「米百俵の精神」

奈良 246
  曙光


現在の日本の状況は、元寇の役、太平洋戦争と並び、第三の国難と言われています。
元寇の役や太平洋戦争の時には、日本を守るために自己犠牲の心で立ち向かった日本人がいました。しかし今、日本人は刹那的な欲望の充足に満足し、日本が国難にあることさえ気づかない状況に立ち至っています。

経済危機や様々な社会問題の根源は、日本人が心を失った結果であり、その結果をもたらした原因は、人間とは何か、人間らしさとは何かを教えてこなかった戦後教育にあります。

肉体を維持する為にはパンが必要ですが、人間の偉大性は心にあり、心を養うのは教育です。
心の偉大性は、正直、正義、思いやり、自己犠牲、勇気、向上心、克己心、美しいものへの憧れ、真理の探究などであり、それらは利益の追求とは直接結びつかないことばかりです。
日本人はさらに、清貧、清潔、謙遜、謙譲、恥じらい、人の和、国や社会への献身などを大切にしてきました。

己を慎み、自己の利益のみを追求することを恥としてきた日本人が、それらの徳性を失うことは、日本人の心の死を意味します。
今迎えている日本の衰亡の始まりが、その結果として起きてきたことに気づかなければ、この素晴らしい国、誇るべき国は、二度と甦ることはないでしょう。
日本人を甦らすためには心の教育が必要であり、教育以外に日本を救う道はありません。

教育が未来を作る」でもご紹介しています「国際派日本人養成講座」は、誇るべき日本の文化と、我々の先人の偉大性を教えてくれる必見の記事です。
「米百俵の精神」と題する、教育についての重要な提言がありますので、全文をご紹介します。
長い記事ですが、是非お読みください。



国際派日本人養成講座

人物探訪: 小林虎三郎 ~ 人作りは国作り

 賊軍として破れ、どん底に陥った長岡藩で「食えないから学校を立てる」と説いた男がいた。

■1.「米百俵の精神」

「米百俵の精神」とは、平成13(2001)年5月7日、小泉首相の所信表明演説で有名になった言葉である。
それは次のような一節だった。

明治初期、厳しい窮乏の中にあった長岡藩に、救援のための米百俵が届けられました。米百俵は、当座をしのぐために使ったのでは数日でなくなってしまいます。しかし、当時の指導者は、百俵を将来の千俵、万俵として活かすため、明日の人づくりのための学校設立資金に使いました。

その結果、設立された国漢学校は、後に多くの人材を育て上げることとなったのです。今の痛みに耐えて明日を良くしようという「米百俵の精神」こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしょうか。

小泉首相の実際の業績は別にして、この「米百俵の精神」は多くの国民の心に響いた。

 それから10年後、子ども手当などのバラマキ政策を、国家予算の半分近くを国債、すなわち子孫への借金のつけ回しで賄おうとする現在の我が国は、「痛みを明日に回して今日を良くしよう」という姿勢に陥っている。「米百俵の精神」をもう一度、思い起こすべき時ではないか。

■2.小林虎三郎

「米百俵」の事績を残したのは、明治初年、戊申(ぼしん)戦争で旧幕府側として新政府軍と戦って敗れた長岡藩(現在の新潟県長岡市一帯)で、大参事として敗戦後の再建を任された小林虎三郎である。

 長岡藩は禄高を7万4千石(実録は10万石)から2万4千石へと大幅に減らされ、士族の中には食事も粥(かゆ)ばかりで、それにも事欠く家もあった。

 明治3(1870)年春、長岡藩の支藩である三根山藩から、本藩の窮状をみかねて百俵あまりの米を送ってきた。小林虎三郎は、計画していた国漢学校の創設にこの米を充てたのだった。困窮していた藩士たちはこの米が分配されるものと期待していたはずで、それを押し切っての決断だった。

 この事績は、戦時中に山本有三が戯曲『米百俵』を発表して、世に広く知られることになった。

■3.「食えないから、学校を立てる」

 山本有三は、その時のやりとりをこう描いている。

三左衞門 聞くところによれば、このたびご分家、三根山藩のご家中から、当藩の藩一同に見まいとして送ってきた米を、おまえ様はわれわれに配分せぬ意向とあるが、それは果たして、まことのことでござるか。

専八郎  しかも、その米の売り払い代金をもって、学校を立てるご所存とうけたまわった。たしかにさような事、従五位様(藩主、牧野忠毅のこと)に申し上げるつもりか。しかとした返答をお聞きしたい。

 これに対して、虎三郎は意外な返答をする。
貴公たちは、食えないといって騒いでおるではないか。みんなが食えないというから、おれは学校を立てようと思うのだ。

「食えないから学校を立てる、とは理が通らない」と三左衞門が反論すると、虎三郎は百俵の米なぞ藩の8500人に配ってしまえば、1日か2日で食いつぶしてしまう、として、こう諭した。

 なあに、はじめからこなかったものと思えば、なんでもないではないか。----もとより、食うことは大事なことだ。食わなければ、人間、生きてはいけない。けれども、自分の食う事ばかり考えていたのでは、長岡はいつになっても立ちなおらない。貴公らが本当に食えるようにはならないのだ。

 だからおれば、この百俵の米をもとにして、学校を立てたいのだ。学校を立てて、子どもをしたてあげてゆきたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかり知れないものがある。いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日暮らしでは、長岡は立ち上がれない。あたらしい日本は生まれないぞ。

■4.国漢学校の創設

 虎三郎の考え通り、明治3(1870)年6月、国漢学校が新築された。明治新政府により東京で小学校が開設されたのが、同年同月であり、虎三郎の先見の明が窺われる。学校長には虎三郎自身が就任した。

 新築された学校は、平屋建てで教室が6つ、さらに武道のための演武場も備えるという、かなりの規模であった。建設費や武具、書籍を含めて4百両かかったとされているが、米百俵の代金は250両ほどであり、不足分は藩から拠出されたものと思われる。藩の財政も破綻状態にあったはずで、それでも学校に資金を投入したのは、虎三郎の決断であろう。

 この国漢学校には、二つの特徴があった。第一は、士族ばかりでなく、町人や農民の子弟も入学が許された点である。そのため、最初からかなり多くの志願者が出たようだ。これは平民教育にも力を入れていくべきだ、という虎三郎の考え方に依っている。

 第二に従来の藩校では漢学のみを教えていたのに、ここでは国学・国史も教えられた。これが国漢学校の名前の由来である。国史と言っても、それまでは漢文による大日本史や日本外史しかなかったので、虎三郎は自ら『小学国史』全12巻を編集した。さらに世界地理や国際事情、哲学、物理学、博物学なども教育科目に取り入れた。今後の日本が必要とする教養と知識を持った国民を育てようという考えである。

■5.国家の強弱は、人民の教育・啓蒙で決まる

 虎三郎は、ドイツの学校制度を論じた『徳国学校論略』の序文で、自らの教育思想を明らかにしている。

 ここでは、まずドイツ(プロシヤ)の学制に注目した理由として、ドイツが東にオーストリア、南にフランスを破り、強国のイギリスやロシアもドイツを恐れているとし、その力の根源は、ドイツがさかんに学校をおこし、教育を重視したからだとしている。
ドイツと対照的に弱いのが、アジアの老大国たる中国で、人口では4億と世界の三分の一を占めるのに、アヘン戦争に敗れて、欧米列強に領土を侵蝕されている。

 中国も欧米も、民族こそ違え、人間としては同じである。それが、国家の強弱において天と地ほどの差ができてしまったのは人民に対する教育・啓蒙の差である、と虎三郎は説く。

虎三郎の教育とは、科学技術だけではない。学校創設の10年ほど前に著した『興学私議』(学問を興すことに関す
る私の議論)では、「学問には『道』と『芸』が必要である」と述べている。人としての生き方を考える『道』と、科学技術や実務を学ぶ『芸』とが両輪となって、国民一人ひとりが、強く正しい生を送り、そのような国民が、強く正しい国家を作るのである。

 虎三郎は若かりし頃、江戸で佐久間象山の門下に入り、吉田寅次郎(松陰)とともに「両虎」と並び称せられた。その象山が「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」と唱えた思想を、虎三郎は継承しているのである。

 このように、国を興すのは人民に対する教育であり、それには「道」と「芸」が必要だとする考えによって、虎三郎は農民や町人の子弟も入学させ、また漢学だけでなく、広く国学や洋学も取り入れたのだった。

■6.近代日本の発展に貢献した人材を輩出

 この国漢学校は、やがて官立の坂之上小学校となった。また後に併設された洋学校、医学局が、それぞれ長岡中学、長岡病院に発展した。

 この国漢学校、坂之上小学校、長岡中学から、人材が輩出していく。国漢学校創設時の生徒だった渡辺廉吉はオーストリアに渡って法律、政治学を学び、伊藤博文のもとで帝国憲法の制定に参画した。

 日本で最初の医学博士・小金井良精(よしきよ、虎三郎の甥にあたる)はドイツで解剖学と組織学を学び、帰国後は東京帝国大学医学部教授として、日本人として初めて解剖学の講義を行った。

 そのほか、改進党で活躍し、福井県知事となった波多野伝三郎、検察官として活躍し、後に法務大臣となった小原直
(なおし)、東京帝国大学総長となった小野塚喜平次、洋画家の小山正太郎、明治期の日本最大の出版社である博文館を創業した大橋佐平、連合艦隊司令長官・山本五十六など、各分野で実に多くの人物が育っている。

 明治新政府軍との戦いに敗れ、3度の粥にもことかく状態に追い込まれた長岡藩から、かくも多くの人材が育って、近代日本の発展に貢献したことは、虎三郎の「食えないから、学校を立てる」という考えが正しかったことを証明している。

■7.戦時中の「人をつくれ」

 長岡の生んだ人材の一人である山本五十六は、航空戦力の発展に中心的な役割を果たし、日米戦争を防ぐことに身を賭して奮闘したが、やむなく開戦にいたると、真珠湾攻撃で世界航空戦史に特筆される大戦果を上げた。

 山本五十六は、昭和18(1943)年4月18日、搭乗機がソロモン上空で米機に撃墜され、戦死した。その2カ月ほど後に、山本有三が『米百俵』を発表したのである。

 その「はしがき」に山本有三はこう書いている。

「米をつくれ。」「船をつくれ。」「飛行機をつくれ。」と、人々はおお声で叫んでおります。もちろん、今日の日本においては、これらのものに最も力をつくさなければならないことは、いうまでもない話しであります。しかし、それにも劣らず大事なことは「人物をつくれ。」という声ではありますまいか。長い戦いを戦い抜くためには、日本が本当に大東亜の指導者になるためには、これをゆるがせにしたら、ゆゆしき事と信じます。

 ここに山本有三が、大東亜戦争という非常時に『米百俵』を発表した動機が端的に現されている。実は、山本有三は
昭和15(1940)年7月以来、内務省の検閲干渉に抗議して、断筆中であった。実に3年近い沈黙を破って、『米百俵』を発表したわけである。山本五十六の戦死がその危機意識に火をつけたのだろう。

 言論を統制し、国民総動員で「米をつくれ」「船をつくれ」「飛行機をつくれ」と号令をかけるだけでは、長い戦いを信念と創意工夫を持って主体的に戦い抜く人物、ましてやアジアの指導者たるべき人物は作れない、と言うのである。

■8.「人を作らないから、食えなくなった」

 幕末に欧米列強が押し寄せてくる危機の中で、わが国は急速な近代化を成し遂げて独立を守ることができた。それは江戸時代に寺子屋や藩校を通じて、世界でも群を抜く教育水準を達成していたからである。

 さらに近代化政策の筆頭として明治5(1872)年8月に「学制」を公布し、施行わずか2年間で、全国津々浦々に2万4千校以上の小学校を作り上げた。虎三郎の「米百俵の精神」は、当時の日本全体が共有していたものであった。

 大東亜戦争敗戦後も、わが国は奇跡的な復興と高度成長を実現したが、これもわが国のすぐれた教育制度に原動力があったとは、つとに指摘されてきた所である。

 現在の日本は、経済の停滞、高齢化と人口減少、政治の漂流など、第3の国難とも言うべき時期にあるが、これらの危機は外から来たものではなく、政治にしろ経済にしろ、十分な人材が育っていない事からきた内発的なものである。日教組の左翼偏向教育と文科省のゆとり教育によって、学校はあれども「人づくり」はおろそかにされてきた、というのが、危機の真因であろう。

「食えないから学校をつくれ」という虎三郎の言を裏返せば、現在の日本の状況は「人を作らないから、食えなくなった」と言える。今こそ「米百俵の精神」を思い起こすべき時である。

 民主党は、公立高校無料化を推し進めようとしているが、高校進学率が96%を超える現在においては、教育拡充策にもならず、単なるバラマキ政策でしかない。肝心の「人作り」「教育再建」をどうするのか、というビジョンがない。日本の教育を破壊してきた日教組が民主党のバックについているのだから、当然の事ではあるが。

 もとより「人作り」は学校だけの課題ではない。家庭、職場、地域社会と、我々の生活のすべての局面で「米百俵の精神」を行動に移していく責任が現在の国民にはある。それが先人の恩に報い、子孫の幸福を図る道である。

(文責:伊勢雅臣)
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コメント

Re: タイトルなし

アラレさん

高度成長後の日本が誇ってきたものは、優れた製品や豊かさのような物質的なことでしたが、
それを生みだした日本人の特性がどこにあったのかを見落として来た結果が現在の日本ではないでしょうか。

戦前のすべて否定する自虐教育、思想こそ、この国を滅ぼすものです。
国民がそれに気づくことが、日本再生の道だと思います。

パックさん、遅くなりましたがブログへのコメントありがとうございました。

なかなか難しいテーマであれこれ考えを巡らせましたが、結局コメントに出来るほどのことを思いつきませんでした。

私自身が親になれなかったので、云うべき資格も持ち合わせていませんが、学校教育以前の親の質の低下に不安を抱いています。

それでも、目を見開き見渡せば必ず、「日本人」として子供を育て、教育している親御さんや教師、学校、地域がまだ存在していると信じたいですね。

Re: タイトルなし

教育は学問を教えると共に、理想を語ることだと思います。
そしてその理想を語る教師に情熱があれば、学生は純粋に感応するのではないでしょうか。
昔習った多くの教師の中で、情熱と理想を持った教師のことは、良く覚えています。
若い時に学んだことは、知識に過ぎず、その時が意味が分からないことが多いのですが、
人生経験の中で、成長に応じて意味を理解していきます。
学生たちは、風光さんの言われた言葉の意味を、今理解できなくても、
いつかその言葉が、人生の指針になるときが来るのではないでしょうか。
風光さんのような方に、学ぶ学生たちは幸せです。

少数ながら塾生を抱える私にとって、学校教育の現状を聞くことが多いです。
学生は皆純粋です。
純粋だからこそ教師の教えに忠実に応えようとします。
純粋だからこそ間違った教えには気が付きません。
その学生たちに親も教師も何を期待しているのか分からなくなる事があります。
結果、学生たちは何のための知識習得か理解していないようです。
要は、知識の使い方が、使う方向が分からないようです。

人は何故、学問を学ぶのか・・・その最も大切な事を知らぬままに社会人になる学生を思うと悲しくてなりません。
学問(知識の習得)を習得するとともに、心豊かな人となり人間が持つ固有の発想力でより良い社会を築いて行って欲しいと思っています。
微力ながら、塾生にはそんな話をしながら伝えていきたいと思っています。

Re: タイトルなし

yumiさん

今の子供たちは、かって日本は世界第二位の繁栄を誇った国であったと、
歴史で学ぶことになります。
戦前の教育を受けた人たちは、もうすぐこの国からいなくなりますが、
残された私達は、過去の日本人の偉大な心を伝えて行かなければならないと思います。

yumiさんの新しい命が、健やかに育ち、立派な心の人になられることをお祈りします。

Re: 危機感

ガラシャさん

本当に危機感を感じます。
愛すべき祖国が滅びようとしている時に、私達に何ができるのか無力感を感じ、
そしてこのような時期に、私利私欲で動く、悪相の政治家たちを見るにつけ、
日本の病巣の深さにため息をつきます。

しかし、危機感を持つ人がいることが、この国の希望に繋がると思います。
その集合の意識は、きっと現実を変える力となって現れるはずです。

コメント有難うございました。

Re: タイトルなし

タヌ子さん

素晴らしい話をありがとうございました。
トルコの子供に昔の日本を見るようです。
豊かさは素晴らしいことですが、豊かになればなるほど、心の大切さを教えなければならないはずです。

戦後すべてを失った日本は、戦前の教育を受けた人たちの必死の努力で、奇跡的な復興を遂げました。
一方で、戦前の教育が失われ、日本が行ってきたことのすべてが悪いと教えられてきた日本人ンは、大切に守ってきた豊かな心を失い、物質的な豊かさだけを追求するようになりました。

かって繁栄を謳歌した文明は、すべて旧約聖書のソドモとゴモラのように、豊かさの中で心を失い、滅びていったはずです。
このままでは日本は同じ道を辿ります。
まだ一縷の望みを持っていますが、民主党政権が止めを刺す可能性があります。
日本の心が失われることは、あまりにも残念です。

パックさんこんにちは。
本当にそうですね。
人を作るってとてもすごいことなのに、人の心より欲ばかりが作られている感じがします。。。

人の子の親としてでも一応はあるので
やはり心を育てるってことを頭に常に置いて接していきたいなと思います(^^)

いつもためになるお話ありがとうございます♪

危機感

いつもブログを拝見させて頂いています。ここのブログで取り扱う内容は心に強く響くものばかりです。読む度に日本の危機を感じ、いつも自分に何ができるのか悩んでしまいます。

昨日テレビでトルコの短編映画を観ました。
貧しい村に住む父親と息子の話で、父親は日雇いで工事現場で働いていますが、毎日職にありつけるわけでもなく、生活は質素そのもの。
その父親が漸く溜まったお金を持って(お札はなく、コインだけ)お店に注文しておいたものを取りに行くのですが、新聞紙に包まれた丸いものは、目の淵が電飾で光る縁日で売っているような安っぽいお面。
その日は1人息子の誕生日で、それがプレゼントでした。
息子は飛び上って喜ぶこともせず、ただそのお面を嬉しそうに被り、ベッドの上で長いこと自分がヒーローになって活躍する場面でも空想しているかのようでした。
フランスの親戚の子供達は誕生日、クリスマスに10個以上のプレゼントをもらうのが当たり前で、翌日にはそのうちのいくつかは見向きもされなくなってしまいます。
物があふれ、有難味が分からない子供達。
他の子が一つでも多くのプレゼントをもらうと嫉妬してヒステリーを起こす子供達。
そういう子供達が大人になった時、どういう社会を作っていくのか・・・
子供が悪いわけではなく、周囲の大人がダメな子供→大人を作っていくのですね。
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