時の早さ

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《追記》
人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に与えられるイグ・ノーベル賞という愉快な賞があります。
日本人の受賞者も何人かいますが、今年は公立はこだて未来大の中垣俊之教授の、粘菌を使った効率的な交通網の研究が受賞しました。
中垣教授は2008年にも、粘菌に迷路の最短経路を探し出す能力があることを発見して受賞しています。

一連の研究で、中垣教授は単細胞生物である粘菌にも知性があるのではないかと考えていますが、NHKの「クローズアップ現代」が、中垣教授による粘菌の記憶力の実験を紹介していました。

粘菌に刺激を与えると動きを停止しますが、この刺激を1時間毎に与えると3時間目には刺激を与えなくても動きを停止します。
この結果は粘菌に記憶力(学習能力)があり、さらに正確な時間感覚があることを示しています。

本文中で、時間は意識の中にあり、時間意識は人間だけが有するのではないかと書きましたが、粘菌に時間感覚があるとすれば、時間はすべての生命の属性と言うことになります。

量子力学で時間は光速度で推移するとの説もあり、時間=意識(生命)=光という関係が成り立つのではないかと思います。
(あるいは、時間 ≦ 意識(生命)≦ 光 )


子供の頃は1日があっという間に過ぎるのに、一年はとてつもなく長く感じました。大人になると1日が長く、1年を短く感じるようになりますが、最近は1日も1年もあっという間に過ぎてしまいます。
なぜこんなに時間が経つのが早いのでしょうか。

時間とは何かについては、昔から多くの思想家や科学者が考えてきました。
現在の量子論では時間を光の性質で解釈したり、過去にさかのぼれない時間の性質を、熱力学のエントロピーの考え方で解釈しています。しかし時間が存在すると言う説も存在しないという説もあって、時間の本質はわかっていません。

時間と空間が、物質のような存在でないことは明らかです。
すべての物質は「今」という時間と、「ここ」と言う空間の中に存在します。
時間と空間は物質存在の枠組みであって、物質的な存在ではありません。

臨死体験をした多くの人が、幽体離脱をした時に、会いたい人の所に瞬時に移動したことを語っており、三次元的な時間と空間は、高次元には存在しないと思わます。

我々は時間が過去から未来に向けて流れていると思っています。しかし、過去と言う時間は存在せず、未来も存在していません。今と言う時間も、意識した瞬間に過去となります。
時間は常に永遠の現在です。時は流れず、流れているのは物質世界の現象です。

我々が時間の経過を知るのは、景色の変化や時計の針の移動など、物質的な変化を時間の経過に置き換えているだけであり、時間そのものを認識することはできません。


奈良 251

もし宇宙に一切の星や物質が存在しないとしたら、宇宙には永遠の静寂と無変化しかなく、そのような無変化は時間が存在しないのと同様です。
時間は宇宙に物質が存在し始めた時に生まれたと考えられていますが、意識の中だけに存在すると考えることもできます。

死んでしまえば時間は存在せず、睡眠中も存在しません。
動植物が季節の変化に対応するのは、温度や日照時間の変化に応じて遺伝子のプログラムが働くためであって、時間を意識しているわけではありません。
時間を意識するのは人間だけであり、意識の中に時間があると考えることができます。(と書いて、忠犬ハチ公が主人をいつも同じ時刻に迎えに行ったのであれば、もしかしたら犬にも時間の意識があるのかもしれません。)

ところで、最近の時間の早さの理由は何でしょうか。
スピリチュアルな世界では、フォトンベルトが近づき、地球の振動数が上がっているからだと説明していますが、時間と空間が三次元の枠組みであれば、距離も短縮されなければならないはずです。
しかし、距離が短くなった感覚はありません。

都会の喧騒の中では時間が早く経ち、人里離れた静寂な場所では時間がゆっくり過ぎるように、過剰な情報に振り回されているのも原因と考えられますが、しかし、何もすることが無い入院患者の方が、1日があっという間に過ぎると言われるように、情報量と時間経過が比例しているわけではありません。

異常気象が起き始めた頃から、時間経過が早くなったような気がしており、何か時間の枠組みに変化が起こっているように思えます。
しかし、単に歳のせいかも知れません。

  ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟 人の齢 はるなつ秋冬 ー枕草子

今年もあっという間に終わりました。
年内に更新できるかどうかわかりませんので、とりあえず皆さま良いお年をお迎えください。
ありがとうございました。


*コメントのご配慮は無用に願います。


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