人を敬う言葉

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yumiさん お借りします

最近、若い人が「勇気をもらう」、「元気をもらう」という言葉をよく使います。
「勇気づけられる」、「元気づけられる」という言葉に慣れた耳には何か違和感があります。

なぜ違和感があるのでしょうか。文法的には、「勇気をもらう」が他動詞で、「勇気づけられる」が自動詞ですが、どうもそのような事ではなさそうです。

「もらう」の反対は「あげる」です。目上に対してあげるとは言いません。誰かにあげる、誰かからもらうという言い方は遠慮のない間柄を示します。「勇気をもらう」という言葉の違和感は、その人に対する敬意が感じられないことにあるようです。もし、「勇気を頂いた」であれば違和感はないでしょう。

若い世代の言葉の変化は、総じて人間関係の距離感が縮まっていることの表れのような気がします。
年齢や地位に対して遠慮や気兼ねがなくなり、その結果として屈託のない表現に変化しているのでしょう。
そのことは必ずしも悪いことではありませんが、年長者を敬う心が薄れ、日本語の特徴である豊かな謙譲語や尊敬語が失われてゆくとすれば寂しいことです。

最近、若い人たちがインタビューに答える時に共通する言い方があります。
たとえば、「今日の試合はどうでしたか」と聞かれてこう答えます。
「今日は勝ちたいと思っていたんで、勝ててうれしいです」
思っていましたので」と丁寧に答える若者は、ほとんどいなくなりました。
たまにスポーツ選手が丁寧な答え方をしてるのを聞くと、ホッとします。その代表が山下泰裕さんです

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先だって、このようなことを考えていた時、読売新聞の編集手帳にこんな記事が載りました。

「ドイツのソプラノ歌手エリカ・ケートさんは言葉の響きや匂いに敏感であったらしい。歓談の折に語った比較論を「劇団四季」の浅利慶太さんが自著に書き留めている。
イタリア語を「歌に向く言葉」、フランス語を「愛を語る言葉」、ドイツ語を「詩を作る言葉」と評した。
日本語はー浅利さんの問いに彼女は答えたという。「人を敬う言葉です」(文芸春秋刊「時の光の中で」)

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一昨日、甲子園の高校野球中継で実例に接した。横浜隼人(神奈川)戦に完投した花巻東(岩手)菊池雄星投手の勝利インタビューである。
「これまでも練習試合で対戦し、ずっと横浜隼人のようなチームになりたかった。今日勝てて、少し近づけたかなと思う」
選抜の準優勝投手で、屈指の左腕で、文句なしの快投を見せた直後で、多少の大口は許されるだろうに、
この言葉である。
実を言えば小欄は郷土の代表、横浜隼人を応援していたのだが、負かされた悔しさはどこかに消えていた。
言葉は、人の心を潤す魔法の水だろう。・・・・。」


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自分に素直になる

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人間は自分を美しく見せたい、賢く見せたい、偉く見せたい、大きく見せたいという様々な虚栄があります。
ある有名な僧侶がこんなことを言っていました。「食欲、性欲は歳を取るに従って少なくなるが、尊敬されたいという名誉欲は衰えることがない」
正直な感想ですが、それ程虚栄心を抑えることは難しいということでしょう。

スウェーデンの経済学者、トルンクイストが収入と消費の関係をトルンクイスト理論として表しています。
簡単に説明すれば、例えば戦後、まず第一に必要なのは鍋や包丁などの生活必需品です。
これらの道具は生活するために最低限必要なものですが、必要以上には要りません。いくら金持ちでも包丁やまな板を何十も持ちたいとは思いません。これらの生活必需品を第一グループとします。

第二グループにはテレビ、ステレオ、パソコンなど、生活を豊かにする製品が入ります。収入が増えて生活が安定すれば、これらの製品の購入が増えますが、部屋数以上に欲しい人はいないでしょう。

第三グループには、宝石、衣類、アクセサリー、バッグ、靴などが入ります。これらの身を飾る製品はこれで十分だという限度がありません。金さえあれば次々に新しいものが欲しくなります。独裁国歌の元首が失脚した後、奥さんの靴が5千足出てきたと言うのも、自分を飾る欲望がどれだけ強いかを表わすものです。

虚栄心は自分を縛り、生きにくくする大きな原因となっています。人の目を気にせず、自分をさらけ出すことができれば、人はどれほど自由に生きることが出来るでしょうか。


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アラレさんからお借りしました

月刊誌「知致」の9月号に鈴木秀子さんが、「自分を低くして、この幼な子のようになる者が、天の国でいちばん偉いのである」という、新約聖書のマタイによる福音書の言葉を引用し、記事を書かれています。
一部をご紹介します。

『クラスを感動させたみっちゃんの勇気』

「最近、私は都内のある中学校で三年生を相手に命の尊さについてお話する機会がありました。
その中で私は、命を大切にするというのは何も大きなことに取り組むことではなくて、日常生活の一瞬一瞬、その時、目の前にいる人を大切にすることに尽きるのですよ、という思いをお伝えしました。

その上で、実際にあったお話を紹介しました。
それは、皆からみっちゃんと呼ばれていた中学一年生の女の子のお話です。

みっちゃんは中学に入って間もなく白血病を発症し、入院と退院を繰り返しながら、厳しい放射線治療に耐えていました。家族で励まし合って治療を続けていましたが、間もなくするとみっちゃんの頭髪は薬の副作用ですべて抜け落ちてしまうのです。

それでもみっちゃんは少し体調がよくなると、「学校に行きたい」と言いました。不憫に思った医師は家族にカツラの購入を勧め、みっちゃんはそれを着用して通学するようになりました。

ところが、こういうことにすぐに敏感に気づく子供たちがいます。皆の面前で後ろからカツラを引っ張ったり、取り囲んで「カツラ、カツラ」「つるつる頭」と囃し立てたり、ばい菌がうつると靴を隠したり、悲しいいじめが始まりました。
担任の先生が注意すればするほど、いじめはますますエスカレートしていきました。見かねた両親は「辛かったら、行かなくてもいいんだよ」と言うのですが、みっちゃんは挫けることなく毎日学校に足を運びました。

死後の世界がいかに素晴らしいかを聞いていたみっちゃんにとっては、死は少しも怖くありませんでした。反対に亡くなったお祖父さんと再会できるのが楽しみだとさえ思っていました。しかし、何より辛いことがありました。それは、かけがえのない友達を失うことだったのです。辛いいじめの中でも頑張って学校に通ったのは「友だちを失いたくない」という一心からでした。

二学期になると、クラスに一人の男の子が転校してきました。その男の子は義足で、歩こうとすると体が不自然に曲がってしまうのです。この子もまた、いじめっ子たちの絶好のターゲットでした。
ある昼休み、いじめっ子のボスが、その歩き方の真似をしながら、ニタニタと笑って男の子に近づいてい行きました。
またいじめられる。誰もがそう思ったはずです。ところが、男の子はいじめっ子の右腕をグッと掴み、自分の左腕と組んで並んで立ったのです。

そして「お弁当は食べないで一時間、一緒に校庭を歩こう」。毅然とした態度でそのように言うと、いじめっ子を校庭に連れ出し、腕を組んで歩き始めました。

クラスの仲間は何事が起きたのかとしばらくは呆然としていましたが、やがて一人、二人と外に出て、ゾロゾロと後について歩くようになったのです。男の子は不自由な足を一歩踏み出すごとに「ありがとうございます」と感謝の言葉を口に出していました。
その声が、仲間から仲間へと伝わり、まるで大合唱のようになりました。みっちゃんは黙って教室の窓からこの感動的な様子を見ていました。

次の日、みっちゃんはいつも学校まで車で送ってくれる両親と校門の前で別れた直後、なぜかすぐに車に駆け寄ってきました。そして着けていたカツラを車内に投げ入れると、そのまま学校に向かったのです。
教室に入ると、皆の視線が一斉にみっちゃんに集まりました。しかし、ありのままの自分をさらす堂々とした姿勢に圧倒されたのでしょうか、いじめっ子たちは後ずさりするばかりで、囃し立てる者はだれもいませんでした。
「ありがとう。あなたの勇気のおかげで、自分を隠したり、カムフラージュして生きることの惨めさが分かったよ」。みっちゃんは晴れやかな笑顔で何度も義足の男の子にお礼を言いました。

しばらくすると、クラスに変化が見られ始めました。みっちゃんと足の不自由な男の子を中心として、静かで穏かな人間関係が築かれていったのです・・・・

みっちゃんに死が訪れたのはその年のクリスマス前でした。息を引き取る直前、みっちゃんは静かに話しました。
「私は二学期になってから、とても幸せだった。あんなにたくさんの友だちに恵まれ、あんなに楽しい時間を過ごせたことは本当に宝でした」と。

ありのままの自分でいい その喜びを伝えたい

講演後、私は中学生の心にこの話がどれだけ伝わっただろうかと気になっていました。すると一週間ほどして担任の先生から一本の電話がありました。先生がおっしゃるには、それまでクラスで物も言わず、学習意欲に欠け、そのうちに病気になるのではと心配していた男子生徒が突然、先生を訪ねて、こう切り出したそうです。

「先生、この前の講演で僕は勇気をもらいました。僕のお母さんはいまガンで入院しています。皆からいじめられる思うと、そのことを誰にも話せなかった。けれども、講演を通して堂々と生きるのが一番いい、ありのままの自分でいいんだということがよく分かりました。その喜びを伝えたくて先生のところに来たんです」

これを聞いた先生は思わず生徒を抱きしめました。
「そうだったの。大変な問題を抱えて頑張っていたんだね。気づかなくてごめんなさい。これからは先生も友だちも、皆で応援すると約束するよ」

先生はクラスの仲間に男子生徒が抱える事情を話しました。すると、この日から男子生徒の態度は明るくなり、クラスの雰囲気は一変したといいます。男子生徒の話は、私の講演に参加した他のクラスにも伝わり、そこでも良い変化をもたらしているようです。私にも、これは大きな喜びでした。

私は「幼な子のように」というキリストの言葉の重みを、いま改めて噛みしめています。」


鈴木秀子さんは臨死体験をし、その時、命の光というべき大いなる存在を体験しています。
「私は一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、それまでに見たことがないような美しい光に包み込まれました。そこは、白っぽい金色の輝きに満ちた、一面の光の世界でした。
まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。 それは、生命の深い部分で自分とつながり、交流している、生きた光だと感じていました。これこそ至福の境地なのだ。完全な自由なのだ。 この生命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、受け容れられ、許され、完全に愛されている」 と直感しました。鈴木秀子さんはその時、三つのメッセージを受け取りましたが、これらのことは、すべての人に対しての神の祝福だと思います。

・『あなたは大切な、かけがえのない存在として、深く愛されている』
・『たとえあなたが後悔や自己嫌悪で自分を苦しめているときも、あなたは許され、温かく見守られている』
・『あなたは、たとえ自分には価値がないと思っているときも、生きている価値がある』

鈴木秀子「臨死体験ー生命の響き」
鈴木秀子の愛と癒しの世界 ―『臨死体験―生命の響き』を中心に―


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残暑お見舞い申し上げますーありがとうの反対語

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      オーヴェル・シュル・オワーズ  ゴッホ終焉の地で

残暑お見舞い申し上げます。

立秋を過ぎて暑さが戻ってきましたが、入道雲が姿を消し、夜、耳を澄ませば虫たちの声が聞こえます。
夏の中に秋の気配がただよってきました。

「マラルメは、例年より早めに到来した夏が、黄金色に染め始めていた平原を私に指さした。
『見てごらん、あれは、秋のシンバルが大地に打ち下ろす最初の一撃なんだよ』、と彼は言った。

秋が来たとき、彼はもういなかった。」  ヴァレリー『最後のマラルメ訪問』

夏休み中ですので過去の記事からご紹介します。今読み返してみて、自分自身、「ありがとう」を
もう一度意識しなければならないと思いました。(コメントはお気遣い頂きませんように)




「ありがとう」の反対語は、「あたりまえ」だそうです。
言われてみればその通りです。

花が咲いて、新緑が萌えること、雨が降り、日が射すこと、新聞や郵便が配達されること、電気があること、車が動くこと、着る服があり、住む家があること、仕事があり、給料がもらえること、当たり前のことです。

料理を作ってくれること、洗濯してくれること、掃除をしてくれること、親に育てられること、
家族がいること、友達がいること、目が見えること、耳が聞こえること、歩けること、健康であること、
生きていること、当たり前のことです。
私たちは、与えられているものが失われるまで、有難いことだと思いません。

今日の延長で明日が来て、あさってが来て、あたりまえのように一日が過ぎてゆきます。
明日になれば朝が来て、朝になれば目が覚めて、そこに家族がいるはずです。当たり前のことです。

今日一日、健康でいられたことを、「自分自身」に感謝しようとして気づいたことがあります。
「自分自身」に感謝することは出来なかったのです。
私たちは意識して呼吸をしていません、意識して消化吸収をしません、意識して体温を36度に保っていません。
心臓も肺も肝臓も腎臓も胃も腸も、それぞれが勝手に自分の役割を果たしてくれています。
協力し合って体を維持してくれています。
何一つ自分でコントロールしていません。体が勝手に生きてくれています。

「自分自身」に、有難うと言うことは、自分自身の内側にあり、自分を生かしてくれている力、体全体を調和させ、命を維持してくれている力に対しての感謝でした。
その力は、人間を、動物を、植物を生かしている命です。すべてに共通する唯一つの命です。

人間が死に、動物が死に、植物が枯れた時、その有様はすべて一様です。
生けるものに宿る命、その命が失われた生と死の様は、すべて一様です。
その命を神と呼ぶとすれば、私たちの中に神が宿り、自分も他人も、犬も猫も、木や花も、すべてが神の命を生きています。

太陽の光や空気や水は、命を維持するために欠かせないものですが、あまりに当たり前に与えられているため、それに感謝することはありません。
私たちは無数の「有難い」ことを与えられて生きています。

昔の日本人が、今在ることは普通ではない、今与えられていることは、簡単なことではない、こうして生きていられることは、得がたいことであると考え、「有難い」と言い慣わした言葉には、深い叡智がありました。

私たちの心から感謝や愛の心を奪う危険な無意識、「あたりまえ」を無くすために、いつも「有難う」を意識したいものです。


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原爆の日に思う

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64年前の8月6日、広島に原爆が投下されました。
私が生まれたのは広島の県境である山口県の岩国市でした。
母から原爆のキノコ雲を見た話を聞き、原爆のケロイドがある人もたくさん見ました。

子供たちが小さかった頃、夏休みに帰省していると、8月6日、8時15分にサイレンが鳴ります。
子供たちも分からないまま一緒に黙祷を捧げていました。
しかし、どんな悲惨な話も映像も、痛みを伝えることはできません。

大事なことは、なぜ人間の争いが生まれるのか、その原因を知ることです。
個人の争いであれ、国家の争いであれ、その原因は自分が正しい、悪いのは相手だと言う自己中心的な考え方にあります。

一人で戦争を止めることはできないでしょうが、一人一人が周りと調和して生きることからしか、平和は生まれません。

周りとの調和の第一歩は家庭です。しかし夫婦関係は生まれた環境が違い、考え方や価値観の違う人間が一緒に暮らすため、最も自我の出やすい間柄となります。
そして、悪いのはお前だ、いや、あなたのこういうところを変えてほしいと、常に相手を非難し合い、お互いの欠点ばかりが目につきます。
その結果、夫婦喧嘩が絶えない家庭となりますが、一番の被害者は子供たちです。

子供たちはどこにも逃げることができません。お父さん、お母さんに仲良くしてほしいと願いながら、心で泣いています。心に深い傷を負った子供たちは、天真爛漫な心を失って人の顔色を見る子供になります。
思春期になると満たされない愛への思いから、暴力的な心が生まれて、怒りはまず不調和を起こしていた親に返ってきます。
そのような子供たちが社会に溢れれば争いが生まれ、世界が不調和になれば、やがて戦争になるでしょう。

人はいくら嫌なことがあっても相手を変えることはできません。自分を変えるしかないのです。
自分に起こってくる出来事の原因は、多かれ少なかれ自分にあると思うことができれば、我慢するのではなく相手の欠点が気にならなくなります。

自分を変えることは簡単ではありませんが、手始めに悪口を言うのを止めて見れば変化が出てきます。
一週間、十日と悪口を言うのを止めていれば、一か月経たない内に悪口が言えなくなります。
その時、まわりに嫌な人間がいなくなり、嫌だと思っていた原因が自分にあったことに気づきます。

親の犠牲になった多くの可哀そうな子供がいます。子供は親の所有物ではなく、一人の人格です。
子供を犠牲者にしないことが、人間的な社会、平和な社会を築くもっとも重要な第一歩だと思います。

「チェルノブイリとヒロシマ」 ナターシャ・グジーさんのメッセージと歌です。
「千と千尋の神隠しーいつでも何度でも」


峠三吉の「原爆詩集」から

ちちをかえせ ははをかえせ  としよりをかえせ こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる  にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり  くずれぬへいわを へいわをかえせ


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戒名とは何か

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テレビであるお坊さんが戒名について、こう言っていました。
「三途の川を渡る時、俗名では渡れない。だから戒名が要る。」

お坊さんに言われればそうなのかと思いますが、それならキリスト教徒やイスラム教徒など、戒名が無い魂はあの世に帰れないことになります。

いい加減な理由をつけて脅し、金儲けを正当化してはいけない。

戒名の由来はお釈迦様とその弟子、舎利子(シャーリープトラー)に由来します。
舎利子は本名を「ウパティッサ」と言います。
ウパティッサが仏陀に帰依した時、仏陀はウパティッサに、
「お前のお母さん、シャーリーは賢婦人として有名な方である。お前もしっかり修行してお母さんのような賢い人間になりなさい」と言って、お母さんの名前のシャーリーを取り、シャーリープトラーと名付けました。

戒名とは仏陀の教えを学ぶにあたり、自分を戒めるために付けたものであり、死んでから付けるものではありません。ましてや平等である人間の魂に、金銭で上下をつける戒名など、お釈迦様の教えとは何の関係もないものです。

お釈迦様の時代、今から2500年以上前のインドは貧しい人が多く、学校もありませんでした。
昼間は農作業などの労働をし、夜に仏陀の話を聴きに来る無学文盲の人たちに、仏陀は難しい言葉は一切使わず、例え話で誰でも理解できる話をしました。
その分かりやすい教えが、日本の仏教の中で哲学かされ、訳の分からないものになってしまったのです。

ちなみに、夜、お釈迦様の話を聴こうとすると蚊や虫が寄ってきます。これらの虫を寄せ付けないように薬草を焚いたのが線香の由来であり、ロウソクも照明として使われた松明の名残です。

お経とはお釈迦様が説いた、正しい考え方、生き方の教えであり、生きている人間が学ぶものであり、死んだ人に向かってあげるものではありません。

お経の「経」は織物のタテ糸を意味します。タテ糸(経糸)がブレたら、しっかりした織物はできません。
地球の経度もタテ糸を現しています。
そのように、正しく生き、幸せになるための人生の教えをお経と呼んだのです。


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お釈迦様が法を説かれたのは2500年以上前のことであり、誤って伝えられていることがたくさんあります。
祈れば救われる、願いが叶うという他力信仰など一切説かれていません。
正しく思い、正しく生きることが幸せへの道であり、不幸は自己中心的な考え方、生き方の結果として起こる、と説かれたのです。(縁起

人間関係における正しさとは相対的なものであり、自己中心の考え方を改め、相手の立場に立って考える中道の中に正しさがあります。
人間の目は外を見るように出来ています。そのため、人の欠点は良く見えますが自分の間違いには気づきません。
自分の間違いに気づくためには、目をつぶり、反省しなければなりません。
お釈迦様はその反省の方法として八正道を説かれました。

大金を出して立派な戒名を付けることが亡くなった人の供養ではなく、残された人たちが争いの無い、幸せな人生を過ごすことが最大の供養であるはずです。

仏教はお釈迦様の説いた教えを分かりやすく伝える、本来の役目に立ち帰らなければならないでしょう。


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Tag: 戒名