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街の灯

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カンヌ映画祭で、是枝裕和監督の『そして父になる』が審査員賞を受賞しましたが、三池崇史監督の「藁の盾」は大ブーイングを浴びました。やはりと言うしかありません。私もその場にいればブーイングしたでしょう。
というのは、新聞評を見て「藁の盾」を見に行ったのですが、あまりにもお粗末な出来だったので、最後まで見ずに出てしまったからです。


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ストーリーは少女が異常者に殺され、その富豪の祖父が、犯人を殺してくれたら10億円を進呈すると呼びかけたため、犯人護送中に様々な人間が襲いかかり、それを意に反しながら刑事たちが守るという荒唐無稽なものです。

と言っても映画はもともとフィクションの世界であり、荒唐無稽は問題ではありません。
「藁の盾」の問題は、少女を殺した犯人に対する怒りや憎しみや嫌悪感を感じさす演出が不十分で、感情移入ができないことにあります。感情移入ができなければ虚構は成立しません。
犯人役の藤原竜也には異常性が不足しており、童顔の藤原竜也を起用した時点で、この映画は失敗しています。

この映画がカンヌのコンペティションに参加したと聞いて、「やめろ!」と思ったのですが、日本での評判は意外にもそれほど悪くなく、私の感覚がカンヌの観客に似ているようです。と言うことにしておきます。

「藁の盾」についてスペースを取り過ぎましたが、映画が時代を越え、国を超えて愛されるためには、心から心へ伝わるヒューマニズムが必要です。

チャップリンの「街の灯」のラストシーン、手術を受けて目が見えるようになった花売り娘が、ルンペンのチャップリンに小銭を握らそうとして手を取った時、そのルンペンが自分の恩人であることに気づきます。この3分程のシーンを撮るのに、342回のNGが繰り返され、撮影には1年以上を要しています。製作日数534日のうち、なんと363日がこのシーンの撮影に費やされたのです。(NGは700回以上とも言われています)

チャップリンの完全主義を物語るエピソードですが、NGのたびにセリフがそぎ落とされ、最後に残ったのは、たった三つの短いセリフです。


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チャップリンの手を取り、驚いたように見つめる花売り娘は、「あなたでしたの」(you?)とチャップリンに言い、チャップリンは「見えるの?」(You can see now ?)と答えます。娘は「はい、見えます」「Yes I can see now」と答え、喜劇は感動的に終わります。

「あなたでしたの?」、「見えるの?」、「はい、見えます」、この短いセリフの、なんと美しく雄弁なことでしょうか。
この映画のタイトルが、「街の灯」(City lights)と名付けられた意味が、この時わかります。
灯りとは、心を照らす灯りだったのです。

まだご覧になっていない方は、youtube をご覧ください。



チャップリンの両親は1歳の時に離婚します。10歳で地方劇団に入り、12歳の時、父親はアルコール中毒で死去、母親は心の病で入院したため、チャップリンは孤児院で生活するこになります。

この生い立ちの悲劇性は、エディット・ピアフの生い立ちの厳しさに似ています。
演劇や歌や絵画を表現するためには、幸せや愛に対する満たされぬ思い、あるいは心の内に秘められた恨みや怒りの感情が、より良いもの、より美しいものを求める情熱に変わることが必要なのでしょう。

人は生まれる環境を、自分で選んで来ると言われます。
チャップリンは映画製作のために、厳しい環境を選んで生まれてきたのではないか、そんな気がします。






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丘をこえて

先日、藤山一郎の「丘をこえて」を、矢野顕子がカバーした曲がテレビで流れていて、その時初めて歌詞を見たのだけれど、歌詞の格調の高さや天真爛漫な明るさ、明日を信じて疑わない前向きな姿勢に、当時の世相が窺えて興味深かった。

この曲が作られたのは昭和6年(1931年)だが、当時の日本人は、きっと何の疑いもなく未来を信じることができたのだろう。そうでなければこのような歌は生まれないし、人々に受け入れられることはなかったはずだ。

丘を越えて 行こうよ
真澄の空は 朗らかに晴れて
楽しい心
鳴るは 胸の血潮よ
讃えよ わが青春(はる)を
いざゆけ
遥か希望の 丘を越えて

丘を越えて 行こうよ
春の空は 麗かに澄みて
嬉しい心
湧くは 胸の泉よ
讃えよ わが青春を
いざ聞け
遠く希望の 鐘は鳴るよ

作詞:島田芳文 作曲:古賀政男





同じ藤山 一郎の歌う「青い山脈」も、ずっと明るい曲だと思っていたのだけれど、あらためて歌詞を見ると、昭和24年の戦後の世相を色濃く反映している。

「古い上衣よ さようなら さみしい夢よ さようなら」、
「雨にぬれてる 焼けあとの 名も無い花も ふり仰ぐ」という歌詞には、苦しい過去に決別し、明日を信じて生きようとする、当時の日本人の思いが溢れている。

服部良一の明るい曲に隠れて聴き逃していたが、日本人の悲しいまでのひたむきさ、真面目さ、優しさが、歌謡曲の中でさえ懸命に歌われていたのだった。

若く明るい 歌声に
雪崩は消える 花も咲く
青い山脈 雪割桜
空のはて
今日もわれらの 夢を呼ぶ

古い上衣よ さようなら
さみしい夢よ さようなら
青い山脈 バラ色雲へ
あこがれの
旅の乙女に 鳥も啼く

雨にぬれてる 焼けあとの
名も無い花も ふり仰ぐ
青い山脈 かがやく嶺の
なつかしさ
見れば涙が またにじむ

父も夢見た 母も見た
旅路のはての そのはての
青い山脈 みどりの谷へ
旅をゆく
若いわれらに 鐘が鳴る

作詞:西條八十、作曲:服部良一、唄:藤山一郎・奈良光枝




日本人が、「丘をこえて」のような、天真爛漫な明るさを取り戻すのは、高度成長期を迎えてからだった。
大阪万博のテーマソング、「世界の国からこんにちは」は、三波春夫の明るく晴れ晴れとした歌声が、万博という祝祭空間にピッタリで、日本中に明るく響いた。日本の前途をさえぎる雲はどこにもなかった。

こんにちは こんにちは 笑顔あふれる
こんにちは こんにちは 心のそこから
こんにちは こんにちは 世界をむすぶ
こんにちは こんにちは 日本の国で
1970年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう

作詞:島田陽子 作曲:中村八大 




この後の日本の転機と言えばバブルだが、バブルを象徴する歌として思い浮かぶのが、ちびまるこちゃんの「おどるポンポコリン」だ。
ここにあるのは、明るさを通り越したお祭り騒ぎ、狂乱の時代を象徴するにふさわしい、賑やかな乱痴気騒ぎだ。


なんでもかんでも みんな
おどりをおどっているよ
おなべの中から ボワっと
インチキおじさん 登場
いつだって わすれない
エジソンは えらい人
そんなの常識 タッタタラリラ

ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ おへそがちらり
タッタタラリラ
ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ
ピーヒャラピーヒャラ おどるポンポコリン
ピーヒャラ ピー お腹がへったよ

作詞:さくらももこ 作曲:織田哲朗 




さて、バブルがはじけて20年の停滞と大震災を経た日本で、今何が流行っているのだろうか。
AKB48にも興味がないし、最近の歌を聴かないのでまったくわからないのだけれど、もう一度、「丘を越えて」のように、 天真爛漫に明日を信じる歌が流行る日本になってほしいと切に願う。



最後に、「千と千尋の神隠し」の主題歌を、フランスの聖歌隊が合唱している動画をご紹介します。
最近聴いて感心しました。





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