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日本人の価値観とオオキンケイギク

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5月に日本のあちこちで花を咲かせるオオキンケイギク(大金鶏菊)は、本当に美しい花です。鮮やかな黄色の群生を見るたびに、もっと増えて日本中でその美しい花を咲かせてほしいと思っていました。

ところが最近、折角咲いたオオキンケイギクがあちこちで抜かれています。なぜそんなことをするのかといぶかしく思っていたところ、オオキンケイギクを抜く運動が各地で行われていることがニュースで報じられていました

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なんとオオキンケイギクは特定外来種に指定されていたのです。
特定外来種といえば、ブラックバスやセアカゴケグモなどが思い浮かびます。これらの生物が有害なのは自明のことで、特定外来種に指定されていても誰も文句を言いません。

しかしオオキンケイギクはなぜ有害なのでしょうか。調べてみるとカワラナデシコ、カワラヨモギなど、一部の在来植物がオオキンケイギクの日陰になって生育を阻害されるからのようです。

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 カワラナデシコ                      カワラヨモギ


生物学者にとってそれは許されないことでしょうが、花の美しさで多くの人を楽しませているオオキンケイギクの全存在が、それだけの理由で否定されるべきでしょうか。
あまりにも理不尽な気がします。

古来、日本人の価値観の中心には美がありました。万葉集で天皇や貴族の歌と詠み人知らずの歌が同列に扱われたのも、地位や財産よりも美がすべての価値に優先すると考えたからでしょう。

おいしいことを美味と書き、しつけを躾と書き表します。「心がきれいな人」、「心が美しい人」と言いますが、「心が正しい人」とは言いません。正義という相対的なものよりも、美こそ疑う余地の無い価値であると考える日本人の心性の現れです。

オオキンケイギクを特定外来種に指定した専門家たちの価値観の中では、美は重要な位置を占めていなかったのかもしれません。
在来種を保護することは当然のことですが、オオキンケイギクに癒される多くの人が存在することを思えば、その全存在を否定する特定外来種の指定にはためらいがなければならないはずです。

敬愛するコラムニストの山本夏彦さんは、「美しければすべてよし」という本を書き、色紙にもこの言葉を書いていました。
ご存命ならきっとオオキンケイギクの駆除に反対されたのではないかと思います。

オオキンケイギクを抜かないでほしい。
今からでも特定外来種の指定を解除してほしいと切に願います。






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