言霊と元号

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今上天皇の譲位(生前退位)が平成30年までに行われる見通しです。
ご高齢の陛下にはゆっくりと今後の時間をすごしていただきたいと願う一方、高貴で仲睦まじい天皇皇后両陛下が表舞台から去られることを残念にも思います。

天皇が変われば元号が変わることになりますが、「平成」は言霊的に問題が多すぎたようです。
むしろ最悪の年号だといってよさそうです。

作家の丸谷才一さんは『元号そして改元』で、平成という元号の問題点について書いています。

≪・・・「中国の年号では平の字が上にくるものは一つもない。日本では、これ以前はただ一つの平治があるだけで、平治と定めるとき、中国の例を引いてもめたのだが、多勢に無勢だった。果せるかな、あの戦乱(注 平治の乱)が勃発。翌年1月、改元。

しかしわたしが平成をしりぞけるのはこのためだけではない。日本語ではエ列音は格が低い。八世紀をさかのぼる原始日本語の母音体系は、a,i,u,oという四つの母音から成っていたと推定される。(大野晋『日本語の形成』)

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日本語の形成

大野さんの説によると、このため後来のエ列音には、概して、侮蔑的な、悪意のこもったマイナス方向の言葉がはいることになった。アハハと笑うのは朗らかである。イヒヒとは普通は笑わない。ウフフは明るいし、オホホは色っぽい。しかしエヘヘは追従笑いだ。エセとかケチとかセコイとか、例はいくらでも。

なかんづくひどいのがヘで、例のガスを筆頭に、押されてくぼむのはヘコム、疲れるのはヘコタレル。言いなりになるのはヘーコラ、上手の反対はヘタ、ご機嫌取りはヘツラフ、力がないのはヘナヘナ、いやらしい動物はヘビ、と切りがない。
ヘイセイ(実際の発音はヘエセエ)はこのエ音列四つ並ぶ。明るく開く趣ではない。狭苦しくて気が晴れない。これでは『史記』の「内平らかに外なる」、『書経』の「地平らかに天成る」にもかかわらず世が乱れるのは当たり前だった。

・・・元号のせいで凶時がつづくなどと言うと、縁起をかつぐみたいで滑稽かもしれない。しかしあれはもともと呪術的な記号である。縁起ものだからこそ、平治のときのように、これはいけないとなると改元した。一世一元と定めた法律は、古代の慣行を捨てかねずにいながら、しかも古人の知恵を無視して、生半可に近代化している。早速、法律を手直しして改元すべきだろう。・・・≫

丸谷才一さんの見解は言語学者の大野晋さんに負うところが多いようですが、作家の加藤廣さんも『昭和への伝言』で、「平成」の問題点について次のように書かれています。


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≪「平成」の二文字・・・
「内平らかに外なる」(『史記』)
「地平らかに天成る」(『書経』)
からの引用だそうで、国の内外にも天地にも平和が達成されるという意味が込められているとのこと。

・・・(元号って、国の姓名判断みたいなものだろう。ならば支那=中国の出典などはどうでもいい。そんなことより日本の年号の歴史で、これまで「平」と「成」の二文字が、どう取り扱われていたのか。そのほうがもっと大事だろうに)
そう思ったボクは、早速歴史の本を引っ張り出し、おもしろ半分に調べてみた。そして驚いた。「平」も「成」もほとんど使われたことのない文字だったのである。

ちなみに平成の年号は、最初の年号の「大化」から数えて、百四十七番目に当たる。これまで年号に用いられてきた文字は七十二字。うち一回だけの使用文字が三十字。この程度なので、実際は四十字ぐらいが何度も繰り返して使われてきたようである。
その中で「平」の字は、天平、寛平、承平、平治、正平など十一回。そして、そのほとんどが、疫病の流行(天平)、将門の乱(承平)、武士の台頭と興隆(平治・正平)等々、天下大乱の時。以後忌避されたものか、六百年以上使われていない。「成」に到っては、一度しか使われたことがないのである。

二つあわせれば、「天下大乱成る」というわけでますます不吉きわまりない。
・・・困ったな、ろくな時代にならないんじゃないのかなーーそんな危惧が残った。

ではそういうお前たちの「昭和」はどうだったのか?
平成生まれの若い人たちに、そう問い詰められる前に、結論から言う。「昭」も初出、「和」は十九回。これもたいしたことはないのである。
・・・実際、昭和には、文化的にみても、平成の若い方々に誇れるようなものはなに一つなかった。いたずらに合法的に人殺しをするための文明だけが異常に発達し、よき日本の文化と自然まで壊してきたのではなかったか。
―国破れて山河もなしー


「平成」の元号を考えたのは陽明学者の安岡正篤(やすおか まさひろ)であると言われています。丸谷才一も安岡ではないかとほのめかしていますが、元号は縁起物なので昭和天皇崩御前に亡くなった安岡の案が採用されることはないだろうともいわれます。
昭和天皇崩御の後、元号に関する懇談会が開かれ、この懇談会にはメディア関係の大物や大学総長(専門はそれぞれ刑法学と病理学)が参加していたようです。
丸谷才一は、そんな人たちではなく、日ごろ言葉の使い方で苦労している、語感の鋭い、詩人、劇作家、小説家を入れればよかったのに、と述べています。

もし元号が「平成」でなかったとしても、バブル経済のツケは払わなければならず、東日本大震災も避けることはできなかったでしょう。
しかしながら日本人が毎日目にし口にする「平成」という言葉が、日本人の集合意識に影響しないはずはなく、もしそれが平成ではなく明るく力強いものであったとすれば、昭和が終わった後の時代の様相は違ったものになったはずです。

いにしえ人が「言霊の幸ふ国」と呼んだこの国ですから、近々現実となる改元において、未来に希望の抱ける元号が制定されることを願います。






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「少年時代」は夏の歌か

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井上陽水の「少年時代」は、いまや夏を代表する曲となっている。
日本人なら誰もが郷愁を覚える名曲だが、本当に夏の歌なのだろうか。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「夏が過ぎ 風あざみ
    だれの憧れにさまよう
    青空に残された 私の心は夏もよう」 
  

風あざみは造語らしい。
夏が過ぎて秋になったが、青空を見る私の心は夏模様なのだと理解できる。
「だれの憧れにさまよう」、・・・なんとなく詩的な表現だが意味不明。
  
    「夢が覚め 夜の中 長い冬が
    窓を閉じて 呼びかけたままで
    夢はつまり 想い出の後先」 
   

夢から覚めたら冬の夜だったらしい。窓を閉じて呼びかけてきたのは「長い冬」だったのだろうか。親切な長い冬だ。
「夢はつまり 想い出の後先」、・・・「つまり 想い出の後先なのだ」、と言われても何がつまりなのかわからない。

     「夏祭り 宵かがり 胸の高鳴りに合わせて
    八月は 夢花火 私の心は夏もよう」
    

冬からいきなり夏祭りである。「宵かがり」、「夢花火」は陽水の造語だが、ここの文脈は珍しく意味が理解できる。
「私の心は夏もよう」は、夏が過ぎたけれど私の心はまだ夏模様というのではなく本当に夏なのだ。
 
    「目が覚めて 夢のあと 長い影が
    夜に伸びて 星屑の空へ
    夢はつまり 想い出の後先」 
   

長い影ができるのは冬だから、ここは冬のことだろう。しかし夜の星空に伸びる長い影っていったい・・・
普通の人はおかしいと思うだろうが、井上陽水はおおらかなのだ。

     「夏が過ぎ風あざみ 
    だれの憧れにさまよう
    八月は 夢花火 私の心は夏もよう」 
   

「風あざみ」は造語らしい。夏は過ぎたけど「八月の花火は楽しいな、夏はいいな~」と主人公は回想し、私の心は夏模様だと歌っているのだ。
「だれの憧れにさまよう」、誰が誰のあこがれにさ迷うのか、詮索してはいけない。

上記のように、この歌が夏の歌である証拠は何もない。はっきり言えるのは、主人公は冬の長い夜に目が覚めてしまって、夏はいいなといっているのだ。
にもかかわらず、この歌を聞いてだれもが夏をイメージするのは、さすが井上陽水というべきなのだろう。