運命について考える(2)

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前回、運命は自分で生まれてくる証拠があると書きましたが、そう思った理由の一つが離婚です。

離婚する人の生年月日には特徴があります。
この特徴があれば多くの場合離婚します。
私の経験では、生年月日にこの特徴がありながら離婚しないのは、どちらかが人一倍許す心をもっているか、あるいは耐える心を持っている場合です。しかしそれは少数です。
この数字を持って生まれてきた魂は、相手を許すこと、耐えることを学ぶ計画だったのだと思います。

ところで現在は生年月日に離婚の特徴を持たない人達がよく離婚をします。
昔は離婚して家に帰ることを世間体の悪いことと考えましたが、現在は性格が合わなければ離婚するのが当たり前になっています。
無理して一緒にいるよりはその方が良いのかも知れませんが、生まれる前に決めた運命と異なっていたり、子どもの貧困問題にもつながります。

もう一つ自分で運命を決めてきたのではないかと思ったのは占いです。
四柱推命や占星術を深く研究した人の占いは驚くほど当たります。
作家の五味康祐さんは四柱推命の大家でしたが、自分の死期を四柱推命で占いその通り亡くなったと言われています。

四柱推命や占星術は生年月日で占うものであり、自分の生年月日(時間)における太陽、地球、月の磁場・引力によって、人生を支配する波動や生命のリズムが決定されます。
太陽(陽)、地球(中)、月(陰)の関係は性格形成にも影響を及ぼし、生年月日を見れば明るい性格か暗い性格かがわかります。

もし自分の生年月日を選んで生まれることができれば、運命のかなりの部分が決定されます。
しかし自分が生まれる生年月日(時間)まで、自分で決めることができるでしょうか。
少なくともかなりの誤差があるはずです。

最初に証拠があると書きましたが、そこまで言い切るには無理があります。
運命を生年月日だけで決めることは難しいようです。

(運命は誰が決めるのか)
多くの場合、自分の欠点と同じ欠点が両親のどちらかにあります。
それは親の欠点に影響されて自分もその欠点を持ったのではなく、自分の欠点・カルマが引き出されやすいように、親を選んで生まれて来るからではないでしょうか。

親子は偶然に決まるものではなく、生まれる前に親となる魂に人生の目的を達成するために協力をしてくれるようお願いするようです。
一方で過去世で確執のあった人間と親子の関係で生まれて来ることもあり、その確執がなくなるまでは生まれ変わりを繰り返すようです。

(運命を決めるのは自分自身)
よく神は乗り越えられない試練は与えられないといいますが、それは自分で運命を選んで生まれて来るからでしょう。
自分自身で決めるのであれば、自分で耐えられない運命を選ぶはずがありません。

しかし運命は決定的ではなく、自由意志によって変わります。
また現在の社会は価値の中心が物質にある厳しい環境ですので、過酷な人生に耐えきれず、失敗してあの世に帰る魂が少なくないようです。
むしろ生まれてくる前の魂レベルを下げてあの世に帰る魂の方が多いのかもしれません。
それほど三次元は厳しい環境です。

人生の目標はカルマの修正と世の中のために生きることにあるようですが、それは次回に書きます。



人の運命について

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ある交差点で、何月何日にどの位の確率で事故が起きるかは、確率計算(ポアソン分布)によって求めることができます。
例えば、確率が高かった時に死亡事故が起きたとします。事故に遭った人は確率に組み込まれていて、そうなる運命だったのでしょうか。
運命とは変えられないものでしょうか。

作家の阿川弘之さんのエッセイに、次のような話があります。

『五百五十名の私の同期で、クラスヘッドに田和常男という学生がいた。
浪高から東大法学部を出て、ガリ勉でないくせに、学科、武技、カッター、陸戦、天測、すべてよくこなし、性温厚にして「怒りを遷(ウツ)さず」、抜群の成績を以て卒業した。

専攻は通信と電探で、中尉の時大阪警備府附になった。陸上勤務の中でも、もっとも命に別条無さそうな配置である。

「あいつはよく出来たからなあ。海軍は、ああいう優秀なのを特に選んで生かしておくつもりなんじゃないかな」
それに、大阪出身の田和は、大阪警備府附なら家が近い。みんな羨ましがったが、悪く言うものはいなかった。

大阪警備府でどんな仕事をしていたかは知らないが、敗戦の年の八月、田和は広島へ出張を命ぜられた。そこで八月六日の原子爆弾に逢い、「不幸短命ニシテ」殉死した。

「第一分ターイ、田和恒男学生ほか百何十何名」という彼の声が、今でも耳に残っている。』
  阿川弘之 「論語知らずの論語読み」


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人はどんな人生を生きるか、生まれる前に決めてくると言われています。
しかし、広島の犠牲者、約12万2000人、長崎の犠牲者7万4千人の方々が、原爆の投下で命を落とす計画を立てたはずがなく、戦争や災害の巨大な破壊力は、突然に人の命と幸福を奪い、それから逃れることは困難でしょう。

原爆投下の命令を下し、多くの人々に言語に絶する苦しみを与えたアメリカ大統領トルーマンは、テレビ番組に出演した時、「私は広島、長崎の原爆攻撃を指令した後に、良心のとがめを少しも感じなかった。」と語っており、その後も原爆投下は日本のせいであると言い続けました。

トルーマンは晩年自宅の浴室で転倒して半身不随となり、1972年、88歳で死去しています。
広島と長崎の犠牲者と家族の苦しみを思う時、トルーマンの苦しみはささやか過ぎる報いですが、このような人間に対しても恨みを抱かなかった日本人の潔さは、賞賛すべきことではないでしょうか。

人には運命のほかに、変えることの出来ない宿命があります。日本人に生まれること、男や女に生まれること、あるいはどのような身体や資質を持って生まれてくるか、このようなことは途中で変更することはできません。(但し、最近男が女になるケースが多く、この定義は外した方が良いかも知れませんね。)
宿命の中には、何歳頃、どのような死に方をするかを決められている場合もあるようです。

運命が自分を変えるための計画であれば、それが可能であるから計画したのでしょうし、変えられない運命は無いのかも知れません。




佐村河内 守(さむらごうち まもる)さんと言う、聴覚を失った被曝2世の作曲家がいます。
昨年、広島で交響曲1番が初演され、高い評価を得ましたが、you tubeにアップされていましたのでご紹介します。

現代音楽の、不協和音を使用する前衛的な作曲を押しつけられるのが嫌で、音楽大学には行かず独学で作曲を学ばれていますが、初めて曲を聴き、その選択が間違っていなかったことを感じました。
マーラーやショスタコービッチの系譜を継ぐような堂々とした音楽で、頭の中で音符を組み立てて作曲したとは思えない、深さと完成度に驚きました。

≪付記≫
記事が途中で消えてしまいましたが、消えた部分は不用だったと考え、そのままアップしました。
もうすぐお盆です。過去の記事「戒名とは何か」で、供養について書いていますのでご覧ください。

☆ご訪問いただき有難うございました。




国際有機認証「しらい田七人参」