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風たたぬ夏

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文芸春秋8月号に、「風立ちぬ」をテーマにした、宮崎駿と作家半藤一利の対談が掲載されていましたが、その中に重要な話が出ていましたのでご紹介します。

半藤「堀越がドイツに行った昭和4,5年ごろは、まだ日本とドイツは親密じゃないんですね。むしろドイツは黄禍論の本場で、日清戦争で三国干渉を主導したり、日露戦争でもロシアの味方、第一次世界大戦でも敵国同士だった。

宮崎「高いお金を取って技術提供を約束しているのに、工場の中は見せない。関係する数字だけ持ってきて、別の部屋を用意してそこで勉強しろと渡すだけだったといいます。

半藤「ドイツが日本に急接近するのは、一九三三年、日本に続いてドイツが国際連盟を脱退して以降です。その後も海軍は、日独伊三国同盟に反対してきたのですが、ある時期、親独に転じてしまう。私はこれが不思議でね、海軍の人に会うたびにどうしてかと尋ねたのですが、みなもっともらしいことを言うですが、さらに聞いていくと、ついに一人が明かした。結局のところハニートラップだったんです。ドイツに留学したり、軍事研究に行った人たちは、女性をあてがわれていたんだ、と」

宮崎「『舞姫』だったんですか」(笑い)

半藤「『舞姫』にやられてしまった。ドイツに駐在した人々に次々取材していったら、半分とまではいきませんが、かなりの人が「どうしてわかった」と認めましたよ(笑い)

(笑い)が入っていますが、笑っていられない話です。
ハニートラップの絶大な効果に驚きますが、このようにして歴史が作られてきたことを知れば、親韓派、親中派、あるいは~派と呼ばれる政治家たちが、ハニートラップにからめとられている可能性はかなり高いでしょう。

毎月のように中国に出張し、中国の高官とも親しい知人から聞いた話です。ある時女性デザイナーを含む一団で中国のホテルに宿泊した時、翌日知り合いの中国人から、「お連れの女性に、部屋の中で裸にならないよう注意してください」と言われたそうです。中国のホテルでは、スパイカメラでいつも監視盗撮されていると考えるのが無難です。

ハニートラップに掛かった人間は盗撮映像で脅され、ずるずると売国の道を歩くのでしょうが、それにしても何人の日本の政治家が、ハニートラップに掛かって売国行為をしているのでしょうか。


映画「風立ちぬ」は見所の無い作品でした。宮崎駿の感性には、もう期待すべきものは残っていないのではないか、そう思わせるような不出来な作品でした。
宮崎駿が初めて自分の映画を観て泣いたと宣伝で言っていましたが 、どの辺で泣ける?と思った人も多いでしょう。

堀越二郎を主人公にしながら、ゼロ戦について何も描いていないのは、多分右翼的との批判を恐れてのことでしょうが、それなら最初からテーマにすべきではありません。


永遠の0 (講談社文庫)永遠の0 (講談社文庫)
(2009/07/15)
百田 尚樹

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宮崎駿がゼロ戦と特攻隊を描く、百田尚樹の「永遠の0」を読んだかどうかはわかりませんが、ゼロ戦にまつわる若者たちの悲劇に口をつぐむのは、日本人として不誠実な気がします。
世界的な名声を得て、宮崎駿は失うことを恐れる作家になってしまったのでしょう。

亡き児玉清さんは、「永遠の0」の解説で次のように述べています。

「~僕は号泣するのを懸命に歯を食いしばってこらえた。が、ダメだった。目から涙がとめどなく溢れた。

 なんと美しい心の持主なのか。なんと美しい心を描く見事な作家なのか。なんと爽やかな心か。涙の流れ落ちたあと、僕の心はきれいな水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた。

ただひたすら、すべての責任を他人におしつけようとする、総クレイマー化しつつある昨今の日本。利己主義が堂々と罷り通る現代日本を考えるとき、太平洋戦争中に宮部久蔵のとった行動はどう評価されるのだろうか。・・・・」


堀辰雄と堀越二郎を合わせたストーリー展開は中途半端で、主人公と菜穂子のロマンスも興ざめでした。二人が親しくなってすぐにキスをするシーンが出てきたからです。

『恋の至極は忍恋と見立て候 逢いてからは恋のたけ低し 一生忍んで思い死することこそ恋の本意なれ』

「葉隠」の言葉が今の時世に合わないことは承知していますが、人の思いの本質は変わっていません。
子供に欲しがるものを与えれば、すぐに退屈して次のものを欲しがるように、会ってすぐに欲望を満足させれば、情熱が恋に高まることはなく、恋の歌が生まれることもありません。
宮崎アニメを映画館に観に行くことはもうないでしょう。


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生まれた目的

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自分の生まれた目的は何か、その答えを知る人はほとんどいません。
しかし、9歳にしてその答えを知った男の子がいます。

その子は昨年の12月21日に母親に連れられて、ある神様を祭っている所に行ったところ、頭をコンコンと叩かれて、「頑張れよ」と言う声が聞こえたと言います。その時から自分の心の中の引き出しが開けられるようになったそうです。(普通、こう言う神的な場所は、危険なところが多いので注意してください)

引き出しは、忘れてはいけないこと、前世のこと、あまり重要でないことなど6つに分かれていて、忘れてはいけない引き出しに、今回自分が生まれた目的と使命が入っていたようです。
その目的と使命は、「人を救うこと、天使の仕事をすること」だったそうです。

「ママの使命は何?」と聞いたら、「自分で考えるんだよ」と言われたと、お母さんが笑っていました。
「あの世に帰った時、人間らしいことをしたか聞かれるよ」、と言うので、ウソをついたか聞かれるのと言ったら、「ウソは誰でもつくから、そんなことは聞かれないよ」と答えたといいます。かしこい言葉ですね。

「天上界から生まれて来る時(9歳の子供が天上界という言葉を使います)、神様がコンコンと杖を突いたらママのお腹に入っていたよ。この家族なら楽しいと思って生まれてきたけど、まん中のお兄ちゃんはちょっと意地悪だった、上のお兄ちゃんはやさしいけどね。」
夜母親と風呂に入っている時に、このようなことを話すそうです。

「この世の目的は、勇気60%、幸せ10%、人のため15%、体15%」だそうです。ちょっと意外でしたが、考えてみれば納得できる言葉です。

「勇気」の意味することは、自分を鼓舞し頑張る力、人生に対する前向きな姿勢、目標に向かって進む勇気や意思などを含んでいるのでしょう。学び自分を高めることが、人生の最大の目的であることがわかります。

幸せ10%と言うのは、人生の目的が幸せだけではなく、場合によっては学びのために不幸も必要であり、また人のための15%より、自分の幸せの10%が低いことも納得できます。
体15%というのは、この世を旅する乗り船である肉体を大切にしなければならないことを語っているのでしょう。

9歳の子供の叡智に満ちた言葉に対して、それをちやほやする大人が現れてから、心の引き出しが引っ掛かって開かないようになった時があったようです。そうなってからは、母親と風呂に入りたがらなくなっていましたが、幸いにしてまた引き出しが開くようになったそうです。

傲慢はほろびに至るという言葉が聖書にあったと思いますが、甘やかすことが、子供をダメにする早道であることがわかります。

ある疑問について、その子がなんと答えるかを確認したく、お母さんにお願いしています。
その返事が納得できるものであればまたご報告します。


ご意見やご質問は、過去の記事のコメント欄からお願いします。(拒否していません)




日本の力を知る

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沢木耕太郎の「深夜特急」は、インドのカルカッタからロンドンまでを、バスを乗り継いで旅したエッセイだが、最後のイギリスに入国する時、税関で徹底的に調べられて、もしかしたら入国できないのではないかと不安を感じる。

「しかし、理由がまったくわからないのが腹立たしい。どうしてこんな取調べを受けなければならないのだろう。理由は私が日本人だからとしか思えない」

沢木耕太郎がこの旅をしたのは、1970年代前半だと思われるが、高度成長期とはいえ、日本はまだ大国とは看做されておらず、特別視されることはない時代だった。


深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)
(1994/05/30)
沢木 耕太郎

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元国会議員の鈴木宗男氏と、外務省のラスプーチンと呼ばれた佐藤優氏の対談本「北方領土 特命交渉」の中にこんな下りがある。

鈴木 「もうひとつ、中川先生(中川一郎)には日本がなめられてなるものか、という愛国主義的感情もあったと思います。それまで鈴木善幸さんがさんざん煮え湯を飲まされているわけですから、同じ轍は踏まないという強い決意を感じました。」
・・・・・
鈴木 「中川先生は、モスクワのホテルの一室で二人きりになったときに私にこういいました。 『「鈴木! シャケが獲れないんだよ』そして、悔し涙を流した。日本はまだ国力が弱かった時代です。どんなにがんばっても、どうしようもないことがあったんですね。」
・・・・・
鈴木 「それにしても、重光という大使は本当に政治家をバカにしていたのですが、中川先生は福田総理からレオニード・ブレジネフ宛の親書を預かっていたのですが、重光大使は取り次ごうともしない。農林大臣というポストではブレジネフに会えないというのがその理由だったが、大韓航空機によるムルマンスク事件がきっかけになってアレクセイ・コスイギン首相とあえることになった。ブレジネフ宛の親書はそのときに、やっと渡すことができたのです。」


北方領土「特命交渉」北方領土「特命交渉」
(2006/09/22)
鈴木 宗男、佐藤 優 他

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昔、ソ連とサケマスの漁業交渉をしていた時代があったことを思い出した。
上記は1970年代中頃の話と思われるが、当時は日本の首相の親書を、ソ連共産党の書記長に渡すことさえ大変だったのだ。
現在、安倍首相の親書を拒むのは、中国・韓国くらいだろう。

ついでながら、佐藤優の「国家の罠」は、じつに読みごたえのある面白い本だった。外務省の人間にこれだけの文章力があることに驚いたが、同志社大学神学部で学んだ哲学・宗教学のバックボーンが背景にあることがわかる。

この本で国策捜査の対象になれば、誰でも犯罪者にされるのだという怖さを知ったが、鈴木宗男氏についても、うさんくさい政治家だというイメージが一変した。 以前社会党の辻本清美(現民主党)が鈴木宗男氏を、「疑惑の総合商社」と呼びマスコミがそのフレーズに飛びついたが、一面的なレッテル貼りには容易に人を騙す危険性がある。


国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
(2007/10/30)
佐藤 優

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以前、海外で日本人のビジネスマンに会うと、かなり遠くからでも日本人であることがわかった。 中国人でも韓国人でもなく、日本人であることを示すオーラがあったからだ。
そのオーラは、仕事への情熱や責任感、あるいは日本人としての誇りによって光を放っていた。 残念ながら、今は急成長を遂げた中国や韓国のビジネスマンとの明確な違いがわかりにくくなってきた。

日本という国がどれほど素晴らしいかを、一番知らないのが日本人だろう。
世界でアンケートを取れば日本は人気のある国の最上位に来るし、世界のホテルで一番評価が高いのが日本人だ。
敗戦の焼け野原から立ち上がった日本が、ここまでの評価を得るには、先人たちの必死の努力があった。
日本人の謙虚さや優しさや技術力が世界に知られるまで長い時間を要し、私たちは今その努力の結果を享受しているに過ぎない。

日本という国に住み、日本人であることが如何に素晴らしいことであるか、そのことを知らず、日本に対し不平不満や自虐を言いたてる人たちは、日本を離れて諸外国で暮らすべきだ。そうすれば自分たちが、日本と言う恵まれた防波堤の中で、外の荒波を知らずに過ごしていたことに気づくだろう。






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