卑怯者は安全なときだけ居丈高になる

 「卑怯者は安全なときだけ居丈高になる」  ゲーテ

安全なときだけ居丈高になる姿が、日本のあちこちに見られます。

マスコミや雑誌は些細なことで政治家を叩きますが、それは政治家から反撃されないことがわかっているからです。
子供のいじめに対しては、弱い者いじめは許されないと論じるマスコミが、タレントのような弱い立場の人間のプライバシーは平気で無視し、ゴシップを報じます。
しかし一方、小説家のスキャンダルや不倫は一切報じません。無論それは小説家がみんな品行方正だからではなく、報じれば原稿の依頼や出版ができなくなるからです。安全なときだけ居丈高になるのがマスコミです。

学校教育におけるモンスターペアレントも、安全なときだけ居丈高になります。
学校や先生をいくら批判しても反論が来ることはないし、自分や子供の立場が安全だとわかっているので、無理難題を押し付けます。
モンスターペアレントを作った理由の一つは、マスコミが些細な事を大袈裟に報道し、学校や教師を委縮させたからです。

企業に対するクレーマーも、安全なときだけ居丈高になります。消費者からのクレームに対し、企業が反論することは余りなく、安心してクレームをつけることができます。その結果、お詫びの品をもらったりすれば、小さな事にまで居丈高にクレームをつけるようになります。

人権派と呼ばれる人たちもそうです。従軍慰安婦を糾弾する人たちは、いくら日本を批判しても報復が来ることはないので、安心して正義感を満足させることができます。
しかし過去の問題で日本を糾弾しても、今現在、暴力によって売春を強制され、苦しんでいる女性たちを救うための活動は、決してしません。なぜなら、現実の問題に首を突っ込めば、暴力団から報復される恐れがあるからです。
人権派の活動は、自分の立場が安全なときだけに限ります。

しかし偉そうなことを言っている私自身が、安全なときだけ居丈高になります。
以前、電車の中を歩き回り、暴力団の名前を出して乗客を怖がらせていた男がいました。その男が私の前の座席に座り、タバコを取り出して吸おうとしたので、「禁煙だ」と注意をするといきなり蹴ってきました。私より小さく、たいして強い男ではなかったので、取り押さえて次の駅のホームに放り出しました。その時、車内で拍手が起きたのですが、私の心は沈んでいて、拍手の方を睨んでいました。

その理由は、ひとつは放り出した男が、あの駅で暴れていないかという心配と、もう一つは自分の行動が、相手が弱いとわかっていたからとった行動に過ぎず、もし凶器を持っていたり、自分より強そうだと感じたら、そのような行動をとらなかったはずだったからです。中学、高校時代に空手をやっていたので、相手のレベルは見当がつきます。
残念ながら、英雄的行為も卑怯の裏返しに過ぎなかったのです。

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ミッション・バラバ

ミッション・バラバというクリスチャンの団体があります。元暴力団だった人たちが、キリスト教に目覚め、布教のために作った集まりで、中には組長だった人もいます。
クリントンの招待でアメリカの昼食会に招かれ、背中の入れ墨を見せた時、会場からスタンディングオベーションが起こったと言います。
何回かこの人たちとお会いする機会がありましたが、暴力団だった時、みんないつ殺されるかわからないという恐怖心で生きていたと言います。人間は本質的に弱い存在です。


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水師営の会見

「卑怯者は安全なときだけ居丈高になる」、という言葉の対極にあるのが武士道精神です。
大義のために身命を投げ出す武士道精神には、真の強さがあります。その強さは、教育と躾と鍛練によって作られました。
この強さをもっとも恐れたのがアメリカで、戦後の占領政策は日本人から武士道精神を奪うことにありました。

このブログで何度もご紹介している、「国際派日本人」の近着記事で、日露戦争の乃木大将が紹介されていました。
乃木大将は司馬遼太郎の「坂之上の雲」で、日本軍兵士を大量に死に追いやった、無能な将軍として描かれていますが、事実はロシア軍が攻略に3年かかると自負していた要塞を、5ヶ月で陥落させた名将です。

記事を引用します。

『不思議な一葉の写真がある。日露戦争中、日本軍とロシア軍の幹部が仲良く肩寄せ合って並んだ記念撮影である。あまりにも自然に親しげにしているので、あたかも同盟国どうしの軍事演習での記念写真かのように見えるが、それは違う。

 これは両軍合わせて約8万7千人もの死傷者を出した旅順攻囲戦でロシア軍が降伏した後の水師営(すいしえい)の会見での記念写真である。通常、降伏した側は帯剣は許されないが、明治天皇からの「武士の名誉を保たしむべき」との聖旨を受けて、ステッセル将軍以下、軍装の上、勲章をつけ帯剣していた。

 同地にはアメリカの従軍映画技師もいて、この会見を映画撮影したいと申し入れていた。しかし、乃木希典(のぎ・まれすけ)将軍は敗軍の将にいささかも恥辱を与えてはならないとこれを許さず、この一枚の記念写真だけを認めたのである。

 会見の模様は、この写真とともに全世界に報道された。武士道精神に基づく乃木のステッセルへの仁愛と礼節にあふれた態度は、世界を感銘させた。世界はわずか5ヶ月での旅順要塞の陥落に驚愕し、またこの会見に感嘆した。

 この6年後、乃木はイギリス国王戴冠式に参列される東伏見宮依仁(よりひと)親王に東郷平八郎とともに随行してイギリスを訪問したが、イギリスの一新聞は「各国より多数の知名の士参列すべきも、誰か東郷、乃木両大将とその光輝を争いうる者があろう」と報じている。

 その後、乃木はフランス、ドイツ、オーストリア、ルーマニア、トルコなどを歴訪したが、ある欧州人は「彼がほとんど全欧州諸国より受けた王侯に対するがごとき尊敬と希にみる所の賞賛」と形容している。』

是非全文をご覧ください
このような武士道精神に基づく日本軍の心を打つ美談は、枚挙に暇がありません。


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乃木大将

南京大虐殺や従軍慰安婦などというとんでもない捏造を、鳩山というオメデタイ元首相が信じるほど、戦後の占領軍のプロパガンダは完璧でした。
戦後堕落したはずの日本人でさえ、大震災の折、世界から賞賛されました。
武士道精神を備えた、戦前、戦中の日本人が、鬼畜のような所業を平気でするとは思えません。


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NHKの大河ドラマ、「八重の桜」で、会津藩の「什 (じゅう)の掟」が紹介されています。

同じ町に住む会津藩士の子供たち十人前後で集まりを作り、そこで教えたのが「什の掟」で、この掟に背かなかったかどうかを毎日反省させました。

一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

最後の「ならぬことはならぬものです」という言葉に、断固たる強さと清々しさがあります。今日本が最も必要としているのは、へ理屈に対して、ならぬことはならぬと断ずる強さであり、それを体現した武士道の復活であると信じます。


参考:アメリカ人青年は"Father Nogi"と父のごとくに慕っていた乃木大将をいかに描いたか?

  :私情を吐露しつつ公の為に立上がった日露戦争当時の国民

  :ロシア人捕虜の墓を護る松山の人々




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フォトンベルト始末記

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2012年12月、フォトンベルトによって何も起きませんでした。
もともと3次元には変化が無く、4次元(幽界)が消滅するものと思っていましたので、何も起きなかったことは予想通りでした。しかし4次元にも変化はありませんでした。
以下のことは、4次元に変化が無かったことの証明になるでしょう。

昨年10月、面識のないある方から電話をいただきました。相談の内容は息子さんの心の病についてでした。息子さんは強迫神経症で入退院を繰り返していましたが、問題はその息子さんだけではないと感じたのでいろいろ聞いて行くと、もう一人の息子さんが自殺をしており、御主人はウツ状態、電話をされた御本人もパニック障害だと言います。

問題の深刻さに唖然としましが、その原因は家の立地にありました。

ここから先は霊的な話になります。心地良い話ではありませんので、怖いのが苦手な方は*印の間をスキップしてください。

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この方の家が建っているのは墓場の上で、家の土台に墓石を使っており、庭を掘れば人骨が出てくると言います。夜には壁にいろんな顔が浮かんできて、彼岸になると白装束の霊たちが列をなして歩き、自殺した息子さんが家の中を歩いていると言います。

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この方の話を聞きながら、もしかしたら12月にすべて解決するかも知れないと思っていました。それは4次元が消滅すれば未成仏霊も消滅するからです。
しかしフォトンベルトが過ぎた後に確認したところ、変化はないとのことでした。この他の事例も確認しましたが4次元は消滅していません。

前に書きましたが、私自身は13~14年前に初めてフォトンベルトの話を聞いた時、訳のわからないスピリチュアル系の話だと思っていました。それが事実だと知ったのは、NASAのホームページに詳しく書かれているのを見てからでした。その後(今から9年くらい前)、突然NASAのホームページからフォトンベルトが削除されたのを奇妙に思いましたが、フォトンベルトが400光年離れたプレアデス星団を中心とするエネルギー帯である以上、数年先にその影響が地球に及ぶことはあり得ないと考えていました。

それが変わったのは、ある方がフォトンベルトによって4次元が消滅すると断言されたからでした。今は亡きその方は、私がこれまで会った最も尊敬すべき方でした。人間はここまで自己顕示欲を無くすことができるのか、ここまで自我や欲望から自由になれるのかと驚き感動しました。過去現在未来を見通す観自在菩薩のようなこの方が断言された以上、私ごときが否定する理由はありませんでした。

しかしフォトンベルトは起きませんでした。
フォトンベルトによって人類は新たな時代を迎えるという予言は、共同幻想だったのでしょうか。

フォトンベルトが信じられた背景に地球の異変がありました。地球温暖化や地磁気の減少、太陽活動の異常、熱圏の崩壊、頻発する巨大災害など、人類の未来に不安を抱かせる様々な異変により、近未来に何が起きてもおかしくないという意識が形成され、さらに天文学で驚異的なレベルに達していたマヤの暦がオーバーラップしました。

なぜ世界中でフォトンベルトという共同幻想が生じたのかわかりませんが、今回のことでスピリチュアルな世界を否定することはできないと思います。

これまで自然科学で説明のつかない事象を否定する事が、科学的態度と考えられていました。しかしノーベル賞を受賞された南部陽一郎博士が提案した「超ひも理論」は、「あの世」が死んでから行くところではなく、三次元宇宙に併存する世界であることを示しました。


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ベルナデッタ

神や精霊の存在を証明することは容易ではありませんが、ルルドの泉を聖母マリアから伝えられたベルナデッタの遺体が、死後100年以上経った今も、まるで生きているように美しいのを見る時、見えざる聖なる力の存在を感じざるを得ません。
事実、知人の世界的に著名な理論物理学者の方が癌になった時、ルルドとファティマを訪れ、奇跡を体験するとともにガンが消失しています。

しかし、神と言う偉大な英知が存在する何よりの証拠は、宇宙の根本に調和(バランス)という中心原理が存在することではないでしょうか。





お正月は百人一首

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昔、正月の遊びと言えば、カルタと百人一首でした。
カルタで遊んだのは小学校低学年まででしたが、百人一首はかなり後まで遊んでいました。
百人一首はその後、高校時代に全部覚えたのですが、単に受験のために覚えただけで、歌に対する興味はまったくありませんでした。ただ、今でもいくつかの歌を口にすることができるのは丸暗記の効用です。

今にして、和歌を子供の遊びにするとは、日本は何と芸術的な国であったことかと思います。
この素晴らしい文化が、今やほとんど顧みられることがないのは残念なことです。たとえ「坊主めくり」であっても、子供の時に百人一首に触れておけば、いつか和歌に興味を持つことがあるかも知れません。
第一、ゲームで遊んだ無数の時間のことは忘れても、家族そろって百人一首で遊んだ思い出は、きっといつまでも心に残るはずです。

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小さな子どもたちに、いきなり百人一首を与えても興味を持たないでしょうが、一茶の俳句をカルタにしたものがあります。ヴァイオリンのスズキメソードで知られる「才能教育研究会」で出している「一茶百句 俳句かるた」です。わが家の娘たちは、このカルタで飽きることなく遊んでいました。もし小さなお子さんがいらっしゃれば、是非一緒に遊んでください。

「百人一首」は、ほとんど任天堂が作っていました。その任天堂はゲーム機の主役になり大会社になりましたが、今は携帯ゲームに押されて赤字が続いています。栄枯盛衰を感じますが、任天堂の名前は、花札がばくちに使われ、運を天に任すことに由来しています。子供たちの時間を奪うゲームだけでなく、もう一度日本の文化の担い手であったことを思い出してほしいと思います。

新々百人一首〈上〉 (新潮文庫)新々百人一首〈上〉 (新潮文庫)
(2004/11)
丸谷 才一

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丸谷才一さんの著書に、「新々百人一首」があります。
「小倉百人一首」は、平安時代の公家、藤原定家が選んだものですが、「新々百人一首」はそれに代わる百首を丸谷才一さんが選んだものです。
英文学を専攻した丸谷さんの、日本の古典に対する深い知識と見識にはいつも舌を巻きますが、この著書においても、次次に示される丸谷さんの和歌に対する深い知識に圧倒されます。

下巻の巻末に、歌人の俵万智さんと丸谷さんの対談が載っていて参考になりました。
俵万智さんといえば、「サラダ記念日」の斬新な表現力が印象的ですが、この対談で俵さんの古典に対する深い知識を知りました。

一端をご紹介します。

俵 『「実は、私は高校生ぐらいまで、『小倉百人一首』にある「逢い見てののちの心にくらぶれば昔はものを思わざりけり」(藤原敦忠)という歌は、その人に逢うまでは自分は何も恋の悩みを知らなかったわ、という内容だと思っていたんですね。でも多少古典を勉強すれば、「逢う」とか「見る」という言葉が、共寝をするという意味だと分かるし、それによってさらに、解釈が深くなる。
「新々百人一首」のなかでも、村上天皇の歌「思へどもなおあやしきは逢うことのなかりし昔なに思ひけん」や寂蓮の歌「逢うまでの思ひはことの数ならで別れぞ恋のはじめなりける」では、「逢う」という言葉の意味を知らないで読むのと知って読むのとでは、ずいぶん味わい方が変わりますからね。』
  ・・・・・・・・
俵 『秋が恋の季節だということを、いろいろな歌を例に挙げて強調されていましたが、旧暦の秋は七、八、九月ですか。』
丸谷『そうですね。』

俵 『これはくだらない質問かもしれませんが、この本で「伊勢物語」第九十六段の、「秋かけて言いしながらもあらなくに木の葉ふりしくえにしこそあれ」という、秋になったら逢いましょうと約束しましたがそうはならず浅い縁でしたね、という歌が引用されていますよね。その本文を見ると、作者の女性は、「秋になったら」という理由を、体にできものができて気持ちが悪いし、夏で暑いからと言っているんです。秋が恋の季節というのは、当時クーラーやシャワーがなくて、夏の間はべたべたして気持ちが悪くてあまり一夜を共にしたくなかったからなんでしょうか。』
丸谷 『ハッハッハッ』

俵  『私、学生のころ初めてこの段を読んだときに、すごく印象に残っていたんです。逢うというのは、さっきも出ましたけど共寝をするという意味ですから、涼しくなってからにしましょうねとは、ずいぶん露骨なことを言う女の人だなと思って。何度か引用されてる歌がちょうど出てくる段の、女性のセリフだったので、思い出して読んでみて、そうなのかなと思ったんです。』

丸谷『非常にいい説みたいな気がしてきたなあ(笑)。僕はそれは考えていませんでしたねえ(笑)。』


国文科出身の人や、古典を学んだ人には常識なのかも知れませんが、逢うや見るがこう言う意味であったことを初めて知りました。たしかにずいぶん味わい方が変わります。

「逢う」ことも「見る」こともなくなった人も、いまだ逢い見ている人も、たまには百人一首で遊びましょう。


コメント欄を開けることにしましたが無視してください。






あけましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願い申し上げます。

正月寒波が来るとの天気予報がありましたが、全国的に穏やかな元旦を迎えられたのではないかと思います。
当地名古屋では、ほとんど風の無い、本当に穏やかな陽気の中で初詣ができました。

初詣に限らず、神社にお参りする時に心がけていることがあります。
それは願い事をせずに、ただ有難うございますと感謝することです。

10円や100円の賽銭、あるいは1000円や1万円の賽銭であっても、神様にお金をあげて願うことは取引であって祈りではありません。
また人の願いは多くの場合、出した賽銭をはるかに上回る身勝手なもので、取引として成立するものではありません。
お賽銭は、日本人の守り神である八百万の神々を祀る神社を維持するために出させていただくものと考えています。

心だにまことの道にかないなば祈らずとても神や守らん

正月は日本の行事の中で最も古く、仏教伝来前から続いている行事です。
正月は家に歳神様を迎える行事で、門松やしめ飾り、鏡餅を飾るのは、歳神様を迎え祝うためだそうです。
歳神様は1年の初めにやってきて、その年の作物が豊かに実り、家族みんなが元気で暮らせるように協力をしてくれるそうです。

皆様の家に歳神様が訪れ、今年が素晴らしい年になりますようお祈り致します。