魂と物質

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  ジョルダーノ・ブルーノ

ジョルダーノ・ブルーノ、この名前を聞いたことがある人はほとんどいないでしょう。
誰も知らないこの一人の死が、その後の思想と科学を変えました。その影響は現在に及んでいます。

ジョルダーノ・ブルーノは、16世紀のイタリアの聖職者で哲学者です。地球が太陽の周りをまわっていると地動説を唱えたため、火あぶりの刑に処されました。そのニュースはヨーロッパ中に衝撃を与え、それを聞いたガリレオは、「それでも地球は回っている」と、有名なことばを残し、沈黙しました。
子供の頃、科学雑誌でジョルダーノ・ブルーノの処刑の絵を見て、強い印象を受けました。リアルタイムでこのニュースを聞いた人々は強い衝撃を受けたはずです。

科学はキリスト教に支配され、聖書と矛盾する説を唱えることは死を意味すると知ったフランスの哲学者デカルトは、キリスト教の弾圧を受けずに真理を探求する方法を考えました。それが物質と心を分けて考える「心身二元論」です。
物質と魂はまったく別物と考えることにより、物質を研究する科学は、キリスト教の影響から逃れられることになります。この考え方は成功し、その後の科学的発展につながりました。

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  魔女の火あぶり

その一方で、科学は魂や霊を除外しなければならないこととなり、魂や霊は科学の対象でないばかりか、魂を語ること自体が非科学的と考えられるようになりました。さらに、魂や霊は存在せず、この世に存在するものは物質だけであると主張する唯物論が共産主義思想と合体し、世界的な影響力を発揮しました。

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  ヘーゲル

弁証法は、哲学者のヘーゲルによって大成されました。
弁証法と言うと、何を弁償するのかと勘違いしますが、簡単に言えば、ある意見には反対意見が成立し、それを統合することにより、より視野の広い、正しい見解に到達できるという考えです。つまり、絶対的な意見や価値観にこだわることは、それ自体が誤りを含んでいることになります。これは真理に到達する正しい考え方です。
又、この世には、男と女、光と闇、陰と陽など、相反する性質を持ったものが存在し、これらのものが調和して生成発展を繰り返す仕組みが存在します。

絶対的な意見や価値観が誤りであれば、共産主義も資本主義も、どちらも絶対ではありません。Co2が温暖効果をもたらすことは事実ですが、それを絶対化して、太陽の強い影響を否定する意見も正しくありません。右に振れすぎた時には左に、左に振れすぎた時には右に振り返す必要があります。

唯物論が誤りであると断定することも誤りです。三次元の世界では、物質しか存在しないことも事実です。
魂や霊は、エネルギーの振動数の高い高次元に存在します。科学は3次元の世界だけを見て、魂や霊は存在しないと考えますが、現在の科学レベルでは、振動数の高い世界を観測したり測定したりできないだけです。

上記のものの考え方や仕組みは、この世はバランス、調和で成り立っていることを意味します。

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今世界は、破壊や憎悪や自己中心の考えに支配されています。来年は、もしかしたら更に振り子が不調和に向けて振れて行くかも知れません。

アインシュタインの有名な言葉があります。

「近代日本の発達ほど世界を驚かしたものはない。その驚異的発展には他の国と違ったなにものかがなくてはならない。果たせるかなこの国の歴史がそれである。この長い歴史を通じて一系の天皇を戴いて来たという国体を持っていることが、それこそ今日の日本をあらしめたのである。

私はいつもこの広い世界のどこかに、一ヶ所ぐらいはこのように尊い国がなくてはならないと考えてきた。なぜならば、世界は進むだけ進んでその間幾度も戦争を繰り返してきたが、最後には闘争に疲れる時が来るだろう。このとき人類は必ず真の平和を求めて世界の盟主を挙げなければならない時が来るに違いない。

その世界の盟主こそは武力や金の力ではなく、あらゆる国の歴史を超越した、世界で最も古くかつ尊い家柄でなくてはならない。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。神が我々人類に日本という国を作って置いてくれたことである。」

アインシュタインが現在の日本を見たら、この言葉を取り消してくれと言うでしょうが、かって彼が見たものは、聖徳太子が説いた「和を以って尊しとなす」という心が実現した、調和された国でした。
今こそ世界は、「和を以って尊しとなす」という心を必要としています。

今年一年、皆様の言葉に励まされて、拙い記事を書いてきました。
大変お世話になりました。
新しい年が、皆様にとって輝かしい年になりますよう、お祈り申し上げます。



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子供の鑑

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作家の丸谷才一さんが、ポール・ギャリコの「ゴールデン・ピープル」を紹介したエッセイから引用します。


「ある年のシーズンが終わったあとの、野球記者晩餐会で、なにがしという上院議員がベーブ・ルースに訓戒を垂れた。
ルースはそのシーズン、とりわけ悪童ぶりを発揮して、トレーニングはサボる、監督と喧嘩はするで、罰金、出場停止、自宅謹慎になったのだ。

上院議員は、ベーブ・ルースに、改心して行動を慎むよう、切々と訴えた。なぜなら、この名選手は彼を崇拝するアメリカの少年たちに大きな責任があるからで、この責任から逃れるわけにはゆかない、というのだった。

ベーブ・ルースはこの泣き落としの意味をすばやく理解した。彼は立ち上がると涙を流し、アメリカの少年たちのため改心すると誓った。

“彼は、アメリカのすべての名士たちが学ばなければならないことを学んだ。なるべくこっそりとささやかな罪を犯すことである。
それまでのルースは公然と微罪を重ねていた。”」


最後の文章はユーモアですが、ここにあるピソードは、アメリカの古き良き時代を表しています。
子供たちのために、行動を改めるように説得した上院議員の良識と、子供達のために、それに答えたベーブ・ルースの良心。

アメリカも日本も変わってしまいました。
今、日本の政治家が語る子供達のために・・・という言葉を、額面通り受け取ることはできません。
それはスタンド・プレイだろうと、まず疑います。第一、政治家の言葉を、額面通り受け取る人はいないでしょう。
選挙のマニフェストでさえ、選挙用だと、はなから信じていません。

鳩山首相の定見の無さ、無責任さを見て育った子供達に、信義や約束を守るように教えることは困難です。
アメリカ大統領に、“Trust me”と言った舌の根が乾かないうちに、平気で約束を反故にし、自分だけでなく、日本という国の信頼を失ったという自覚が、この人にあるのでしょうか。
ベーブ・ルースが理解した、影響力のある人間の子供に対する責任について、鳩山首相に限らず、この国の指導者は無自覚と言わざるを得ません。

鳩山由紀夫vs 鳩山由紀夫(you tube)


昔、文化人類学者のルース・ベネディクトが、「菊と刀」の中で、日本人には罪という意識が無く、行動を律する規範は恥の意識である、と述べました。
ベネディクトの言うように、キリスト教の神を持たない日本人に、罪の意識が無いわけではありませんが、恥の意識が重要な行動規範であったことは間違いありません。
日本人の恥とは、行動の美学でした。

人前で物を食べ、化粧をする若い人だけが恥を失ったのではありません。
国をリードする政治家や財界人、文化人、マスコミに係わる人間他、我々を含む多くの日本人が恥や品格を失い、その結果として若い人が出来上がったはずです。
恥を知らぬ大人が、どうして子供達に、立派に生きることを教えられるのでしょうか。

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民主党の小沢幹事長が国会議員143人を含む、総勢600人を引き連れて胡錦濤国家主席に会いに行きました。
今や中国が重要なパートナーであることは言うまでもないことですが、恥も外聞も無い土下座外交で、まるで宗主国に対する属国の朝貢使節団です。
しかも、天皇陛下に対して、強引に中国の習副首席との面会を強いるなど、あたかも、自分がこの国の支配者であるかのごとき振る舞いです。

これが日本人が選択した、政権交代の実態です。国会議員だけを責めることはできないでしょう。

日本が終わったことを見せつける、悲しい映像でした。




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日本の未来

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 中国 李鵬前首相

今から10年近く前、中国の李鵬前首相がハワード豪首相との会談で、「日本を作った人たちは、あと20年もすればいなくなる。その時、日本は放っておいても消えて無くなる」と発言したと言われています。その内容は、現在の日本の有様を見事に予言していました。

日本の現在の政治や経済や社会の混乱には、目をそむけたくなる思いがします。今年中に、日本のGDPは中国に抜かれることは確実で、いずれインドにも抜かれ、更にブラジルにも抜かれると予測されています。中国やインドは国土が広く、人口が多いから仕方ないと考えるのは、資源の無い、この狭い国土の日本が、知力と精神力で長年世界第二の位置を占めてきたことを考えれば、敗北主義的に感じます。

「ゆでガエル」の例えがあります。カエルを水にいれ、徐々に熱して行くと、カエルは自分の置かれている状況が死に至ると気づかずに、茹で上がって死んで行くというものです。本当にそうなのかは疑問ですが、日本人は豊かさの中で、お笑いとグルメとクイズとスポーツ番組に興じている間に、いつの間にか、ゆでガエルの状態で衰亡の道を辿っていたのでしょう。

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 マッカーサー日本占領連合国軍最高司令官

戦後の日本占領政策の中心は、戦前の日本人の価値観をすべて否定し、二度と武士道精神を発揮できないように教育することでした。それは3S(スリーエス)政策と呼ばれるもので、スポーツ、セックス、スクリーン(映画・テレビ)に夢中にさせ、思考力を奪い、骨抜きにするというものでした。
それは見事に成功しました。恐るべき巧妙な策略が、見事なまでに成功したのです。

以前の記事「日本人は死んだか」で、ユダヤの長老(ラビ)であるマーヴィン・トケイヤー氏をご紹介しました。
トケイヤー氏は、勤勉で和を尊び、親に対する愛、師に対する尊敬、友に対する信義、己に対する慎みなど、謙虚で心豊かな日本人の生き方に、人間の理想を見出しました。そして、それを日に日に失う日本人への限りない愛惜を込めて、「日本人は死んだ」という本を書きました。30年前の事です。今の日本をトケイヤー氏が見たら何というでしょうか。それより、過去の日本人が今の日本を見たら、嘆かわしさ、哀れさに言葉を失うことでしょう。

政治・経済・教育・マスコミ、すべての分野で戦後教育を受けた人たちが、日本の中枢を占めるようになりました。
真に日本の将来を考える政治家が極めて少なくなったことは容易に分かりますが、経済界に於いても、かっての東芝の土光さんのような、信念と哲学を持った気骨のある経営者は姿を消しました。(気骨という言葉さえ、死語になりつつあります)

問題なのは、政界や経済界だけではなく、この国全体が信義や価値観を失ってきたことです。
「坂の上の雲」で、福沢諭吉の、「一身の独立なくして、一国の独立なし」という言葉が紹介されていました。国民一人一人の集合で国が成り立っている以上、個人のレベルの集合が国のレベルであり、日本の現状は日本国民すべてが、信義や価値観を失った結果であると言えるでしょう。


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  最澄

天台宗の開祖である最澄が、こう言っています。
「国宝とは何ものぞ。宝とは道心なり。道心あるの人を名づけて、国宝となす。・・・ 一隅を照らす、これ即ち国宝なり」
最澄は、金や物ではなく、真理や心の道を求める人たちが放つ心の光こそ、国の宝だと言うのです。
日本の現状は、人びとの心から放たれる光が少なくなって来た結果、闇に覆われ始めたからだと言えるでしょう。

坂道を登る時は、下を向いて頭を下げて登ります。一方、下る時は上を向いてふんぞり返って歩きます。日本人は坂の上の雲を目指して登っているつもりが、いつの間にか、ふんぞり返って坂道を下っていたのでしょう。
坂道はまだ下り始めたばかりで夜が近づいており、夜を照らすのは、人びとの心から放たれる光しかないことに、日本人はいつ気づくのでしょうか。




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