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自然に死ぬということ

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先だって老人介護施設を経営している方と話をしました。
その方の施設では延命措置を行わず、「自然死」を勧めているとのことですが、そのような運営方針に決めたのは、中村仁一さんの「大往生したけりゃ医療とかかわるな」を読んだのがきっかけだそうです。

中村仁一さんは老人ホーム「同和園」の付属診療所所長ですが、数多くの老人の死に立ち合った経験から、延命治療が患者を苦しめるものであり、自然死であれば苦しむことなく、おだやかに死を迎えられることを知りました。

「自然死」とは、老人の飢餓と脱水症状を伴う死のことです。「飢餓」の状態では脳内モルヒネ様物質が分泌され苦痛を感じなくなります。「脱水症状」になれば血液が濃くなり、意識が低下して苦痛を感じなくなります。また呼吸困難によって酸欠になれば脳内モルヒネが分泌され、さらに炭素ガスの排出が困難になれば麻酔作用が現れます。

つまり「自然死」であれば、痛みも苦しみも不安も恐怖もなく、まどろみの中であの世へ旅立つことができるようです。
「老衰死」は苦しみの無い死です。


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(2012/01/30)
中村 仁一

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高齢者のガンは、発見が遅れて手遅れになっても、何の手出しもしなければ全く痛まず死んでいきます。
中村医師は、以前から「死ぬのはガンに限る」と思っていたようですが、年寄りのガンの自然死を60~70例見て、それは確信に変わったと言います。
高齢者にはガン死が一番良いと考える医師は少なくありませんが、中村医師はそのためには「ガン検診」や「人間ドック」などは受けてはいけないと言います。

現在は高齢者にも健康を求め、過剰な治療が施されます。
死を迎えようとする高齢者に対して、「鼻チューブ」により強制的に栄養を注入し、点滴で水分を補給します。チューブを抜かないように患者を縛り付けたりもします。

自然死を迎えるために体が枯れようとしているところに水分と栄養を補給すれば、体はそれを処理できず苦しむことになります。

尿が一日100cc位しか出ないのに1~2リットルの水を点滴すれば、腎臓はそれを処理できず、肺や足に溜まって行きます。体は水ぶくれになりますが、顔に出にくいため、お年寄りが苦しんでいることに家族は気づかないでいます。


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私の父が死んだ時も、足がバンバンに膨らんでいて腎臓が機能していない事はわかりましたが、それが点滴によるものだとは知りませんでした。
問題は医療従事者の多くがその事をわかっていながら、経営の為に延命措置を止めないことです。
十分生きたお年寄りに対して、苦しみを長引かせる延命行為は残酷です。

老人介護施設の中で行われている非人道的行為についてもお聞きしましたが、それは珍しいことではないようです。
認知症の老人に対して、施設によっては暴力行為が日常的に行われていて、どうして叩くのかと聞くと、どうせ覚えてないのだからという返事が返ってきたと言います。

流動食を流し込む管が汚れていた時、それを洗わずに老人の喉に刺し、管に熱い湯を流して、きれいになったと言ったのを見た時は、唖然としたと言われていました。認知症の老人は、そんな行為に対して何の反応も示さないのでしょうが、もしかしたら体が反応しないだけで意識はあるのかも知れません。

私の父を最初にお願いした介護施設では、夜間の管理が楽だという理由から、入所者に拘束衣を着せて寝させていたようです。
それを知って1週間で父を連れ出しましたが、その時の父のうれしそうな顔を見て、いかに非人間的な扱いを受けていたかを思い知りました。

知人のお母さんが入っている介護施設では、自立させるためと称してお年寄りを厳しく叱っています。
自立出来ないから施設に入っているのです。そんな施設では家族のいないところでどんな暴力行為を働いているかわかりません。

親を自宅で見取ることは極めて困難になっていますが、せめて親身になって介護してくれる施設を選びたいものです。
それが最後の親孝行ですが、人が一生を終えることの難しさを痛感する現在です。





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