FC2ブログ

人生いろいろ

images0S9NW5L4.jpg


いやー、沢田研二がカーネル・サンダースになっていたとは知りませんでした。
時は残酷に過ぎるものです。
客席がスカスカだから公演を中止するとは大変なプライドの高さですが、自分がカーネル・サンダースだということがわかってないのですね。


クラシックの世界ではキャンセルの多い演奏家はたまにいます。
たとえば亡くなったカルロス・クライバーという大指揮者や名ピアニストのマルタ・アルゲリッチなどが有名ですが、これらの人がキャンセルしてもみんなそれを認めていました。

なぜなら彼らは大芸術家であり、演奏するための体調や気持ちが整わなければよい演奏ができないと理解しているからです。
しかしそれらの大芸術家であっても、開演直前のドタキャンはしなかったはずです。
客席が埋まっていないと、「壁際に寝返りうって~」、「TOKIOが空を飛ぶ♪」とは歌えない沢田研二のプライドは大芸術家以上だったのですね。


今回のことで思い出されたのが島倉千代子さんです。

images8JV6TWRE.jpg


一時期は美空ひばり以上の人気を誇った大歌手ですが、徐々に表舞台から遠ざかりドサまわりを強いられていたようです。

北海道のある町で公演を行ったときのことです。
舞台に出た彼女はあっと息を呑みました。
観客はわずか3人だったのです。
しかしそのとき彼女はこの3人のために心を込めて歌いました。
その後、「人生いろいろ」のヒットで復活を遂げますが、歌を歌うとはどういうことかということをこの時学んだと言っています。


島倉千代子さんは波乱の人生でした。
2度目に結婚した眼科医は彼女の実印で金を借りまくり、また他人にまでその実印を使われて、借金の総額は16億円にもなったそうです。(今の金額に換算したらいくらになるのでしょうか)

連日借金取りが舞台の出口で待つ状況で、彼女は楽屋で寝泊りをしていたといいます。
そんな状況の中、救世主があらわれました。
占い師で一時期テレビに引っ張りだこだった細木数子です。

無題h2


私にすべて任せなさいといわれそのようにしたところ、借金取りは姿を消しました。
信用した彼女は、借金の返済を全面的に細木数子に任せました。

必死に借金を返済し、かなりの時が経って借金がいくら減ったか確認したところ、まったく減っていませんでした。
彼女は細木数子に食い物にされていたからです。

島倉千代子さんが亡くなりそのときの経緯が世間に知れてから、細木数子はテレビから姿を消しました。

「あんた地獄に行くよ」という言葉が思い出されます。


細木数子の衝撃激ヤセは、「島倉千代子さんを地獄に落としたつけが回った」!?


島倉千代子「細木数子に搾取された“16億円返済”の地獄半生」



人は生まれる環境や辿る人生を選んで生まれてくるといわれます。
過酷な人生を選んで生まれてくる魂には、それなりの必然性があり覚悟を決めて生まれてくるのでしょう。
それに耐えた魂はレベルを上げてあの世に帰ることができるようです。

不幸続きの人生でしたが、島倉千代子という人からは魂の穢れが感じられませんでした。

過酷な人生を生きた彼女は、きっと来世は幸せな人生を歩むのだと思います。



スポンサーサイト

ガラスの家に住む人は

41SJyFluafL__SX357_BO1,204,203,200_



村上春樹のエッセイ集『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』のなかに、
「ガラスの家に住む人は」というエッセイがあります。

この中で次の英語のことわざが紹介されています。

Those who live in glass houses shouldn‘t throw stones

  ガラスの家に住む人はみだりに石を投げるべきでない。

村上春樹さんの文章は次の通りです。

【人を責めたり非難する前に、自分に弱みがないかどうか、いちおうチェックしておいたほうがいいですよ、ということだ。
他人の失敗に対して偉そうなものいいをして、自分も過去に同じような過ちをしていたことがばれたりすると、赤っ恥をかく。
「ふん、お前に言われたくはねえよ」みたいなことになる。】


人間はみんなガラスの家に住んでいます。
しかし自分がガラスの家に住んでいることに気づきません。
だから毎日のように石を投げています。

石を投げてガラスの家に当たれば2度と投げようとはしないのですが、心の世界では原因と結果がすぐに結びつないようにできています。


1de3.png


先だって、NHKBSの鉄道番組に出ていたタレントの市川 紗椰さんが面白いことを言っていました。
自分は小さな嘘をついて、それがどのように自分に返ってくるか実験をしているというのです。
その嘘は、たとえば自分はモンドセレクションの審査委員をしているというようなもののようです。

実験がどのような結果になっているのか興味がありますが、悪意のない嘘であればたいした結果はでないでしょう。
たとえ悪意があっても原因結果がすぐに現れないのがこの世の仕組み,、心の法則です。

善因善果、悪因悪果がすぐに現れればこの世は住みやすくなるでしょう。
神様が作ったこの世の仕組みには、多少の修正が必要なのかもしれません。


もう一つ、人間がガラスの家に住みながら石を投げるのは、人間の目が外側を向いていて自分が見えないためです。
人の顔に付いた汚れは気になり、それを拭け、拭けといいますが、自分の顔に付いた汚れには気づきません。
人の顔の汚れを注意するのが親切であり、正義であり、自分の役目だと思っている人もいます。

自分が見えない人間はどうしたらよいのでしょうか。

「人の振り見てわが振り直せ」という昔のことわざがあります。
自分自身は見えないから、人の欠点や嫌なところが自分にもないか振り返ろうというものです。
昔の日本人は偉いですね。

なお、村上春樹のエッセイ集『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』のむずかしいアボカドとは、アボカドの食べごろを見分けるのはむずかしいという意味です。







明日という日

1sbe48f93.jpg


あっという間に三が日も終わり、新しい年も日常になってきました。

「目出度さもちゅう位なりおらが春」
一茶の自嘲的な句に違和感が無くなったのは、自分が歳をとった証拠でしょう。

日本が高度成長期にあった時、
「明日と言う日は明るい日と書くのよ」という歌がはやりました。

誰もが明日は今日より良くなると信じていました。
辛いことがあっても我慢して努力すれば報われると信じることのできる日々でした。

いつかもう一度そんな日本になってほしいと思います。

思い通りいかないと国のせいにしたり、人のせいにするのがあたりまえになっています。
まず自分に原因があると考えることによって、人も社会も進歩するはずです。

あしたと言う日を明るい日と書いた先人の知恵と感性に敬服します。


短歌

ブログ内検索

QRコードメーカー



フリーエリア