宇多田ヒカルさんとおじいちゃんのこと

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宇多田ヒカルさんが、小沢一郎の新党「国民の生活が第一」に対して、Twitterで、 
「ついに政党の名前にもキラキラネームきたか…。こうなると『くまちゃんの肌触りは世界一』党の結成も夢ではないなおはようございくまぼんじゅーる」
とつぶやいて話題になっていた。

「国民の生活が第一」という、臆面もなく付けられた政党名には、多くの人が鼻白む思いをしたはずだが、そのことを「キラキラネーム」と断じた宇多田さんの批評精神に、彼女のおじいさんのことを思い出した。


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若いころ、ニューヨーク読売新聞を訪ねたことがある。社長は宇多田二夫(つぎお)さんだった。当日の朝、これから訪問しますと電話を入れると、ニューヨーク不案内の私のために、わざわざホテルまで迎えに来てくれた。
エンパイアステートビル近くの会社に着くまでに、宇多田さんが私と同じ山口県の出身であり、奥様が私の高校の先輩であることがわかり、初対面でありながら一挙に親しくなって思わぬ歓待を受けてしまった。同郷とは不思議なものだ。
昼食に案内された鮨屋は、ニューヨークで一番おいしい店だと言われたが、若造にとって間違いなくこれまで食べたもっともおいしい鮨だった。

色々なことを、昨日のことのように思い出す。
評論家の草柳大蔵さんは戦友であり、毎年取材のために訪ねて来ると言われていた。
宇多田さんが文芸春秋に寄稿された記事をたまたま読んでいて、その話で盛り上がったことも思い出す。
宇多田さんは東京外大のご出身だったが、二人の息子さんはコロンビア大学を出られていて、下の息子さんはニューヨーク読売新聞で働いていた。帰り際にご紹介頂いたが、長男の方とはお会いできなかった。

日本に帰って来て数カ月経った時、歌手の藤圭子さんがニューヨーク在住の音楽家、宇多田なんとかさんと結婚したと新聞に載っていた。
宇多田という性は日本でも珍しいのに、ニューヨークの宇多田さんであれば、宇多田さんの息子さんに違いなく、お祝いの手紙を差し上げようと思いながらしばらく経った時、新聞に宇多田さんの死亡記事が載っていた。人間の運命を思った。

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それから何年経ったことか、「Automatic」と言う歌が日本で大ヒットした。歌っているのはニューヨーク在住で藤圭子さんの娘の宇多田ヒカルさんだった。宇多田さんが見ることのなかったお孫さんだ!と驚いた。

宇多田ヒカルさんがこの記事を目にすることはないだろうが、ヒカルさん、あなたのおじいちゃんは、とてもダンディーで素敵な知識人でしたよ。

宇多田ヒカルさんのTwitterのフォロワーの数は、日本有数だとのこと。おじいさん譲りの鋭い感性をこれからも見せてほしいと思う。

宇多田ヒカルwikipedia





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