運命と宿命

imagesCAM0THS3.jpg


運命について考える時、日航機事故で亡くなった坂本九さんを思い出します。
誰からも愛された九ちゃんが、あの日御巣鷹山に消えたことに衝撃を受けましたが、いつも全日空を利用していたのに、あの日に限って日航を利用したことに運命を感じます。
避けられない運命を宿命と言いますが、あの日、あのような死を遂げることは宿命だったのでしょうか。

日航機事故で、ハウス食品工業の社長や阪神タイガースの社長など、多くの会社関係者が亡くなっていますが、チッソ株式会社は、ポリプロ繊維事業部だけで6人が亡くなっています。社葬の時、激しい雨と雷鳴に、亡くなったみんなが来ていると感じたと、ポリプロ繊維事業部の方が話していたのを思い出します。



東日本大震災の犠牲者については、個人の運命というより、日本と言う国の運命ではなかったのかと思います。
犠牲者は国家の大きな運命に殉じた、「一粒の麦」だったのではないでしょうか。(一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし ーヨハネ福音書)

人は人生を計画して生まれて来ます。それを運命と言います。計画してきたことであれば、起きてくることは必然です。
しかし起きてくる前に、すでにその学びを学び終えていれば、必然であるべき運命は変わります。

一方、肉体的ハンディを背負って生まれてきたり、不慮の事故に遭うなどの宿命は、自分の努力で避けることができません。
そのような過酷な運命を体験した魂は、平凡な人生を送った魂より大きく成長することができるようです。


o0374040711722696179.jpg


天からみれば」という自主上映映画があります。
主人公は大阪に住む両腕の無い画家、南正文さんです。
南さんは小学校の時に、家業の製材所で機械に巻き込まれて両腕を切断します。
人生に絶望していた時、大石順教さんという尼さんに引き会わせられます。

大石順教さんは、養父に両腕を切り落とされながら、その養父を怨むことなく、出家して身障者のために生涯をささげた方です。筆をくわえて絵を描く練習を重ね、ついには般若心経の写経が日展に入選しています。

南正文さんは、順教尼から筆をくわえて絵を描くことを学びますが、何より、両腕のない順教尼が、運命に負けずに力強く生きている姿に接したことで、人生に絶望していてはいけない、自分も頑張らなければならないと気付きます。

tuisou_07.jpg

main2.jpg

大石順教さんは、明治二十一年に大阪で生まれました。本名は「大石よね」
12歳で踊りの名取となり、15歳の時、「山梅楼」の主人中川万次郎の養女となります。

明治三十八年、妻の駆け落ちに狂気となった養父万次郎は、妻の母親、弟、妹と、養女にしていた二人の芸妓の5人を日本刀で斬り殺します。この時、大石よねも巻き添えとなって両腕を切断されます。「堀江六人切り事件」として、世間を震撼させたこの事件で、彼女は17歳という青春のさ中に、人生を奪われてしまいます。

そんな絶望の中、よねは両親を養うため、悲惨な姿を人目に晒し、見世物小屋で働きます。
中村久子さんも見世物小屋で働いていましたが、社会保障制度の整わない明治時代、「片端(かたわ)」となった身が生きていくことが、どれだけ大変であったかがわかります。

3年後のある日、鳥カゴのカナリヤが、口でヒナに餌を与えている姿を見て、鳥は手が無くても生きていることに気付き、筆を口にくわえて絵の練習を繰り返します。

tuisou_01.jpg

明治四十五年、日本画家と結婚し、一男一女の母となりますが、夫の浮気により離婚し、昭和八年に出家、名を「順教」と改めます。昭和十一年、身体障害者福祉相談所を開設し、身体障害者の救済に生涯を捧げます。昭和三十年、日展に入選。昭和四十三年、81歳の生涯を閉じました。

sakunin12.jpg
日展入選「般若心経」

大石順教は警察で、「お父さん(義父)の罪を軽くするにはどうしたら良いでしょう。お父さんの罪を軽くするためには何でもします」と嘆願しています。

「お父さんを憎むことは、自分を憎むこと。お父さんが悪いのではなく、そうさせた苦しみが悪い」
「私は逃げなかった。愚痴も憎しみも口にしたことがない。」

両腕を切り落とされ、自分の人生を奪った人を憎まず、愚痴も憎しみも口にしたことがない魂とは、いったいどれほど気高い魂だったのでしょうか。

順境尼は、「生まれ変わったら、また両腕の無い人生を送りたい」との言葉を残しています。
その言葉は、人間の生まれてくる目的が、魂の成長にあることを知らなければ言えない言葉です。

「何事も 成せばなるてふ言の葉を 胸にきざみて生きて来し我れ」 ー 順教尼

<参考>
人の運命について
ヘレン・ケラーの恩人
『致知』“できない”と“やらない”を混同しない





スポンサーサイト