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パソコンが壊れて考えたこと

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オーヴェール ゴッホの麦畑

夏休みを楽しんでいる子供たちも、残りの日数を数える頃となりました。
この時期には、「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」という歌を思い出すのですが、今年は秋を思わせる風がなく、蝉時雨が無くなったことに夏の終わりを感じる位です。

家のパソコンがダウンしてしまい、それを機に色々考えさせられることがありました。
昨日、家に帰ってしたことは、本を読み音楽を聴くことでした。
それはブログを書き始める2年前までの生活でした。
パソコンの束縛が無いことが、これほど自由で、すがすがしいことであったのかと気づかされました。

ブログを書いていて、いつもこれは意味のないことではないかと思っていました。
私の拙い記事を読んで頂いている人たちにとっては、記事の内容は自明のことであり、一方、知ってほしい人にとっては興味の無い記事のはずだからです。

パスカルの「パンセー瞑想録」に、「警句を吐く人、悪い性格」という言葉があります。もしかしたら、したり顔で分かったような警句を吐いているのではないか、という思いもありました。

これを機に、ブログを休止しようかと思っていた矢先に、ある方からコメントを頂きました。
過分な言葉で、引用させて頂くことにためらいがありますが、このコメントを頂かなかったら、多分ブログを休止していたと思いますので、そのままご紹介します。

「御礼
いつもブログを拝見させて頂いているガラシャと申します。
「心と体に光を」を約二年前から拝見させて頂いており、このブログで致知を知り、二ヶ月前、遂に致知出版社に入社をしました。
この縁のきっかけはパック様の素晴らしいブログが発端であって、いつか御礼を伝えたいと思っていました。日本の荒廃に何もできない自分が嫌で、思い切って転職をしました。
まだまだ見習いで会社に貢献をできてはいない身ですが、致知をたくさんの方に広めて日本を元気にしていき、またパック様のような博識で徳が香るような人になっていけたらと思います。
富国有徳の日本を目指して、志を胸に励んで参ります」

何度もご紹介しています「知致」は、日本の良心というべき雑誌で、この雑誌が存在すること自体、日本にはまだ希望が残されていると思えるほどです。一人でも多くの方に読んでいただきたい雑誌です。
拙ブログが、ガラシャさんと「致知」との間を取り持つことが出来たとしたら、それだけで駄文を重ねた意味があったと、うれしく思っています。

部屋にパソコンの無い生活をしばらく続けてみようと思っています。
ブログは休止せず、書きたいことがあった時だけ書くことにします。
皆さまのブログは楽しみにしていますので、これまで通り訪問させて頂きます。(別のパソコンから)

残暑と言うには暑すぎる毎日です。
若きアルチュール・ランボーの、さわやかな詩をご紹介します。

「青い夏の宵々には、 小径を行こう、
麦の穂に刺され、 小草をふみに。
夢見るぼくは、 草の冷気を足に感じ、
あらわな額は風の浴みにまかせよう。

ぼくは話さない。 考えもしない。
だが限りない愛は魂にあふれてくるだろう、
ぼくは遠くにゆこう、 とても遠く、 ジプシーのように、
自然のなかを、 女連れみたいに幸せに。 」

ランボー 15歳 『Sensation』 平井啓之訳





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教育勅語を読んでみる

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国民道徳協会


教育勅語は軍国主義教育に繋がるものとして、昭和23年に排除されましたが、一体、その内容のどこに問題があるのか読んでみました。
不勉強で、教育勅語を読むのは初めてのことです。

以下が教育勅語が説く、12の徳目です。

1.親に孝養をつくしましょう(孝行)
2.兄弟姉妹は仲良くしましょう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしましょう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合いましょう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしみましょう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべましょう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけましょう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
9.人格の向上につとめましょう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
12.正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう(義勇)
(Wikibooks)

当たり前のことばかりで、どこに問題があり、なぜ否定されなくてはならないのか理解できません。
要は明治天皇の言葉であること、天皇中心の国家観が許せなかったということでしょう。思想や良心の自由を否定しているなどの議論は付けたしに過ぎません。
第一、良心の自由などと言うものがあるのでしょうか。仏陀やイエス、あるいは偉大な思想家たちの言葉が我々の心に響くのは、真理が個人や時代の価値観を越え、永遠不変であることを示しており、良心と個人の主観とは無縁なはずです。

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勅語発布50周年記念切手(1940年発行)wikipedia

大阪の塚本幼稚園南港さくら幼稚園の籠池靖憲園長は、教育勅語を園の柱にし、毎朝園児たちに国家斉唱と教育勅語を朗誦(ろうしょう)させています。
この話が共同通信から全国の新聞に配信されると、全国から毎日2000通ものメールが送られてきました。
その内容は抗議や中傷ではなく、「塚本幼稚園、がんばれ」というものだったと言います。
教育崩壊の中で、真の心の教育を多くの人たちが求めている証でしょう。

知致」の5月号に籠池園長の対談が掲載されていました。

『当園では毎年4歳児には伊勢神宮に参拝させます。数年前、不思議なことが起こりました。参拝の際、玉垣の前で園児が教育勅語を朗誦した時に、すだれが風に舞ったのです。それも一時的にではなく、教育勅語を朗誦中にずっと続きました。
神主様をはじめ、関係者も皆驚きまししてね。「あぁ、神様まで喜んでくださっているんだな」と思いました。』

『今年の卒園式では、なんと園児たち全員が声を上げて泣いてくれました。それを見た先生方や親御さんたちも感動の空気に包まれました。
私は、これは子供たちからのメッセージだと捉えています。「頑張って」と。
その瞬間、我々は感動教育、心の教育の大切さを骨の髄まで感じました。』

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南港さくら幼稚園より拝借 クリックで大


この幼稚園で学んだ子供たちに、弱い者いじめは無いはずです。人生で大切なものは何かを学ぶはずです。以前の記事「6歳児が書いたお別れの言葉」でご紹介した「丹養塾幼稚園」を思い出します。

戦後の日本的精神の排除は、皇室や軍国主義など、表面のレッテルだけで、善も悪も吟味せずに否定するものでした。その短絡した分かりやすさが、安易な断罪を許したのでしょう。
アメリカの映画や音楽が伝える自由と豊かさへの憧れも、日本的なるものの放棄を促した一因だったでしょう。

教育勅語に代わる「教育基本法」の無機質と対比してみると、僅か315文字の教育勅語は暗誦に耐えうるものであり、その徳目を心に刻みつけるのに適しています。
尚、教育基本法は平成18年の安倍政権の折に、国を愛する文言が付け加えられましたが、この時、それが押し付けであると反対した教師の集団がありました。
信じられないことですが、国歌斉唱を拒否した人が首相を務める、今の日本の病根の深さが現れています。

明治天皇が教育勅語を出されたのは明治23年10月30日で、わが国の守り続けるべき大切な心の規範が、洋学偏重の世相の中で軽んじられることを危惧され、発布されたと言います。

自分さえ良ければ人はどうでも良いと考えるエゴイズムや、金や物だけを追いかける拝金主義が蔓延し、日本人の心が崩壊しつつある今、教育勅語とは何であったのかを、先入観なしに考えてみるべき時にあるのではないでしょうか。



【参考】
【教育勅語の口語文訳】
私(注:明治天皇)は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
(国民道徳協会の訳文)

≪読み下し文≫
朕(ちん)惟(おも)フニ、我ガ皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)、國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ、徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。
我ガ臣民(しんみん)、克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ、億兆(おくちょう)心ヲ一(いつ)ニシテ、世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ済(な)セルハ、此(こ)レ我ガ國体ノ精華(せいか)ニシテ、教育ノ淵源(えんげん)、亦(また)実ニ此(ここ)ニ存ス。

爾(なんじ)臣民、父母ニ孝(こう)ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信ジ、恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ボシ、学ヲ修メ、業(ぎょう)ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ、義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ、以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ。

是(かく)ノ如(ごと)キハ、独(ひと)リ朕ガ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民タルノミナラズ、又以テ爾(なんじ)祖先ノ遺風(いふう)ヲ顕彰(けんしょう)スルニ足ラン。
斯(こ)ノ道ハ、実ニ我ガ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ、子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スベキ所、之(これ)ヲ古今ニ通ジテ謬(あやま)ラズ、之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラズ。
朕、爾臣民ト倶ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)其(その)徳(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ。

明治二十三年十月三十日
御名 御璽(ぎょめい ぎょじ)




人の運命について

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ある交差点で、何月何日にどの位の確率で事故が起きるかは、確率計算(ポアソン分布)によって求めることができます。
例えば、確率が高かった時に死亡事故が起きたとします。事故に遭った人は確率に組み込まれていて、そうなる運命だったのでしょうか。
運命とは変えられないものでしょうか。

作家の阿川弘之さんのエッセイに、次のような話があります。

『五百五十名の私の同期で、クラスヘッドに田和常男という学生がいた。
浪高から東大法学部を出て、ガリ勉でないくせに、学科、武技、カッター、陸戦、天測、すべてよくこなし、性温厚にして「怒りを遷(ウツ)さず」、抜群の成績を以て卒業した。

専攻は通信と電探で、中尉の時大阪警備府附になった。陸上勤務の中でも、もっとも命に別条無さそうな配置である。

「あいつはよく出来たからなあ。海軍は、ああいう優秀なのを特に選んで生かしておくつもりなんじゃないかな」
それに、大阪出身の田和は、大阪警備府附なら家が近い。みんな羨ましがったが、悪く言うものはいなかった。

大阪警備府でどんな仕事をしていたかは知らないが、敗戦の年の八月、田和は広島へ出張を命ぜられた。そこで八月六日の原子爆弾に逢い、「不幸短命ニシテ」殉死した。

「第一分ターイ、田和恒男学生ほか百何十何名」という彼の声が、今でも耳に残っている。』
  阿川弘之 「論語知らずの論語読み」


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人はどんな人生を生きるか、生まれる前に決めてくると言われています。
しかし、広島の犠牲者、約12万2000人、長崎の犠牲者7万4千人の方々が、原爆の投下で命を落とす計画を立てたはずがなく、戦争や災害の巨大な破壊力は、突然に人の命と幸福を奪い、それから逃れることは困難でしょう。

原爆投下の命令を下し、多くの人々に言語に絶する苦しみを与えたアメリカ大統領トルーマンは、テレビ番組に出演した時、「私は広島、長崎の原爆攻撃を指令した後に、良心のとがめを少しも感じなかった。」と語っており、その後も原爆投下は日本のせいであると言い続けました。

トルーマンは晩年自宅の浴室で転倒して半身不随となり、1972年、88歳で死去しています。
広島と長崎の犠牲者と家族の苦しみを思う時、トルーマンの苦しみはささやか過ぎる報いですが、このような人間に対しても恨みを抱かなかった日本人の潔さは、賞賛すべきことではないでしょうか。

人には運命のほかに、変えることの出来ない宿命があります。日本人に生まれること、男や女に生まれること、あるいはどのような身体や資質を持って生まれてくるか、このようなことは途中で変更することはできません。(但し、最近男が女になるケースが多く、この定義は外した方が良いかも知れませんね。)
宿命の中には、何歳頃、どのような死に方をするかを決められている場合もあるようです。

運命が自分を変えるための計画であれば、それが可能であるから計画したのでしょうし、変えられない運命は無いのかも知れません。




佐村河内 守(さむらごうち まもる)さんと言う、聴覚を失った被曝2世の作曲家がいます。
昨年、広島で交響曲1番が初演され、高い評価を得ましたが、you tubeにアップされていましたのでご紹介します。

現代音楽の、不協和音を使用する前衛的な作曲を押しつけられるのが嫌で、音楽大学には行かず独学で作曲を学ばれていますが、初めて曲を聴き、その選択が間違っていなかったことを感じました。
マーラーやショスタコービッチの系譜を継ぐような堂々とした音楽で、頭の中で音符を組み立てて作曲したとは思えない、深さと完成度に驚きました。

≪付記≫
記事が途中で消えてしまいましたが、消えた部分は不用だったと考え、そのままアップしました。
もうすぐお盆です。過去の記事「戒名とは何か」で、供養について書いていますのでご覧ください。

☆ご訪問いただき有難うございました。




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猛暑の原因

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The Voice of Russia

異常な猛暑が世界中で続いています。
ロシアでは最高気温38度を記録し、死者は2000人を超えており、イタリアやスペインでは40度を記録、ドイツも同様の熱波に襲われ、ヨーロッパの死者は1600人を越えています。

干ばつ被害も広がり、カナダやウクライナ、カザフスタン、EUなどの小麦輸出国の被害で、小麦の国際価格は20%ほど上昇しています。
パキスタンでは5月26日に摂氏53.5度を記録しており、これはアジアの観測史上、最も高い気温です。

一方、南半球は記録的な寒波となっています。
アルゼンチンでは寒波で50人以上の死者が出ており、気温が20度以下に下がったことのないボリビアの熱帯地域でも0度近くまで下がり、凍死者が出ています。

中国では南部を中心に、6月中旬から続く大雨で死者不明者が1000人を越えており、被災者数は1億1300万人に上っています。

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National Geographic によると、今年1月から6月までの全球地表面および海表面温度は、1880年に観測が開始されて以来、最も高かったと言います。

地球の気温に最も影響を与えるのは太陽です。太陽は約11年周期で活動期、休止期を繰り返しており、活動期には気温が上昇する傾向にあります。
ところが今年の太陽活動は過去最低の水準にありながら、気温は過去最高を記録しているのです。

世界の異常気象について、偏西風の蛇行が原因だと説明されていますが、偏西風の蛇行は結果であって原因ではありません。

この異常気象の理由について、納得できる説明が出てきました。
7月15日にNASAが、「熱圏」と呼ばれる超高層大気の「不可解な崩壊」を発表しています


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熱圏は、対流圏、成層圏、中間圏の上にあり、地上90km~600km以上(NASAの数値を使用)に存在する大気層です。
熱圏の大気の分子・原子は、太陽からの極紫外線(EUV: Extreme Ultra-Violet)やX線を吸収遮断しています。
吸収したエネルギーによって、高さ400km以上の熱圏では1000℃以上の高温になっています。

但し、高さ450kmで、大気の密度が地表の1兆分の1しかないため、エネルギーが小さく、熱は感じられません。
(蛍光灯の中がプラズマで1万度になっていても、中の水銀蒸気の量がきわめて少ないため、それほど熱くならないのと同様です。)

熱圏は太陽活動に伴って収縮します。現在太陽活動は歴史的な極小期にあり、熱圏の収縮は予想されていましたが、収縮はその予想を28%上回っており、熱圏崩壊と呼ぶべきレベルにあると書かれています。
(熱圏収縮は、高度200~600kmの衛星の速度減衰率で測定しています。)


熱圏は太陽からの極紫外線(EUV)やX線などを吸収し、地球の温度調節機能を果たしており、熱圏の崩壊により、北半球では熱波、南半球では寒波に襲われているようです。

しかし、なぜ熱圏が崩壊してきたのか、その理由は不明です。


『死ぬ瞬間』の著者、エリザベス・キューブラー・ロスは、『人生は廻る輪のように』の中で、こう書いています。

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「まもなく地球がこの悪行を正す時期がくると、わたしは信じている。人類の所業に報いる大地震、洪水、火山の噴火など、かつてない規模の自然災害が起こるだろう。わたしにはそれが見える。

わが亡霊たちからも、聖書に描かれているような規模の大異変が起こると聞いている。それ以外に、人びとが目ざめる方法はないのか?自然をうやまうことを説き、霊性の必要性を説くためにとはいえ、ほかに道はないのか?
 
目には未来の光景が映っているが、わたしのこころはあとに残していく人たちに向けられている。どうか、恐れないでほしい。死が存在しないことを想起さえすれば、恐れる理由はなにもない。恐れることなく自己をみつめ、自己について知ってほしい。そして、いのちを、やりがいのある課題だとみなしてほしい。

もっとも困難な選択が最高の選択であり、正義と共鳴し、カと神への洞察をもたらす選択なのだ。神が人間にあたえた最高の贈り物は自由選択だ。偶然はない。人生で起こるすべてのことには肯定的な理由がある。峡谷を暴風から守るために峡谷をおおってしまえば、自然が刻んだ美を見ることはできなくなる。

この世からつぎの世への移行を目前にしているわたしには、天国か地獄かをきめるのはその人の現在の生き方であることがよくわかる。

いのちの唯一の目的は成長することにある。究極の学びは、無条件に愛し、愛される方法を身につけることにある。
人生最高の報酬は、助けを必要としている人たちにたいしてこころをひらくことから得られるのだ。最大の祝福はつねに助けることから生まれる。

人生に起こるすべての苦難、すべての悪夢、神が下した罰のように見えるすべての試練は、実際には神からの贈り物である。それらは成長の機会であり、成長こそがいのちのただひとつの目的なのだ。

まず自分を癒さなければ世界を癒すことはできない。」


熱圏の崩壊は、多分フォトンベルトの影響でしょう。2012年に向けて、最終章が始まったように思います。
宇宙を貫く根本原理は調和であるのに、人間は不調和を繰り返し、地球の調和を乱してきました。
来年、再来年と異常はさらに激しさを増し、食糧危機は現実のものとなるでしょう。

環境問題は心の問題だと様々な人が語ってきました。
Co2を減らすことではなく、悪口や愚痴を言わず、感謝し奉仕し、思いやり助け合い、調和された心を地球上に広げることが、地球への最大の報恩でした。

手遅れかもしれません。しかし残された時間に少しでも調和を目指して生きたいと思います。

参考:「再び地球温暖化はCo2のせいではない
   「地球温暖化は二酸化炭素のせいではない」 




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