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死は肉体からの卒業

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先だって、長年ともに学んできた知人がガンで息を引き取りました。
大きな喪失感があって、それが癒えるまでどれほどの時間が要るだろうかと思ったのですが、人の悲しみは時間によって薄皮をはがすように小さくなることを実感しました。記憶が薄らぐことは、悲しみを乗り越えるために神が与えた慈悲なのでしょう。

知人は喉のリンパのガンが再発し放射線と抗がん剤の治療を勧められましたが、それをせずに代替療法を行いました。結果的には一千万近く費やした代替療法は何の効果ももたらさず、むしろ喉をガンが圧迫して息ができない苦しみを味わうことになりました。

抗がん剤は副作用が大きくその割に効果が期待できないとする意見があります。また喉の放射線治療は痛みで水も飲めなくなるようです。そうしたことから代替医療に救いを求めるのですが、今回の知人の苦しみを見て、自分がガンになったら多分手術、放射線、抗がん剤の治療を選択するだろうと思いました。

もし代替医療で知人が助かっていたら、逆に現代医療を拒否して良かったと思うはずですから結果論かもしれません。しかし多大な治療費と苦しみを伴った知人の代替療法は、ガンと言う難敵を相手にするにはあまりにも無力すぎました。
今の後悔は知人が放射線と抗がん剤の治療を受けていればというものですが、しかしそれも運命なのでしょう。

人の本質は魂で肉体はその衣裳にすぎません。古くなった服は脱ぎ捨ててあの世に帰り、また別の衣裳をまとって新しい人生を歩みます。
しかし肉体を失うことはその人のすべてを失うように思われます。
火葬場で遺骨となった知人を見ながら、魂の輪廻転生を知っていても別離の悲しみは大きなものであることを感じていました。
縁生の魂は来世においてもいつか出会い、学びの旅を続けます。しかしその時は過去世での出会いを忘れています。
その前に死後天上界に帰った魂は、ふたたび縁生の仲間たちと出会います。その時にお互いの過去世での生き方について振り返り、来世での学びを誓うようです。

死は永遠ではなく、魂こそ永遠であることを知れば人の生き方は変わります。
現代人は魂を語ることを非科学的なことのように考えていますが、潜在意識の中に魂の本質が隠されていることにいづれ気づくはずです。





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