信ずべきこと、疑うべきこと

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スピリチュアリズムや精神世界に興味を持つ人が増えています。
既存宗教に救いや満足を見出せない人たちの多くが、精神世界の教えを信じています。
しかし、その中には危険な考え方や誘惑があり、正しい基準を持たないまま係わってしまうと、人生を棒に振る恐れがあります。そのような人をたくさん見てきました。

本物の教えを判断する基準を考えてみたいと思います。

神は金を要求しない
神は決して金を要求することはありません。お布施が少ないから守ってくれないとか、金を多く出したからご利益があるなどということはありえません。そんなセコイことを言う神なら信じるべきではないでしょう。
第一、神はいったいどこでその金を使うのでしょうか。

神は脅さない
信じなければバチが当たるとか、不幸になるなどの脅しをかける神は、信じるべきではありません。
神が創造主であれば、人間はその子供です。わが子の幸せを願わない親はいないでしょう。 ましてやバチを当てたり不幸にすることなどありえません。

神は威張らない
威張るのは自信の無さか優越感からです。ずいぶん小さな神様です。
「我はイエスである」、「我は何々菩薩である」、あるいは「何々の天使である」とか名乗って出るのは、100%偽者と言って良いでしょう。本物は決して肩書きを利用しません。

先祖の祟りは無い
自分のお祖父さん、お祖母さん、あるいはもっと昔の先祖でも、自分の子孫を何故不幸にしようと考えるでしょうか。
守ってやりたいとは思っても、祟って不幸にするはずがありません。

神は神殿に宿らない
宇宙を神が創ったのなら、宇宙全体が神の体です。いくら荘厳で立派な神殿を作ろうが、宇宙から見ればチリのようなものです。そのようなものに神が宿るとは考えられません。(それぞれの宗教を信じる人たちが集まる場所としての施設は必要でしょう。)

神は非常識なことを言わない

私達は良いことをすれば気持ちがよく、悪いことをすれば心がとがめます。自分の行いを見ているもう一人の自分がいます。このもう一人の自分は、何が正しいかを知っています。
その基準は常識です。非常識なことを信じろと教える神は疑うべきです。

過去世にとらわれない
あなたの過去世は何々だった、その過去世が影響して現在こうなっているなどと、最近過去世がはやっています。興味あることですが、証明できる何ものもありません。
重要なのは現在の生きかたです。

心の法則を説く

正しい生き方、考え方の法則を説かず、信じれば幸せになれる、金が儲かるなどと、利益ばかり強調する宗教は疑って見るべきです。

さわらぬ神に祟りなし
「心だに まことの道にかないなば 祈らずとても 神や守らん」という歌があります。
宗教を信じなくても、正しい生き方をしていれば、神は守ってくれるはずです。
平凡な生活の中に学ぶべきことは沢山あります。
うかつに霊的な世界に係わることは非常に危険です。「さわらぬ神に祟りなし」です。

不思議現象は疑う
私達は超能力や霊能力を見ると、それだけですごいと思ってしまいます。しかし、たとえ不思議な能力があっても、その人間性に問題があれば、信じるべきではありません。
ある日霊的体験をして、突然霊能力がついたという霊能者は、99%憑依されていると考えるべきです。
判断すべき基準は、その人の心と行いです。

「<肉体行では悟れない
お釈迦様は、激しい肉体行をしても悟れるわけではないと言われました。お釈迦様自身が、かつて誰も経験したことが無いほどの苦行を経験して悟れなかったのです。悟りとは、過去現在未来がわかるようになることを言い、第一段階の悟りの状態をアラハン(羅漢)と言います。お釈迦さまが悟られたのは、生まれてからの人生をすべて反省し、心を調和されたからです。
肉体行は憑依を受けやすく危険です。

死んで墓に入らない
人間は死んだら光の国に帰らなければならないのですが、自己中心の人生を送った魂は幽界に留まることになります。
未成仏霊で、死んだら墓に入るものだと思いこんだ霊は、本当に墓に入ることになります。
「私の墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」と歌う「千の風になって」は本当のことです。墓に大金をつぎ込むのは馬鹿げたことです。

物理法則と心の法則は一致している
作用反作用の法則、原因結果の法則、波動共鳴の法則、エネルギー保存の法則などの物理法則と、心の法則は同じです。現れ方が違うだけです。
悪いことを行えば悪いことが、良いことを行えば良い結果が出ます。10の行いには10の結果がでます。
その教えに科学的合理性があることが重要です。

有名な哲学者で天文学者であったカントが、「実践理性批判」の中で述べた言葉が、墓碑銘に刻まれています。
  「いや増す畏敬と驚嘆をもって、わが胸を満たすもの二つあり、
   天に星散りばめたる夜空と、わが胸の内なる道徳律」

カントが長年の探求で至った結論は、物理法則と心の法則が同じだと言う事です。
天の星が一糸乱れぬ調和の法則で運行しているように、心の法則も調和であったとその感動を述べています。

おかしいと思ったら勇気を出してすぐに離れ、疑問の無いものだけを信じるべきです。


☆ご訪問いただき有難うございました。
 




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コメント

Re: タイトルなし

ひろさん、こんにちは。

大麻、麻薬、覚せい剤、ドラッグ SEX,集団監視、集団暴力等は
今回の記事から抜けていましたね。
普通に考えれば分かることが、その場になると判断力を失ってしまうのでしょうか。
宗教やスピリチュアリズムのこわさです。



2009/05/18 (Mon) 10:20 | パック #- | URL | 編集

大麻、麻薬、覚せい剤、ドラッグ

SEX,集団監視、集団暴力等、そんな匂いが少しでもしたら

危険ですよね。

2009/05/18 (Mon) 09:50 | ひろ #- | URL | 編集
Re: 初めまして

時音さん、初めまして。

コメント有難うございます。
つらい時や不安な時には、どうしても占いや宗教に頼ってしまいます。
そして、もしその時に得られたアドバイスやご託宣が正しかった場合は、
その後におかしなことを言われても、ずるずると引きずられてしまうのではないでしょうか。
疑問を持ち、否定できないものだけを信じるべきですね。

聖書や仏典には人生の指針がたくさんあります。
写経はやったことがないのですが、きっと心が静かになるだろうと思います。
時音さんのブログのすばらしい文章を拝見しにお邪魔します。
これからもよろしくお願いします。



2009/05/18 (Mon) 07:15 | パック #- | URL | 編集
初めまして

パックさん初めまして。
最近のスピリチュアリズムの流行に、少なからず不安を感じていました。
悪い事を言わないとしても、不安をあおらないとしても。
私自身不安の強いとき、そういう「見える」人に頼った事があり、そしてその時は実際とても勇気付けられたのですが、今思うと、相場もわからないし、やっぱり不確かなのです。

宗教でも、ほかの宗教に寛容でないものや、病気や事故のときにここぞとばかりに訪問されるものには、首を傾げたくなります。

聖書やお経など、勉強になる言葉も沢山あります。
写経をしていると、心静かになりますし。

そういうものが、わたしには一番いいんじゃないかな、と思っています。

2009/05/18 (Mon) 00:24 | 時音 #zLTxOIGE | URL | 編集
Re: 魂の不滅

えすぺろさん こんばんは。

この問題はここでお答えするにはスペースが足らず、いずれ記事にしたいと思っています。

簡単に言えば、魂と脳は、指揮者とオーケストラの関係に当たります。
脳のそれぞれの部位がオーケストラのパートに当たり、損傷を起こすと
機能しなくなります。
精神病については、多くの場合、霊的な問題を抱えています。

魂は永遠の修行の旅を続けていますので、死後の懐かしい再会は当然あります。
近々、記事にしたいと思います。
コメント有難うございました。

2009/05/17 (Sun) 21:24 | パック #- | URL | 編集
魂の不滅

いやぁ、いい仕事してますねぇ~。まことに言い尽くしている感じです。実に分かりやすく、明晰・判明。経験の中で学ばれたことも多いのでしょうか。

ところで、ずっと前から気になっているのですが、ヒトの精神(魂)は死後どうなるのでしょう。脳の物理的消滅と同時に無に帰すのでしょうか。

それとも、脳とは別のどこかに精神のいる場所があって、脳は精神と身体をつなぐ通信装置だと考えることも可能ではあります。

そのように考えてみると、例えば認知症や精神病になったヒトは通信装置が故障したのであって、精神は無疵のまま温存されているはずです。死後は身体(故障した脳)から脱するので、そのとき身体の制約から離れた精神(魂)として、病を得る前のままのヒトの魂となっているでしょう。

いつか私たちがこの世を去るとき、先に旅立った身近な人々との懐かしい再会があると考えてみたいのです。どうなんでしょう。

厳密に考えると、ちょっと無理筋かもしれませんが・・・。

2009/05/17 (Sun) 21:06 | えすぺろ #- | URL | 編集
Re: 物理と真理

せばすてぃあんさん、こんばんは。

学生時代カントを読んで、まったく理解不能でした。
「純粋理性批判」などと言うタイトルからして、分かりやすい題にしろ!と思った位です。
カントの言いたいことが分かったのはずいぶん後でした。
カントは天文学者としても、「カント・ラプラスの星雲説」で、
星雲ができる過程を説明しています。やはり天才です。

「振り込め詐欺」の例えはその通りですね。
常識で考えれば分かることが、宗教になると簡単に騙されてしまいます。
信じれば幸せになる、信じなければ不幸になると言われて信じてしまうのでしょう。

コメント有り難うございました。




2009/05/14 (Thu) 20:20 | パック #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

コトママさん、コメント有り難うございます。

いつも動物たちに沢山の愛情を注いでくれて感謝します。
動物たちは飼い主がどんなに社会的な地位があろうと、
どんな大邸宅で飼われようと関係ありません。
どれだけ本当の愛情を与えてくれるかだけを純粋に把握します。
コトママさんが動物たちに与えられている愛情に心から敬服しています。
動物好きでありながら、私にできないことです。

頂いたコメントはその通りです。
人間が正しい考えを持てれば宗教はいらないはずです。
動物のように純粋に生きることができたら、宗教はいらないはずです。
最近の心霊ブーム、過去世ブームに危険を感じて記事にしました。

子猫ちゃんの世話でお疲れだと思います。
体に気をつけてください。

2009/05/14 (Thu) 19:49 | パック #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

光隆さん

コメント有り難うございます。

光隆さんのブログを拝見していて同じ考えだと思っていました。
冷静に考えれば分かることが、宗教になると多くの人が騙されてしまいます。
危険だと思い記事にしました。

2009/05/14 (Thu) 19:19 | パック #- | URL | 編集

いつもいい記事を有難うございます!
現在、変な宗教にはまっている方々が多く見受けられます。
全くその通りで見返りを求めない愛こそ本当の愛だと信じています。
変な宗教は不景気になればなるほど流行りますのでこんな時代にこそ少しでも多くの方にこの記事を読んでもらいたいと思います。
そして自らマインドコントロールに気づいて頂きたいものです。
宗教=思想=倫理感=人間が作った考え方=自分も正しい考えをもてばいい=宗教はいらない
と、私は思っています。
私が動物たちに見返りを求めたりしてません。
(猫のボランチィア)
しかし動物達は癒しという別の形で愛を表現してくれます。
純粋な心が愛の根源にあると思います。
科学的に分解していくと全ての物質は原子の組み合わせで大きくなった形が違うだけなので人間だけが決して偉いとは思いたくないです。
分かりませんがその大きくなった姿に心が存在するとしたら全ての物質に心は存在するのでしょうか・・??
複雑でわかりませんが・・・
新型インフル等が出てきた現在複雑な組織形成された人間が一番小さなウイルスにやられるとは生物とは不思議な生き物ですね・・・
いつもありがとうございます。
(*^_^*)

2009/05/14 (Thu) 18:59 | コトママ(コトハ) #- | URL | 編集

長々と書くのは失礼でしょう。

本当の事を書いてくださって、ありがとう、です。
では、またです。

2009/05/14 (Thu) 18:42 | 光隆 #- | URL | 編集
物理と真理

こんばんは!

カント凄いですね。
僕も、科学の向かう所と宗教の根本は同じではないかと思っていました。
それは、生命を調べれば調べるほど、巧妙に作られた人間の細胞というのか、何なのか分りませんが、それが奇跡だと思うのです。

そして、現存する宗教はどれもその団体が存続する事にしか興味が無いように思えます。
パックさんが書いておられるとおりの勧誘など怪しすぎますよね。
科学が進めば進むほど、そういうまやかしは通用しなくなると思うのですが、振り込め詐欺と同じで、騙される原理もあるのでしょうね...?

2009/05/13 (Wed) 22:43 | せばすてぃあん #- | URL | 編集

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