ネコに襲われた鳩のこと

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先だっての夕刻、家を出たところに鳩がうずくまっていた。どうしたのかと思って周りを見ると黒猫がじっと様子を見ていた。このネコにやられたのだ。
辺りには抜け落ちた羽がたくさん散らばっていて、怪我の大きさを物語っていた。
おもわず鳩を抱き上げて家に連れて帰り、バスケットに入れて風呂場に置いた。
皮肉なことに家には2匹のネコがいるからだ。

抜け落ちた羽の多さにかかわらず、出血が見えなかったのが救いだったが、多分明日の朝まで持たないだろうなと思われた。
死んだ鳩の始末をどうしようか、生ごみで捨てるのもかわいそうだが他にどうしたらよいか思い浮かばなかった。
多分だめだろうと思いながら、水とパンのかけらをバスケットに入れておいた。

翌朝バスケットをのぞいたら、鳩はまだ生きていた。パンくずは食べた形跡がなく、水もそのままあったが生きていたことにホッとした。
万が一と考え、ベランダに出してバスケットの蓋を開けておいた。
30分くらい経ってのぞいてみたが、鳩はまだバスケットの中にいた。やはり無理なのだろうか。
しばらく経ったとき、鳩がいないという家内の声が聞こえた。
あわてて見に行くとバスケットは空だった。やった!と思いながらベランダの外をのぞくと鳩がたどたどしく歩いていた。
しばらくして様子を見ると鳩の姿はなかった。
やった!助かった!!

子どもの頃、すずめのヒナを屋根から取ってきて何度か育てたが、育ったのは1羽だけだった。
つり竿を振りまわしてコウモリを落としたことがあった。こうもりの体には血がにじんでいた。
どうしたらよいかわからず、かごに入れて育てようとしたがすぐ死んでしまった。
子どもの頃は自分の好奇心の残酷さを知らなかった。
1羽の鳩を助けたが、自分の好奇心で命を落とした生き物の方がはるかに多いことを思った。






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野良猫にエサをやってはいけないのか

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公園などで「ネコにエサをやらないでください」と書かれたプレートを目にします。
こんな表示があると、野良ネコにエサを与えることが悪いことのように思われますが、本当に悪いことなのでしょうか。

野良ネコにエサを与えることが悪いとすれば、いくつかの理由が考えられます。
・エサを与えるとネコが増える。
・ネコがいつく。
・糞尿が臭い。

しかしエサを与えると野良ネコが増えるのかと言えばそうではなく、エサを与えなくても繁殖期がくれば子猫が生まれます。
糞尿の臭いはエサを与えても与えなくても同じですが、実際に公園でネコの糞尿が臭いと感じることはあまりありません。
また、犬は散歩中に頻繁にマーキングしますが、なぜ犬の尿が許され猫の尿が許されないのでしょうか。
ネコがいつくことは間違いないでしょうが、ネコがいついて困るのはネコ嫌いです。ネコ好きは困りません。

「ネコにエサをやらないでください」と書かれたプレートをなぜ表示しているのかを確かめるため、市の担当職員に電話してみました。
最初に出た職員は私の質問に絶句し他の職員に替わったのですが、替わった職員も答えることができませんでした。
結局、「ネコにエサをやらないでください」と言うのはさして理由のある話ではなく、もしかしたらネコ嫌いな人間からの抗議によって始まったことではないかと思われます。
どうもネコは不当に冷遇されているような気がします。


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 動物愛護センターで里親を待つ猫

「野良ネコにエサをやらないで」ではなく、むしろ子供たちから与えさすことによって、弱いものを守る優しさや命の大切さ、あるいは種の違いを超えた愛の交流を学ぶことができるのではないかと思います。
最近野良猫の手足を切断したり、残酷な殺し方をする犯罪がよく報じられます。このことと「野良ネコにエサをやらないでください」という表示は無関係ではないかも知れません。
なぜかと言えば、そのような犯罪を犯す人間は、野良猫にエサをやることが悪いのは野良猫の存在自体が悪いことであり、従って野良ネコを殺すことに罪の意識を感じる必要がないと考えているのかも知れません。

戦後の日本は少数の否定的な意見が声高に語られることが多く見受けられます。
役所などは繰り返し苦情を言い立てられれば、それが少数の意見でも面倒なのでその意見に従ってしまうことがあります。
学校を悩ますモンスターペアレントや悪質なクレイマーもその本質は一緒です。
相手が弱い立場であれば、居丈高に要求を押し付けます。

和を重んじる多くの日本人はあまり自己主張をしないため、サイレント・マジョリティとして存在します。一方、ノイジー・マイノリティは言い分が通るまでうるさく要求するため、少数の意見が社会を動かす危険性があります。
戦後の日本社会をいびつで不健全にした理由の一つが、このような理不尽な要求です。

「ネコにエサをやらないでください」という表示の裏に、日本の戦後病理が潜んでいると思うのは勘ぐりかも知れませんが、当たり前のこととして受け入れていることも、もしかしたら間違っていたり根拠の無いことなのかも知れません。

  猫の子のちょいと押へるおち葉哉  一茶

犬猫しあわせ検定 


ネコ年がほしい

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年賀状を作っていて、なんで巳年があってネコ年がないんだろうと思った。
ヘビには似たような龍年があるのだからそれで十分だし、どうデザイン化してもヘビは可愛くない。

古来より蛇は豊穣神、自然神として崇められており、祭祀の「祀」に「巳」が用いられているのは、自然神の代表が蛇だったからだという。
それにしても、犬と並んで人類の友であったネコを干支から排除し、人類が最も嫌うヘビを採用するとは、不適切で不当な差別ではないか、とネコ好きは思う。

ミュージカルの「キャッツ」はあっても「スネーク」はない。誰もそんなものを見たいと思わない。
「長靴をはいたネコ」はいても、「長靴をはいた蛇」はいない。(足がないので仕方ないか)
「キャッツ」はT・S・エリオットの詩集に基づいている。ネコなら詩になるが、ヘビは詩にならない。
ヘビは愛を語らない。(多分)

ネコを飼う前は、巳年についてそんなに違和感を持っていなかった。
しかしネコを飼いだしてからは、ネコ年があれば可愛い猫のイラストが目白押しで、年賀状作りも楽しかったはずなのにと残念に思うのだ。
誰か「ネコ年を作ろう国民会議」を立ち上げてくれないだろうか。

巳年を揶揄したが、蛇は脱皮をすることから「復活と再生」の象徴と見られている。
来年が東北と日本の復興と再生の年になってほしいと、巳年に願う。




このネコには深く同情しつつも笑ってしまう。




猫の悩み

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わが家には、4歳と7歳の猫がいます。
4歳の猫がわが家にやってきた経緯は、「猫とウサギ」に書きました。その後、ネコ可愛いがりされ、自由に暮らしていたこの猫に、突如不幸が訪れたのは昨年の秋でした。

ある方から、猫を引き受けてもらえないかとお願いされました。この方はフランスで7年飼っていたネコを連れて帰国されたのですが、音楽家で家を留守にすることが多く、ネコがかわいそうなので貰い手を探していました。
動物に異常な愛情を示すわが家に白羽の矢が立ったようです。

新しいネコがわが家に到着した日から戦いが始まりました。
先住者のネコはメスのキジトラで体重3.5kg、新しいネコはオスの黒猫で体重8.4kg、倍以上の体格差があります。


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しかし平安を乱された先住者の怒りはすさまじく、黒猫の存在を断じて許しません。
家族の愛を一身に受けていたネコからすれば、平和な日々を破壊した憎むべき相手です。

その日以来、2匹のネコがかち合わないように、常に所在を確認しなければ、ドアを開けることができない日々が続いています。

先住者のネコは、それまで聞いたことの無い悲痛な鳴き声を出し、哀れを誘います。その気持ちは十分にわかりますが、新参のネコに責任があるわけでなく、どうしたら折り合いをつけられるのか、途方に暮れる毎日です。

『ねこのきもち』によれば、キジトラは野生的な性格を強く受け継いでいて、警戒心が強く、なかなか融和できないようです。
黒猫は友好的な性格で、争いを好まないと言われます。たしかに鷹揚で、先住者からの怒りの攻撃を避けるだけで、みずから攻撃することはありません。

一度だけキジトラが激しい攻撃を仕掛けたものの、倍以上ある黒猫の威嚇に恐れをなして、すごすごと引き下がったことがあります。
多分、一度徹底的に対決させ、上下関係をつけるしかないだろうと思いますが、もしお互いに傷つけ合わないで住み分けできる方法があればやってみたいと思います。

どなたか良い知恵があれば教えてください。

よろしくお願いします。




天才志村どうぶつ園ー動物と話す女性

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「天才 志村どうぶつ園」で、動物と話す女性が犬や猫の思いを伝えてくれます。涙無しには見られません。

中でも、交通事故で亡くなった象使いの少年に対して、象が取る行動と流す涙に胸を突かれました。
「命は人を癒す」で書きましたように、なぜ大脳の発達していない動物と人間が同じような感情を持ち、心を通わせることができるのか不思議です。魂の交流と言うしかありません。

この象の映像がずっと心に残っていて、探してみたらYoutubuにありましたのでご紹介します。
まだ見られていない方は是非ご覧下さい。
感動します。





「寝たきりの犬」は今回初めてみました。自分の思いを伝えようと立ち上がる犬がけなげです。
わが家のネザーランド種のウサギも7歳を超えて斜頚になってしまいました。人間で言えば寝たきりの状態ですが、それでも手をなめて必死に愛情を伝えます。
犬畜生という不当な言い方がありますが、動物の方が純粋です。

そうだニャン、そうだワン!