こころの教えー東井義雄

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東井義雄 (とういよしお)氏

先日ご紹介した㈱タニサケから、「ー東井義雄伝ーほんものはつづく つづければほんものになる」(村上信幸著)という小冊子が出ています。

東井義雄先生は、明治45年に兵庫県豊岡市但東町で生まれました。檀家が9軒しかない、日本で一番貧しいと言われるほど極貧の寺の長男として生まれため、大変な苦労を重ねて教員になり、数々の功績を残されました。ペスタロッチ賞、文部省の教育功労賞などを受けられ、逝去後は従五位に叙されています。(東井先生の功績からすれば外面的なことですが)

東井義雄先生のこころの教えと言う本に書かれている話をご紹介します。

「広島県のある高等学校の話です。水泳大会のプログラムの中に、学級対抗のリレーが組まれました。ある学級で、4人の選手の中、3人はすぐ決まりましたが、4人目でもめました。その時、いじめグループの番長が「Aにでてもらおう」と叫びました。「そうだ、そうだ」と取り巻き連中が賛成してしまいました。
Aさんは小児麻痺の女生徒で、とても泳げる体ではなかったのです。でも、彼らの恐ろしさを知っているみんなは、それに抗議することができませんでした。

いよいよ大会の日、Aさんが泳ぐ番になりました。1メートル進むのに2分もかかりました。まわり中からバカにした笑いとののしりの声が浴びせかけられました。
その時、背広のままプールに飛込んだ人がありました。そして「つらいだろうが、がんばっておくれ。つらいだろうが、がんばっておくれ」と、泣きながらいっしょに進み始めました。校長先生でした。

冷たい笑いとののしり声がピタリとやんで、涙の声援に変わりました。
Aさんが長い時間をかけて二十五メートルを泳ぎぬき、プールサイドに立ち上がったとき、先生も生徒も、いじめグループのみんなも、一人残らず立ち上がって、涙の拍手をおくり、Aさんをたたえました。

その学校のいじめは、そのときからピタリと姿を消しました。校長先生が、Aさんの輝きをみんなに気づかせ、目覚めさせてくださったのです。」


以下は、ある教師の東井先生に対する思いを述べた文章です。

「ある日、締め切りの迫った論文の原稿を徹夜で書き上げ、「今日こそは東井先生に見てもらって発送しよう」と、張り切って登校しました。二時間目の休み時間に校長室へ行ってみましたが姿が見えません。教頭先生に尋ねても「さあ、どこへ行きはったんか知らんで」と言われます。

何度も何度も校長室をのぞきに行きました。何度行っても姿が見えません。私はだんだんイライラしてきて、「行き先ぐらい、ちゃんと言ってでればいいのに」と悪口をつぶやいていました。

昼休みも、午後も、放課後もおられません。とうとう帰る時間になっても東井先生の姿は見えませんでした。「今日、この原稿を送らないと、締め切りに間に合わないし、どうしよう」とイライラをつのらせ困り果てました。

ちょうどそのころ、妻が八鹿病院に入院していたので、私は病室から学校へ、学校から病室への生活をしていたのです。その日の夜、病室に入ると妻が「お父ちゃん・・・」と言って泣きながら私を見つめるのです。

「何だ?何があった?」と尋ねても、涙にむせんでなかなか話せないのです。やっと「今日、東井先生がお見舞いに来てくださって、一日中看病してくださったんです・・・・」「みんなの大切な校長先生です。看病していただくのは有りがたいですが、私などが一人占めするわけにはいきません。どうか学校に帰ってください」と、何度もお願いしたのですが、「学校はお父ちゃんたちが、きちんとやってくれているので心配せんでもええで・・・」と言って、午後もずっと看病をしてくださったと言うのです。

妻は大手術をした直後でしたから、背中に手を入れて持ち上げるようにしていないと、絶えず激しい痛みが襲ってくるのです。前の夜は私は論文を書きながら、何度も手を入れて背中を持ち上げ、その為に首も肩もパンパンに張っていました。

妻の背中には空気枕を入れて出勤したのです。東井先生は「お父ちゃんの代わりは出来んけど・・・」と言いながら、一日中妻の背中に手を入れて持ち上げ、痛みをやわらげていてくださったと言うのです。私は体中が硬直して、ガタガタ震えが止まらなくなりました。

一日中、東井先生の悪口を言い、腹立ちを募らせていた情けない自分、そんな私のために、妻のために東井先生は、その大切な時間を使って、骨の折れる看病をしてくださっていたのです。
・・・略・・・

東井先生の、限りない愛のいのちに出合い、いつの間にか、私と妻は手を取り合って泣いていました。それからは、私はもとより家族みんなが、東井先生をかけがいのない「人生の師」として仰ぐようになっていったのです。

東井先生の慈愛の光に突き動かされ、光を持たない私も、少しずつ光り始めました。」
・・・略・・・


学生時代、私も教職課程を取りました。無味乾燥な教育概論を、何の興味も持たず聞いていました。もし当時、東井先生の著書を読んでいたら、教育の可能性と重要性を知り、教員になっていたのではないかと思います。
教育とは理想を語り、情熱を傾けて、子どもたちの命を輝かすことであると、あらためて教えられました。




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コメント

Re: タイトルなし

nagayamaさん

記事をお読みいただきありがとうございました。
東井先生のような方がいらっしゃれば、イジメによる自殺は起きないはずです。

致知の読者なんですね。
ありがとうございました。

2012/07/15 (Sun) 09:07 | パック #- | URL | 編集

素晴らしいシエアをありがとうございます。
リンクを貼らせて頂きました。
感謝
https://www.facebook.com/#!/futoru.nagayama/posts/433944579979294?notif_t=like

2012/07/15 (Sun) 08:18 | nagayama #vXeIqmFk | URL | 編集
Re: お礼

野地川 満 さん

東井先生のような教育者がいたことを知るだけで、真の教育とは何であるかがわかります。
江戸時代以降、日本の教育は世界で最も優れた内容であったと思います。
知識だけではなく、人間性の陶冶を中心にした寺子屋に、教育の原点があるように思います。

2010/12/24 (Fri) 11:06 | パック #- | URL | 編集
お礼

東井先生の名言からあなたのブログに辿り着きました。日本の教育者にこんな素晴らしい先生がおられたことを伝えていただき、有難うございました。感謝します。私も周りの人に伝えていきたいと思います。

2010/12/24 (Fri) 10:01 | 野地川 満 #- | URL | 編集
Re

frappuccino girl さん
「コメントに何かいいことを書こうと思っても、
 言葉になりません」と、書いていただいた
だけで、気持ちが十分伝わりました。
自然や動物も感動を与えてくれますが、一番感動するのは
人の心の美しさですね。
人間が感動を失わない限り、未来があると思います。
frappuccino girl さんの素直な言葉に感動しました。
ありがとうございました。

2009/02/28 (Sat) 08:08 | パック #- | URL | 編集

涙が出て止まらなくなってしまいました。
コメントに何かいいことを書こうと思っても、
言葉になりません。
最近、こういった方を見かけるのが
少なくなってきました。
こんな素晴らしい方が
この地球にいらっしゃるのだから
まだまだ希望が持てますね!
素敵な文章を、ありがとう。

2009/02/27 (Fri) 08:28 | frappuccino girl #- | URL | 編集
東井先生

今日、このお話を読めたことに感謝します。ありがとう。

2009/02/15 (Sun) 19:00 | 紙 月 #- | URL | 編集

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