三島由紀夫の憂国

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三島由紀夫の「葉隠入門」に、こんな文章があります。

「・・・男性ファッションが、女性ファッションを凌駕するごとくに盛大になったのは、けっしていまが初めてではない。・・・元禄時代の華美な風潮は、衣装のみならず、持ち歩く刀のデザイン、鍔(つば)や小柄(こづか)の意匠にまで、こりにこった華美な流行が人びとの心を魅惑していた。菱川師宣(もろのぶ)の「風俗画巻」の華やかな風俗を見るだけでも、町人文化の華美に影響されたその時代の奢侈(しゃし)が想像されよう・・・」

「・・・また「葉隠」が口をきわめて、芸能にひいでた人間をののしる裏には、時代が芸能にひいでた人間を最大のスターとする、新しい風潮に染まりつつあることを語っていた。・・・」

まるで現在を語るようです。元禄時代も人びとは今日と同様に安逸をむさぼり、華美を好み、芸人がスターとなっていたのです。

「葉隠」は、そんな江戸時代中期(今から約300年前)の風潮に危機を感じた、佐賀鍋島藩藩士、山本常朝(じょうちょう)が武士の心構えを述べたものでした。(「葉隠」は山本常朝の語ることを聞き書きしたもの)

片思いこそ至上の恋だと語る葉隠の「忍ぶ恋」は、当時の節操のない男女間の風潮を心よく思わなかった山本常朝が、自らが理想とする恋の本質を述べたものでしょう。
「恋の至極は忍恋と見立て申し候。逢ひてからは、恋の長(た)けが低し。一生忍びて思ひ死にするこそ、恋の本意なれ」

徳川の250年に亘る平和な治世の中、安逸をむさぼっていた日本人が、幕末の国難になぜ立ち向かうことができたのか、それを日本人の中のDNAだと見ることができれば幸いですが、そうではないでしょう。
武士たちは、安逸の中でも、一旦事あれば、身命を賭して立ち上がる覚悟を忘れずにいました。

戦後日本から武士道精神が失われて行き、いずれ日本的精神が死滅することを危惧した三島由紀夫は、昭和四十五年(1970年)11月25日、市ケ谷の陸上自衛隊東部方面総監部においてクーデターを試み、果たせずに割腹自刃しました。

憲法を改正し、自衛隊を軍隊にするために立ち上がれと言う彼の言葉は、マスコミや識者から、時代錯誤の狂信的な行動であると断じられました。自衛隊を軍隊にすれば武士道精神が復活できると考えた三島の行動は、短絡的であり錯誤があります。しかし、今にして分かるのは、日本的精神を失えば日本の未来はないと憂いた彼の先見性です。

三島由紀夫の、「諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ」と叫ぶ声は、自衛隊員の怒号にかき消され、耳に届くことはありませんでした。もし届いたとしても、その言葉に耳を傾けるものはいなかったでしょう。

彼ほどの知性が、そのような行動でクーデターを起こせると考えたはずはなく、たとえ犬死であっても、日本の危機に一命を賭す覚悟だったのでしょう。
三島の著書、「憂国」に、予言的な記述があります。
「・・・自分が憂える国は、この家のまわりに大きく雑然と広がっている。自分はそのために身を捧げるのである。しかし自分が身を滅ぼしてまで諌めようとするその巨大な国は、果たしてこの死に一顧を与えてくれるかどうかわからない。それでいいのである。ここは華々しくない戦場、誰にも勲(いさお)を示すことのできぬ戦場であり、魂の最前線であった」

三島の行為は、日本のみならず世界でも気違いじみた行動と見られていましたが、その中でフランスはいち早く三島の行為に、祖国に殉じる戦士の姿を見ていました。


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竹本忠雄氏

フランス文学者の竹本忠雄氏の「パリ憂国忌」にこう記されています。
『文芸フィガロ』
「25年このかた、全世界を通じて、自分の祖国の解放独立に挺身した戦士たちが出現し、何百万という人々が彼らをヒーローとしてその信念の継承につとめてきた。このヒーローの名をミシマに拒絶することが、どうしてわれわれに許されようか? 彼の自殺の、いささか「文学的」環境は、その自殺の偉大性、意味をも、けっしてわれわれの目に軽減せしめることはないのである・・・」

東条英機他、A級戦犯の処刑に立ち会った花山信勝師の「平和の発見」のフランス語及びイタリア語翻訳者、ピエール・パスカルの言葉。
「あの日、1970年11月25日、〈夷荻の君臨〉に対して相変わらず不感症のまま日本が、黙々として世界第三位の産業大国となりつつあったとき、ユキオ・ミシマは、その儀式的死によって、みずからの祖国と世界とに対して喚起したのである。この世にはまだ精神の一種族が存し、生者と死者のあいだの千古脈々たる契りが、いまなお不朽不敗を誇りうることを。
己の存在を擲ち(なげうち)、祖国に殉ずることによって、もって護国の鬼(le remords de cette patrie)と化さんと、生の易きに就くよりも、かかる魂に帰一することの方を、ミシマは望んだのであった・・・」

「三島の自己供献が行われた市ヶ谷の丘が、かってそこに帝国陸軍の中枢のあった土地であること、しかしそれ以上に、残酷にも連合軍がわざわざこの地を選び、愛国心のゆえに戦犯を裁いた場所であることーこのことを指摘しなかったヨーロッパと海外の新聞記事は一つもなかった・・・」(ほんとうに「ひとつもなかった」だろうか?)

ピエール・パスカルが三島に献じた短歌。

 この血もて 龍よ目覚めよその魂魄(たま)は 
         吠えやつづけむ わが名朽つとも (竹本忠雄訳)

イタリアの「イル・テンポ」誌に掲載された「東京のハラキリ」と題するマギナルド・パヴェラの記事。
「ともあれ、私はここに告白する。これらの恐るべき秘密をもってわれわれ諸外国の人間のみならず自分たち自身をもいまなお驚嘆せしめる能力をもった一民族にたいして、自分は羨望の念を禁じえない、と。われわれのあいだにもなるほどさまざまの神秘は存在している。しかもそれはこんなに物騒でもない。しかし、日本の、このミシマの自刃に比べると、そんな神秘など、はるかにずっと老いぼれた感じを免れないのだ。いや、じっさいにそれらは、おいぼれてしまっているのである!」

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アンドレ・マルロー

作家でフランスの文化相を務めた、アンドレ・マルローはこう語っています。
「三島については、これはあまりにも偉大な現実的証しというほかありません。そこには偉大な伝統が息づき、儀式がものをいっている。この行為の意義は甚大と言わなければならない!」
「切腹とは死ぬことではない。死を行うことである」

フランス人の日本人にまさる三島の死への評価について、竹本氏はこう記しています。
「いかにも、フランスにあってしばしば私は実見したことであったが、武道や神道、禅、密教にいたるまでの日本の精神性の諸領域の導師たちに対して、フランス人子弟が寄せる尊敬の念たるや、見ていて感動をもようさせられるほどのものだったのである。なまなか、こんにちにの日本人では、及びもつくまいと思わせられるほどに。そのような基盤なくて、現代日本人の自刃行為にたいして寄せられるかくも深い理解はありえなかったことかもしれない。」

三島由紀夫の自刃については、日本では右翼や一部の愛国的な意見を除いて、評価する意見はほとんどありませんでした。
今回、三島の「葉隠入門」と竹本忠雄氏の「パリ憂国忌」を再読し、三島の狂気のような自己犠牲の行為が、40年以上前に日本の死に至る病巣を鋭く見据え、それを気づかせるためのものであったのだと気づかされます。

われわれを生かしている命はすべて神の命であり、自殺であれ切腹であれ、自らの命を絶つことは神への最大の冒涜で許されることではありません。しかし三島由紀夫が大義のために捧げた一身は、神の義を実現するための殉教に似て、無私の行為ではなかったかと、絶望的な混乱にある今の日本を見て思わずにいられません。

  散るをいとふ  世にも人にもさきがけて
              散るこそ花と 吹く小夜嵐  ー 三島由紀夫 辞世






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Re: 吹く小夜嵐

咲希さん

真実が光に照らされるまでには時間が掛かります。
闇に隠され続ける真実も沢山あります。
マインドコントロールの手法が確立した現在、マスコミはそのまま信用すると危険です。
環境問題のように、声高に叫ばれること、美しく語られることほど、その裏に虚偽や危険がひそんでいます。
イエスが語った、「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。」の言葉のように、
真理に対しては素直に、この世的なことに対しては、危険を察知する知恵が必要なのでしょう。

私のコメントは咲希さんが御迷惑でなければ、そのまま公開頂いてかまいません。
これからもよろしくお願いします。


吹く小夜嵐

散るをいとふ  
        世にも人にもさきがけて
                      散るこそ花と 吹く小夜嵐

先が見えすぎてしまう人の言動は、
その当時は理解されずとも、後世に大きなメッセージとして
確かに届けられているのですね。

さきがけて散る花の覚悟と無念はいかばかりか・・・

後世の私達は、その覚悟と無念の深さを推し量るしかすべがありませんが、
メッセージから、何をどう掴み取っていくかを
考えて生きなければならないのかも知れません。感謝しつつ。


こんばんは。

実は、パックさまの記事が大好きで、
お邪魔したいと思いつつも
私のような者が踏み入ってはいけないのだと自粛しておりました。

なので、コメントを頂けたことに
本当にとても嬉しく、そしてありがたかったです。

実は、私もパックさまと同じように感じていました。


真実は利権がからみ「隠されて」しまう事が多いですね。


報道の姿勢や、温暖化の矛盾や、2010年問題など


「一般的な価値感」ではない自分の考えとの共通点があり
自分も実はそう思っているんだ!と言ってみたかったのです。

かと言って、自分は無恥で、ひとさまに何かを感じてもらえるような
文章は書けないので、ただの駄文の書きなぐりとなってしまっています。

それでも、パックさまのような方と
まさかメールさせて頂けるのとは、、、

私にとっては「神さまからのギフト」です。


>宇宙の真理を求めつつ、
>身近にある危機についても知らなければ危険です。

宇宙の真理は夢でありながら、まだまだまだ見えておりません。
それでも、
試行錯誤しながら求め続けて見えてくることがあるかも知れません。
身近の危機に関しては、まだまだ勉強不足です。(汗)

それでも「求め続ける」という気持ちは
ずっと持っていたいです。

それと、もしも もしも差し支えが無いようでしたら

私の日記に書いて下さったコメントは
「公開」にしてしまっても大丈夫でしょうか・・・。

( もしも、公開しないで欲しいとか、
  内容を一部訂正して欲しいとか、
  何かご要望がございましたら、
  お手すきの時に、またコメントを頂けると幸いです。 )

私としては、コメントをそのまま「公開」したいと
思っておりますが、いかがでしょうか・・・。

もしも「非公開」を ご希望でしたら、そのままにしておきますが、

私としては、私と同じ気持ちのコメント内容でしたので、
大歓迎のコメントです。

( 気持ちは同じでも、知識の量は 私は千分の1なのですが(汗) )


又、さまざまな情報をお教え頂き、ありがとうございました。


平日は帰宅が夜遅くなので、
夜しかお返事ができませんが、

またご迷惑でなければ
立ち寄らせて頂けることを、お許し頂けると
とてもとても、ありがたいです。

なんだか、まとまりの無い文章になってしまいましたが、
お礼の気持ちを、たくさんたくさん込めて。

ありがとうございました。(^-^)


追伸: 夜の暗い気持ちで書く私の「おバカ日記」に
     コメント頂けたことに深く感謝です。

     今後も、尚一層「おバカ」かも知れませんが(汗)
     少しずつ、成長していきたいです。

できましたら、今後も ご指導・ご鞭撻の程
何卒、宜しくお願い致します。 

ではでは。

パックさまへ 感謝の気持ちを込めて・・・(^-^)


Re: タイトルなし

薄荷グリーンさん

三島由紀夫の事件をリアルタイムで経験した人の方が、少なくなったでしょうね。
政治的な事件か文学的な事件か、判断が難しいところですが、当時は文学的狂信と
捉える人が多かったように思います。

不可解な事件は、時間の経過を待たなければ、本質が見えないことがありますが、
彼が命を賭けて守りたかったものが何かが、ようやく見えてきたように思います。

三島の行為の是非はともかく、もう一人の由紀夫お坊ちゃまの「友愛」よりは
共感できます。

あの事件で、自分達以外、誰一人傷つけなかったのが、彼の美学だったのでしょう。

こんにちは!

三島由紀夫さんのこの演説の様子は記録映像で見ました。本当に当時の自衛官の耳には届いてない様子にちょっと吃驚しました。立場的に賛同するわけにはいかなかったって云うこともあるんでしょうけど。
三島由紀夫さんの言葉に関してはわたしは最初は政治的な言葉として受け取ろうとして今ひとつ良く分からなくて、のちに文学的な言葉として読もうとした時にしっくりと馴染む感じがありました。
政治的に読もうとすれば文学的に過ぎ、文学として読もうとすれば政治的に過ぎるという感じで、特に後半の活動はなかなか理解しにくい作家ですよね。しかも自己完結して勝手に走り去っていったような感じもありますし。
ただ日本人が失ってしまったものの復権には文学的な言葉こそ必要とされるように思えて、そういう点では先見性があった人だと思います。

最近「平凡パンチの三島由紀夫 」という本が文庫になったりしてるから、忘れ去られたというわけでもなくそれなりに関心は引いてるようですよ。

Re: タイトルなし

風光さん

三島由紀夫の自刃のニュースは衝撃的でしたが、当時は私も三島の狂信的な行動だと思い、
共感も理解もありませんでした。
その理由の一つは、特注の軍服を着てクーデターを起こすことが、三島の自己陶酔ではないかと感じられたためです。

ましてや楯の会の森田必勝も自刃し、首を刎ねられており、むしろ目をそらしたいような事件に感じられました。
その後ずっと忘れていたのが、先日彼の本が目に付き、何気なく読み始めて、ようやく彼の行為が、合理的判断に拠るものだと気づきました。

彼の先見性は、時代の先を見すぎていました。
今の混乱の時代であれば、彼のメッセージは人々の心に共感をもって迎えられたかも知れません。
あるいは当時の日本だから彼も行動を起こしたのであり、今の時代なら絶望してその気も起こらなかったことでしょう。
このような事件があったことすら、多くの人が知らないほど時が経ってしまいました。


昭和45年は私が高校を卒業し自動車関連企業に就職した年でした。
高卒で研究室に配属され、学閥という言葉を身に沁みて感じ、その後会社から半命令的に大学進学をすすめられ、断るものの最終的には夜間大学に入学する事になりました。
そんな時代を思い出しました。

三島由紀夫の割腹自殺は、作家である人がなぜ?と思い、同じ研究室の大学卒の人々と話をしていた記憶があります。

私自身、三島由紀夫の天皇論、自衛隊論を知るきっかけにもなりましたが、難しく何ら自論も浮かばない有様でした。

ただ、今の私の年齢で感じる事は、憲法改正によって、敗戦国日本を自立国家として願う三島由紀夫の言論や行動に理解する点は多いです。
また、外見や環境が日本の姿を無くしていっていると言う事よりも、日本人が人として「神の国日本」を学ぶことのない現況が悲しくてなりません。

日本と言う国をもう一度歴史から学ばなければ、国の存在までが危ぶまれると感じております。
また義務教育期間での道徳教育が科目として無くなった影響も国は考えるべきではないかと思っております。
人として生きるとはどういう事なのかを知らぬままに生きている、考えも無く生きている事がどれだけ大きな過ちを生んでいるかは、今の世の中をみれば分かることだと私は思っております。
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