美しい言葉の伝統があります。

実朝の歌に接した時、無垢な眼差しで写し取られた情景が我々の心に投影され、その美しい言葉が心に響くのであれば、確かに800年の時を経た今も、日本の文化の伝統は我々の心の中に生きていると言えるでしょう。

1000年生きながらえた銀杏が、はかなく倒れた様子に、日本の現状が重なって見えます。しかし、日本という土壌には、歴史で培われた根が生き続けており、再び1000年を経た後も、変わらずに生き続けていることを願わずにいられません。

(補記)
昨夜、実朝の記事をアップしようとして削除してしまいました。さすがにがっかりして、そのことを愚痴のように書いたところ、記事が1970年の日付でアップされているとコメントを頂きました。
こんなブログを丁寧に読んで頂いている方がいることに驚くとともに、心から感謝します。

鶴岡八幡宮の銀杏は、風速7~8mの風で倒れました。台風のような強風でもないのに、なぜ倒れたのか、いぶかしく思います。明治の東京遷都の時に、伊勢神宮の神木が風も無いのに倒れたと言われます。その事を思わせる出来事でした。

征夷大将軍であった実朝が、無垢な魂を持った歌人であったことは、稀有のことです。
パデレフスキーというピアニスト、作曲家が、ポーランドの首相になったことがありますが、絶対的な権力者である将軍とは、意味が違います。

日本人はそのことを不思議とも、有難いことだとも思いません。
慧眼の小林秀雄もそのことに触れていませんが、「実朝」が書かれた昭和初期には、日本人とはそのようなものだと、あたりまえに捉えていたのでしょう。

鶴岡八幡宮の銀杏の倒木に、かっての日本人の素晴らしさを思いました。




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コメント

Re: No title

タヌ子さん

私の代わりに由紀夫君に言っていただき、ありがとうございました。

この世は、欲がある人間が成功するように出来ていますね。
その原因は、貪欲な人間は、成功するために人一倍努力するためでしょう。
欲の無い人間は、この程度で良いと満足してしまいます。

人間のタイプには、学者・芸術家、政治家、商人など、もって生まれた性格があり、
その性格にあった仕事をすれば、成功するようです。
実朝は芸術家タイプでありながら、将軍になってしまいました。

プラトンは、本来、このような欲の無い人間が政治をするのが理想だけれど、
しかしそれが難しいので、代案として民主主義を提案しました。

今の日本は民主主義とは言えず、衆愚政治になっています。
また、タヌ子さんから言ってやってください。











2010/03/23 (Tue) 11:24 | パック #- | URL | 編集
No title

歴史を見つめてきた大銀杏、再生できると良いですね。
でも化学の力を使ってクローン銀杏を栽培する事には賛成はできませんが…
命あるものいつかは果てるということをきちんと受け入れられる人間でいたいです。
よく心が美しい人は長生きしないと言われますが(憎まれっ子世に憚るの逆ですね)、世の中の醜い部分を見てしまうことがないように神様が呼んでくれるのかななどと思ったり。
実朝もそうだったのでしょうね。
ある意味『欲』がないと長として治まることは難しいのかも知れません。
強引さを指導力と勘違いする人々も多いようですが、人の話にきちんと耳を傾け、そこから良い結論を導いていく能力がないと優れた長にはなれませんね。
約束だからと言って、日本国民のためにならないマニフェストを実行し、いつも同じような答弁しかできない日本の首相は、ちゃんと人の話に耳を傾けているのかな…と思ってしまいます。
パックさんが悪口を言うのを止めてしまったので、代わりに言ってみました(笑)

2010/03/23 (Tue) 07:55 | タヌ子 #- | URL | 編集
Re: No title

アラレさん

ブログの記事は、自己満足で書いていますので、消えてもどうと言うことは無いのですが、
時間を掛けた分だけ、がっかりしますね。

人間の幸不幸は、人生を終わってみないと分かりません。
不幸な人生でも、最後に幸せであれば、自分の人生に納得できます。
一方、実朝のように、将軍として生まれても、これからという時に暗殺されれば、
幸せな人生とは言えません。

歌だけ詠って生涯を送れたら、幸せだったでしょうね。

2010/03/22 (Mon) 23:31 | パック #- | URL | 編集
No title

何はともあれ、記事の無事復活、良かったですね。
やはり残らなければならないものは、必ず残るのですね。

パックさんの記事には、消されそうになってもちゃんと復活するだけの価値があったのですね。
比べて、私たちのこの国はパックさんのこの記事と同じように生き残るだけの価値や意義を持ち合わせているのでしょうか?

学生の頃の教科書程度の知識しか持ち合わせていなかったので、今ざっと「Wikipedia」で実朝のことを調べましたが、本来ならば恵まれたというべき出生が彼にとっては何よりの不幸だったようですね。
血生臭く、亡者が蠢き跋扈する中にあまりに不似合いな無垢な魂、歌だけ詠んで生きていられたら・・・。

2010/03/22 (Mon) 22:27 | アラレ #- | URL | 編集
Re: No title

風光さん

コメントが入らなかったようで失礼しました。

国であれ会社であれ学校であれ、そのトップの考え方が、組織の命運を決定します。

もののあわれを知り、人の悲しみを理解できる人間がトップに立てば、
民衆の立場に立って政治を行うはずです。
実朝が暗殺されて、源氏の将軍は途絶えましたが、もし、実朝が長生きをしていたら、
日本の歴史は変わっていたのではないでしょうか。

自分の利権や党利党略しか考えない、現在の日本の政治を見るにつけ、
過去の日本人の偉大さを思います。





2010/03/22 (Mon) 15:54 | パック #- | URL | 編集
No title

昨日コメントを記載しましたが、
何故か受け付けが(スパム?)・・・。

実朝が生きた時代は貴族政治から武士の台頭による政治へと移り、そして源平合戦。
武士が世の中に進出してきたこの時代は、戦乱が続く不安な時代だったんですね。
民衆はその不安から、信仰によって救いを求めようと新しい仏教も数多く出てきた時代でもありましたね。
実朝はその時代に生きて、刀を持って戦う現実に、現象にとらわれない精神世界を現象化させたかったのではと思うのです。
私が知る数遍の詩からそんな事を感じたことがあります。
今の時代も肉体こそ手をかけないものの、精神的に他の者を殺める政治家はいるような気がします。
自分の過ちは配下の者が身代わりになる。
そんな事を当たり前のように考える人がいるように思います。
鶴岡八幡宮の銀杏の倒木は単に地盤がどうこう言う事よりも、その背景を学ぶきっかけであればとバックさんの記事を読んでいました。

2010/03/22 (Mon) 10:25 | 風光 #- | URL | 編集
Re: No title

yumiさん

投稿時刻の設定が、なぜか1970年になっていて、一番古い記事として残っていました。
愚痴のような記事を書いたので、それを見て教えてくれた方がいて助かりました。
さすがに3回は書けません。

愚痴は言わないと決めているのですが、良いこともありますね。
歴史を見てきた大イチョウが倒れたのは、残念です。

2010/03/21 (Sun) 17:34 | パック #- | URL | 編集
No title

二度も書いても消えてしまった記事を再度書いてくださったのかしら?ということは三度目??お疲れ様でした!!!せっかく書いたのが消えてしまうなんてがっかりもいいところですよね、それも二度も☆

そして、あの大きなイチョウの木が倒れちゃったのですか?それは知りませんでした。。。。1000年も経ってたのですね。。。昨晩の強風もすごかったですが、それほどでもないときにどうしてこのような大木が倒れたのでしょうね、、、、寿命なのか何かの前触れなのか。。。。気になります。。。。

2010/03/21 (Sun) 17:04 | Yumi #- | URL | 編集

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