情報を疑うー地球は寒くなる

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黒点が消えた太陽 (卵黄ではありません)


先日、ヨーロッパから帰った知人の話です。
知人はベルギーの家を2週間留守にし、帰ってみたら1階に50cmの水が溜まり、床、壁、天井、家具など、すべてが使い物にならなくなっていました。寒さで天井を通る水道管が破裂したのです。
出かける前に水道管の破裂を防ぐ為、セントラルヒーティングを18℃にセットして出かけていたそうですが、ブリュッセルでもマイナス20℃近くまで下がり、セントラルヒーティングが役に立たなかったのです。道路ではコーナリングの際、凍結して刃物のようにとがった雪にタイヤが触れて、毎日数百台がパンクしていたと言います。


この冬、ヨーロッパは大変な寒さで、ポーランドやドイツではマイナス30℃近くまで下がり、ロシアが天然ガスの供給を止めたこともあって、多くの死者が出ました。南仏やイタリアでも雪が降り続き、最近、砂漠の国、中東のアラブ首長国連邦(UAE)でも雪が積もりました。

今、ヨーロッパでは地球温暖化Co2説を唱えた専門家を名指しで非難し始めており、その中に日本人の名前もあがっています。気象学の常識である長期的気温変動を知りながら、Co2原因説に加担したのは排出権ビジネスへの協力であると非難されています。

地球は太陽活動の影響で氷河期、間氷期を繰り返しており、2500年周期の小氷河期と、200年周期の太陽活動極小期があります。
18世紀にかけての200年は小氷河期に近い寒冷化で、世界的に農作物が不作で飢饉が起こり、経済活動が停滞しています。

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日経サイエンス

太陽活動は黒点数に現れ、太陽活動が低下すると黒点数が減少します。昨年は黒点数が3つしかない状態が半年以上続き、8月には100年ぶりにゼロになりました。この冬の寒さは太陽活動の衰退に原因があり、地球は温暖化ではなく寒冷化に向かっている可能性があります。

太陽活動と経済循環との関連は、10年サイクルのジュグラー・サイクルと50~60年サイクルのコンドラチェフ・サイクル(金利サイクル)が立証されています。昨年から始まった世界的大不況は太陽黒点の減少と関わりがあるかも知れません。(太陽活動の異常には別の理由があると思っています)

地球温暖化は二酸化炭素のせいではない」で、気温と太陽活動の関係をご紹介していますが、Co2濃度は、わずか0.03%と言われます。

先日、温暖化ガス探査衛星が打ち上げられましたが、もし地球が寒冷化に向かっているとしたら、二酸化炭素の排出量を増やせというのでしょうか。0.03%のCo2濃度をどれだけ上げれば寒冷化を防げるのでしょう。

マスコミがタブーに縛られ報道できないことがあります。真実が見えにくい時代です。しかし、調べればネット上に真実があり、有力な反対意見があることを知るだけでも意味があります。

参考;「炭酸ガスが世界を救う」ーぜひお読みください。
太陽黒点が消えた
逝きし世の思い出

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侠客の素養

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「古文真宝後集」 京都大学所蔵

不要ペット回収車」全面廃止の署名運動です。 匿名やニックネームでも署名出来ます。
動物の命は不要物ではありません。人間として許されないことです。
是非、署名にご協力下さい。

この署名活動をsumirekoさんのブログで知りました。皆様のブログでもこの活動を広めて頂きたく、お願い致します。 http://www.shomei.tv/project-345.html


早稲田大学の初代図書館長であった市島春城は、東京大学を中退後、24歳で故郷新潟で新聞社を創刊した。血気盛んな春城は、まもなく官吏侮辱罪で長野監獄に投獄されることとなった。

明治初年の大学中退は今では考えられないほど尊敬されており、春城は監獄内でも一目おかれ、囚人相手に法律を講じ、書を書いていた。
そこに信州きっての大親分である早川富五郎が入獄してきた。この男が春城に学問を教えてほしいと申し入れてきたため、春城は「古文真宝後集」を講じたが、この大親分はすでに大抵の漢籍を一人で読めるだけの素養があったと言う。

信州一の大親分だけあって、獄内にも多くの子分がいた。彼らは親分の師である市島春城を敬い、手厚くもてなしていたが、根底には学問に対する敬意があった。春城の出獄の日が近づいてきた時、富五郎と子分十数名は菓子や茶を買い、春城のために送別の宴を開き、大いに語り別れを惜しんだと言う。

その十数年後、進歩党の代議士となっていた春城が大隈重信邸に招かれた折、右目の下に紫斑がある男を紹介された。早川富五郎であった。
彼は国家について思うところがあり、大隈重信の進歩党に協力することになったのだ。(丸谷才一さんのエッセイより)

このエピソードから、明治の時には、たとえ侠客であっても学問の素養があり、国家を思う強い気持ちがあったこと、大学を中退した24歳の春城が、すでに自在に漢籍を講じていたことが分かる。

幕末、明治の頃、早川富五郎のような侠客がたくさんいた。

四国には高杉晋作が登場する小説によく出てくる、日柳燕石(くさなぎえんせき)という有名な侠客の漢詩人がいた。彼は幼い頃から儒学を学び、14歳までに四書五経を学び終えていた。(ここにも「6歳児が書いたお別れの言葉」に見られる優れた教育制度の成果をみることができる) 
彼は人侠心が強く1000人以上の博徒を束ねる大親分となった。国を思う心が強く、吉田松陰、木戸孝允、西郷隆盛などと交友し、彼らのために尽くしていたが、高杉晋作をかくまった罪により投獄された。

清水の次郎長は勝海舟から信頼され、勝から西郷への密書の護衛をしており、江戸城無血開城に関わっている。次郎長は居間に西郷隆盛、榎本武揚、山岡鉄舟、ナポレオン、ワシントンなどの肖像を掲げていたが、同業で誰が偉いかたずねられると「新門辰五郎だよ、あれくらいの人物はちょっといない」と答えている。
新門辰五郎は子分3000人を数え、町火消しを束ねる侠客だったが、勝海舟と交友があり、江戸城無血開城の後、徳川慶喜を守り静岡へ同行している。

寺子屋や私塾の教育は維新の志士たちに留まらず、社会の暗部にまで届き、日本を照らしていた。
今、日本の教育は良い学校に入り、良い会社に入り、豊かな生活を送るための道具になってしまい、人間性を育てる教育の目的を失ってしまった。

無論、過去の教育がすべて優れていた訳ではなく、教材を漢籍に頼っていたことや、科学的知識の欠如は時代の限界だった。しかし、教育の目的は時代や国を超えて変わらない。

日本人が作り上げ、失ってしまった素晴らしい教育を取り戻すことにより、日本は再び生まれ変わることができるはずだ。


参考:「日柳燕石
新門辰五郎
清水次郎長


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吉田松陰から思うこと

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 松下村塾     
    
知人と話をしていて話題が吉田松陰に及び、考えたことがあります。

吉田松陰は29歳で刑死しましたが、松下村塾を開いた2年間で、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、木戸孝允(桂小五郎)、山田顕義(日本大学・国学院大学の創立者)、久坂玄瑞他、多くの人物を育てています。

なぜこのようなことができたのか。
これまでは単純に、吉田松陰がすばらしい思想家だったからだろうと考えていました
しかし、そうではなく、かっての日本の教育システムが人を育てていたことに気づきました。きっかけは6歳児の書いたお別れの言葉の記事でご紹介した丹養塾幼稚園でした。

この幼稚園で行われていたことは、教育がどれだけ重要で、どれだけのことができるかを教えてくれます。
そして大事なのは、かって、日本中の寺子屋や私塾で同じような教育が行われていたはずだということです。

いくら吉田松陰が立派な思想家であっても、2年間でできることは限られています。松陰の門下生たちは、寺子屋や私塾で基礎的な考え方や知識を学んでいました。人間的な生き方の基本が身についていたからこそ、松陰の教えを吸収できたのです。

そして、明治維新に必要な人材が長州(山口)に集中していたのではなく、たまたま薩長連合で長州が明治維新の中核になっただけであり、もし他の藩が中核になっていたとしても、同様の人材が活躍していたでしょう。それほど日本の教育水準は高かったのです。(山口の人、すみません。私も山口出身です)

日本に武士道精神が一番根付いたのは明治時代でした。士農工商が廃止され、廃藩置県で職を失った多くの武士が教員になりました。当時、教員の80%が武士だったといわれています。

日露戦争で、世界最強と言われたバルチック艦隊がバルト海を出航した時、それを見た沿岸諸国の人々は、その大艦隊が一隻も帰って来ないなど考えもしませんでした。
相手はわずか50年前に黒船に驚いた日本です。大国ロシアに勝つことなどありえない話です。

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日本海海戦

武力の戦いであれば結果は見えていました。
日本に勝利をもたらしたのは武力ではなく、知力を尽くし、誠を尽くし、義を尽くして国を守ろうとする日本人の無私の心でした。

「忘れられた偉人ーこんな日本人がいた」でご紹介した佐久間艇長に、無私の心とは何かを見ることができます。

過去の日本の教育を、軍国教育と決め付けるのではなく、優れたところを冷静に見る必要があります。





歌の前の平等

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石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも ー 志貴皇子

石ばしる 垂水の水の はしきやし 君に恋ふらく 我が心から  ー 詠み人知らず

万葉集は8世紀に大伴家持などが編纂しており、4500首の短歌や長歌が収められています。柿本人麻呂、額田王、大伴家持などの歌が有名ですが、世界にない際立った特徴があります。

それは天皇や貴族、高官などと並び、名も知れぬ人達の歌が、詠み人知らずとして収録されていることです。その中には娼婦の歌もあったかも知れません。

天智天皇の、「紫のにほへる 妹をにくくあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」や、持統天皇の、「春過ぎて なつきたるらし  しろたへの ころもほしたり あまのかぐやま」 と一緒に、詠み人知らずの歌が平等に扱われています。
これは古来日本人が、歌と言う芸術の前には、天上人であろうが乞食であろうが、地位や職業や財産や男女の区別無く、ただその歌のできばえだけを公正に評価していたためです。

このような世界に例のない「芸術至上主義」がどうして生まれたのでしょうか。
四季に富んだ気候風土から生まれた日本人の鋭い美意識とともに、もしかしたら言霊信仰が係わっていたのかも知れません。

祝詞に見られるように、言葉の力を日本人は良く知っていました。大和言葉の成り立ちには深い世界観があり、耳障りな言葉がありません。生命と書くより「いのち」と書いた方が、優しさやいとおしさが感じられます。
万葉かなは、漢字をアルファベットと同じ表音文字として使っています。日本人が漢語を積極的に受け入れなかったのは、言霊の違う外来語を受け入れることが出来なかったのでしょう。

古代社会にも階級や支配がありながら、歌の世界だけに差別がなかった理由は、誰が語る言葉であっても美しい言霊は、心に響き、人を感動させ、愛を伝えることができると考えたためではないかと思います。

このような「歌の前の平等」が、「歌会初め」として現在も受け継がれているのでしょう。


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光の歌

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明けましておめでとうございます。
今年も皆様にとって良い年になりますようお祈り申し上げます。

昨年はほとんどの富をごく一部の人間が支配する、グローバル資本主義が崩壊した年でした。
国際金融資本の世界支配が確立した現在、まともな世界に戻すことなど困難だと考えていました。
しかし、何か大きな力が働いたのでしょう、浄化の波があっという間に洗い流してしまいました。

今年は経済に起こった浄化が、政治や社会体制、人間の心にも起こるでしょう。
天変地異も避けられないかも知れません。
しかし、起こっていることが浄化だと考えれば、それは怖がることではなく、その意味を受け止めなければなりません。

「夜明け前が一番暗い」と言います。闇を浄化するのは光です。
このブログのタイトル「こころと体に光を」はその意味です。

板谷翠さんの「光の歌」をご紹介します


夜が明けるのは時間の問題です
あなた方はもう準備されているのです
うつくしい朝はそこまで来ているのです。
夜のしじまに吹く風は心を吹き抜けていく嵐です

地球の夜は長く長く続きましたが、やがて明けるのです
空はいつも明るい日ざしに輝いているのです
山は緑
木々は風にゆれ
木漏れ日は水底に向かってさしています
茜雲のかなたよりさす光はゆらめき、大地を明るく照らしています

・・・・・ 略

愛は永遠に私たちをつつみ
生命(いのち)の力をつたえていくのです
死は突然にやってきますが、死は別れではないのです
愛によって人は生き、愛は死によって引き裂かれることはありません
愛するものとともに人は生き、やがて死んでいくのです
生命の喜びは死より強いのです

生命によって人は愛を伝えていくのです
愛しあうことはなににもまして人を高め
愛によって人は生まれ変わることができるのです
愛は生命の喜びです
愛によって生き、愛によって死に
愛は大きなひとつの波となってこの地上をつつんでいきます
愛しあう人々は幸せです

愛はすべてを溶かし、愛はすべてに打ち克つことができます
愛によって人は生き、人々は愛の力で世界を変えていくのです
愛は力強いのです
愛より強いものは、なにもないのです

愛によって生き、死んでいく人は幸せです。
愛こそ生命の光です
愛の光はすべてを映し出し、愛はくまなく闇を照らします
なにも恐れることはありません

愛によって人は生かされ、暗闇はやがて消えるのです
死はほんのちょっとした休息です
春には花が咲くように
秋には鳥が実をついばむように
季節は移り変わり
人の生命もまた、冬には死に絶えます
けれども、

愛によって生きたものは死によって死ぬことはありません
死はかりそめの姿なのです
愛によって生きたならば、永久(とわ)に生命を与えられるのです
その生命は強く、生死を越えて、波のようにはてしなくつづくのです

・・・・・略

愛はあまねく大地をつつみ、愛によって大地は溶かされ、地球は再生するのです
地球も喜びの歌をうたっています
地球の心は鉄のように燃え
地球の生命体としての生命は、いま、愛を求めているのです

地球は長い間苦しんできました
なぜ苦しんできたのでしょう
それは、あなた方の愛が涸れていたからです
地球は暗く、孤独で、みじめな歳月を過ごしてきました
地球には星としての心があるのです

地球の上で暮らすあなたがたはそのことに気づいていないようです
地球の星としての心を悲しませて、幸せになれるはずがありません
星としての地球は深く愛を求めているのです

地球と一体となって生きるあなた方も愛が必要なのです
地球への愛は
地球の心を暖め生命の力を再び甦らせるのです
地球を再生することは人間の責任でもあり
人間が生きつづけていくことの条件でさえあるのです

地球の再生は、あらゆる環境の浄化、人間の心の浄化によるのです
一人一人が愛の心をもち、愛に生きることによって
地球は浄化され、再生できるのです
一人一人の愛の力によらなければ
地球を生き返らせることはできません

愛の力を信じることです
愛あるところに生命が芽生え
生命は愛によってながらえることができるのです


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