カメの恩返し

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わが家の近くを流れる川の両側には桜並木のウォーキングコースがあって、一日中多くの人が歩いています。
犬を散歩させる人を除けば、その多くが60~70歳代で、健康が気になるのがその年代ということがわかります。

ウォーキングは認知症予防に効果があることがわかっていますが、ただ歩くのはむずかしく長続きしません。
その点川の傍の道は、流れの変化やそこにいる鳥や魚やカメなどの様子を見ながら歩けるので、毎日同じコースを歩いても飽きることがありません。

この川は街中を流れていてあまりきれいな水ではないのに、たまにカワセミを見かけることがあり、天気の良い朝には10匹以上のカメが集まって甲羅干しをしているのどかな光景が見られます。


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2週間ほど前、二人の男の子が、捕まえたカメを踏んづけるマネをしていたので思わず注意して川に帰させたことがありました。

それから1週間ほどして、今度は土手のフェンスの近くでもがいていたカメがいたので、川のそばまで運んで放してやりました。
石垣かコンクリートブロックを上り、こんなところまでどうやって上がって来たのか不思議でした。
それから3日して、今度は川を上がり、桜並木の歩道を渡り、さらに自動車道路を渡ってたたずんでいるカメを見つけたので、雨に濡れた川原の草をかき分け川に返してやりました。


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川の両側は傾斜のきつい石垣やコンクリートブロックで覆われており、それを上がった土手は草に覆われています。
川からは5m以上の段差があり、一体どうやって上がってきたのか見当がつきません。
(冒頭の写真が現場です)

これまでカメが川から上がっているのは一度も見たことがないのに、1週間で2匹を見かけるとはどういうことだろうか。
子供たちにつかまっていたカメは別にして、あとの2匹は一応助けてやったと言ってもよいはずだから、これはカメの恩返しを期待してもよいのかもしれない。
ウミガメではないので竜宮城は無理だろうから宝くじでも買ってみようか。

しかしもしかしたらカメには何かの目的があって、何度も落ちながら苦労して川から這い上がったのに、ようやく上がったと思ったら、おせっかいな人間にまた川に戻されたと思っているかもしれない。

カメの恩返しを期待するのは、もう一度助けてからにしよう。



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美しければすべてよし

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オオキンケイギク(大金鶏菊)の鮮やかな黄色は、初夏の季節の楽しみでした。
しかし何年か前から根もとから抜かれているのを見かけるようになり、なんてひどいことをするのかと思っていたら、オオキンケイギクの駆除が報じられるようになりました。
以前の記事でも書きましたが、オオキンケイギクは特定外来種に指定されていたのです。

オオキンケイギクは繁殖力が強く、在来腫の生育を阻害するようです。
しかしあのきれいな花が見られるなら、植生の変化はやむをえないと考える人もいるはずですが、オオキンケイギクを特定外来種に指定した学者たちにとって、美しさは判断の基準にならなかったようです。

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たとえばセイタカアワダチソウやハルジオン、オオアレチノギク、ホテイアオイ、あるいは西洋タンポポなど、私たちの周りには特定外来種があふれています。しかし駆除しようとする運動がないのは今となっては無意味だからでしょう。

「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない」という言葉を思い出します。

生命力の強いオオキンケイギクもいずれそうなって、あの黄色い美しい花が「肩身の狭い思いをせずに」初夏の日本を飾ってほしいと思います。

日本人の最もすぐれた特性は、美に対する感受性だろうと思います。
良い心とは言わず、うつくしい心と言います。
すぐれた徳性を美徳と言います。
しつけ(躾)は体に美しいと書きます。

オオキンケイギクは美しくないのでしょうか。
もう一度山本夏彦さんの言葉を紹介しておきます。
「美しければすべてよし」