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皇后美智子様の御歌

美智子様

皇后美智子様の詠まれる、高貴で慈愛に満ちた美しい和歌にいつも感動します。
たおやかで優しい大和言葉でつづられた御歌(みうた)を拝見するたびに、このような方を皇后陛下として戴く日本の幸せを思うと共に、和歌という短詩に四季と人生を詠みこんできた日本人の美意識に感嘆します。

美智子様の、すべての人々のしあわせを願う美しく祈りに満ちた御歌が、筑波大学名誉教授で長年フランス文学を研究されてきた竹本忠雄先生と、作家で日本文化に造詣の深いオリヴィエ・ジェルマントマさんなど、フランス文化人たちの協力でフランス語に翻訳され、「セオトーせせらぎの歌」として出版されています。

竹本忠雄先生が「知致」に寄稿された記事をご紹介します。



皇后宮美智子さま 祈りの御歌

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                          竹本忠雄氏


 語らざる 悲しみもてる 人あらん
 母国は青き 梅実る頃


これは皇后美智子様が≪旅の日に≫と題して平成十年にお読みになった御歌(みうた)で、宮内庁によって次のような註が付けられています。

「英国で元捕囚の激しい抗議を受けた折、『虜囚』となったわが国の人々の上を思われて読まれた御歌」と。

平成十年5月26日、両陛下のお乗りになった馬車がバッキンガム宮殿に向かう途中、イギリス人の下捕虜たちが「背向け」行為という非礼をあえてしました。このことから皇后様は、「敗れたるゆえに、去る対戦時、虜囚となったわが国人は、悲しみも語りもしえず、いかに耐えていることであろう」とご心情をお寄せになりました。

この御歌を初めて新聞紙上で拝見したとき、私はひじょうに大きな感動に打たれました。皇后様のようなお立場の方が、これほどの透明な抒情と憂国の至情を併せてお示しになるとは思いもよらなかったからです。
しかも、ご自身の内面の世界を詠われた「上の句」と、自然を捉えた「下の句」が見事に調和し、その明転とでも申しましょうか、闇から光に視線を転じるかのような、えも言われぬ美しさに心底魅了されたのです。

長年フランス文学を研究する一方で、深層から日本の文化・伝統を世界に伝えて日本への理解を深めたいと念願して、非力を振るってきましたが、皇后陛下の限りない霊性世界の深さを、御歌の翻訳をとおして少しでも伝えられるならばと考えて、ついにはパリに五年あまり移り住んで、フランス語訳に取り組むこととなりました。

皇后様となられてからのもう一つの大きな変化は、世界で起こる大きな出来事、歴史、抑圧された人々の心情などに一層の注意を払われ、思いを分かち合う御歌を多く読まれるようになっていったことです。

 湾岸の 原油流るる 渚にて
 鵜は羽博(はばた)けど 飛べざるあはれ

 窓開けつつ 聞きゐるニュース 南アなる
 アパルトヘイト法 廃されしとぞ

 被爆五十年 広島の地に 静かにも
 雨降り注ぐ 雨の香のして


私がとりわけ感動させられたのは、平成十三年に詠まれた次の御歌でした。

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 知らずして われも撃ちしや 春闌(た)くる
 バーミヤンの野に み仏在(ま)さず


それより二十年前に皇后様は、アフガニスタン御訪問中に、広大な仏跡、バーミヤンをお訪ねになって、二体の巨大な磨崖仏が、「異教徒」によって顔面を削り取られて立つ様に衝撃を受けて作歌されていました。ここではさらにタリバンによって破壊された光景をテレビでご覧になってショックを新たにされています。しかし、世界中でいったい他の誰が「われも撃ちしや」と声をあげたことでしょうか。
出来事への世界の無関心が、結局はこの惨状を招いたのではなかろうか、自らもその責任を免れない・・・・との深い内省のお言葉なのです。

・・・・多くの深刻な出来事をご自身の問題として受け止める。これ以上高い道徳の姿勢というものは考えられますまい。美智子様はそれが自然におできになるお方であり、御歌の内面の美の輝きとして出ていると言えるのではないでしょうか。

皇后美智子様の御歌を西洋に伝えることは、私にとって単なる「翻訳」ではありませんでした。こよなき日本語をこよなき外国語に移すことはすなわち、言霊の橋を架けることであり、その背後には、「日本的霊性」が如何にして異文明に伝わりうるやとの難問が控えているからです。

翻訳に着手したのは平成十三年からのことで、古巣のパリにおいてでした。フランス語の言霊はフランスでなければ働かないと考えたためです。
そして、皇后さまの許しと宮内庁のご協力を得て、「瀬音」から四十七首、それ以降の作歌から六首、あわせて五十三首を、皇后様のお目通しを経て、日仏翻訳陣を立てて訳させていただくことになりました。


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最大の難所は、最後の五十三首目、平成十六年の歌会始で発表された「幸」と題するお作品でした。

  幸(さき)くませ 真幸(まさき)くませと 人びとの
  声渡りゆく 御幸(みゆき)の町に


紛れもない名歌であるゆえに、みだりな訳は一語もゆるされず、しかも、「さき」「まさき」「みゆき」と、
さながら鶯の谷渡りのように転じる音色を、どういう訳にしたらいいのか。第一、「幸」という御題をどう訳すか。
議論百出となりましたが、これはただの個人的「幸福ーハッピネス」ではないという点では、皆同意見でした。

幸い私は、平成十四年の歌会始の儀にお招きを受け、このお作品が天皇陛下の御製に先立って朗読されるのをその場で拝聴しその感動を抱き続けておりましたので、その時の御製、

 人々の 幸ねがいつつ 国の内
 めぐりきたりて 十五年経(へ)つ


を翻訳グループに紹介し、「この御製は皇后様の御歌とアンサンブルをなすものです。陛下が表明されているのは、ひとえに道徳的高みからの国民の幸福ということであり、ご自信については無私の御心が表現されているのです」と説明しました。

するとメンバーの一人が感動してこう言ったのです。
「分かった。その幸は《 フェリシテ=至福 》だよ! 《 幸くませ 真幸くませ 》は 《 至福を 高き至福を 》と訳したらどうだろう」と。

まさに、言霊の橋が架かった瞬間でした。こうして3年の月日をかけてすべての翻訳を訳し終わりました。

翻訳者として私は、「セオトーせせらぎの歌」の調べが、文化的背景のまったく異なるヨーロッパでどのような音色を響かせるであろうかと楽しみにしていましたが、本が出るや、反響は予想を超える深いものがありました。またそれはフランスだけに留まらず、遠くアフリカのアンゴラにまで広がっていきました。

フランスのシラク大統領からは次のような賛辞を頂戴しました。
「この御本には、和歌の持つ息吹の力と、魂の昂揚力とが、絶妙に表されております。おかげをもちまして、
かかる世界に目を見開かされました」

ここに簡潔に言われた「和歌の持つ息吹の力と、魂の昂揚力」-、これこそは私が最も伝えたかった、皇后様の御歌の言魂をつうじての大和心にほかなりません。
人々の心に「橋を架ける」、皇后様の悲願のほんのわずかでも、もしこれで果たせたならばと、喜びを噛みしめた次第でした。

知致」2008年12月号


こうして完成した仏訳御歌撰集『セオト-せせらぎ の歌』が、2006(平成18)年5月にパリで出版された。それはたちまちフランス語圏の人々の心に届いた。

パリ大学文学部(ソルボンヌ)の準教授で気鋭の文学者フラ ンソワ・ド・サンシュロン氏は、こう評した。
これらすべてのお作品から立ち昇る馥郁(ふくいく)たる香気、みずみずしい繊細さ・・・しかり、抑制、慈悲、祈り・・・今上陛下の皇后美智子様の御歌を拝して思 い浮かぶ言葉はこれなのである。

ジュネーブの銀行家で、仏・独・日の文学に造詣の深いピエール・ジェグリー氏は、竹本氏あてに感想を送ってきた。

・・・月光、陰影、露、霧・・・。ポエジーは、これらの希有なる詞章より静かに浸みとおってきます。永遠の日本が、皇后様の御姿をかりて送りよこした贈り物でなくして何でしょうか。すなわち、神々より下された・・・。

・・・私はまた、こうも考えざるをえません。 一人のお方のトータルな存在に、どれほどの神秘と試練
が、かつ、たとえようもない心情の高貴が秘められているか、『セオト』一巻は、まさにこのことを証していると。
まことに、慈悲と、パルタージュ(痛みを分かつこと) 以上の、心情の高貴がありえましょうか。

皇后様のお歌からフランスの人々が感じ取ったものは、異国情緒ではなく、彼ら自身が近代化の過程で忘れ去っていた精神の高貴さだった。

フランスの文化界で、哲学者として一家をなしているフィリップ・バトレ氏は、季刊誌『反文学』2006年秋季号に『ル・ボー・タン----晴』を発表して、こう述べた。

・・・一人の皇后のお出しになったこの詩集に、エキゾチックなものは皆無である。 それどころか、これらの詩は、きわめて親しみやすいも のばかりなのだ。 ただし、四季の秩序と、心のたゆたいを歌うことに秀でた、この上なき高貴なるお方によって親しみふかくされた、ということが大事なのだが。

西洋においても、その昔、スペインのカスティリア王国の賢人王アルフォンソのごとく、・・・そのような世界を啓示してくれた王侯も無きにしもあらずだったが、いまは遠い物語となってしまった。
ところが、ここに素晴らしいことに、このような詩の妙音が、日本では今日まで存続していたのである。

2007(平成19)年7月1日、パリのキオスクにいっせいに並んだ隔月誌『新歴史評論』は、「サムライの日本」特集と銘打って、表紙には甲冑姿の武士を掲げた。同誌主幹ドミニック・ヴェネール氏が『セオト』に感動して、この特集を企画したのだった。氏は巻頭論文「日本-華と鋼鉄(はがね)」でこう述べた。

本誌日本特集号を編むにあたり、編集子は、今上陛下の皇后美智子様の『セオト』を再読三読させていただいた。 背の君、今上陛下に至るまで、日本の歴代天皇は、神話の伝える太陽女神アマテラス以来、なんと125代にもわたって万世一系を貫いてきたのだから、驚きである。自らの過去を忘却否定するのに躍起の国、フランスの子らたるわれら、こう聞いて、ただ、茫然自失のほかはない。

そしてまさに、この黙示録的爆撃(原爆投下)から50年目、1995年に、皇后は限りなき抑制をこめて次のように歌っておられるのだ。

 被曝五十年 広島の地に 静かにも 
 雨降り注ぐ 雨の香のして


その前年のことであった、皇后が、それより半世紀前、硫黄島の死闘で日本軍将兵が玉砕をとげたことを偲び、こう手向けられたのは。

 慰霊地は 今安らかに 水をたたふ 
 如何ばかり君ら 水を欲(ほ)りけむ


もう一首、終戦(1945年)記念日に詠まれた御作品を掲げよう。

 海陸(うみくが)の いづへを知らず 姿なき 
 あまたの御霊(みたま) 国護(まも)るらむ


ヴェネール氏は、論文をこう結んでいる。
嘆きなく、憾(うら)みなく、涙なし。 いや、涙は、われら読者の眼に溢れざるをえないのだ。
一語一語の重み、わけても「あまたの御霊 国護るらむ」 の喚起する感動に・・・。
これらの調べこそ、つつましき情感をもって歌われた永遠の大和魂への讃歌なのだ。どうしてわれら、これに感奮なきを得よう。懶惰(らんだ)に眠るヨーロッパ諸国の民族魂を目覚ませるべく、あらゆる逆風に抗して挺身しつつあるわれらとして・・・。

天皇皇后両陛下のお歌
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      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本のすべてを否定する戦後教育を受け、私は20代まで「君が代」が歌えず、いつも歌うふりをしてごまかしていました。皇室番組は大嫌いで、天皇制は税金の無駄遣いとさえ思っていたのです。

ある時、皇居を歩いていて、突然天皇は日本の救いであるとの思いが湧き、何が救いなのか見当がつかないまま、天皇陛下に対する思いが一変しました。
今にして思えば、日本の文化、言霊、祭祀、つまり日本的価値観の中心に天皇陛下がおられたのです。
天皇制について多様な意見がある日本ですが、このことは否定できないはずです。


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コメント

Re: タイトルなし

yumiさん こんにちは。

美智子様の御歌は本当に素晴らしいです。歌は心の現れですから、美智子様の心の美しさですね。
先日、美智子様がカナダで子守唄を歌われたとのニュースがありましたが、どんな子どもでも安らかに眠れそうです。
yumiさんも短歌を作られるのですね。
短歌は日本の素晴らしい文化ですから、大事にしたいですね。

これから暑さの本番を迎えますので、どうぞご自愛ください。

2009/07/31 (Fri) 13:18 | パック #- | URL | 編集

またまた素敵な記事ですね♪先日も拝見しておりましたが、コメントできずにドロンでした(^^;)
実は私もつたないながらも短歌が好きなんです♪でも毎年短歌を作って歌集などみるたびに他の方の言葉の選び方をみてはぁ~~~まだまだ未熟だな~~とため息ばかりなのですが、皇后様のこの心が表れている短歌をこれを日本語で意訳するというか今風にわかりやすく解説するのであっても凝縮された思いで選ばれた言葉をそれを解凍するのですら大変なのにそれを外国語でまた海外の人の心にわかりやすく伝えられるパックさんは凄すぎです!!こういう繊細な心と言葉の文化をいつまでも持ち続けたいですね。。。。
ちょっと数日暑さでのびてました(^^;)

2009/07/31 (Fri) 12:07 | Yumi #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

アラレさん こんばんは。

美智子様のような歌を詠める日本人が他にいるのでしょうか。
無私の心を持たれた方が今の日本に存在することに感動します。
そして美智子様の後、これほど高貴な心を持った日本人が
果たして現れるだろうかと懸念されます。
美智子様の御歌に感動できる心を持ち続けたいと思っています。
コメント有難うございました。

2009/07/27 (Mon) 19:47 | パック #- | URL | 編集

パックさん、いつも素晴らしいお話ありがとうございます。
皇后というお立場が詠ませた御歌なのでしょう。
けれど、美智子様からでなければ生まれなかった和歌なのだと思います。
パックさんが書かれた通り、「このような方を皇后陛下として戴くことの幸せ」を恥ずかしながら私は初めて感じています。
「あまたの御霊(みたま) 国護(まも)るらむ」
護られるに足りる国であらねば。

2009/07/27 (Mon) 18:53 | アラレ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

風光さん おはようございます。

美智子さまの句は、いつも無私の心で歌われていることに感銘を受けます。
思いやり、慈愛、優しさだけの心を持った人が存在し、
その方が日本の象徴としておられる幸せを感じます。

その心の美しい響きを御歌から感じ取れる心でありたいと思います。

2009/07/27 (Mon) 09:49 | パック #- | URL | 編集

常に人を対象に読まれた御歌は誰にも心に残るものですね。

一段高いところから感じられたものではなく私たちの身近におられるような御心に
あらためてお教え頂いた事も多く、ただただ感銘いたしました。

その御心が日本人の心に芽生えればとも残念ながら思ってしまいました。
朝から心清くなる時間を頂き感謝です。

2009/07/27 (Mon) 08:31 | 風光 #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

せばすてぃあんさん こんばんは。

美智子様の歌は本当にすばらしいですね。
心の美しさがそのまま句になっています。
和歌に込められた心に感動します。
「皇后宮美智子さま 祈りの御歌」が発売されています。
記事に付記しました。

2009/07/26 (Sun) 23:04 | パック #- | URL | 編集

こんばんは!

美智子様の御歌が、ホントに美しいと初めて知りました。
フランスにご紹介された方も、言葉を伝えるのには苦労したでしょうね。

しかし、世界で起きる事を客観ではなく、主観で見ておられるところに
僕も深く感動する次第で、なんとも素晴らしい歌心だと思いました。

逆に言うと、日本で発売はされているのですか?
日本で出ていないというのは、また変な話ですよね^^;

2009/07/26 (Sun) 22:15 | せばすてぃあん #- | URL | 編集

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