幸せは平凡な日常にある

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幸福とは何かを考える時、忘れられない光景があります。

以前、ヒマラヤの仏教国ブータンを取材した番組で、痩せた段々畑を耕して暮らす一人の女性に、あなたは幸せですかと尋ねた時、「私は幸せです。いつものように今日が過ぎ、いつものように明日が来ます。何の不安もありません」、そんな風に答えていました。

ブータンは世界で最も貧しい国の一つです。もし、幸せが物質的な豊かさを条件とするものであれば、最も幸せから遠い国です。このような国で暮らしたいと考える日本人は余りいないでしょう。
しかし、「私は幸せです。何の不安もありません」と答えられる日本人が、一体どれほどいるのでしょうか。
私達は不況のこと、学校でのいじめのこと、病気のこと、犯罪のこと、将来のことなど、多くの不安にさらされて生きています。

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ジグメ・シンゲ・ウォンチュク国王

日本で暮らすには、最低限度の衣食住が必要であり、ブータンのような自給自足に近い生活と同列に考えることはできないかも知れません。しかし、貧しい生活の中で、幸せを実感して生きている国民がいます。
そこに国民総生産ではなく、国民総幸福を標榜し、豊かさが国民の幸せではなく、人を思いやり、助け合う心こそ国民の幸福だと考える、若き国王の理想の実現を見ることができます。

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私達は幸福を求める時、まず豊かさを求めます。もっと豊かであれば、もっと幸せな人生を送れるだろうし、もし使い切れない程のお金があれば、幸福は保証されたようなものだと考えます。
残念ながら、使い切れない程のお金を持った人がどの程度幸せなのか、経験が無いので分かりません。
しかし、世界一の金持ちと言われたマイクロソフトのビル・ゲイツを知る人が、彼は決して幸せではないと言っていました。先ごろ亡くなったマイケル・ジャクソンも、幸せな人生だったとは思えません。

豪邸で贅沢三昧に暮らしていながら不幸な家庭があり、貧しいながら笑顔の絶えない家庭があります。
豊かさは幸福の決定的条件ではないのでしょう。

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「幸福な家庭はみな似通っているが、不幸な家庭は様々に不幸だ」、というトルストイ(アンナ・カレーニナ)の言葉があります。幸福と不幸を入れ替えても同じです。
不幸な家庭では、怒りや不平不満・愚痴・悪口が支配し、幸福な家庭は、感謝、優しさ、思いやりに溢れ、笑顔が絶えないはずです。

人はどんな時に幸福を感じるでしょうか。例えば、好きだと思っていた人の愛が確認できた時、病気から回復した時、ごちそうを食べた時、欲しかったものを手に入れた時、旅行に行った時、つまり、何か良い事があった時に幸せを感じます。

しかし、失って初めて分かる幸せがあります。突然病気になった時は、健全であった昨日までの体の有難さが分かります。家族に不幸があった時は、何も無かった昨日までの幸せを思います。不満を言っていた会社がつぶれた時は、仕事の有難さが分かります。
その時初めて、うれしいことや楽しいことがあった時が幸せなのではなく、平凡な毎日こそが幸せであったことに気づきます。
普通に食事出来ることの幸せ、普通に働けることの幸せ、普通に寝ることのできる幸せ、普通の生活のすべてが幸福の連続であり、朝から寝るまで、すべてが有難いことに気づきます。

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「私は幸せです。いつものように今日が過ぎ、いつものように明日が来ます。何の不安もありません」と語るブータンの女性のように、平凡な日常の中に幸せを見つけだすことができれば、人の一生は幸福なものとなることでしょう。





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コメント

Re: タイトルなし

音楽・宇宙さん こんばんは。

日本人の自然に対する感受性の豊かさには、感心することばかりです。
和歌に月がたくさん詠まれていて、新月から満月まで呼び名が毎日のように変わるのも
夜は月を見て暮らしていたからでしょうね。
太陽をお日さま、月をお月さまと読んでいたのは、感謝の気持ちの表れであり、
生活のすべてが、自然と共にあったからだと思います。

音楽・宇宙さんとは、とっくにリンクしていたと思っていました。
こちらこそ、よろしくお願いします。

2009/10/16 (Fri) 23:38 | パック #- | URL | 編集

ブータンの女性の言葉、いいですね。
地に足着いた人間の、強さを感じます。
人は、太陽や月の光を浴びるだけでも幸せを感じる事ができますもんね。
現代の日本は、自然に対する感受性を鈍磨させるものが多過ぎて、多くの人は、深い高揚感を感じる力が衰えてるのかもしれないですね。
もっと、「こころと体に光を」と言いたいです(^^)
いい記事ありがとうございました。

あと、いきなりですけど、パックさんのブログをリンクに貼らさせてもらってもよろしいですか?

2009/10/16 (Fri) 21:07 | 宇宙・音楽 #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

コトママさん 

物があふれたら、有難みを忘れてしまいます。
過保護は子供を我ままにしてしまいます。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、何事も程々が必要ですが、
今の日本は程ほどを失ってしまいました。
有り余ることが不幸であることを体験した稀有な民族だと思います。

リンクありがとうございます。
【眠り猫】にこちらからもリンクを貼らせて頂きます。
宜しくお願いします。

2009/10/16 (Fri) 05:34 | パック #- | URL | 編集

そうですね。
物質的に物があり過ぎると幸せを見失ってしまいます。
今の日本では平凡こそ一番難しい事の様に思えますね。
朝目覚める事が出来る。
毎日ご飯が食べられる、それが幸せなんですよね。
社会が難しくなればなるほど人間はエゴに走ります。
マネーゲームの様な資本が心を汚くしているようですね。
いいお話を有難うございます。
事後報告ですいませんが【眠り猫】の方にリンクを貼らせて頂きました。
【コトコト猫日記】」は動物系なので自分の思いは世界平和や動物愛護を【眠り猫】で綴っています。
宜しくお願い致します。

2009/10/16 (Fri) 00:41 | コトママ #- | URL | 編集
Re: こんにちは

時音さん こんにちは。

本の内容を忘れるのは日常茶飯事で、最近は読んだことさえ忘れています。
同じ本を途中まで読んで、やっとすでに読んでいたことに気づく有様です。

ホリエモンが得意絶頂の時、「金で買えないものは無い」と言いましたが、
おそらく今でもそう思っていることでしょう。
あの世には1円も持って帰れませんね。
持って帰ることができるのは、心と学んだことだけです。
そのために、人間は生まれ変わり学んでいるのだと思います。

フォトンベルトの記事の時に書きたいと思っています。
コメント有難うございました。


2009/10/15 (Thu) 15:22 | パック #- | URL | 編集
こんにちは

「アンナ・カレーニナ」
読んだはずなのに、そんなフレーズがあったことすら覚えていないわたしは、どうなんだろうとちょっと考えてしまいました^^;

本当の豊かさとは、どういうものなのだろうと考えました。
かつてライブドアの社長をなさっていた頃のほりえもんさんが、「お金で買えないものはない」と言っていた事を思い出しました。

時々ブログを読んでも今でも実に勉強家で、そしてそこで役立つ商品を紹介したり(収入もあるのでしょうね)少し強引さも感じますが独自の揺るがない考え方をお持ちだと伺えるほりえもんさんですが、彼は「幸せ」については、考えないのかな。唯物主義なのかな、と時々思います。

色々な考え方の人がいますものね。

失ってから気づく事のないように、常にアンテナを張って、決して当たり前でない事に感謝しなければ、と改めて思いました。
ありがとうございました。

2009/10/15 (Thu) 13:28 | 時音 #zLTxOIGE | URL | 編集
Re: タイトルなし

貝殻さん こんにちは。

貧しい国の子供たちの目の輝きには、いつも驚かされます。
私たちから見れば、悲惨な状況の中でも目を輝かせていています。
生命力の強さや、私たちが悲惨だと思う状況にも、希望を失わないでいる
せいではないかと思います。

貝殻さんのブログで私の拙いブログを過分に評価頂いて恐縮です。
有難うございます。

2009/10/15 (Thu) 09:14 | パック #- | URL | 編集

貧しい国の子供って目が輝いてると私も聞いた事が有ります。
何か大切な事教えて貰っている感じがしますね。何時も伝わってくる文章ありがとうございます。

2009/10/15 (Thu) 08:23 | 貝殻 #mQop/nM. | URL | 編集
Re: タイトルなし

アラレさん こんにちは。

現代社会のほとんどの情報は、不必要で有害で、むしろ人を不幸にするものだと思います。
家康が鎖国をしたのは、キリスト教を前面に押し出した、ヨーロッパ諸国の植民地政策を
見抜いたためだと言われています。
当時は鎖国が可能でしたが、テレビ・インターネットの普及により、悪しきことがあっという間に
世界に普及してしまいます。
この若き国王が名君であれば、洗脳を強いるマスゴミを遠ざけ、心の幸せこそ真の幸せである
ことを国民に伝えてゆくことでしょう。
ブータンは幸いにして地下資源が発見されていないため、チベットのようにならずに済んでいます。
ブータンに地下資源が無いことを祈ります。


2009/10/11 (Sun) 13:42 | パック #- | URL | 編集

恐らく、このブータンの女性の家にはテレビは無いのではないでしょうか?かりにテレビがあっても、そこでやっている番組は日本でやっているような低俗なバカ番組とは一線を画すものなのでしょう。

情報は、確かに人の知識を豊かにするでしょうが、自分と比べるものが増えることで心を貧しくさせたりもします。周りに自分と同じような暮らし振りの人達しかいなくて、今の自分たちの生活以外を知らなければ幸せと思えることも、たとえテレビの中とはいえ、自分たちの知らないようなさまざまないわゆる贅沢を見せられれば、今まで幸せだと思っていた生活が、不幸で貧しい生活に思えてきたりします。

かといって、彼女たちにこの先もずっとこの生活を望み強いるのも傲慢な話です。
ただ、その番組のせいで、彼女たちの生活が不幸なものに変わらないことだけを願いたい。

自分や、自分の家族の笑顔の種が何なのか?立派な家やごちそうや贅沢な暮らしなのか、不安の無い将来なのか。
自分や家族や友人の存在を感じるだけで笑顔になれれば「平凡な幸福」を感じられるようになるのかも知れません。

2009/10/11 (Sun) 12:40 | アラレ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

yumiさん こんばんは。

いつも思うのは、貧しい国の子供たちの目が輝いていることです。
子供の目が輝くとは、未来があるということだと思います。
ご主人のいわれるように、バングラディッシュもきっとそうなんでしょうね。

昔、海外に行くと、向こうから歩いて来るのが日本人であれば、すぐ分かりました。
日本人の持つエネルギーや誇りが輝いていました。
今、中国人か韓国人か日本人か、その違いが分からなくなりました。
この国の将来を担う子供たちの目が、Rちゃんのように輝き、
日本が復活することを心から願っています。

2009/10/10 (Sat) 22:52 | パック #- | URL | 編集

パックさんこんばんわ☆
いつも暖かいメッセージありがとうございます♪

この幸せと豊かさについては主人がいつも
「日本はこんなに食べ物も色んなものも仕事もいっぱいあるのに幸せな人が少ない、バングラデシュは食べ物はまああるけど、色んなものないのにみんな幸せだ」って言います。
教育レベル、生活レベル、医療レベルすべてにおいて日本の水準とは比べ物にならないのに幸せなのはバングラデシュのほうだと言うのです。でもなるほどなって思いました。
幸せって豊かさとはやっぱり比例するものではないのですね。。。。

2009/10/10 (Sat) 22:20 | Yumi #- | URL | 編集
Re: 幸せは身近にありますね。

風光さんの幸福についての記事を、同感しながら読んでいました。
豊かであることは大事なことですが、豊かでなければ幸福になれないと考えるのは間違いですね。
一時期、金を儲けた人間を勝ち組などと、馬鹿げた言い方をしていました。
幸福に勝ち負けなどあるはずがありません。
一日何回、平凡の中の幸福に感謝できるか、すこしづつ実行したいと思っています。
今日もありがとうございました。

2009/10/10 (Sat) 20:49 | パック #- | URL | 編集
幸せは身近にありますね。

時同じにしてバックさんも幸せの事を記載されていたのですね。

全ての記載に同じ思いです。
平凡が一番自由で幸せなんだと思います。
お金があれば、捕られるのではないかとか遺産相続とか
そんな心配をしながら生活をしなければなりませんね。
出世だけを考えれば、人との競争が始まります。
欲求と言うのは限界が無く、
生きていることへの感謝も忘れてしまいます。

今私は人の笑顔に出会う時に幸せを感じます。
また、バックさんの考えをブログで読んだ時も同じです。

今日もバックさんのブログを読んで1日が終わります。
出会いに感謝です。

2009/10/10 (Sat) 20:08 | 風光 #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

カノンさん こんばんは。

朝起きてから寝るまで、もし幸福に感謝できれば、素晴らしい人生ですね。
コメントありがとうございました。

2009/10/10 (Sat) 18:24 | パック #- | URL | 編集

同感です。
いつも素晴らしい文章ありがとうございます。

2009/10/10 (Sat) 17:58 | カノン #- | URL | 編集

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